1-11

 一瞬の間に、巨大な鬼太郎の親父と化した月。いいかげん、驚かされるのにも疲れた。あたしはぼんやりとその変化を見つめた。それでいったい、どうなるというんだ。まだ終わらないのかよ、ってのが本音だった。……クリスタルとシトリンは、不敵な笑みを浮かべたままだ。


 逆にサンフラワーとブルーローズは渋い顔をしていた。


 「……あれが奥の手ですか。直撃を食らったら、間違いなく全滅です。かといってこの場から逃げる余裕もありません」サンフラワーが言った。「彼の言ったことが正解です。やっぱり、ここでの阻止行動は控えて、さっさと地球に下ろしてから手を打つのが良策だったようですね」


 「そういうわけにはいきません」ブルーローズは答えた。「いかなる状況下においても、惑星上での作戦展開は例外措置でなければなりません。惑星上に戦いの舞台を移す前に、我々は彼らの前に立ちふさがらなければならないのです」


 「クリスタルに頭が固いと言われるのも無理ないですね。地球圏仕様の彼女らを作らせといて、説得力ないですよ」サンフラワーはあたしたちの方に顎をしゃくって見せた。「だいたいこの状況で、彼女らを巻き込むわけにはいかないっていうこと、理解してます?」


 「しています」ブルーローズは渋い顔をしている。渋いというよりは、イヤ気なってやつだろうか。彼らの用意した奥の手というものが、よほど度し難いらしかった。「サンフラワー」しばらく考えていたブルーローズがようやく口を開いた。「しばらくまかせます」


 サンフラワーもイヤ気な顔をしたが、はっきりとした声で答えた。「了解しました。なんとかやっていきます」


 そのとき、月の瞳が光を帯び始めた。深い深い穴の底に輝きが生まれ、光の粒子のようなものを吸い込みながら瞬く間に巨大な光の塊に成長していく。強力なエネルギーが、そこに収束しているようだった。その威容にあたしは息を呑んだ。


 えぇと、あぁいう光り方を確かどこかで見たことがある。どこだ。いつだ。何で見た。「波動砲みたいですね」いつの間にか隣に立っていたゆきのがぼそりと言った。「ハドウホウって何だっけ」息を呑み下した真剣な顔のままで、ぼそりとあたしが訊き返すと、「宇宙戦艦ヤマトです」即答された。この子、トシいくつだ。


 ……それどころじゃない。


 スケールがでか過ぎてきちんと得心しかねるけれど、食らったらひとったまりもないという危機感だけはあたしの中に浮かび上がってきていた。奥の手。そういうことか。クリスタルは、この場所に向けあの巨大な光線砲を発射するつもりなのだ。クリスタルの絶対の自信、ブルーローズがいくら反抗しても無駄だという言葉は、これに裏打ちされていたんだ。


 「ま、そういうことだ。これで、ジ・エンド」クリスタルが言った。「俺としてはもう少しスマートにやりたかったんだがな。地上で『アメジスト』が待ってるから、これ以上時間をかけられん」


 「もう会うこともないわ、じゃあねー」シトリンが手を振った。


 現れたときは異なり、彼らは軽く飛び跳ねると、空中を滑るようにしてあたしたちの後方───地球の輝く方角へ飛び去っていった。先ほどの会話からすると、地表に降下した、ってことだろうか?


 月の内部に生まれたエネルギーはますます強まっていく。けれど、どうしようもない。


 容赦なく、月の瞳の波動砲が発射された。


 視界が、眼が痛くなるほどの白い光に埋め尽くされた。やられる、と思った。光の中に飲み込まれて、それからいったいどうなるのか、見当もつかなかった。そもそも今のあたしに、「これ以上死ぬこと」が可能なのか? でもあたしは再び命の危険を感じていた。急速に近づき白さを増していく光は、そういうまがまがしさを含んでいた。


 ブルーローズが身構えた。腰を少し落として力を入れる。それから脚を一歩踏み込み、両手を広げて前に突き出した───彼女の手の前に、青白く透き通る光の壁が生まれた!


 月からの極太光線が、ブルーローズの作り出した盾に、真っ向から激突する。盾はヒトひとりの体によって支えられているものとはとうてい思えないほど広大で、月の直径に近しい太さの光条を受け止めて余りある表面積だった。


 ブルーローズは歯ぎしりし、その美しい顔をしわ寄せて歪めながら、虚空を裂いて突き進んできた光線を受け止めていた。本当は音なんてしなかったけれど、びりびりばりばりと、光線と盾との間で激しいせめぎ合いが始まった。


 ブルーローズが身を挺してあたしたちを守ろうとしているのはわかった。だがそれがなぜなのかさっぱりわからなかった。あの女、あたしらをモノ呼ばわりしていたはずなのに。モノなんだから、壊れたって、直せばいいじゃないか。そういうもんじゃないのか。モノっていうのは。


 そもそも、機械とか、自分とか、あぁ……別の気持ちが心の中に浮かび上がって、あたしはひどく切なくなった。


 自分という存在が、守るに値するものだなんて、そんなはず、ありっこないじゃないか。


 モノ、に対する自分の理解と、自分、に対するあたし自身の気持ちの、共通点。相違点。


 ブルーローズが圧されているのがわかる。じりじりと後退を余儀なくされている。あの盾はじきに破壊されると、直観した。破壊されたら……どうなる?


 「早く彼女たちを連れて行きなさい、サンフラワー」ブルーローズが、歯を食いしばったままで言った。


 「了解しました」サンフラワーが言った。「さぁ、みなさん、今のうちに」


 足下の床に黒い円が生まれた。さっき、サンフラワーが現れたときのように、その円全体がエレベーターのように動き出す。今度は下りで、ゆっくりと沈み込んでいく。あたしたちはその中に吸い込まれていった。穴に落ちるというより、石油の中に沈んでゆくようだった。


 「ちょっと待てよ!」あたしはブルーローズに叫んだ。「あんた、なんで、こんなこと……!」


 だが、ブルーローズには聞こえていなかった。エレベーターも、止まらなかった。


 外の景色が、あたしの視界から消える最後の一瞬、盾はついに耐えきれず光の破片となって飛び散った。光線が空間いっぱいに埋まり、その中に白く消えていくブルーローズの姿を見た。


 そうして、あたしたちは回収・・された。

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