2-16

 コピーザコ対さおり&ゆきの。二対六だが、なんとかなるだろう。なんとかなると信じるしかない。あたしの眼前にはコピーではない異物が在る。


 あたしとモーリオンは地上で対峙した。


 モーリオンは、戦いがふたつに分かれていく様子をにやにや笑いながら見ていた。


 「まったく女ってのは頭が悪いな。戦いませんと言っておいてコピーを残していく。矛盾だ。欺瞞だ」なるほど、こいつはこういうヤツか。自分が女に負ける可能性などこれっぽっちも考えていないらしかった。「自分の手を汚さなくても勝手に物事が進むと思っている、役立たずばかりだ。それならそれで大事なことはみな男に任せて、黙って子育てをしておればいいものを、騒ぐだけはさんざん騒いでうっとうしいったらない」


 あたしは答えた───「へぇ、あたしゃてっきり、言っちゃいけないコトは思ってても言わないのが男ってモンだと思ってたよ、さしずめあんたは男が腐ってんだな」


 念のため、尋ねてみる。


 「せめて場所を変える気はないのか」


 「なぜ、そうする必要がある?」モーリオンは答えた。


 「ここで何やってるか、わかるだろ?」あたしは問い返し、片手の親指をホールの方に向けて見せた。ロウシールドの中に伝わってくる読経。木魚。繰り返し焚かれる香の煙。入り交じる嗚咽。めぐみの声も混じっているような気がした。


 「愚問だ。ロウシールドの中にいるときに場所など関係ない。シールド外の光景に気を取られる必要はない。何ゆえ我々がこの別空間にいるのか、よく考えてみるがいい」


 確かに、あたしたちを「地球から切り離す」のが、ロウシールドの役目だ。あたしたちがすることを彼らは知りえないのだから、彼らのしていることにあたしたちが関知する必要はない。だけど、そんなに簡単に割り切れるものなのか?


 「まぁ、勘違いしていたくばそうしておれ、貴様らがおセンチになるなら好都合というもの。めそめそ泣く面相ごと叩きつぶしてくれよう」


 「わかってんのか? 葬式だぞ?」


 「葬式だから何だ? 人が死んで何が悲しい?」愕然とする答えだった。「俺にとっては他人の死などどうでもいいことだ。何の感慨も沸きはせん」


 「どうでもいいこと?」あたしは拳を固く握りしめた。血が出そうなくらい、固く。「なぜそんなことが言える? この切り離される悲しみが、なぜあんたには伝わらない?」


 「若いな。これだから『人の命は星より重い』なんて馬鹿げた倫理で育てられたガキは困る」モーリオンは鼻で笑った。「貴様らは人が飢えて死ぬのを見たことがあるか? 人の死体にウジがたかるのを見たことがあるのか? 俺が生き抜いてきた戦争直後の日本とはそういう場所だった。


 修羅場の中で俺は悟ったさ。生きることは戦いそのものであり、死とはその果てに来る敗北でしかないのだとね。敗北者のために、仰々しく飾り立てて嘆くなど馬鹿げている。


 そして俺は、人生に完全に勝利した! この体は、決して死ぬことがないのだからな!」


 あたしは目を見開いた。


 「俺は死という現象、俗物があまねく向かう愚かでつまらぬ結末から解放された。これが悦びでなくてなんであろう!


 いいか貴様、ぬきんでた者が、横並びにしかなれない連中と同じことを考える必要はないんだ。死というものを金を払ってありがたがって買う奴らなど、ただ嘲笑っておればいいんだ。貴様がそんな馬鹿どもと仲良く遊んでいたいというなら、棺を並べてやろうともさ!」


 「そういうことかよ」なぜヤツがあたしとはかけ離れた感情を持ち、葬式を前に平然とした顔で戦闘を仕掛けてこられるのか、あたしにはよくわかった。こいつ、自分が不死身の体を得たことがうれしくてたまらなくて優越感に浸りたいだけなんだ。他人の死というものが、劣った何かにしか見えていないんだ。「フザケンな! 自分はもう死なないから他人の死はどうでもいいってか! ブッコロス、てめえは殺す!」頭にかぁっと血が上るのを感じた。人の死を論じていたはずなのに、自然と言葉が口をついて出た。「いっぺん死んでこいゃォルァ!」


 強く握りしめた拳が、感情の昂ぶりに合わせて赤く輝き始めた。まるで炎のように、揺らめく。


 めぐみの声にならない嗚咽めいた声だけが、たくさんの嗚咽の中から、抽出されて聞こえてくる。


 読経がその声に重なる。


 木魚の音が急に耳の中に強く伝わってきて、心臓などないこの体に、脈動を与える。色即是空空即是色こっこっこっこっこっこっこっこっ正確なリズムでこっこっこっこっこっこっこっこっ、


 ちぃ──────ん。


 りんの、澄み渡る響き。


 動いたのは、同時だった。

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