2-18

 これだ。あたしは後退しつつミサイルを引きつけると、近づいてくる霊柩車の進路をカットするように飛び抜けた。あたしと、あたしを追尾しようとするミサイルの間に霊柩車が割り込むかたちとなり、すべてのミサイルは霊柩車にぶち当たって爆発した。オレンジ色の光、その後猛烈な黒煙が湧き上がった。しかし、ロウシールドの外にいる霊柩車には、傷がつくどころか揺らぎもしなかった。何もなかったようにそのまま進んで車を玄関に寄せると、後部を玄関口に向けて止まった。


 この防塁を使わない手はない。あたしはそう思い、いったん退いて霊柩車と玄関の間に入った。だがここであたしはミスを犯した。モーリオンから目を離し、見失ってしまったのだ。霊柩車は思ったより大きく、あたしにとっても視野を塞ぐ壁だった。


 モーリオンの居場所がわからない。霊柩車の向こう側にはいるはずだが、どうすればいい、どちらから攻めてくる?


 あたしは、ゴーグルの端でちらちらしている、円とも球ともつかないレーダーらしきものを見据えた。索敵はホワイトローズの仕事だそうだが、あたしの機体にも簡易的なものはあるのだ。もっとも、自然とその使い方を把握していたゆきのと違い、あたしにはまだ何が何やらさっぱりだ。えーっと、中心が自分で、ここんとこが目の前の障壁(霊柩車)で、この光っている点が……真上?!


 霊柩車の唐破風の上から、ぬっとはげ頭が現れた。


 「バカめ!」


 至近距離から光線が発射される、かわしきれない!


 直撃はどうにか避けたが、左半身が太い光線の周縁部に飲み込まれた。攻性粒子と防性粒子との中和反応は、青白い閃光が次々と弾ける現象として目に焼きついた。見た目に痛いだけでなく、静電気の放電がいつまでも続いているようなじりじりとした不快な痛みが脳に届いていた。


 その間にモーリオンはまたしてもミサイルをばらまいて追い打ちをかけてきた。逃れようとしたが、続けざまに背中に直撃し、爆発する。


 「がっ……」


 勢いで、あたしはホールのロビーに押し込まれた。ゴーグルの中の、あたしの状態を示すらしいいくつものメーターが激しく変化する。


 迫るモーリオンが新たに繰り出すさらなる弾幕を避けきるには、ホールの中に飛び込むしかなかった。ミサイル群はロビーを躍り、あたしを追ってホールの中に飛び込み、一般参列者の椅子の背に当たって砕ける。爆風と黒煙が参列者たちを包み込みすり抜けていく。中では、めぐみの父親が、参列者そしてめぐみのクラスメートに向かって何か挨拶をしていた。


 あたしは歯ぎしりした。何が悔しいって、この参列者たちなら、今度こそきちんと盾や防塁にできると考える自分が、だ。


 ロウシールドによって彼らは蚊帳の外だ。目の前で起きている戦闘、こめかみに炸裂するミサイルに気づかない。泣いたり、黙ったり、遺影を見てやるせない微笑みを見せたりしている。あたしはその微笑みを盾にして、モーリオンにローズショットを連射した。


 モーリオンは、今度は避けようともしなかった。当たっても軽くのけぞる程度で、平気の平左でいる。さっきから殴ってもバズーカの弾丸を食らわせても、さっぱり手ごたえがない。やはりダメージを与えていないのか……それとも。


 「てめぇ、痛くないのか?!」あたしは使われていないパイプ椅子の陰に隠れながら叫んだ。


 「痛い? なぜそんな感覚を残しておく必要がある?」モーリオンは、その質問を待っていたかのように悦の表情を見せながら答えた。「シトリンも笑っていたぞ。何と愚かな連中だと……」


 「痛みすら捨てたのか」あたしは睨みつけた。「まさしくつける薬がねぇな!」


 とすると、ダメージを与えていないんじゃない。ヤツが苦痛を感じていないだけだ。とはいえ、これまでに与えたダメージは、あたしが食らったダメージに比べたら、せいぜい機関銃を壊せたくらいで、微々たるものだろう。ローズショットをひたすら当てていくにしても、さっきの様子じゃムダそうだ。鳩の糞がいくつ当たったって人は死なない。


 ならどうすればいい。見た限り、ヤツの腕は細く、機関銃をつかむことしかしていない。あの円盤状の構造から見ても、殴り合いには向かなさそうだ───つかず離れずで接近戦ができれば、あるいは。しかし懐に飛び込むまでが至難だ。


 再びミサイルポッドからミサイルがばらまかれる、くそ、あっちもオプションだろうに、弾数の制限はないのか? 車と革ジャンじゃ、作れる弾の量が違うってことか?


 あぁ───出棺直前の、「最後のお別れ」が始まった。めぐみは棺の上で漂って、まだ自分の姿を見ている。自分の死体に別れを告げる人々を見ている。菊の花が、彼女の体と持ち物を埋めていくさまを見ている。


 棺の中の死体を直視した同級生のひとりが───あれは、恭子だ───恭子が突然膝を落として崩れ落ち、人目はばからず大声で泣き始めた。幼い激情はあっという間に伝播し、連鎖してホール中を泣き声で満たした。むせび泣きで抑えていた涙を、それぞれがこらえきれなくなり、友達の、親の肩に顔を押しつけて涙を拭う。


 「やかましい奴らだ」モーリオンは言った。「まったく、これと映画館とどう違うというんだ?」


 「テメェ!」思わず立ち上がったあたしに、モーリオンは再び砲口を向けていた。


 「馬鹿で感情的な女に、この崇高な不死の肉体はふさわしくない!」


 「コレのどこが肉体だって、このユデダコ野郎!」


 まとめて撃ち込まれるミサイルと光線を、パイプ椅子の間を飛び抜けてどうにかかわしながら、こんな場所で戦いたくない、と心から思った。せめて戦場を、めぐみから見えるこの場所から移したかった。


 しかし、モーリオンに完全にホール入り口を押さえられてしまった。その他の入り口は、非常口で、今は閉まっている。風通しのために開けられている窓は網戸だ。


 袋のネズミだ。空中戦をするというにはこのホールは狭すぎ、どこに逃げても狙い撃ちにされる状態だ。その状況を承知とみえて、モーリオンも入り口の前から動こうとしない。ホールから出すつもりはないようだ。

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