第十九話 地下迷宮探索:その三
「姫様! そろそろ帰還しないとなのです!」
「そうね、スー」
従者の声に、皇国の姫はうなずいた。場所は〈エリア5・森林地帯〉。草原地帯以来の、外界に酷似したエリアだった。
「貴様ら、不甲斐ないぞ! 姫に恥をかかせる気か!」
騎士のハインが、共に戦うメンバーを
しかし、その連携に乱れが生じはじめている。連戦につぐ連戦で、前衛の彼らにも限界が近づいてきていた。実力の高いハインのおかげで、なんとか戦いが成り立っているという状況だ。
「《サラド・イグナ! 火の弾!》」
「《ウルド・エルニール! 風球!》」
エリカとスーの
「GUOOOOOO!!」
「――がふっ」
一人の学生がガイムに吹き飛ばされた。幸い、盾で身を守っていたので大きなケガはない。エリカはここが潮時だと判断した。
「みんな、戻るわよ! 帰還石を割って!」
「「「ハッ!」」」
吹き飛ばされた学生を含め、おのおの帰還石を割る。光が視界を埋めつくし、それが収まると場所が移っていた。薄暗い中、巨大なアーチが見える。
「エリア5まで行ったのか、さすがだな。まだ演習の時間は残ってるから、上で待機しているように」
監督官に声をかけられる。姫という立場上、へりくだって話しかけられることが多かったエリカは、いまだに学園の教師の口調には慣れない。だが、それはけっして嫌な感情ではなかった。
エリカたちは螺旋階段を登り、待機場所へ向かう。
「申し訳ありません、我らが不甲斐ないばかりに……」
ハインを含むほかのメンバーが、エリカに頭を下げてくる。
「いいのよ、実はあたしもそろそろマナ切れになりそうだったし。もっと経験を積まないとね。みんなお疲れさま」
「もったいなきお言葉……」
顔を赤らめ、感動した様子のメンバーたち。その態度にエリカは苦笑する。
「貴様ら、姫のお言葉に甘えるだけではいかんぞ! 今日から訓練を厳しくしていく! いいな!」
「「「ハッ!」」」
ハインに頭を下げるメンバーたち。学園へ来てまで堅い雰囲気を崩さない彼らに思うところはあったが、まぁ悪い空気じゃないしいっか、とエリカはひとりごちた。
螺旋階段を上がると、多くの学生たちが待機していた。迷宮内に残っている生徒はもうわずかだろう。壁には巨大なスクリーンが設置されており、生徒たちは待機する
「フッ、〈エリア5〉まで行った僕からすれば、まだまだだな!」
スクリーンを観ていた金髪の少年が、わざとらしい大きな声で肩をすくめた。エリカはそちらへ顔を向ける。たしか、彼は同じクラスだった気がする。名前はよくおぼえていないけど。
「〈エリア5〉ってマジかよ……まだ初回だぞ」
「あ、私あの人たちが戦ってるとこ観たよ。たしかに〈エリア5〉まで行ってた」
「すげーな。上位クラスか?」
金髪の少年の言葉に、周りの生徒たちが反応する。少年はフフンと笑みを深めた。エリア5まで行けたのはかなりすごいことらしい。エリカも少し気分がよくなってくる。そこでふと、エリカは待機する生徒たちを見渡してみる。キョロキョロとしばらく探すと、見知った顔を見つけた。
――金髪碧眼の美少女。同姓の自分から見てもかわいいと思えるほど、整った顔だちをしている。そのスレンダーな体型は、胸が大きな自分からすれば羨ましい。金髪から覗く細長い耳は、彼女がミュウ族であることを示している。彼女は、青い短髪の少女と灰色の狼系
だが、彼女のそばにいつもいる
「姫様? だれか探してるのです?」
「――えっ? べ、べつに、だれも探してなんかないわ!」
キョトンとした顔のスーに、慌てて顔を振った。ハインも
エリカは自己嫌悪した。
――まただ。気づけばアイツの姿を探してしまう。どうしてアタシが、“のぞき魔”の上に“ストーカー”の変態を、ここまで気にしなきゃならないの!?
ちらりとセナ・ブレアの姿を見て、胸がモヤモヤする。ミュウ族が気にいらないというわけではない。エリカは、種族による差別は意味のないものだと思っている。しかし、だとしたらこのモヤモヤは一体なんなのか。
エリカが一人悩んでいると、周囲が急に騒がしくなった。
「――ハ!? 〈エリア10〉!?」
「だれだよ! あんな深く潜ってるやつ!」
生徒たちの声につられて、エリカもスクリーンに目を移した。画面は切り替わり、映されているのは岩山が剥き出す乾燥地帯。
――そこに、アイツがいた。
「「「GYAOOOOOOOOOO!!!」」」
「ヒャッホー!!」
「フハハハハッ!!」
「うるせえええええッ!!」
さまざまなタイプのガイムの群れ。スクリーン上に埋め尽くされるガイムの大群の中、眼鏡をかけたミュウ族の少年と、赤髪の
そしてさらに異常なのが一人。ガイムの間を縫うように駆けるのは、茶髪の少年――オズ・リトヘンデ。特殊な
「わたしあの子知ってる! “ボストの英雄”だよ!」
「えっ、もしかしてこの間ニュースになった、あの?」
「俺も知ってるぞ! なんかの間違いでスチールクラスになったって聞いたけど……」
「それにしてもすごい討伐速度だな……。あの二人も負けてないぞ」
周囲のざわめきが、
「オズくん、すごい!」
「ほんと、すげーよオズ!」
「三人とも、がんばってください!」
セナたちの声が聞こえてきて、なぜか胸のモヤモヤが強くなった。次々とガイムを
スクリーン上の三人は、ガイムの群れのなかで嵐のように吹き荒れる。もはや生徒だけでなく、教官たちまでもが彼らの戦闘に見入っていた。
「GAAAOOOOOOOONNN!!!」
スクリーンがビリビリと音を立て振動するほどの絶叫。その鳴き声に即座に反応したのは教官たちだった。
「――
スクリーンを見つめる生徒たちに緊張が走った。
〈クラフト・カメラ〉が高度を上げ、スクリーンが動く。化け物の姿が、生徒たちの目にも映し出された。
「ひっ!」
生徒から小さな悲鳴が上がる。スクリーン越しでも伝わる重厚な威圧感。そこにいたのは、六足の化け物だった。巨大な身体は十五メートル以上。身体中から無数のぎらつく触手が伸びていて、頭部と思われる場所は真っ赤に燃えていた。
映像を観ているだれもが思った。彼らは帰還石を割ってすぐに帰還するだろうと。だが――
「ワーオ、大物だ!」
「ヘヘヘッ、血がたぎるぜぇ」
「あれを倒せば、ほかのガイムも大人しくなるかな」
順番にルーク、アルス、オズである。彼らは好戦的な笑みを浮かべ、雑魚ガイムを蹴散らしながら
観ている側は度肝を抜いた。とくに焦っているのは教官たちである。
「なっ、死ぬ気か!? ――おい!
授業で生徒が死ぬなどあってはならない。教官や監督にきていた上級学生たちが慌ただしくなる。それを見て、生徒たちも「ちょ、あいつらやべえんじゃないの」と騒ぎ始める。
「なんで!? 逃げなさいよバカ!」
「――姫!?」
エリカは思わず叫んでいた。アイツが死ぬ――そう考えたら、口が動いていた。彼女の胸を支配したのは「そんなの絶対に嫌!」という強い思いだけだった。
そんなことを知ってか知らずか、スクリーンの向こうでオズは口を開いた。
「――新技を試したい! 二人とも、あの
「えぇー!? ……まぁ、いっか。ぶっちゃけ、ボクとアルスはアレと戦える気がしないし」
「ハァ!? んなわけ……ある、か。……三人ならなんとかって思ったんだけどよ」
「……オズ、一人でいけるの?」
「ああ。
「オッケー。じゃあボクたちは周りの掃除でもしてるよ!」
「チッ、しゃーねぇな。次は強くなったオレ様に譲れよ!」
ルークとアルスは笑みのなかに少しの悔しさと不甲斐なさを隠して、オズにあとを任せた。オズから離れ、周囲のガイムに斬りかかる。
ひとり
――だが、オズは進む。衆人が息を飲んで見つめるなか、オズの体から闇のマナが噴出した。それは地面をつたって広範囲へと伸びていく。オズの目当てはガイストーンだった。三人がここで倒したガイムは百を優に越える。回収されずに放置されていた無数のガイストーンが、オズの濃霧に分解吸収されていく。
オズの特異能力のひとつ――ガイストーンを己の
「しっかり掴まってろよゴン!」
「きゅう!」
オズは跳び上がった。吸収したマナがGブレードに集まっていく。闇のマナは瞬時に肥大化していった。――それは
「これは
腕を振り下ろす。オズは一言、短く
――“
その一撃は、世界から音を消し去った。スクリーンは黒く塗りつぶされ、世界は闇に包まれる。……それが晴れたとき。
「――なんだ、あれ」
生徒がつぶやいた。それを目にした者は茫然とすることになる。
――大地が、引き裂かれていた。その裂け目は世界の果てまで続いているように見える。
「な、なんつー技だッ! オレたちまで巻き込まれるとこだったぞ!」
「ヒャー! シビれるゥ!」
顔を青くさせながらこめかみに筋を浮かべるアルス。ルークはオズの一撃に感服したようだった。
「――スッキリした! さ、残りを片付けようぜ!」
晴れ晴れとした顔のオズだった。もちろん、オズはこれが中継されるとは思い至っていない。
スクリーンを前にして、生徒は大騒ぎだった。「すげえ!」「なんだあの攻撃!」「やべえのと同学年になっちまった!」と興奮を抑えきれない。
エリカは茫然と、熱に浮かされたように画面の向こう――オズを見つめていた。
彼女らとは対照的に、負の感情を浮かべているものもいた。帝国貴族出身のものたち――とくにレックス・バルカンは納得いかないとばかりに顔をしかめていた。
そして、ここにもひとり。自らの主を横目に、幼き頃から天才の名を欲しいままにしてきた皇国の〈白騎士〉――ハイン・クレディオは、奥歯をギシリと噛み締めていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます