2-04

 声に反応して───BINGO! 変身が始まった!


 他人の変身をじっくり眺めるというのも変な話だった。ゆうべ、自分が同じことをやったのだとはとうてい信じられなかった。


 それは全身から、目が痛むほどの燐光が放たれることから始まる───はっと目をかばった手をそろそろとどけると、放たれた光の一部が彼女の体を楕円球で覆い、薄い透明な光の繭を形成していく。虹色、あるいは玉虫色、シャボン玉みたいに色がさまざまに変わりゆくその繭の中で、手足の指先から、頭のてっぺんに向かって、服もコミでさぁっと光が覆っていく。完全に顔までが光に覆われた後、あたしがあのとき感じたのと同じように、ゆきのの体だったものは、ぱぁんと弾けて、いっせいに散らばる粒子となった。光る粒子は―――光子と呼ぼうか? 光子は繭の中で跳ねたり回ったりさまざまな運動をしながら、次の命令が下るのを待っているかのようだ。そして繭の中でゆきのの姿は消えてしまった。


 ―――いや、完全に消えた訳じゃない。脳だけが、泡状のカプセルに包まれて、宙に浮き、地面と平行にゆっくりと回転している。その周りを光子がぐるぐると高速に回転している。惑星と衛星。原子と電子の関係のように。


 光の繭の中で、ぐるりと、脳が一回転して、直後に収束が始まった。光子たちは、先ほどとは逆に、急速に集結していく。光は脳を覆い、そして頭から手足の爪の先へ向かって、鎧に覆われた新たなあの身体のフォルムをかたちづくっていく。耳がアンテナ状に、かかとはピンヒールのように尖る。


 やがて同じように頭の先から手足の爪の先へ向かって、光子が光を失い、鋼の色を露わにしていく。光が完全に消えた後には、金属の鎧に身を包む戦士の姿が明らかとなり、同時に繭もまた光を失い消えていった。ヒトの姿から、ローズフォースへ───高岡ゆきのからホワイトローズへ、これが変身の全貌だった。


 ゆきのは、ステップを踏んでくるんとその場で回って、軽くポーズを取ってみせた。


 「ホワイトローズ、参上! ……なーんて、こんな感じでどうですか?」


 「わー、ウソマジー? すごいなんかカッコいー!」さおりが能天気にぱちぱちと拍手している。「……じゃー、あたしらみんなこんなん? こんなんになっちゃった?」


 「……喜べることなのかなぁ」あたしはつぶやいた。順応の早い奴らだ。


 確かに見た目はカッコいい……のかな。


 ホワイトローズの戦闘形態は白が基調で、左肩の薔薇の飾りやゴーグルなど、あたしが変身したとき赤っぽかった部分がすべて白のカラーリングだ。銀白に変わった髪が蛍光灯を反射してきらきら輝いている。これで翼があったなら、死んだら天使になるというのと、あまり大差ないような気もしてくる。……天使? あたしらが? 冗談! こんなリビングとかいう空間で見ちゃってる以上、せいぜい、特撮衣装のデザインについて語り合う映画屋ってトコだ。


 ……そうやって、変身したゆきのの姿を渋い顔で見ていたあたしは、ふっと肝心なことに気づいた。


 「……で、どうやったら元に戻るんだ?」あたしは言った。


 「……え」考えてなかったらしい。


 何ともいえず気まずい沈黙が流れた。


 もちろん今の体では顔色が変わるわけはないが、ゆきのはうろたえ始めた。「どうしよう……!」


 「えー、脱げない、ソレ?」さおりが言った。


 「着るとか脱ぐとかそういうものでは……」ゆきのは腕を引っ張ったり縮めたりするが、やはりそれは、何かを装着している、というのではなく、肌が完全に変化したものとしかいいようがなかった。


 「無理ですね……えっと、えっと、Blooming up で変身したんだから、その逆を言えばいいんだと思うんですけど……bloom、ってどういう意味でしたっけ? 英語わかりませんか、英語?」


 「えーごイヤ! ぜんっぜんダメ! もぉぜんっぶ忘れたァ」さおりはどこまで能天気なんだろう。「あいきゃんのっとすぴーくいんぐりっしゅってカンジ? ……あんたは? えっとトシは? あたし二二」


 そういやワイドショーもそう言っていた。……年上なのか!「成人してんのかてめー!」あぁあぁ、絶叫しましたともさ!「あたしは一九だ!」


 「じゃあ、大学生ですか! bloomってどういう意味ですか?」


 「浪人生だけど……」


 「だったらなおさらまだ受験の知識が……」


 「ないっ!」あたしは胸を張って答えた。「ベンキョーなんてのはな、試験が済んだら全部忘れるって決めてんだよ!」


 「ヒトのこと言えないじゃん!」さおりがけらけら笑った。


 そうしてどたばたやっていると、突然、窓の近くに空間の歪みが生じた。テレビのホラー番組で場面転換に使われるエフェクトに近かった。すわほんとうに幽霊が出たかと思って一瞬身を固くしたが、すぐに光の粒子の収束が始まり、それがフライングローズでクリスタルが現れたときの現象と同じものだと気づいた。あのときは陽炎に見えたけれど、部屋の中ではそういう感じがしない。


 歪みが消えたとき、やれやれと頭を掻きながらその場にいたのは、白衣を着たひとりの男。サンフラワーだ。


 「Falling down, White Rose」


 その口からこぼれた言葉に、ホワイトローズの戦闘形態が反応した。体全体が光り、再び繭が形成され、それがぱちんと消えたとき、元のジーンズ姿のゆきのがすとんと床に下りてきた。手を見たり足を見たりして不思議そうな顔をしている。


 サンフラワーはすらすら淀みなく話し続けた。


 「変身解除のキーワードは『Falling down』です。覚えておいてください。僕とブルーローズ様とリーダーのみずきさんは、四人まとめて変身を制御できますが、他の三人が制御できるのは自分自身だけです」


 話しながら、残ったふたつの座椅子のうち、大振りのものにどさりと腰を下ろしてあぐらをかいた。座る順番はこの後もずっとこの通りで、四人の時はあたしから左回りにゆきの、めぐみ、さおりの順。サンフラワーはいつもさおりとめぐみの間に入った。ちょうど例のテレビを背にする位置にあたる。


 「あなた方の変身時間に特に制限はありません。キーワード『Blooming up』でいつでも変身できますし、『Falling down』でいつでも変身解除できます。エネルギー源に気を遣う必要もありません。……ただし、変身可能な場所には制限があります。それがどこか、なぜ制限されなければならないかは、いずれ説明します。なに、すぐにわかることです」


 「……何様のつもりだよ」


 勝手に話を進めるサンフラワーを、あたしはにらみつけた。


 「そういう怖い顔を和らげるためにいろいろ説明しに来ました。あんまり邪険にしないでもらえますか」


 サンフラワーはにこりと微笑んだ。それは単体で見るととてつもなくさわやかな笑顔だったが、一気に冷え込んだ空気の中にあっては、計算高いものにしか見えなかった。ゆきのが見せてくれた笑みとは質が違っていた。


 「ほんとうはね、ブルーローズ様はこういう説明さえ要らないとおっしゃるんですよ。でも、僕としては必要だと思いましたから」


 「あんたさぁ」唐突にさおりが割り込んできて、すぐ隣のサンフラワーの前に顔を突き出した。「敬語使うのなんで? アノ女に?」


 「それが最初の質問ですか。答えるのはやぶさかではありませんが」そこで言葉を切って、サンフラワーは南東の部屋に顔を向け、そこにいるはずのめぐみに声をかけた。「全員に話を聞いていただきたいんですよ。……起きているのはわかっています。取って食いやしませんから、出ていらっしゃい」


 返事がない。


 サンフラワーは立ち上がった。


 南東の部屋の引き戸をがらりと開けた。


 同時に、部屋の中で、掛布団にばさりとひっくるまる動作があった。ベッドの中ではなく、床の上で。今までは、戸越しに、聞き耳を立てていたようだ。


 「これは夢などではありません。あなたは死にました。何度目を閉じてまた開いても、見える光景は同じですよ」サンフラワーは立ったままで言った。「ホントは引きずり出したいところですが、それをするとあなたは泣いてしまいそうですね。他の方にも話ができなくなるんでそれはやめます。でも、ちゃんと聞いていてくださいね、二度も三度も説明するほど僕は優しくありませんから」声は静かなものだったが、頭ごなしだった。あまりいい叱り方とも思えないが、動きを封じた、という意味の効果はあった。


 「こっち、来たらァ?」さおりが屈託なく話しかけたが、めぐみはかぶりを振った。「ダメじゃん」さおりは肩をすくめた。


 「あたしたちが向こうへ行こう、その方が……」あたしが言いかけると、


 「ダメです」サンフラワーは座椅子に戻ってきて、きっぱりと言った。「あなた方が心理的に厳しい状況下にあることは、造った僕がいちばん承知しています。ですが、乗り越えていただかないことには話になりません。甘やかしてご機嫌を取るなんて言語道断です。これは動作試験と心得てください。それができないのなら、欠陥品として廃棄します」


 「廃棄……」


 あたしたちは、言葉を一瞬失った。


 「僕は正直、こういう表現は好きじゃありません。しかし、一線はきちんと引かなければなりませんから、理解と覚悟をお願いします。ブルーローズ様が明言したとおり、あなた方は、モノです」


 「てめぇ……」


 「でも僕は、みなさんがそんな弱虫だとは思っていませんよ。なんたってブルーローズ様が探してきた素材なんですから」


 あたしの怒りのこもった視線をからかうかのように、一転砕けた口調になって、またしてもにっこり笑って煙に巻く。まったく、食えないヤツだ。


 「だいじょうぶ、きっかけがあれば、乗り越えられます。予測より早くクリスタルが来てしまったんで、動作試験の済む前にあなた方を戦闘に駆り出してしまったことの方を、おわびしなければいけないくらいです」


 ……動作試験、か。あたしたちは、この男に、造られた。


 「では、あらためてご挨拶をしましょうか。こうやって面と向かって落ち着いて話すのは、これが初めてですからね」サンフラワーは居住まいを正して、クサいセリフを口にした。「はじめまして、ローズフォース。僕のかわいい天使たち」


 そうして始まった話の間、めぐみは掛布団にくるまったまま、柱にもたれかかって引き戸のレールの上に座り込み、何も言わずじっとしていた。

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