4-03

 白い部屋が、天井も床もわからない輪郭のない白一色の景色に変わり、奇妙な浮遊感が体を満たす中で、あたしの変身は始まった。自分の体が熱を持ち、粒子に変わる感覚が、浮遊感と混ざってビミョー……あたしは目を細めた。細めた端で、サンフラワーはワープして空間の外へ去っていく。そしてあたしは、バイクも光の粒子に変わっていくのを見た。


 視界が途切れ、また戻ってきて、あたしの変身は終わる。視界のうねりも収まり、トレーニング用の空間もちょうど完成したところだった。


 これは───ステージ「無限導管エンドレスチューブ」だ。


 目に飛び込んでくるその世界は、高さ幅とも数十メートル四方の、巨大な角形の筒。壁面は幾何学模様めいて見える───あちこち意味もなくパイプやケーブルが走っているのだ。さしずめガンダムだったら、ここを通って出撃するんだ。ただしこの空間の場合、奥行きは、無限。どこまでいっても、宇宙にもコロニー内部にも出ない。


 ここで行うトレーニングは、ぶっちゃけシューティングゲームという奴である。


 奥へ向かって飛んでいくと、壁の小さなシャッターが開き、次から次にちびっこいロボットが出てくる。これが標的で、クレー射撃のようにひたすらショットで撃ち落とす。単調な作業だ。


 が、先に進むにつれ、ロボットどもの飛ぶ動きはだんだん複雑になっていき、連中から攻撃してくるようにもなる。さらには通路自体が縦へ横へ、ウォータースライダーでもありえない弧を描くようになるので、下手に飛んでいると壁に激突する。ここらへんはサンフラワーが外から難易度を少しずつ上げていくので、することが単純だからといって簡単というわけではない。


 まだ戦闘という作業そのものに慣れなかった頃に、この空間でただただ的を撃つだけのトレーニングをよくやった。サンフラワーがデータを取るときにも便利なようで、何か新しいことを始めるときにはだいたいこの空間を使う。


 「とりあえず、いつもの調子でトレーニングをスタートしてください」


 サンフラワーの声が、どこからともなくあたしの耳に響いた。


 OKと言わぬうちから壁のシャッターが開いた。わらわらと小型のロボットが群れをなして襲ってくる。あたしはショットを抜いて、そのちびどもを残らず撃ち抜いた。


 ちゅんちゅんというショットの発射音や、撃ち抜かれた標的が粒子になって飛散する音が、軽く小気味よくて、そういうところもゲームっぽい。しかし、ゲームなりにやるかやられるかの感覚は強くあり、ましてこの体は痛みを感じるときている。真剣にならずにはいられない。


 次から次に現れる標的ロボットたち───あたしはスラスタをふかして飛び上がり、そいつらを撃ち落としながら奥へ進む。難易度の低いうちに、サンフラワーは、ヴァインについての解説をあたしの耳に流し込んでいった。


 「ヴァインは服以外のオプションであると申しました。では具体的にどういうものか? ───簡単に言うと、モーリオンの黒ベンツです。覚えてますか」


 忘れいでか。なるほど、その説明は実に簡単だ。あたしはモーリオンの変身を思い返した。彼自身が変身すると同時に、車も光の粒子となって彼の体にまとわりつき、円盤に変わっていったんだ。


 「……まさか、ガンダムの敵みたいになるんじゃ、」左後方から現れて接近してきたロボットを蹴り飛ばして破壊しつつ、あたしは尋ねた。「あるまいな?」


 「それを言うなら、味方寄りになるように作ったつもりです、僕のセンスを信じてください」


 味方寄りってのも腑に落ちない説明だ。確か、味方にも戦車にハリボテ乗っけたイマイチ不格好なの、いなかったっけ。「まぁいいや。するとあたしの場合も、『Blooming up』って変身したときに、こいつがくっつくわけ?」


 「いいえ。現にいつもの変身と何ら変わってないでしょう? あなたが変身したとき、ヴァインは『スプラウト』になります。ロウシールドの中にはいますが、見ることも触ることもできない状態で漂っています。しかし、別のキーワードを発声することによって、追加武装オプションとして自分の体の周囲に固定化することができます。これを『クライミング』と呼びます」


 耳を傾けている間に一機撃ち漏らした。死角に入って弾を撃ってくるそいつを、冷静にかわして撃ち直す。……これで、出てきたのは全部片づけたようだ。チューブ内に静寂が戻ってきた。


 立ち尽くすように空中静止していると、サンフラワーの声が聞こえてきた。


 「みずきさん、それじゃクライミングしてみましょうか」


 あたしは、いったん深呼吸をする感覚で強く目を閉じて気を落ち着けた。新しいオプションか。どんなんだろ。「OK、いいぜ」


 「ではお願いします。キーワードは、『Climbing, Red Vine』です。発声してください」


 「……くらいみんぐれっどばいん?」


 オウム返しの発声でもちゃんとキーワードとして機能した。突然、あたしは変身時と同じ光の繭に包まれた。そしてその様子がまざまざと見えた。通常の変身時は、眼球もクラス7遷移が起きるためその間視界は消え、闇に閉ざされてしまうが、今はそうならなかった。


 首からの下、肌にあたる表面の素材だけが光の粒子に変わる。同時に、あたしの体の周囲に空間の歪みが発生し、そこから別の光の粒子が繭の中に吐き出されていく。それらの粒子は混合しながら渦を巻き、いったん土星のように体の周囲でひとつの輪となった後、光のひもとなってあたしの体に絡みつき、やがてあたしの体へと吸収されていく。体内の熱が高まり、何かが収束していく感覚が生じた───いつもの変身とは異なっている。別の何かへ収束していっているのだ。


 そうして光が収まったとき、あたしは別の姿になっていた。これが、ヴァインを装着した状態……。


 機能が変わったというより、デザインが変わっただけのような気がする───おおよそは各所の装甲が厚みを増している。下腕部の盾状のパーツが幅を増し、腰回りはまるでスカートのようだ。肩は何か詰め物をしたように膨らんでいて、さらにあまり意味のなさそうな突起がついている。胸全体を覆う鎧は、幅と厚みを増したと同時に、左胸の薔薇飾りの花弁がひとまわり大きくハデになって際だっていた。


 なんていうかコレ、通常の戦闘形態を裸だとすると、RPGによくある恥ずいデザインの鎧を着込んだってトコじゃない? 今のあたしじゃあヘソ出しとはいかないけれどさ。


 だいたい、あたしらの防御機能は基本的に防性粒子のバリアが担当するんだから、鎧が見た目にぶ厚くなったって意味がない。


 「コレって、的が大きくなってるだけじゃないの?」


 「当たり判定は同じです」なんだそれ?「防御という点では、変化したのは、見た目と、防性粒子の総量だけです。それが増えた以外、有利不利は変わらないはずです。でもどうです、かっこいいでしょ?」サンフラワーが自賛したがよくわからない。


 そもそも、違う体になってしまったことに少し違和感があった。やっとなじんだ機械の体にまた変なもんがくっついて、もう一回なじみ直さなけりゃならない気がして、あまり積極的に使う気にはなれなかった。


 「それ以外に、何がどう今までと違うのさ?」


 防性粒子が増えただけなんだったら使わないぞ、という意図で言ったのだが、サンフラワーはその点には心配がないようで、自信たっぷりに言った。


 「では、これから実感していただきましょう?」


 とたんに、じゃかと音を立てて、壁のシャッターがいっせいに開き、大量の標的ロボットが射出された。その数、ざっと五〇以上。あっという間に上下前後左右、完全に囲まれてしまった。───サンフラワーの奴、急にステージの難易度を上げやがったんだ……こんなにいっぺんに相手したこと、今までねぇぞ!


 しかもそいつらはいっせいに攻撃してきた。砲門を開き、攻性粒子の弾を発射する。……え? あのロボット、砲門なんかあったのか? ……弾を撃ってくるんだからあるには違いないのだが、今までそんなの、まるで見えていなかった。


 経験したことのない、激しい同時攻撃だというのに、弾がどこから飛んでくるかがわかる。その弾道がどのような軌跡を通るのかがわかる。だから避けるべき死角もわかった。あたしはさっと身を翻した。鎧は大きくなっているのに、動きにくさはまったくない。むしろ以前より動きやすい。飛んで跳ねて回転して軽やかに攻撃をかわし、包囲を突破したところで立て続けに撃ち返した。全弾命中!


 体が、思ったことの先を読むように動作するように思えた。反応速度と確度が桁違いに上がっているのだ。人間の体は、何かを見て、識別し、体を動かすまでにコンマ二秒必要だというが、そのタイムラグが消えた感じだった。すべてが素軽く、弾けるように体が動いた。


 新しい体になじみ直さなけりゃいけないんじゃないか、というのは杞憂だった。通常の戦闘形態よりなじんでいる感じだ。いや、なじみすぎてる。なんつーか酔っ払ってる。ヤバいくらいハイんなってる。けど、ぎりぎりのところで冴えてる。ランナーズ・ハイとかいうのと似た感覚なのかもしれない。


 また、サンフラワーが耳に情報を流し込んできた。


 「ヴァインの能力がわかったと思います。最大の特徴は反応速度の向上です。脳に通常戦闘の数倍の負担を強いますから、相当疲労を感じることと思いますが、これで精神体の肉体が持つ速度に追いつけると思いますよ。ワープ以外は、ですが。


 他にも、ヴァインはバリア強化のための防性粒子と強力なオプション武装『ソーン』の追加を実現しています。


 ただし、『追加』であることに注意してください。ヴァイン自身の持つ防性粒子の総量を超えるダメージを受けると、ヴァイン全体が消滅します。そうなると当然、向上した能力のすべてがいちどきにみな使えなくなります」


 なるほどその点もモーリオンと同じということだ。無限のミサイルを持っていたように見えたモーリオンも、ベンツをまるごと失って何もできなくなった。じゃあ、あいつの場合、能力も武装もほとんどオプションに依存してるっていうことかな?


 「つまり、ヴァインを失うと、疲労と能力低下で二重に弱体化するわけです。だから、何が何でもクライミングするのはお勧めしかねます。基本的にはピンチのときの追加防御と考え、あまり濫用はしないでください。タイミングが重要です───ここぞというときに使うべきです」


 サンフラワーがそう言ったとたんに、無限導管が歪み出した。これで終わりなのか、と思ったがそうではなかった。別の空間への移動だ。どうやらサンフラワーは、「ここぞというとき」を作ってくれたらしい。

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