1-02

 扉の先は、またしても白い部屋だった。だが、はるかに広かった。暗くて、壁や天井の様子はよくわからなかった。入っていくと体の周りだけぼぅっと明るくなり、あたしはスポットライトを当てられたみたいに真っ白な床の上に抜き出された。ぺたり、ぺたりと、裸足のままひんやりした床の上を歩いていくと、スポットライトもあたしとともに移動していく。


 明るくなっているのは、自分の周囲だけじゃなかった。あたしの前方に、同じような簡素な服を着た三人の女性が並んでいて、同じように光に抜き出されていた。振り向いてみると、扉は四つ並んでいた。三人は、他の三つの扉からそれぞれ出てきたらしい。


 彼女らのいる場所からさらに数メートル奥、部屋の中央にあたる場所も明るくなっていて、やけに曲線の多い、ゴルフのバンカーを抜き出してきたようなデザインの机があった―――その上にはいくらかの書類が散らばっており、襟の立った紺のブラウスに白衣を羽織った女が、ひとり座席についてこちらを見ていた。腰まで垂れるストレートの長髪、切れ長の目と高い鼻に、細長いレンズのメガネをかけ、唇をきつく結んでいて、美人だけれど冗談の通じなさそうな顔をしている。あの尊大な背の反らし方から見ると、机に隠れて見えない部分ではたぶん足を組んでいるのだろう。


 女の斜め後方にも似たような形状の机があって、男がひとりいるのがわかったけれど、そちらは暗いままだ。女と同じく白衣を着ているようではあるが、他の様子はよくわからない。


 先にいた三人と並ぶ位置で、足を止めた。白衣の女の前に、四人が整列したことになる。


 「これで全員そろったわね」


 白衣の女が言った。


 「点呼を取ります」


 空調は効いていて暑くも寒くもなかったが、暗さも相まって空気が重苦しかった。体が、汗ばむ。ここは……なんだ? 点呼、だって? あたしは重圧に耐えて歯を食いしばった。


 白衣の女は委細かまわない。一枚の資料を手にして、あたしに向かって言った。


 「綾瀬みずき」


 あたしはごくりと喉を鳴らした。そのまま黙っていたあたしに、女はたたみかけてきた。


 「返事は」


 「は……い」


 どうにか声を絞り出した。生徒指導室に押し込まれたときだって、こんな緊張、したためしがない。異様な空間に、まだ圧倒されていた。


 「水沢さおり」


 「はぁい」


 あたしの右隣に立つ、あたしよりもだいぶ背の高いウェーブヘアの女は、間延びした声を出した。この状況でも口調が変わらないらしい。やや面長で、キツネ目のあたしと違ってタレ目だ。その焦点が定まってない。見た目にはあたしより年上なんだが、頭がふらふらしていて、目はそわそわしていて、居住まいが悪そうで、落ち着きがない。タレきったその様子とは逆に、胸と尻が、気後れしそうなくらいいい張りをしている。うらやましい。


 「小野田めぐみ」


 「は……いっ」


 水沢さおりの右隣は、まだ小学生と見える女の子で、裏返りかけた声で返事した。背筋を伸ばして、顎を引っ込めて、いかにも緊張している。微かに震えているようにも見える。小柄なあたしよりも背が低くて、両サイドをゴムでゆわえて長く垂らす髪型や、丸い顔、大きな瞳が幼さのしるしだ。まだ出るところも出ずまるみの少ない体を、かちかちに固くして、どうやら、怯えているようだ。


 「高岡ゆきの」


 「はい」


 小野田めぐみの右隣にいる最後のひとりは、まるいレンズのメガネをかけたスレンダーな子だ。スレンダーっていうか、あたしよりやや高い身長以外は、いずれのパーツも標準より細い感じ……メガネの屈折があって人並みの大きさの目、小顔で細面で、首とか肩とか腰とか脚とか、健康にスリムっていうよりは不健康に細いっていった方がよさそうだ。その細さのせいもあってか、立ち姿がずいぶんと落ち着いて見えるけれど、どうだろう、あたしより年下だろうか。ショートカットなんだけど、後れ毛を長く伸ばしている、ちょっと変わった髪型。片腕を立てて、その後れ毛をいつくしむようにいじっている。


 「よろしい」


 白衣の女は、背を反らすのをやめて少し身を乗り出すと、机に両肘を立てて指を絡め顎を乗せた。その姿勢で、じっとあたしたちを見据えた。


 「私の名はブルーローズ。あなたたちについて管理責任を負います」


 瞳の動きだけで、ぐるりと四人をねめ回す。


 あたしは、微動だにできなかった。ヘビに睨まれたカエルってのは、このことをいうのか。ブルーローズと名乗った女は、圧倒的―――とはちょっと違う、奇妙な存在感であたしたちに相対していた。彼女が圧倒的なのではなくて、あたしたちの存在感が矮小化されているのだ。横柄な医者の、もっと横柄な感じ。患者をひとりひとり診ていくのに飽き果てている。そういう病院に居座る古株看護婦が、シーツを取り扱うような目線。彼女はあたしたちを、ヒトではなくモノとして見ている……?


 「では、あなたたちに伝えるべきことを伝えます。一度しか言いませんから、そのつもりで」


 気のない表情をしていたさおりも、髪をいじっていたゆきのも、その目線に気圧されて、いったん背筋を伸ばした。


 ブルーローズは一度言葉を切り、目をわずかに細めると、


 「あなたたちは、死にました」


 あまりに当たり前に、試験開始のときみたいに無表情に、言葉を投げ出した。


 あたしたちは、絶句した。

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