2-08

 「……本気ですか」ゆきのが言った。「自分のお葬式に参列させるんですか?! 荒療治過ぎます!」


 「何もしないよりはした方がマシだって言ったろ! 他に思いつかないんだよ!」


 「でも……」


 「あのさぁ」さおりが突然口を挟んできた。「できんの、そんなこと? なんかヘンくない、自分のお葬式に行くって?」


 「行ってみなきゃわかんねぇよ」


 あたしが吐き捨てるように答えると、


 「無駄ですよ」


 サンフラワーが言った。


 「あなた方は社会的に抹消済みの存在であることはお話ししました。そのあなた方が、よく知る人たちの集まる社会的な行事に参加できるとお思いですか、つまり―――自分の葬式に当人が参加するなどということが」


 彼は何もない空間に向かって話しかけ、あたしたちに聞こえる声量だけをぼそぼそと発していた。あたしはサンフラワーを睨みつけた。


 「行ってみなきゃ、わかんねぇって言ってるだろ」


 「いいえ、わかります。ロウシールドがそれを干渉行為と見なします」


 「……ロウシールド?」


 「地球人と異星人がでっくわすとか、宇宙船が発見されるとか、そんなボーンヘッドが起きて惑星が混乱することを防ぐために、宇宙法は、星域全体をカバーする特殊なシステムの設置を義務づけています。それが、ロウシールドです。


 あなた方は、『自分たちがローズフォースであること』を地球人に明かしてしまうあらゆる可能性を否定されます、逆にすべての地球人は、ローズフォースとしてのあなた方を見たり聞いたりするあらゆる可能性を否定されます。その目的を達成するために、ロウシールドはあなた方の行動を制限するか、世界を分断するかのどちらかの手段を執ります。


 行動を制限するロウシールドを特にロウシールドメソッドと呼び、世界を分断するロウシールドを特にロウシールドフィールドと呼びますが、区別したり意識したりする必要はありません。意識するとしないとに関わらず、ロウシールドは脳波や物理法則に干渉して必ず目的を達成します。ロウシールドは、宇宙と地球を厳然と隔てる、不可侵の壁なのです」


 「……何言ってんのか全然わかんねぇよ」あたしはサンフラワーに言葉を投げつけた。「それでも、とにかく、行く」


 「なら、止めません」サンフラワーはひとつため息をついた。「ロウシールドの動作パターンを知るよい機会かもしれませんね。せっかくですから、玄関から出ないでバルコニーから出ていくといいですよ」


 一瞬、おぅそうかアドバイスありがとよってな反応をしそうになって、……その言葉の意味するところの重さに愕然となった。九階のバルコニーから、どこへ行く?


 「あなた方は今一銭も持ち合わせていないはずですし、仮に電車やタクシーで行ったところで、着いた頃には式は終わっているかもしれません」サンフラワーは話を続けた。「戦闘形態なら速度は無制限です。もっとも、脳の限界を超えるとまずいんで、音速以下にとどめた方がいいですよ」


 「……空を飛んで行けと……」それは、変身せよというのと同義だった。


 「大気圏行動にも慣れることができるでしょう。……いってらっしゃい」最後だけ、あたしをちらりと見る。


 あたしは、下唇を噛んだ。求めもしないのに自分以外の誰かが勝手に自分に与えた、自分ならざる自分への変貌。まだ、ためらいがある。


 サンフラワーを睨んでいた視線を、窓の外へ移した。外はだいぶ明るくなっていた。青い空が、見える。


 行かなきゃ。


 めぐみに、死を、教えなくちゃ。死と、厳然と、向かい合わせて、事実を、彼女に、


 ───口の中が、乾いていくのを感じた。それを確かめるように、あたしは口を手で覆った。少し吐き気がする。


 まただ、またあたしは自分の行動の理由を誰かのせいにしている! まず、あたし自身に叩き込むためだってことを認めろ!


 そうなんだ。あたしだって受け止め切れているわけじゃないんだ。自分の、生、と、死。あたしは───あたしは、いつ「自分が生きている」って知ったんだろう。それを知らないなら、むろん死んでいるはずもないんだ。


 考えるな! それ以上、考えるな!


 違うよ。違う。今度は、逃げてるんじゃない。あたし以上の苦悩を抱えているひとりの女の子を、助けたいと思ってる。助けるために、すべきことを目の前に見つけた。だったら、勇気出して、前に一歩出るしか、ないじゃないか。


 でも、なんでこんなに苦しいんだ。逡巡するんだ。


 ふっと温かい手が肩甲骨のあたりに触れた。


 はっと顔を上げた。窓の向こうに青い空。いつの間にか、強くうつむいて、フローリングの色だけを睨みつけていた。空の青さがこの世にあることすら忘れかけていた。


 「大丈夫ですか」触れていたのはゆきのだった。はっと振り向いたら、ちょうど視線が合った。彼女の瞳は純粋だった。めぐみのような拒絶も、あたしのようなとまどいもなかった。


 「つらいことなんですから、今はムリしない方が」


 「葬式は待ってくれない」あたしは答えた。「今しかないんだ」


 「わかりました───では、私も行きます」ゆきのは毅然と言った。


 「あんたはいいよ。自分が死んだこと、よくわかってるんだろ」


 「受け入れてはいます。でも、理解できてはいません。『私が死んだ』って、どういうことなんでしょうか」


 どういうことなんだろうな。あたしもわからない。「……なら、来いよ」あたしは答えた。


 「えー、じゃ、あたしも行く」さおりも立ち上がっていた。「その子、カワイソウだもん。……あんただってさ、ひとりで連れてくの、ヤだったんでしょー?」主体性のないヤツ。彼女は自分の行動を人のせいにしてもいっこうに気にならないようだ。しかし、痛いところを突く言葉であるのも事実だった。


 わかったよみんなで行こう、と言いかけたとき、サンフラワーが変わらず遠くを見たままで言った。


 「あなた方は四人一組のチームです。そんな理由づけをせずとも、行動は四人同時が原則と心得てください。ゆきのさん、さおりさん、リーダーの指示には必ず従うように」


 「誰がリーダーだって?」あたしは思わず反駁していた。


 「あなたですよ?」サンフラワーはさも当然とあたしを見上げた。「ブルーローズ様がそうおっしゃっていたでしょう?」


 確かにそう言われた記憶があるが、はいそうですかと聞き入れた覚えはない。リーダー。導き手。あたしはつるむのが大嫌いで、人の上に立つのも大嫌いだ。リーダーなんて、やりたくない。やらなくていいもんなら、絶対やらない。およそ長とか委員とかつく仕事は、ゆきのみたいなタイプに全部押しつけて自分は楽をするのが常だった。


 しかし、さおりは目をぱちくりさせてこう言った。「え、リーダーでしょ、いちばんエラそーにしてんじゃん」


 「私は、とても素晴らしいリーダーに恵まれたと思っていますよ」ゆきのがにっこり笑って言った。虚を突かれて、あたしは言葉を失った。「みずきさん、もう他人のことを背負ってらっしゃるじゃありませんか。どうぞ私たちを率いてください───指示を」


 少し照れる。が、今は照れてる場合じゃない。バルコニーに足を踏み出そうとして、まだTシャツ姿なのを思い出す。さおりなどはパジャマだ。


 ふっ、とあたしはひとつ息をついて言った。「じゃ、その、なんだ、リーダーみたいだから。少し仕切ってみる」さっきよりは、少し穏やかな声になったと思う。「着替えろ、みんな」


 「着替えろってー、どんな服着てけばいいー?」いきなりの返答がそれかい! 「葬式にゃ黒って決まってる!」


 あたしはさっさと部屋に戻って、さっき見た黒の革ジャンを引っかけた。他に黒い服はなかった。濃紺のジーンズを合わせてどうにか喪服代わりにした。


 着替えを終えて出てきても、めぐみはまだ呆然としていた。この子はパジャマで連れていくしかないだろう。彼女のいた部屋に入り込んで、クローゼットからカーディガンを引っ張り出し、肩に掛けてやった。その間に、ゆきのが手際よく玄関から四人分の靴を持ってきて窓際に並べていた。

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