4-02
太陽光をある程度透過させているのか、昼間のフライングローズは妙に明るかった。
ひとりでフライングローズに来るというのも、初めてのことだ。回廊を歩いていると、静けさが身にしみる。そりゃあ他に誰もいないのだからうるさかったらおかしいが、ひとりきりであっても、たいていは何がしか音がしているものだ。風。隣の家の犬。冷蔵庫のコンプレッサー。今はあたしの足音しかしない。……いつもはさおりが勝手にしゃべっているから感じないけど、ここって、こんなに静かだったんだ。
トレーニングルームの前に立つと、自動的に扉が開く。中は、例によって真っ白だ。前にも述べたとおり、あたしたちはここでは幻を見せられる。
いつもなら部屋に入ったタイミングで、どこからかサンフラワーの声がして、今日のトレーニングはどうだこーだと説明が入り、室内にはトレーニングの内容に沿った幻の空間が生み出される。
もう少し今風に、バーチャルリアリティとか説明した方が、いいのかもしれない。でも、3Dやらサラウンドやらとは根本的に違う。
意識することがすべての精神体にとっては、「新たな世界を作っている」という説明が正しいのだそうだ。あたしたち脳みそを持つ存在にとっては、───そうさな、脳の感覚をつかさどる領域に直接情報をぶち込まれるというのが近いと思う。コンバータもケーブルも介さないためノイズは軽減されよりクリアでシャープで臨場感たっぷりの映像と音響がお楽しみいただけます───カタログじゃあるまいし。ホンモノなのか「臨場感たっぷり」なだけなのか全然区別をつけられないのは、あんまりうれしいコトじゃない。
ところが───思いがけないものが部屋の中にあった。それは幻でもバーチャルでもないと、根拠もなく感じられた。
白い部屋の中に、白くない異質の存在。赤く、ところどころ黒く、背景から血だまりのように鈍く浮かび上がるそれは、なんだか神々しくすらあった。
「わ。すげ」
鎮座ましましていたのは、一台のバイクだ。新品同様にぴかぴかしている。あたしは駆け寄った。ノーズからテールまで真っ赤なカラーリングの、ホンダ
触ってみようとするあたしの手が止まった。この足回り、純正じゃない。あたしがしたのと同じ改造……はっと気づいて、走行距離を確かめる。あたしがあいつを買ったとき、あいつは既に中古でかなりの距離を走っていた。だからもうガタが来ていて、足回りを改良しなければならなかったんだ。
……間違いない。あんたの
「それは『ヴァイン』です」
サンフラワーがワープアウトしてきた。
「……ヴァイン?」
「簡単に言うと、服以外のオプションです。みなさんに、クリスタルに匹敵する戦闘力を提供する目的で製作しました。それは、レッドローズ専用の『レッドヴァイン』です」サンフラワーはカウルをぱんぱんと叩きながら言った。
「レッドローズ専用ってことは……これ、あたしの? あたしにくれるってこと?」
「そうです」
「なんでまたあたしのバイクを……」
「あなたの事故現場をスキャンしたデータがあったので───使い慣れてる形状の方がよいかと思って」あたしは初めてサンフラワーに惚れてもいいと思った。「ありがとー、ヒマぁ」サドルに思わず抱きついていた。あぁ、この革の感触っ。
「その気になりました?」
「あぁ、シトリンでも何でもいっくらでも探すさ。こいつと一緒ならな」
「無免許なんですからね。僕は、『乗れ』とは言いませんからね。押して使ってください」サンフラワーがまじめな顔で言ったので、あたしは苦笑した。「ロウシールドが制限を加えてこない程度に、くれぐれも気をつけて」
「わかったよ、忠告痛み入る。じゃ、あたしはこいつに乗って───じゃない、こいつを押してあちこちぶらぶらしてシトリンを探せばいいんだな?」
「まぁ、そういうことになります」
「了解っ」あたしは早速ハンドルに手をかけた。もう頭の九割方は久々のバイクの感触でいっぱいだった。早く外に出たくて、風を切って疾走したくて、……って、フライングローズの中からどうやって出るんだよ。
それにだいいち、「まだ話は終わってません」サンフラワーがキーホルダーをくるくる指先で回していた。あたしはそれをひったくろうとしたが、苦もなくかわされてしまった。「お預けです」ちぇっ。「キーを渡す前に、まずこのヴァインについてレクチャーをいたします。そのためにトレーニングルームに呼んだんですから」
サンフラワーはぱちんと指を鳴らした。真っ白だった部屋が、突然輪郭をなくしてドラッグムービーみたいに極彩色のうねりに変わる。目の奥と耳の奥にもその歪みが入り込んでくるように思えて、こめかみの辺りがしくりと痛んだ。サンフラワーの準備したトレーニング用の空間に切り替わる兆候だ。
「まずは変身してください、話はそれからです」
「OK! Blooming up, Red Rose!」
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