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 トリガを引いたはいいが、引きっぱなしのまま何発でも連射し続けるこの光弾銃は、すぐ使いこなせるような代物じゃなかった。一発ごとの反動で手がぶれる。当てようと思えば思うほど、射線はシトリンからそれていく。反動に耐えられずあたしは足を止めた。


 「へったくそぉぅ!」


 するとシトリンが避けざまに撃ち返してきた。格好の的になっていて、とても避けられるものじゃなかった。がン! と胸に直撃を食らい、激痛が、走った。……肌に、じゃない、脳みそに直接来る、痛み。


 この異質な痛みがどういう痛みなのか、あたしにはやっとわかった。この機械の身体に神経など通っていない。だけど、脳みそは、体にものが当たったら痛いということを知っている。だから痛むんだ。


 あたしはもう、ブルーローズの言うとおり、死者だ。血の通った人間じゃない。でも、痛いんだ。あたしの中にある生命なのかそうでないのかわからないフィジカルなあたしは、機械の体であっても、痛みを知ろうとしている。


 そうだよ。撃たれたら、殴られたら、痛いに決まってるじゃないか。


 その当たり前の痛みが突き抜けるのと同時に、ゴーグルの内側に映るHPのメーターがちらちらし始めた。警告だ。これ以上食らっちゃいけないと、伝えている。ダメだ、あと一発食らったら、最期だ。


 すでに死んだこの体に、何が最期なのかさっぱりわからなかったけれど、あたしは再び移動を始めた。ダメージを受けたせいかスラスタがうまく動いてくれない。自分の足を動かして、走り出した。弾に追われながら、かわして避けて逃げ続けた。


 だるさはないけれど、頭が鉛のように重く、首から上がぼろりともげそうな気がした。脳みそが疲れてる。走りたくないと、音を上げている。それでも、必死に、走って、動いて、跳ねて、疲れることのない機械の体が動く限り、高速に避けた。次にシトリンに狙いを定められたら終わりだ。これ以上痛いのももういやだ。現実から逃げるな、目を背けるなという誰か偉い人の声が幻の中を泳いでいた。


 シトリンは撃ちまくっている。本当に当たらないのか、それとも弄んでいるのか、次々とあたしの背後を光弾が突き抜けていく。今あたしにできることはなんだ。


 突然、頭上から声がした。


 「イイカゲンシツケェぞテメェ!」


 クリスタルだ。その棘を含んだ言葉は、ブルーローズに向けられている。


 ずっと頭上で、丁々発止やりあっていたのだ。武装や戦闘技術では、結局ふたりは互角だったということだ。さっきの会話からすると、ブルーローズはクリスタルを法律違反で捕らえなければならない立場にあり、クリスタルはその彼女を排除したいようだが、だったらクリスタルにはとんずらするという選択肢がある。


 クリスタルは舌打ちした。


 「遊びはこれまでだ。いいかげん時間切れなんでな。……シトリン、戻るぞ!」


 「えぇ~?」


 銃撃がやんだ。あたしはようやく立ち止まることができた。息は切れていなかったけれど、目の奥できりきりと何かが引っ張られる感覚があって、ひどくけだるかった。緊張の糸が切れたということだろう、今にも倒れてしまいそうだった。戦闘という奇妙な状況から解放されて、ほっと安堵し、また、不快感が容赦なくこみ上げてきていた。


 「これからがおもしろいのに……」


 「そんなの放っておけ! いいから戻れ!」


 クリスタルの強い声に、渋々従うシトリン。口をとんがらせて、あたしをにらみつけた後、ぷいとそっぽを向いて身を翻した。ゆっくりと降下してくるクリスタルの横に、小走りで近づいて並ぶ。


 「まったく、仕事一筋もたいがいにしろよ。俺がこれからどういう手に出るかはわかってるんだろう」クリスタルは同じように下りてきたブルーローズを見据えて言った。「あんたのやっていることはムダな抵抗だ。せめて俺の手で引導を渡してやろうってんだから、おとなしく受け入れておればいいものを。こんな星に義理立てして空しく張り合う必要がどこにある?」


 「義理立てしているつもりなど毛頭ありません」同様にゆっくりと降りてきて、あたしたちの前を塞ぐように立って、ブルーローズが言った。「あなたが法を犯そうとしていることが問題なのです」


 「つまらん理屈はよしてくれ。無力な者が無力な法を奉って何ができる? 意固地になってるあんたはみじめで哀れだ。弱さを恥じ未熟を恥じて土下座して俺たちを通すのが筋ってもんじゃないのか」


 「───あなた、自分の方が弱かったら土下座するの」


 「ずらかるさ、当然」


 「自分に都合のいい理屈ばかりですこと」


 「宇宙は俺を中心に動いているからな」


 クリスタルがにやりと笑ってそう言ったとたん、今度は彼らの背後の空気が揺れた。クリスタルたちが現れたのと同じように、陽炎のような空気の歪みが生まれたのだ。背後といっても、遠く離れた、……太陽の光を浴びて輝く月が、歪みの中で光と影の混ざり合うマーブル模様に変わり、何か、別のものに変わっていく。


 陽炎が収束し、月が丸いくっきりした輪郭を取り戻したとき、あたしは月に睨まれていた。抽象表現ではない。月に巨大な瞳が生まれていた。巨大な穴が、月面の地の底深くへと掘られているのだ。その直径は月本体の半径に及び、光も届かぬ闇の奥底が、黒い瞳のように見えている。

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