2-06
今度はゆきのが、サンフラワーに訊き返す。
「今の話ですと、変身前と変身後とで質量保存は成立するということですよね。プログラムされた粒子だけが遷移するのならば、食事や排泄はどうなるのですか? 私たち今ポテチ食べてますけど」
「人間形態では、人体の上位互換となるよう設計しましたからおそらく問題はありません。摂取した分は栄養や排泄物として体内を循環します。しかし、摂取によって体内に入る物質は、プログラミングを施されていませんから、いちどでも変身すると体外へ強制的に放出され、体は元の状態にリセットされます。クラス6以下の微粒子として排出されますので目には見えません。僕から提供する、脳を動作させるための特殊な糖錠剤以外の食品は摂取してもまったくの無駄となります」
「リセット、ということは……つまり、私たちの体は、戦闘形態に変身する限り永遠に成長しない……どんな傷を負っても一瞬で直せるし、死ぬこともない、ってことですか……?」
「みなさんはすでに死んでいます」
「いえ、ですから、法律の問題ではなく……」
「そうですね、百歩譲って現状を生きていると定義した場合───おっしゃるとおり、みなさんの肉体は変身を行うたびに初期値に戻り、いっさい老化しません。不老不死、と言えるかもしれません」
「うれしくないな」あたしは言った。どうにか理解できる話に戻ってきたと思ったら、また生き死にの話をしてやがる。「全然、うれしくない」
「どゆこと?」さおりが訊いてきた。
「あたしら、この歳のまんまなんだと」
「だからそれどゆこと?」
こいつにわかるように説明する方法はあるのか?「……あたしらずぅっと、目尻にカラスが出てこないってことさ」
「あんたもうそんな心配してんのぉ? 年下なのに」
ダメだこりゃ。あたしは、さおりといっしょに「わからんグループ」に加わるよりは、ゆきのとサンフラワーに少しでもついていこうと思った。
「こういうことでいいのか? 食べても飲んでもケガしても、あたしらは変身するごとに体にリセットがかかって元に戻っちまう。あんたらの命令をハイハイって聞いて戦闘兵器でやってく限り、体はずぅっと一九歳であり、一六歳であり、二二歳のまんまだ……でもあの体、
「HPがマイナスになるとどうなるんですか?」ゆきのが尋ねた。
「ブルーローズ様と同じ状態になります。精神体であれば、体を失うだけです。あなた方の場合どうなるかは、僕も生体臓器を含むクラス7物理構造を造ったのが初めてなので正直わかりません。記憶や理性が維持できるかどうかは保証しかねます。ただ、時間さえかければ、僕が脳まで含めて完全な修復作業を行います。えぇ、時間が必要なので、その場は確実に戦闘不能ですね。つまりあなた方は不死身ですが無敵ではないのです。
実際にはHPではなく、バリアのエネルギー残量と心得てください。クラス7でプログラミングされた粒子はとても不安定で、攻性粒子と呼ばれる特殊なクラス7粒子に触れると簡単に反応を起こしてしまい、結果としてプログラムは破壊されます。我々が使う武器───銃の形状をしたものはローズショット、近接戦用のものはローズアームズと名づけています───も、敵が使う武器も、すべて攻性粒子が組み込まれています。ですから、攻性粒子から身を守るために、戦闘形態のあなた方は防性コーティング粒子によって覆われています。つまりこれがバリアで、肉体を構成するクラス7粒子より先に攻性粒子と反応して中和します。中和ですから、防御するたびにバリアは薄くなります。
攻性粒子は地球の大気から比較的容易に精製できるので、失われた分を自動的に補充するようにしましたが、防性粒子は残念ながらそれができません。よって防性粒子は、それから一部の追加武装も、粒子プログラミングによってあらかじめみなさんの衣服に組み込むことにしました。この部屋に準備してある服にはすべてそのプログラミング処理を行ってあります。どの服がどれほどの防御力と武装を備えているか、特性をよく理解しておいてください。
ですからみなさん、今後新しい服を仕入れてくるのはいっこうにかまいませんが、なるべく私にひとことかけてくださいね。プログラミング処理を施した服を着ていないと、変身のときに脱げます。変身を解除したときは裸になってしまいます。それから、プログラミング処理を施した服を着ていても、戦闘でダメージを受けて防性粒子が甚だしく失われた場合は、変身を解除したときに、服が復元できない可能性がありますんでどうぞご注意を」
攻撃を受けると服が脱げるって、いったいどこの脱衣麻雀だ。造った当人にそういう意識は毛頭なさそうだが、遊ばれてるとしか思えない。
「自己紹介のつもりがだいぶ話がずれてしまいましたが、以上があなた方の体のしくみです。おわかりになりましたか」
からだのしくみ、か。保健体育の授業というよりは、なんだか怪獣大百科か学研のひみつシリーズを、せっかくの解説イラストを抜きにしてわざわざ朗読されてる気分だ。ひみつシリーズって今どうなってるんだっけ。「ローズフォースのひみつ」マンガは内山安二で頼むぜ、くそったれ。
だいいちこの際、からだのしくみがわかったところでしょうがない。「だいたいわかった」あたしは言った。「だけど、なぁ、肝心なことひとつ訊いていいか」
「なんでしょう」
「なんであたしらが戦わなくちゃならないんだ?」
「それは、あなた方が道具であり、用途が兵器だからです」どキッパリ言われると無性にムカツクな。「今のがあなた方にとって質問となり得ないことは、昨日きちんと申し上げたつもりですが?」
「そうじゃなくてさ」あたしはイヤ気な顔を見せたまま、手をひらひらと振ってみせた。「あんたらがあたしらを選んだ基準が何かってことを訊きたいんだよ、こんなデコボコカルテット。あたしらでなくても……」そこまで言ってあたしは手を止め、言葉を切った。ためらいが生じた。そこから先を続けてはいけないような気がした。「……別にあたしらでなくても、よかったんじゃないのか」
「さぁ、選んだのはブルーローズ様ですから、僕は知りません。ただ、あの方のすることですから、深い思慮があったとは思いません。三月中旬に見繕った生きのいい死体があなた方だったというだけですよ」
「……ふざけんな」
あたしの口からその言葉が漏れたのは、どこかで今の質問を後ろめたく感じていたからかもしれない。サンフラワーはその後ろめたさを見逃してくれなかった。
「じゃ、誰だったらよかったんです? ロトの血を引く勇者ですか? ハモニカ星国の王女様ですか? ふさわしいかどうかなんて、関係ありません。ほんとうに、強いて挙げるなら、あなた方の選ばれた理由は死体の生きの良さだけです。幼くてシナプスが完成しきっていない状態も、老いて脳細胞の老死が進み過ぎた状態も困るんですよ。ざっと一〇歳から三〇歳まで、それ以外は偶然です」
「それでも、あたしたちは、選ばれた」
「そういう考え方はおやめなさい。いずれにせよあなた方は我々の命令に従って動くのですから」
「でも、みずきさんの疑問はもっともです」ゆきのが別の観点で言った。「今の話を聞く限り、ブルーローズさんは『戦闘専用の下位精神体』を造ることが可能なはずですが? なぜ、地球人の死体を利用するという面倒な方法を採ったのですか?」
サンフラワーは、その質問を聞いて、ふっとうれしそうに笑った。
「ひとことで言えば、その方が強いからですよ」
「まさか」ゆきのはそう口走った。「えー? ツヨい……の?」さおりも目を丸くしていた。
あたしもそう思った。あたしたちが「強い」はず、ないじゃないか。まして、地球を侵略しようとする異星人より強いなんて、そんなことあるはずないじゃないか。
しかしサンフラワーは、それが当然のことのように続けた。
「理由は正直僕にもわかりません。推論はありますが、推論をもっともらしく説明するのも野暮な話です。たぶん、僕がお話しするまでもなく、いずれみなさんがきちんと自覚することと思いますよ。
いま説明できるのは、純粋な戦闘能力なら、ブルーローズ様よりクリスタルの方が強いってことです。それはみなさんが昨日ご覧になったとおりです。なら、下位精神体が戦ったところで結果は同じです。まして戦闘専用のシトリンと僕が戦ったら、僕が負けるんです、それはわかりきった話なんです。だから我々は、違う方法論で彼らを阻止する要員を確保する必要があった。そのために僕は、あなた方を造った。
そして、動作試験もしていない段階で、みずきさんはシトリンと互角に渡り合っています。大丈夫、あなた方はとても強いです。これからもっと強くなっていきます」
サンフラワーはぐるりとあたしたちを見回した。
「みなさんはモノです。けれど、僕らにとって、必要なモノです。ブルーローズ様が敗れたいま、目的遂行のために欠くべからざるモノです。ヒトには水とパンが必要であるように───どんなに理想をぶち上げたところで、必要でない人間ってのはこの世にいるんですから、それよりははるかにマシだと思いませんか」
ドキリとした。「あー、それわかる、なんとなく」さおりが言った。「あたしはいーよ、別にさ。なんかよくわかんないけど、ヒツヨウって言ってもらえるの、あたしは好き」そういう言葉がこじれた結果、刺されて死んだんだろうに。
あたしはそっぽを向いた。答えたくなかった。その言葉を拒みたかった。自分が必要な存在かどうか、当人の意見なく他者が勝手に決める問題じゃないと、そう思った。
「兵器が欠くべからざるモノ、ですか───」ゆきのがぽそりと言った。「もしここで、自分には戦いなんてムリだとか、戦うのは絶対にイヤと言って、命令を拒否したらどうなりますか」
サンフラワーが斜め後方へ流し目をくれた。めぐみのいる方向だ。そして答えた。
「廃棄処分です」
ゆきのは口を閉ざした。
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