1-07
だが、その弾丸にもっと過敏に反応した者がいた。
小野田めぐみだ。点呼のとき返事をしたっきり、まだひとことも発していない。
彼女の目の前に着弾があった。彼女は、うつむいたまま腰を落とした。ぺたん、ではなく、がしゃん、と金属音がした。黄色に変わっている前髪が彼女の顔を隠す。
めぐみのその姿を見て、あたしは茫然自失の自分から逃れ出た。ふつうなら次にすることは、恐怖で逃げ出すか怒りや憎悪で立ち向かうかどちらかなのだろうけれど、あたしより幼く、あたし以上に拒絶を露わにする彼女の肩に、自然に手が伸びていた。
「───大丈夫か?」
するとめぐみは、軽く触れた瞬間に、激しくかぶりを振って後ろに退いた。
弾が当たったわけではないようだったが、……この状況がおそらく、緊張など通り越して声も失せるほどの恐怖になっていることは、おおかた予想がついた。傷ついたのは、肌じゃなくて心だ。
「いや……」振り絞るような声。「怖い……怖いよ……」
黄色いゴーグルの奥にある大きな目は、固く、固く閉ざされた。何も見まいとしていた。
あたしは息を飲んだ。泣いているのだ。けれど、涙にも嗚咽にもならない。この体は涙を流すことさえ許してくれないのだ。涙や震えは、苦痛によって顕れる身体の変調であり、防御反応であるはずだ。それが起きない。体が素直に反応してくれない。まったく別の激しい違和感が生じて、違和感は新たな恐怖を呼び起こす、どこまでも下るスパイラル。その小さな体の全域を恐怖が満たしてしまっている。どうやって現実逃避するか、彼女の心はそれだけを考えている。
あたしの中に生じた怖気も、それなんだろうか。ぎりぎり顕れる、血管が引っ張られるような痛み、偏頭痛に近い何か、それらだけが、あたしの恐怖感を示しているのか。……そう考えたら、よけいにあたしは苦しくなってきた。どうしてあたしは、他人の感情をハカリにして、自分の感情の程度を決めているんだ?
あたしに襲いかかる別のスパイラル。やるせなさと、めぐみに対して何もできないもどかしさと、いっしょになってぐるぐる回り出す。くそっ。とにかくめちゃくちゃな状況だ、めちゃくちゃな状況だけど、だからってこのまま突っ立ってていいのか?!
そのときだ。
「───何か来ます!」
ゆきのが叫んだ。
「何が?!」叫び返すと、
「何がって……見えま、せんか」
ゆきのは驚いて言葉を区切った。彼女を見ると、軽くうつむいて、目の焦点をやや近めに合わせ、何もないところをじっと見つめているようだ。あたしのゴーグルの内側にも、視線の邪魔にならないところで、何か数字かグラフみたいなものが映ってちらちらと明滅しているが、他の三人より大ぶりの彼女のゴーグルには、何か別のものが映っているのだろうか。
「とにかく、あっちに……」ゆきのは、月の方を指差した。そこは、クリスタルが最初に立っていた辺りだ。あたしは息を呑んだ。そこに新たな空間の歪みがあった。新手が現れたんだ。しかも、今度は複数。光の収束が始まり、終わって、そこにいたのは三人の女だった。
いや……三体、といった方がいいのかもしれない。なぜなら今度のは、あたしたちとほぼ同じ姿格好をした金属質あるいは機械的な存在だったからだ。つまり、すでに変身済みの、あたしたちと同類の
いずれも同じ顔をしていた。ブルーローズの背丈を少し低く、顔の長さと髪の長さをほんの少しずつ短くしたようでもある。髪の色はブルーローズとは違う。長いオレンジ色の髪を後ろでまとめている。
他のパーツも色が明るいオレンジ色が基調になっていた。一点あたしたちと大きく違うのは、薔薇の肩飾りの代わりに六角形のガラス板のようなものが貼られていることだった。
三つ子のように同じ顔をしているけれど、三体のうち、両サイドの二体は目に生気がなく、表情や目線を微塵も動かさなかった。口をきゅっとつぐんで、ただ立ち尽くし、何も考えずに操られて動いているのがひとめでわかる。───「あなたは死体です」というブルーローズの言葉が、頭の中をよぎった。
「邪魔なのが、いるみたいね。───どけちゃってくれる?」
中央の、目に生気のあるリーダーあるいは指揮官らしい存在が、そう言って指を一本ぴっと軽く振り上げてみせた。
その合図を受けて、操り人形のふたりが動き出し、あたしたちに向かって突っ込んできた。一方は、ブルーローズが繰り出したような細い光の剣を持っていた。もう一方が手に持っているのは……なんだ? 小さな銃のようなもの……。
ようなもの、ではなくて銃そのものだった。オレンジ色の操り人形は何のためらいもなくトリガーを引いた。弾丸を射出するピストルやライフルじゃなく、光線銃とかいうのとも少し違う、光の弾丸が次々と音もなく飛んでくる、光弾銃だ。あたしは思わず両の腕で顔を覆ってかばった。
あたしの腕の外側に、が、が、が、と弾が続けざまに当たる。金属の肌はそのすべてを受け止め、傷ひとつつきはしなかったが、やはり鋭い痛みが脳天へ走った。同時に、ゴーグルの内側に広がる薄赤いスクリーン、つまりはあたしの視界、の隅っこで、何かメーターのようなものが動いていて、その値が弾を食らうごとに小さくなっていく……後からわかることだが、これがいわば
コウゲキされた。いまあたしたちは、敵意をもって、傷つけようという意図をもって、迫られている。そうか、あたしたちがブルーローズに造られた兵器だというなら、奴らはクリスタルに造られた兵器なんだ。兵器同士の交戦が始まっているんだ。
そして。
流れた光弾の一発が、小野田めぐみの頬を、かすめた。しびれるような痛みに、顔を歪めた。頬に手を触れて、その手をこわばらせ、何度か口をぱくぱくと開けたり閉じたりした。
「いやあぁぁぁぁっ!」
めぐみはついに悲鳴を挙げた。絶叫だった。彼女に許された、恐怖を示す最後の手段。
聴覚が、本能っていうか条件反射っていうか、判断や理解以前の部分で反応した。聞きたくない。そんな声、聞きたくない。それはあたしにとって、コウゲキされることより辛く、受容しがたいことだった。その声を拒絶し排除するために、あたしはどうすればいい?
感情が、自分の脳天から股下までまっすぐ縦に貫いた。
「チクショオぉぉぉぉぉゥっ!」
あたしもまた、絶叫した。
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