1-05

 それだけで十分なのに、顔を上げればまた違う驚愕が、目を背けることもできずそこにあった。


 ここはどこだ。


 今までいた部屋じゃない。視野の中で、円形の床と宇宙とが、地平線の弧で区切られている。


 ……宇宙だ。目の前に広がっているのは、宇宙なのだ。さっきからまぶしくあたしを包んでいる荘厳な光の正体は、空気によってさえも遮られず、容赦なく光を叩きつけてくる太陽の輝きだった。


 そして、その光を受けて輝く、綿に飾られたまだらの大きなカラーボールが、地球。使い古しの小さなゴルフボールが、月。それぞれの球の、三分の一くらいは陰になって暗く、今はそれぞれ夜の領域であることを示している。美しい? あれが? どこが?


 ふたつの球の間の、漠々たる空間に浮かぶ、直径百メートルはゆうに超える巨大な丸テーブル。あたしたちはいまその上に立っているのだ。あるいは───宇宙船の、甲板? あの白い部屋から、連れてこられたとか、瞬間移動させられたとかいうよりは、存在感のないあの白い部屋の方が、幻か何かだったのだろう。今いる場所には、確かに自分がここにいるという実感があった。


 実感があるったって、……地球と、月と、太陽と……ここは、いったいぜんたい……?


 首を上げてみた。ふつうなら『天を仰いだ』っていうんだろうけど、今は見えるものすべてが『天』であるのかもしれなかった。まばゆい太陽光にかき消されながら、それでも黒のキャンバスに多くの星が輝いていた。またたくことも、さんざめくこともない、天に貼りつく星々。


 今度は首を下ろした。あたしたちの立っているのは、黒光りして干渉模様を映し出す金属質の床だった。スケートができそうなくらいつるつるで、継ぎ目が一個もない。滑りそうなものなのに、やけにヒールの高いブーツのように変わった細っこい足は、床の摩擦をきちんととらえ、歩くのに支障はなかった。……って、宇宙って重力がないんじゃなかったっけ?


 あたしの理解を超えている。混乱する。針が振り切れそうだ。オーバーヒートしそうだ。


 だけど、なぜだかまだどこか醒めきった目ですべてを確かめている自分がいた。───すべての異変。すべての悪夢。……いや、すべての……変更点・・・


 くそっ。あたしは、髪をくしゃくしゃにかき回した。どうなっちゃったんだ、いったい!


 ……あたし以外の三人も、同じような姿に変化し、同じようにこの変化に戸惑っていた。四人異なるのは、違うのは、それぞれ髪型と───それから、髪や体のいくつかのパーツの彩色だ。


 ウェーブヘアの水沢さおりの髪と、体を覆うパーツは基調でピンク色になっている。「ナニコレ」自分の腕や脚をしげしげと見つめている。「恥ずぅ」……確かに恥ずかしい格好だが、他の感想はないのか。


 両サイドでお下げにしている小野田めぐみの髪と、体を覆うパーツは基調で黄色になっている。少しだけ目を細めて自分の姿を見て、目を丸くして、口元を言葉もなくだらしなく開いている。どうしていいかわからないようだった。


 後れ毛を長く伸ばしている高岡ゆきのの髪と、体を覆うパーツは基調で銀白色になっている───ゴーグルは無色透明だ。彼女はあたしと同じように、戸惑いつつも自分の変化をひとつひとつ確かめているように見えた。───彼女のものだけ、ゴーグル部分が他の三人のものより大きく、曲線を帯びている。そういやメガネをかけていたけれど、それが進化したようにも見える。


 戸惑っていないのは、正面にいる、白衣を着ていたはずの、ブルーローズだけ。……彼女も、同じように変身していた。髪と、体を覆うパーツは基調で青になっていた。彼女にとってはそれはいつものことのようで、凛として地球を背にしている。太陽と、地球からの照り返しの光を浴びて、透き通る青い髪が、きらきらと美しく輝いていた。


 「まずはその体に慣れなさい」


 ブルーローズは、静かだけれど有無を言わせぬ声で言った。


 「まぁ、体育座りができるくらいにはなることね」


 その声は、耳から伝わっているような感触はあるけれど、さっき確かに耳から聞いた声とは微妙に違っていた。スピーカーを通している……それに近いけれど、とてもクリアな音だった。まるで、耳の管を通っていないような……あたしは耳があるべき部分に触れた。そこにやはり耳はなかった。例の頭を覆う輪っかにわずかなふくらみがあって、細いアンテナのようなモノが伸びている。


 あれ? そう、さおりも、ブルーローズも、いま、言った・・・。言葉を口にした。あたしは口元に手を触れた。顔だけは柔らかく、表情が出る。口はある。中に歯もある。滑らかな粘り気と、柔らかい舌もある。……唾液とは少し違うので違和感があるが、自在に動く。機械のような体になっているのに、息をしていないのに、「あ、あ、あ、」発声練習をしてみた、声が、出る。その声は、やはりクリアな音で脳に届いてくる。……宇宙は空気もなくて、音は届かないはず……。


 「あ、あ、えーと、」ゆきのが同様に、この奇妙な肉体、奇妙な空間で自分がしゃべれることに気づいていた。「これは、いったい、……あの、どういう?」


 「あなたたちは、我々が製作した地球圏用自律兵器、ローズフォースです」


 「ローズフォース?」


 何がバラローズなんだとオウム返しに聞きかけて、……ゆきのが先に、観点の違う質問をした。確かに、そっちの方がはるかに重要な単語だった。


 「……兵器・・、ですか」


 「兵器です」


 「それが、私たちのことですか」


 「そのとおりです」


 「私たちは―――私たちの死体は、あなた方に、兵器として改造されたのだと」


 「使用したのは脳とそれに付随する組織だけです。その点の語弊を除けば、その通りです。あなたたちは、これから兵器として活動するのです」


 ブルーローズはきっぱりと答えた。向けられたその視線にも怖じず、ゆきのは続けた。


 「戦う、ということですか」


 「そのとおりです」


 「どうやって、何と」


 「使いうる手段すべてを用いて、敵と」ブルーローズは、あたしたちの背後を指差した。「敵の名は───『クリスタル』」


 ブルーローズが突然歩き出し、前に出てきた。あたしたちが立っている間を通り抜けて、まっすぐ、前を、見据える、……。


 あたしたちも、その動きにつられて、背後へと、向き直った。


 ……月。


 地球と、あたしたちを挟んで反対側に位置する月。地球上からは、これが半月に見えているのだろうか。太陽光を受けて生々しく浮かび上がるそのデコボコな姿と重なるようにして、ブルーローズの見据える空間が、陽炎のようにゆらめいた。一瞬距離感がつかめなかったが、陽炎が発生したのは、あたしたちからさほど離れていない場所だった。


 そのゆらめきの中に、光の粒がゆっくりと集まり、閃光に変わる。この場所で太陽を超えるものなどなく、閃光といっても存在感は薄い。けれど、そこに別の何かが存在を始めたという気配が、不思議と伝わってきた。


 そして閃光が収まったとき、そこに敵が立っていた。

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