1-08

 頭上の、ブルーローズとクリスタルの戦いは、まだ続いていた。


 さっきの激しい光の渦を、至近距離で受けながらも、ブルーローズにはたいした威力ではなかったらしい。床に叩きつけられた直後、まるで床がトランポリンであるかのように跳ね返って、そのまま体勢を立て直していた。


 ブルーローズは今度こそ剣で斬りかかった。クリスタルもいつの間にか剣らしきものを手に構えていた。ふたりの間で刃と刃が打ち合わされ、何度も青白い火花が散る。


 何合か渡り合った後、クリスタルは自分の剣を、まるで毒蛇のように柔軟なものに変化させ、ブルーローズの武器に絡みつかせた。彼らの青白く光る刃は、その形状や硬度を自在に変えられるらしい。毒蛇は柄から彼女の腕へと這い上り、さらには体に巻きつこうとした。


 巻き取られたかに見えたブルーローズは、自らの刃も変形させ、同様に絡みつかせてクリスタルの腕をねじり上げた。双方、一瞬苦悶の表情を浮かべておのれの剣から同時に手を離すと、剣は絡みつく刃ごと虚空に消えた。


 クリスタルは確勝を期していたようだが、ブルーローズの抵抗にいらついているようだった。


 「うぜぇよ! どうせ俺が勝って、このまま地球に降りる・・・・・・んだぜ?! さっさとォ、」


 叫び声に呼応するかのように、クリスタルの左右の肩甲骨あたりが突如盛り上がり、めきめきと膨らみ、何か巨大な角のようなものがそれぞれ生えてきた。例によって透き通っているからよくわからないが───あれは、筒? 肩に担ぐ体勢になるように折れ曲がっていく。つまりおそらくは、砲身、だ。


 筒の内側に白い光の渦が生じている。おそらくは、砲弾、だ。


 「俺の前から姿を消せやぁ!」


 「そうはさせないっ!」


 一方でブルーローズが、今度は左肩の飾りから、何か銃のようなものを取り出した。オレンジ色の操り人形が持っているのがピストルだとすれば、ブルーローズが手にしたのははるかに大きなショットガン。


 クリスタルの砲身内部の光が弾丸の形になるより速く、ショットガンから同時に二発の光弾が放たれた。光弾はそれぞれ直進し、ふたりの中間地点で突然弾道を弧に変える───クリスタルがたった今作り上げた両肩の砲身だけを、確実に貫き破壊した。


 「この……」


 「自分が負けることなど承知しています。負けるとわかっていても戦わなければならないときがある、そんな浪花節を言うつもりもありません」ブルーローズは、クリスタルの前に立ちはだかったまま、言った。「私はただ、あなたの心に私の影を焼きつけておきたいのです。法に縛られることの脅威と苦痛がいつでもあなたを苛むように、私という存在を焼きつけておかなければならないのです」


 そうしてふたりの戦いは振り出しに戻る。




 で、あたしの方だ。


 絶叫した後、もう、我慢も勘弁もならなかった。


 殴り合いのケンカは何度もしたことがある。女なのにまずグーで殴るんで、けっこう怖れられたものだ。だけど、相手を、「敵」だなんて思ったことは一度もない。かといって友情をはぐくむためにやったわけでもない。あまりに直截で、配慮のない表現をすれば、つまりキレるってやつだ。見境がなくなるんだ。


 ―――エアガンなんか見たこともかじったこともなかったガキの時分に、近所の年上の男子にBB弾で撃たれたことがある。めちゃめちゃムカついた。理由はそれだけだ。そんときあたしがとった行動は、


 いや、あたしは、結果しか覚えていない。あたしは指と手首の骨を折り、そのアホは鼻と顎の骨を折った。折れた数は同じなのに、傷を負ったのは相手だけのような話になっていた。うちの親が、相手の親の前で、あたしの頭を畳にまで押しつけて土下座させたことを覚えてる。あたし自身には一片たりとも罪悪感はなかった。なんで怒られているのかさっぱりわからなかった。


 だからなんだ、何も感じないんだ、こういうときはな。


 殴る。殴ってでも、やめさせる。泣き声は聞きたくない。苦痛はたくさんだ。それだけ。いや、理由さえどうでもいい、存在すら忘れかけてた、氷を押しつけられていた導火線が、めぐみの悲鳴によって引きずり出され、火が放たれた。だとすると───あとは───爆薬の、問題。


 オレンジ色の髪の操り人形が、銃を乱射している。何発かあたしの体に当たっているようだ。痛みは少なく、感じている怒りの前には微々たるものでしかなかった。銃口が目の先で光る、その射線の真下をくぐり抜けるように低い姿勢でかわしながら、あたしは射手に向かって走り出した。すると、背中のスラスタの出力が、意志に反応してハネ上がった。さっきのブルーローズの突進と同じだ。蒼炎の勢いに身を任せて、前傾姿勢のまま、床を滑るように突き進む。―――これも意志に反応したのだろうか、拳がゆらめく炎のような赤い光をまとって輝き始めた。


 光弾銃を撃ちまくるそいつの目の前まで、たちまちのうちに移動した―――リーチに入るまでに、コンマ数秒もかからなかった。手加減をしてやるほどあたしゃ優しくないし器用でもない。「ぅおぉらぁぁぁっ!」渾身の力を込めて、低い姿勢のまま右ストレートを放った。ベニヤ板ほどの抵抗だけで、拳はそいつの土手っ腹にめり込んだ。その腹と、拳との間で、火花のような電撃のような色の付いた光が荒れ狂う。


 一撃だった。女は倒れも爆発もせずに、まるで粒子が弾け飛ぶように散乱して消えた。それはあたしたちがさっき変身したときに起きた現象と、おそらくは同じだ。ただその後の収束がなく、二度と実体化しなかった。直感的に、それが「敵を倒した」、ってことだと理解した。


 もっともあたしは、その消滅現象をじっくり観察して最後まで見届けたわけではない。そのときには光る剣を持ったもうひとりが接近してきて、あたしに向かって剣を振り上げていたからだ。あたしはとっさに飛び退いた。……剣が届かない程度に間合いを広げるだけのつもりのジャンプが、一〇メートル近い飛距離になった。


 もはや飛距離に驚かなかった。それが当たり前の動きに思えた。着地と同時にもう一度前へのダッシュに転じ、一気に間合いを詰める。そうしたいと思った動きがそのまま形になる、それはバイクを駆る快感にも通じていた。ブルーローズは、早く慣れて体育座りができるくらいになれと言っていたが―――慣性に少しとまどう以外は、ひとつひとつ動作をするたびに、そのまま順応していける。


 敵はあたしの突進に合わせて剣を振り下ろしてきたが、あたしには動きが止まっているように見えた。体をひねって太刀筋をかわすと、突き出されたそいつの腕をつかんだ。ダッシュの勢いを使って思い切り振り回し遠心力を乗せてから、もうひとりの、目に生気のあるリーダーに向かって、てめぇもまとめて消えろとばかりに投げつけた。


 かなり勢いをつけたはずだが、オレンジ色の髪の女はそれを簡単に受け止めた。片手で、首根っこをひっつかんで。


 投げたあたしと、受け止めたそいつと、ほんの少しだけ視線を合わせた。やはりブルーローズとどことなく似ている。彼女より目元がぱっちりとしていて、幼く作り直したような印象があった。人間なら年齢は十五六といったところか。


 まったく生気のない目で飛びかかってきたさっきのふたりも不気味だったが、意識の色に満ちたオレンジ色のその瞳の方が、気色の悪いものだった。生気がない方が数段マシだと思わせた。自分がやっていることがどういうことかきちんと理解している目だ。ふつうの若者のふつうの顔だった。笑うでもなくつんとすまして、その面構えで、自分と同じ顔同じ色の髪の操り人形の首を、なんのためらいもなく、雑踏の中でキャンディの包み紙を投げ捨てるのと同じように、ぼきりと簡単にくびり折った。


 ばぁん! ……その手の中で、粒子が四散して消えた。

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