2-17

 鈴の起こした空気の振動が消え失せる前に、あたしは拳を握りしめたままモーリオンに突っ込んでいった。体は滑るように宙を躍り、殴るために腕を振り上げても反動による速度の衰えがない。シトリンとやったときと同じだ。むしろ前よりスムーズに感じた。


 モーリオンも動いていた。手を腰の後ろに回して、背後から何やら筒状のものを取り出して前に突き出してきた。それは二丁拳銃ならぬ二丁機関銃だった。反動も利用して後退しながら、光弾をあたしに撃ってくる。


 だが距離が近く、ヤツの後退よりあたしの突進の方がはるかに速かった。何発かもらったようだったが、威力はなく、何のブレーキにもならなかった。


 「邪魔クセェ!」


 あたしは腕を振り上げたままの状態でモーリオンの懐に飛び込んだ。ヤツは人間の反応をした。すなわち、とっさの防御の姿勢、つまり両腕を体の正面に回し、持っていた機関銃をクロスさせたのだ。あたしはかまわずその防御ごと殴りつけた。


 するとどうだ。一撃で、機関銃だけが光の粒子になって弾け飛んだ。シトリンコピーをぶっ飛ばしたときのように、消えてしまったのだ。一方で、殴った勢いでかなり後方へ───玄関前から広い駐車場へと追いやったものの、モーリオンは何のダメージも感じていないようだった。


 「こいつはもう一組準備してある」


 モーリオンは不敵に笑い、再び後ろ手に回して新たな機関銃を取り出した。


 「いくつ出しても何度でもぶっ飛ばしてやるよ!」あたしは追撃しようとした───だがモーリオンは、「突っ込んでくることしか知らんのか」新たにとんでもない武器を出現させていた。「近代戦はな、基盤戦力の差で決まる。だから日本は負けた。カミカゼなど役に立たん」


 ヤツの体の円盤部分が、じゃくじゃくんという金属音とともに、例えるならスカートがまくれ上がるような動きをして、中のデカパン部分が丸見えになったのだ。女王蟻の腹のように太く不格好に迫り出した長い筒状のデカパンは、表面に食べ散らかしたとうもろこしのように無数の穴があった。


 その穴から、いっせいに細い鉛筆が空中にばらまかれた。もちろん、尻から火を噴く鉛筆だ。……それはミサイルっていうんだ!


 生きていた頃にロケット花火の撃ち合いをしたことがあるが、ロケット花火は!自動追尾ホーミングなんかしない。全弾あたしを標的に定めて飛んでくる! 思わず動きを止めてしまいそうになって、だけど完全に止まってしまったら格好の的になるってのをあたしは察知した。


 「こなくそぅっ! ───ナメんなコラァ!」


 ぎりぎりまで引きつけて体をねじり、すれ違うようにして避けると、何発かはミサイル同士激突して虚空に散った。


 何発かは爆風の中を抜け出し、反転してあたしを追っかけてくるが、むろん待ちはしない。あたしはそのままモーリオンへの突撃を続行した。


 だがモーリオンも黙って見ているわけがなかった。あたしが避けてくるのを見透かしていて、手の中の機関銃をばりばりぶっ放してきた。あたしは、誘導ミサイルに追い出される場所を見越して狙い撃ちという魂胆に、まんまとはまってしまったのだ。


 目の前の銃口を避けようととっさに体が動いてしまった。機関銃の射線からは避けたが、残ったミサイル群が追い打ちをかけてきた。続けざまに背中に直撃し、爆発する。


 「がっ……」


 ゴーグルの中の、あたしの状態を示すらしいいくつものメーターがばりばり明滅してピンチを知らせてくる。一瞬、激痛で感覚が麻痺した。思ったままに動いてくれるはずのスラスタの制御さえ止まってしまった。バランスを保つことができず、あたしは駐車場のアスファルトに叩きつけられた。


 すぐにモーリオンが次の攻撃を仕掛けてくる構えだ。寝ている暇はない、痛みをこらえて跳び上がると、今までいた場所に機関銃が撃ち込まれた。


 くっそ、あんなに武器を持ってるヤツとどうやって戦ったらいいんだ? ていうかあたしにあるのはローズアームズとローズショットだけなのか? ……ふっと思い出した。サンフラワーは、服にオプション武装が組み込まれている場合がある、と言っていたじゃないか。


 あの革ジャンに何か武器が組み込まれていれば……あたしは薔薇飾りに触った、あるんだったら出てきやがれ!


 ───光を伴って出てきた白い筒は、ローズショットの原型に見えた。昨夜はピストルの形状に変わったあれだ。くそ、同じものしか出てこないのか、と思ったのは一瞬で、それは急速に体積を増した。ピストルとは違うものに変わっていく。


 あたしの身長ほどの長さがある円筒の砲身、砲口がやや広がって月のウサギが持つ杵のような形状……あたしはミリタリーには興味ないが、その少ない知識を総動員すると、この形は、バズーカ、という品物だと思う。じゃあ、名前はローズバズーカか(サンフラワーが準備するあたしたち用の道具は、なんでもかんでも名前に「ローズ」がついている。競馬の冠号じゃねぇんだぞとイヤミを言ってみたこともあるが、サンフラワーはどこ吹く風だった)。


 こんなばかでかい武器、どうやって扱うんだ。肩に担ぐのか? 一瞬うろたえたあたしを、モーリオンは見逃してくれない。すかさず機関銃の銃口をこっちに合わせようとしているのが目の端に映った。……えぇい、こんなのは筒っぽの先を相手に向けてトリガを引きゃあ弾は出る! あたしにはもうこんなところでためらっている余裕はないんだ!


 モーリオンがトリガを引き、一瞬遅れてあたしがトリガを引いた。狙いが定まったのは奇跡というよりは防衛の本能だったと思う。ローズバズーカから放たれた光弾は、機関銃の光弾をかき消しながら直進し、見事モーリオンに命中した。あたしも軽く反動を受けたが、それは背中のスラスタがほとんど吸収してくれる。


 モーリオンの手から機関銃がなくなっている。新しいのも出してこない。あの機関銃はヤツにとってもオプションだったのだろう。今の一撃で破壊し尽くしたらしい。


 「よっし!」あたしは追い打ちをかけるようにモーリオンに向けてバズーカを撃ちまくった。


 「ぅおのれェ! こしゃくなぁ!」モーリオンはすぐに体勢を立て直していた。円盤形の体はそういう小回りが利くらしく、ひゅんひゅんとジグザグに飛び回って弾丸を避けていく。逆にこちらのバズーカに器用さはなかった。連射ができず、最初の一発以降はまともに狙いを定めることもできなかった。


 やがて、ローズバズーカのトリガを引いても反応しなくなった。ゴーグルの中で何か明滅している、くそ、オプション武装は弾数制限があるのか! ローズバズーカを手から投げ捨てると、砲身は小さな白い筒に戻り再び肩の花弁の中へ吸い込まれていった。


 今度こそ武器がない。ヤツも同じだろう、と思ったのは甘かった。モーリオンはにやりと笑うと、胴体を変形させ、新たな武装を露わにしていた。今度はスカートと腹部の間、人間ならベルトのバックルがある辺りから長く太い筒を前へ伸ばしているのだ。……大口径の砲塔だ! 砲身内部は、すでにローズアームズやローズショットと同じ青白い光───攻性粒子に充ちており、すぐにでも発射できる態勢が整っていた。


 同時に、機体下部のデカパンユニットから、二発目のミサイルが斉射された。またミサイルで追いつめて狙い撃ちにする気か……月面波動砲の孫みたいなあの砲撃を食らったらただではすむまい。しかもさっきとは違い、今度はバズーカを撃ちきった直後で体が完全に静止しており、反撃に転じることもできない。とにかく逃げるしか、ない。


 そのときだ。ロウシールドの外、セレモニーホールに面する国道から、霊柩車が敷地内に乗り入れてきた。駐車場の通路を縫って、あたしが背にしている、つまりめぐみの葬式が行われている建物に近づいてくる。おそらくは、めぐみの棺を待ち受けるためにやってきたのだ。

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