2-03

 あたしとさおりとゆきのの三人は、そうして、ちゃぶ台を囲んで午後ティーだのCCレモンだのをすすった。囲むといっても、少し偏っている。


 あたしが真ん中であぐら、右隣にさおりがちゃぶ台の下に足を伸ばし、左隣にゆきのが正座という按配。自分の出てきた部屋の正面にあった椅子にそれぞれが座っていた。座椅子はふたつ余っており、ひとつは、あたしたちが座っているのよりやや小振りで、置いてある位置から見て、小野田めぐみの専用と思われた。もうひとつはあたしたちが座っているのよりやや大振りで、例のテレビスクリーンの前にある。ともあれ、椅子の位置と大きさで自分の居場所ってものがわかってしまったものだから、五人で囲むべきちゃぶ台に三人が並んで座る状態になっていた。


 その真ん中に座るというのはいささか面はゆい。お互い相手がわからない。わかっているのは名前だけのような状態だった。そもそも名前が―――「綾瀬みずき」か、「レッドローズ」か? 沈黙の中、探りを入れ合うように、お互い目配せを―――、


 するわけなかった。三人寄れば姦しい、哀しい女のサガだろうか。


 「でさ、あのさ、もっかい訊いていい?」ド単刀直入に、口を開いたのは、さおりだった。「あんた誰。あんたら誰」


 「自己紹介は、もうひとりのあの小さな子が起きてきてからにしませんか」


 ゆきのが、空いた小振りな座椅子を見ながら、言った。彼女もそれがめぐみのためのものと受け止めたのだろう。


 「あの子、だいぶ参ってるみたいだからね。起きてきたとき、噛んで含んで説明できるようにはしておきたいね」


 あたしがそう言うと、ゆきのが微笑んだ。


 「優しいんですね」


 「るせぇ」あたしはちゃぶ台に頬杖をついてそっぽを向いた。「それがフツウだろ」


 微笑みを崩さぬまま、ゆきのは続けた。


 「じゃあ、私たちだけで、なんとか噛んで含みましょう」彼女は難しい話のときには頼りになりそうだ。ホワイトローズはインテリジェンスに優れます―――なるほど?


 「今、私たちは、どういう状況に立たされているんでしょう? ブルーローズさんは、私たちが死んだ、と言っていました。このいちばん肝心な点で嘘がないのなら、ブルーローズさんやサンフラワーさんが、他のところで嘘や冗談を言っているとは考えにくいです。……変な言い方ですけど、みなさんには、死んだ記憶がありますか。私は、あります」


 「ある」唇の端を歪めて、あたしは答えた。あまり思い出したくはない。「バイクですっころんだ」


 さおりは首をひねった。「男に刺されたのは確かだけど。……でもさぁ、」さおりは、ものすごい告白をさらっとやってのけた後に、あのときあたしがブルーローズの前で済ませたはずの愚問をいまさら繰り返した。この女は人の話を聞かない女だ。よくわかった。「生きてんじゃん、ゼッタイ」


 「死んだんだよ」


 「ナンデ?」


 「……あんたの場合は、つまり男に刺されたからだろ」


 「出血多量、ですよね」と、これはゆきの。


 「ウソぉ。生きてんじゃん」


 さおりはがんとして否定した。そもそも、生きるの死ぬのという会話自体を不自然に感じていて、とまどっている様子だった。


 こうやって少し落ち着いて考えてみると、「ブルーローズに言われたこと」を真っ向から信じている自分がいる。さおりの反応の方がやはり自然なのだ。フライングローズとかいう宇宙船の中で、あたしが息巻いたことはやっぱり正しかったのだ。ただ、「あなたは死んだ」と言われたとき、受け入れる下地があたしにはあった。さおりにはそれがないんだろうし、死を想像したこともなかったろう。突然刺されて、突然死んだ。おそらくは……めぐみもそんな死に方だったんじゃないだろうか。めぐみが起きてくる様子は、まだない。


 逆に、ゆきのは、自分が死んだことをあたし以上にすんなり受け入れているようだ。「……ですからね、私たちは、言うなれば足のある幽霊なんですよ」さおりに、家庭教師のような顔で説明をしている。


 「えー? ゆーれぇ? ……ゼンッゼンわッかんない」さおりは、理解できないせいか少し不機嫌になった。「あのさ、ココどっか知んないけど、帰っていい? 今日九日でしょ、ハヤバンなんだ、あたし」


 「一二日だよ」あたしは答えた。


 「ウソ!」


 親指で壁の液晶画面を指差してみせた。さおりは立ち上がって、表示を見て、それでもこう言った。「コレ、狂ってる」


 「私が死んだのが一〇日ですから、今日が九日ということは絶対にありません」ゆきのが言った。


 「マジ?」


 「マジ」あたしは答えた。


 「えー、じゃ、あたし三日もムダンケッキンじゃん!」さおりはまだわかっていない。「じゃーヤバイってゼッタイ、今日はちゃんとオミセ行かないと。ウチ帰ってー、シャワー浴びてー、そんでしたくしてー、四時に入るんだけど。……帰り道わかる?」どんなオミセだ。まぁ、午後四時で早番っていう時点でだいたい想像はつくけど。


 「知らねぇよ」あたしは答えた。「いーから座れって。あんたもローズフォースってのの一員らしいんだ、ちょっとは話に加わってくれよ」


 「カンケーないじゃん」さおりはそっぽを向いた。「あたし帰る」


 「……八時過ぎましたね」突然ゆきのがぽそりと言い、ちゃぶ台の上にあったリモコンを手に取って、テレビをつけた。チャンネルを民放に変えると、ちょうど朝のワイドショーが始まったところだった。


 ───いきなり、画面の隅にさおりの写真が映し出されていた。


 「もしかしてと思ったんですけど……ドンピシャとは思いませんでした」ゆきのが表情を曇らせた。


 リポーターが鯨幕の前で神妙な顔で何がしか話している。殺された水沢さおりさん二二歳の通夜が昨夜しめやかに営まれ。画面が警察署前に移ると、別のリポーターがまじめな顔で後を継いだ。容疑者は黙秘を続けているということです。煽るオーケストラヒット、テロップは「美人ホステス惨殺事件続報悲しみの通夜」。


 さしものさおりも絶句した。


 「……ガッコ入学んときの写真、いちばんブサイクなの……」確かに写りが悪い写真だった。それでもワイドショーだから、女は全員美人だ。


 自分の死をテレビに教わるっていうのは、奇妙な話だが、ありがちな話のような気もする。……あたしも、新聞の片隅くらいは埋めたのかな。あるいは、「若者死の暴走」みたいな警察の広報誌とか。


 さおりは、このニュースを最後まで見て、言った。「死んだんだ、あたし」はぁと息をついて、ぷちんとテレビのスイッチを切り、さおりは座椅子に戻ってきてぺたんと尻を落とした。「死ぬって、こんなんだったんだー。なんか、ヘンなの」……本当にわかってるんだろうか。


 とはいえ、彼女はこれでようやく合点がいったようだった。少なくともこの場所に居ざるを得ない空気を理解した。カンケーないじゃん、ってのは常套句だが、「カンケーある」と受け止めたようだ。


 「あたし、どうしたらいいのかなぁ? けーさつとか行かなくていーのかな? ……ねぇ、トモダチとか相談しに行っちゃダメ? よくない?」少し身を乗り出すようにして、あたしたちに尋ねる。


 「どうなんでしょう、警察官や友人に会ったら、やはり幽霊扱いされるんでしょうか」と、ゆきの。


 「双子ですとか言ったら意外と信じてもらえんじゃないの」と、あたし。「そうやって他人をだましたところで、事実は変わりないんだろうけど。……そうだね、間違いない、あたしたちは死んで、ブルーローズに兵器に改造された。ワケわかんなかろうがイヤだろうが、ここんとこは根っこにしておかないと先に進めそうにない」


 ゆきのがあたしを見て言った。「―――私は、病気でずっと臥せってて、それが生きてるってことだったんです。だから、今こうして体が自由に動くってだけで、自分が『生きているんじゃない』ってことが、なんとなくわかるんです。だったら死んでるんです、ここは、想像とはちょっと違った死後の世界なんだなって、そう思ってるんですけど」


 そういうことか、とあたしは少し納得した。


 「みずきさんは、交通事故のわりには、落ち着いてますよね。これがたとえば、全部夢だとか、大がかりなドッキリショー、みたいな想像はしなかったんですか」


 「ブルーローズにぶちまけたからな。で、それを真っ向から跳ね返されたから」あたしは、言いながら、自分の肌を見た。腕。手のひら。手の甲。あたしの体だ、だけど。「変身したあの体で、きっちり戦っちまった。あたしは戦う人形になっちまったんだ。頭より、体が理解してる」


 「あ! そーいやそれ! ゆうべの!」さおりが素っ頓狂な声をあげた。ついさっき見せた多少なりとも神妙な顔や、友達に会うかどうかの命題は、器用なことにもう忘れたらしい。「ソレなに? アルマゲドン!」


 「だぁらアルマゲドンじゃねえってのよ!」あたしは怒鳴り返した。「だいたいアルマゲドンにゃ宇宙人もサイボーグも出てこねぇよ!」


 「そんなんどーでもいーじゃん! とにかくアレ! アレ! あのチョーヤバいコスプレみたいなの何?」


 「知るか!」


 「……やってみたらわかるかもしれませんね」


 怒鳴り合うあたしらをよそに、ゆきのがまたぽそりと言った。


 あたしとさおりはゆきのをまじまじと見た。「やってみるって? 何を?」


 「変身です。確かに、頭でわかるより体でわかった方がいいと思うから」


 「できるの?」


 「わかりません、賭けみたいなものですけど」ゆきのは立ち上がリ、ちょいと中指でメガネのずれを正した。「ブルーローズさんは、『Blooming up, Rose Force』と言ったのですから……」


 ゆきのは腕を上げてぴんと指を伸ばした。バレリーナみたいな気取ったポーズを取って、目を閉じて、ひとつ深呼吸した。


 そして、その手を振り下ろしながら、叫んだ。


 「Blooming up, White Rose!」

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