4-06

 そこへサンフラワーが戻ってきた。「お疲れさまです、データ正常です、戻っていいですよ。早速シトリンの捜索を……」ためつすがめつ見ているあたしに気づいて眉をひそめた。「悪趣味だなぁ、見ないでくださいよ」


 「……なぁ、なんで、ゆきののだけ二冊あるんだ?」


 「ん~」サンフラワーは顔に手を当てて天を仰いだ。「ひどいなぁ、黙って見たうえに、いちばん回答に困る質問をするんですね、あなたは」


 それから、手近な丸椅子に座るようにあたしに促した。


 「答える必要はない、で終わらせてもいいんですが、まぁ、リーダーのみずきさんにはお話ししておきましょうか。あまり聞きたくない話かもしれませんけれども」


 サンフラワー自身も、ノートの置いてある机の前の事務椅子に座り込む。いつもの、医者と患者のような立場で向かい合った。


 「まず、ヴァインについて少し補足の説明をしますとね」サンフラワーは話し出した。「みずきさんにしばらく試していただいてデータを取ったら、あとの三人の分も、もう少しコンパクトなかたちで制作しようと思っています」


 「……オプション装備なんだろ、多いに越したことないんじゃないのか」


 「そうはいかないんです。そこが重要なんですが」


 何でもなさそうな話から始まったところに、かえってイヤな感じがした。彼の他人行儀な話し振りがいつもとは違って聞こえた。


 「ヴァインは自由に作れるというわけではありません。技術的な問題というよりは、人間形態のあなた方が持ち運びあるいは随伴できるものを目指す必要があるからです。


 ヴァインは生体ではないので、離れていても空間を超えてスプラウト化しますが、大きな問題があります。それは、あなたが変身できてもヴァインはスプラウトになれない場合があること。わかりますよね。ヴァインにもロウシールドの原則は適用されるんです。ヴァインとなるべきアイテム、つまりあのバイクが置いてある場所が地球人に知覚されるおそれのある場合、あなたが変身してもヴァインはスプラウト化しません。


 その後地球人が知覚不能な場所に移動すれば、スプラウト化していなくてもクライミングは可能です。キーワード発声時にスプラウト化とクライミングが同時に行われます。しかし、スプラウト化はワープと同じ原理で行われますので、タイムラグが生じてクライミング完了までにおそろしく時間がかかります。その間に痛手を負いかねません。


 要するに、距離をおくことは得策ではないのです。ですから、バイクに組み込むレッドヴァイン以外のヴァインは、みなさんが普段持つそれぞれの鞄に組み込もうと思っています」


 ああ……ランドセルに、学生鞄に、偽ヴィトンね。中の教科書やら化粧道具やらがどうなるかちょっと気になるが、まぁいいか。それより、本題はそんなコトじゃない。


 「それに、ご存知の通りフライングローズの機動性は極端に低いです。オプションを積載しておいて戦闘時に援護として送り込むことは、できなくはないですが期待してもらっては困ります。


 言いたいのは、オプション供給は無限にはできない、したがって強化には限界があるということです。その上で、ヴァインにどんな装備を組み込めば、ローズフォースがどれほど強化されるか、それを今考えてるんですが……」そこでサンフラワーは少し口ごもった。「ローズフォースには一体、他の三体に比べて基礎能力が劣る個体がいます。各自にオプションをつけると、この一体と他のメンバーとの格差が開き過ぎ、連携が取れなくなるおそれがあります」


 「基礎能力の劣る個体……それが、ゆきのだって言うのか?」あたしはうなった。「はい」サンフラワーは肯いた。


 「……あたしらはみんな、あんたの望むような製品として完成したんじゃなかったのかよ?」


 「その点は、僕の読み違いもありました。そこそこ均質に作り込めたと思っていたのですが、トレーニングや戦闘を重ねてデータを取れば取るほど、差が広がるのがはっきりしてきます」


 メンテナンスのたびに難しい顔だったのも、ノートが二冊あるのも、ゆきのを憂慮していたせいか。その点はようやく納得がいった───けど。


 「あたしはゆきのがいちばん役に立ってると思う。違うか? 役に立たないったらさおりの方が───」


 「さおりさんは不真面目なだけです。能力が低いわけじゃない。逆にゆきのさんは、人間として頭がいいだけであって、ローズフォースとしてはまったく劣るんですよ。───ヌガーとの戦いで、接近した結果でなく、距離を取ろうとして捕まったのは彼女だけです。この違いがわかりますか」


 「でも、ホワイトローズの運動性能はもともと───」


 「フライングローズの機動力が劣るので、索敵や行動管理をホワイトローズに委任しているだけです。彼女の特殊機能はフライングローズがすべて代替できます。彼女がいなくても僕がやれる」


 サンフラワーはすらすらと言葉をつないだ。言いにくいことを言っているというふうではあったが、冷静に事実を述べていた。言葉ひとつひとつが、鋭いナイフのように感じられた。


 「有機的にパワーやスピードを向上させることより、ゼロイチで動作するコンピュータと同様の機能を取り扱う方が、粒子プログラマーにとって容易なんです。つまりホワイトローズは、『インテリジェンスが優れている』のではなく、正確には『インテリジェンス以外の機能を向上させることができなかった』のです。幸いにしてそれがゆきのさんの性格に適する特性だったからよかったのですが……」


 「……なんでそんなことになっちまったんだよ」


 「我々はあなた方の体のコピーを作成してそれにクラス7プログラミングを施しました。ほぼ完全な、コピーです。そうでなくては脳が拒否反応を起こすおそれがあったのです。そう、クラス7粒子なら、もっと理想的な体型、理想的な体質、それこそオリンピックに出てくるような肉体に作り替えることも可能だ、でもあなた方は生前と同じ能力を保っている……」


 「そうせざるをえなかった、ということか?」あたしは尋ねた。「肉体はコピーでなければならなかった、と」


 「そうです。ですからつまり───ゆきのさんが生前に罹っていた病気は今もなお癒えていないんです。僕の技術でそれをフォローしきれなかった。それが、理由です」


 サンフラワーは本気で申し訳なさそうな声を出した。彼がヘコむというのはあまり見ない。こっちまで申し訳なく感じてしまう。


 「体にリセットがかかりますから悪化することはありません。だから大丈夫だと僕は判断したのです。死亡当時は骨皮だった体にかなりの補正とバイパス処理を加え、健康体だと錯覚できるように制作しました。日常生活する分には何の問題もありません」


 「なら……」いいじゃないか、と言いかけてあたしは口をつぐんだ。続く言葉が読めたからだ。


 「それはつまり、余分な処理によって能力をロスしているということなんです。結果として、戦闘形態とのリンクに悪影響を与え、性能に制限をかけています。


 彼女にはパワーもスピードも与えることができず、インテリジェンスを上げる選択肢しかなかった。もしローズフォースを調査し、研究して戦いに臨んでくる敵が現れたとき、彼女は確実にアキレス腱になるでしょう」


 あたしは言葉もなかった。……どうにか声を絞り出す。「じゃあ、どうすんだよ」


 サンフラワーはぐっと腕を組むと、ひと呼吸おいてから、こう言った。


 「いちばんいいのは、廃棄して別の個体と入れ替えることです。僕個人の感覚を忌憚なく言わせてもらえば、ひとり入れ替えるくらいどうってことはないです。あなた方もすぐ慣れるでしょう」


 「てめ……」思いがけない言葉に、あたしは思わずつかみかかりそうになった。


 「わかりますわかります、僕もそのつもりはないです」サンフラワーは慌ててあたしをなだめにかかった。「もともとは、補正処理による機能低下を甘く見ていた僕の失策なんです。そうしてモチベーションが下がるのも困るし、何か方法はないか考えてるんですよ」


 少しほっとした。でも、あたしたちがモノである限り、廃棄の不安はいつまでもつきまとう。それは、死の恐怖と似ているものだろうか。


 「……あまり脅かすなよ。ゆきのは今学校に行けるってんではしゃいでんだからさ……あいつはそれを知ってるのか」


 「僕からは、何も。地球を守るんだとかごねた様子から察するに、まだ気づいていないと思います。いつか僕の口から直接説明しますよ。


 彼女の基礎能力の低さは、あのバイパス処理がある限りどうにもなりません。ヴァインをどのように工夫するか、そういった技術的な領域は、ゆきのさんの意向も聞いて僕が考えます。


 みずきさんは、感情的な領域……とでも言うのかな、置き換え可能な役割としてではなく、ホワイトローズあるいは高岡ゆきの個体としての存在価値について、考えておいてくれませんか。


 今はそのつもりはありません、でも、技術的にどうにもならなければ、廃棄という選択肢は考えざるを得なくなります。そのとき僕に廃棄を思いとどまらせるくらいの彼女の有用性───ホワイトローズが、ローズフォースというチームにとってどれほど必要な存在であるかを、示してもらいたいのです」

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