第十九話 地下迷宮探索:その三

「姫様! そろそろ帰還しないとなのです!」

「そうね、スー」


 従者の声に、皇国の姫はうなずいた。場所は〈エリア5・森林地帯〉。草原地帯以来の、外界に酷似したエリアだった。


「貴様ら、不甲斐ないぞ! 姫に恥をかかせる気か!」


 騎士のハインが、共に戦うメンバーを叱咤しったする。Gブレードを右手に、特注の盾を左手に。皇国騎士の戦闘スタイルでガイムへ挑む、ハインほか数人の学生たち。彼らが前に出て、後方のエリカ・スーを護っている。エリカ・スー・ハインに加え、同じ皇国出身の生徒が四人。一行は全部で七人のグループだった。

 しかし、その連携に乱れが生じはじめている。連戦につぐ連戦で、前衛の彼らにも限界が近づいてきていた。実力の高いハインのおかげで、なんとか戦いが成り立っているという状況だ。


「《サラド・イグナ! 火の弾!》」

「《ウルド・エルニール! 風球!》」


 エリカとスーの輝術オーラが炸裂する。エリカが得意とする炎の輝術オーラだ。スーの方は風の輝術オーラ。しかし風属性が得意というわけではなく、彼女は風・土・水の輝術オーラをオールマイティーに使える。今は、炎と相性がよい風を選んだにすぎない。スーは近接戦闘もそつなくこなす。そんな彼女が前線ではなく姫の元にいるのは、万が一のときに姫を護るためだった。


「GUOOOOOO!!」

「――がふっ」


 一人の学生がガイムに吹き飛ばされた。幸い、盾で身を守っていたので大きなケガはない。エリカはここが潮時だと判断した。


「みんな、戻るわよ! 帰還石を割って!」

「「「ハッ!」」」


 吹き飛ばされた学生を含め、おのおの帰還石を割る。光が視界を埋めつくし、それが収まると場所が移っていた。薄暗い中、巨大なアーチが見える。地下迷宮ラビリンスの入り口だ。


「エリア5まで行ったのか、さすがだな。まだ演習の時間は残ってるから、上で待機しているように」


 監督官に声をかけられる。姫という立場上、へりくだって話しかけられることが多かったエリカは、いまだに学園の教師の口調には慣れない。だが、それはけっして嫌な感情ではなかった。

 エリカたちは螺旋階段を登り、待機場所へ向かう。


「申し訳ありません、我らが不甲斐ないばかりに……」


 ハインを含むほかのメンバーが、エリカに頭を下げてくる。


「いいのよ、実はあたしもそろそろマナ切れになりそうだったし。もっと経験を積まないとね。みんなお疲れさま」

「もったいなきお言葉……」


 顔を赤らめ、感動した様子のメンバーたち。その態度にエリカは苦笑する。


「貴様ら、姫のお言葉に甘えるだけではいかんぞ! 今日から訓練を厳しくしていく! いいな!」

「「「ハッ!」」」


 ハインに頭を下げるメンバーたち。学園へ来てまで堅い雰囲気を崩さない彼らに思うところはあったが、まぁ悪い空気じゃないしいっか、とエリカはひとりごちた。


 螺旋階段を上がると、多くの学生たちが待機していた。迷宮内に残っている生徒はもうわずかだろう。壁には巨大なスクリーンが設置されており、生徒たちは待機するかたわらそれを眺めている。洞窟内でガイムと戦闘を繰り広げるグループの映像が映し出されていた。迷宮内を飛行する〈クラフト・カメラ〉によって中継されている映像だ。スクリーンの上部には、映されているグループのデータが記されている。場所は〈エリア4〉のようだ。ガイムを倒すたびに「いいぞ!」と歓声が上がり、逆に危ない場面になると悲鳴や叱咤が飛んでいた。こうしてほかのグループの戦闘を見ることにも意味がある。集団戦闘の理解を客観的に深めることができるからだ。


「フッ、〈エリア5〉まで行った僕からすれば、まだまだだな!」


 スクリーンを観ていた金髪の少年が、わざとらしい大きな声で肩をすくめた。エリカはそちらへ顔を向ける。たしか、彼は同じクラスだった気がする。名前はよくおぼえていないけど。


「〈エリア5〉ってマジかよ……まだ初回だぞ」

「あ、私あの人たちが戦ってるとこ観たよ。たしかに〈エリア5〉まで行ってた」

「すげーな。上位クラスか?」


 金髪の少年の言葉に、周りの生徒たちが反応する。少年はフフンと笑みを深めた。エリア5まで行けたのはかなりすごいことらしい。エリカも少し気分がよくなってくる。そこでふと、エリカは待機する生徒たちを見渡してみる。キョロキョロとしばらく探すと、見知った顔を見つけた。

 ――金髪碧眼の美少女。同姓の自分から見てもかわいいと思えるほど、整った顔だちをしている。そのスレンダーな体型は、胸が大きな自分からすれば羨ましい。金髪から覗く細長い耳は、彼女がミュウ族であることを示している。彼女は、青い短髪の少女と灰色の狼系獣人ライカンの少女の三人で、言葉を交わしながらスクリーンを観ていた。笑い合う三人は、とても仲がよいのだろう。

 だが、彼女のそばにいつもいるアイツ・・・がいない。演習が始まるときは一緒にいたはずだ。まだ迷宮内にいるのだろうか?


「姫様? だれか探してるのです?」

「――えっ? べ、べつに、だれも探してなんかないわ!」


 キョトンとした顔のスーに、慌てて顔を振った。ハインもいぶかしげな視線を送ってくる。

 エリカは自己嫌悪した。

 ――まただ。気づけばアイツの姿を探してしまう。どうしてアタシが、“のぞき魔”の上に“ストーカー”の変態を、ここまで気にしなきゃならないの!?

 ちらりとセナ・ブレアの姿を見て、胸がモヤモヤする。ミュウ族が気にいらないというわけではない。エリカは、種族による差別は意味のないものだと思っている。しかし、だとしたらこのモヤモヤは一体なんなのか。

 エリカが一人悩んでいると、周囲が急に騒がしくなった。


「――ハ!? 〈エリア10〉!?」

「だれだよ! あんな深く潜ってるやつ!」


 生徒たちの声につられて、エリカもスクリーンに目を移した。画面は切り替わり、映されているのは岩山が剥き出す乾燥地帯。

 ――そこに、アイツがいた。


「「「GYAOOOOOOOOOO!!!」」」

「ヒャッホー!!」

「フハハハハッ!!」

「うるせえええええッ!!」


 さまざまなタイプのガイムの群れ。スクリーン上に埋め尽くされるガイムの大群の中、眼鏡をかけたミュウ族の少年と、赤髪の半獣人デミ・ライカンの少年が笑いながらガイムを斬りまくっていた。ガイムの大群を前にして笑うその姿は異常に見える。

 そしてさらに異常なのが一人。ガイムの間を縫うように駆けるのは、茶髪の少年――オズ・リトヘンデ。特殊な輝術オーラを使っているのか、空中を跳び回っている。縦横無尽かつ立体的な動きにガイムは翻弄され、瞬く間に一体、二体と消滅していく。もはや戦闘を越えて剣舞ともいえる彼の動きに、エリカの目は釘付けにされた。


「わたしあの子知ってる! “ボストの英雄”だよ!」

「えっ、もしかしてこの間ニュースになった、あの?」

「俺も知ってるぞ! なんかの間違いでスチールクラスになったって聞いたけど……」

「それにしてもすごい討伐速度だな……。あの二人も負けてないぞ」


 周囲のざわめきが、いやが応にもエリカの耳に入ってくる。“ボストの英雄”と聞いて、たしかそんなニュースがあったと思い出した。〈災害指定級〉の突然変異体ミュータントから、街を救った少年がいたと。エリカの胸はざわついた。――アイツ、そんなにすごいやつだったの……?


「オズくん、すごい!」

「ほんと、すげーよオズ!」

「三人とも、がんばってください!」


 セナたちの声が聞こえてきて、なぜか胸のモヤモヤが強くなった。次々とガイムをほふっていくオズを見ているうちに、その思いが大きくなっていく。

 スクリーン上の三人は、ガイムの群れのなかで嵐のように吹き荒れる。もはや生徒だけでなく、教官たちまでもが彼らの戦闘に見入っていた。


「GAAAOOOOOOOONNN!!!」


 スクリーンがビリビリと音を立て振動するほどの絶叫。その鳴き声に即座に反応したのは教官たちだった。


「――突然変異体ミュータントか!」


 スクリーンを見つめる生徒たちに緊張が走った。地下迷宮ラビリンスにも突然変異体ミュータントは出現する。しかし低階層では出現しない。突然変異体ミュータントが出現するのはエリア10――つまり、現在オズたちがいる階層からであった。

 〈クラフト・カメラ〉が高度を上げ、スクリーンが動く。化け物の姿が、生徒たちの目にも映し出された。


「ひっ!」


 生徒から小さな悲鳴が上がる。スクリーン越しでも伝わる重厚な威圧感。そこにいたのは、六足の化け物だった。巨大な身体は十五メートル以上。身体中から無数のぎらつく触手が伸びていて、頭部と思われる場所は真っ赤に燃えていた。

 映像を観ているだれもが思った。彼らは帰還石を割ってすぐに帰還するだろうと。だが――


「ワーオ、大物だ!」

「ヘヘヘッ、血がたぎるぜぇ」

「あれを倒せば、ほかのガイムも大人しくなるかな」


 順番にルーク、アルス、オズである。彼らは好戦的な笑みを浮かべ、雑魚ガイムを蹴散らしながら突然変異体ミュータントへ突き進んでいく――!

 観ている側は度肝を抜いた。とくに焦っているのは教官たちである。


「なっ、死ぬ気か!? ――おい! アレ・・は一年には無理だ! エリア10の巡回員に三人組を連れ戻させろ!」


 授業で生徒が死ぬなどあってはならない。教官や監督にきていた上級学生たちが慌ただしくなる。それを見て、生徒たちも「ちょ、あいつらやべえんじゃないの」と騒ぎ始める。


「なんで!? 逃げなさいよバカ!」

「――姫!?」


 エリカは思わず叫んでいた。アイツが死ぬ――そう考えたら、口が動いていた。彼女の胸を支配したのは「そんなの絶対に嫌!」という強い思いだけだった。

 そんなことを知ってか知らずか、スクリーンの向こうでオズは口を開いた。


「――新技を試したい! 二人とも、あの突然変異体ミュータントは俺に譲ってくれ!」

「えぇー!? ……まぁ、いっか。ぶっちゃけ、ボクとアルスはアレと戦える気がしないし」

「ハァ!? んなわけ……ある、か。……三人ならなんとかって思ったんだけどよ」

「……オズ、一人でいけるの?」

「ああ。今なら・・・な」

「オッケー。じゃあボクたちは周りの掃除でもしてるよ!」

「チッ、しゃーねぇな。次は強くなったオレ様に譲れよ!」


 ルークとアルスは笑みのなかに少しの悔しさと不甲斐なさを隠して、オズにあとを任せた。オズから離れ、周囲のガイムに斬りかかる。

 ひとり突然変異体ミュータントへ突き進むオズ。それは異常と言うほかになかった。突然変異体ミュータントは複数のバスターで討伐するもの。三人でさえ少ないというのに、一人でなどもってのほかである。

 ――だが、オズは進む。衆人が息を飲んで見つめるなか、オズの体から闇のマナが噴出した。それは地面をつたって広範囲へと伸びていく。オズの目当てはガイストーンだった。三人がここで倒したガイムは百を優に越える。回収されずに放置されていた無数のガイストーンが、オズの濃霧に分解吸収されていく。

 オズの特異能力のひとつ――ガイストーンを己のかてとする力。


「しっかり掴まってろよゴン!」

「きゅう!」


 オズは跳び上がった。吸収したマナがGブレードに集まっていく。闇のマナは瞬時に肥大化していった。――それは突然変異体ミュータントをも凌駕するような、巨大なつるぎ。オズはGブレードを振りかぶった。ビリビリと大気が震える。構える先にはガイムどもの親玉。邪悪な赤眼と目が合った。


「これは輝術オーラでも技術でもない。――ただの力業ちからわざだ」


 腕を振り下ろす。オズは一言、短くつむいだ。


 ――“断界ダンカイ”。


 その一撃は、世界から音を消し去った。スクリーンは黒く塗りつぶされ、世界は闇に包まれる。……それが晴れたとき。


「――なんだ、あれ」


 生徒がつぶやいた。それを目にした者は茫然とすることになる。

 ――大地が、引き裂かれていた。その裂け目は世界の果てまで続いているように見える。突然変異体ミュータントの姿はどこにもなく。それどころか、付近にいたガイムもすべて吹き飛んでいた。


「な、なんつー技だッ! オレたちまで巻き込まれるとこだったぞ!」

「ヒャー! シビれるゥ!」


 顔を青くさせながらこめかみに筋を浮かべるアルス。ルークはオズの一撃に感服したようだった。


「――スッキリした! さ、残りを片付けようぜ!」


 晴れ晴れとした顔のオズだった。もちろん、オズはこれが中継されるとは思い至っていない。

 スクリーンを前にして、生徒は大騒ぎだった。「すげえ!」「なんだあの攻撃!」「やべえのと同学年になっちまった!」と興奮を抑えきれない。

 エリカは茫然と、熱に浮かされたように画面の向こう――オズを見つめていた。

 彼女らとは対照的に、負の感情を浮かべているものもいた。帝国貴族出身のものたち――とくにレックス・バルカンは納得いかないとばかりに顔をしかめていた。

 そして、ここにもひとり。自らの主を横目に、幼き頃から天才の名を欲しいままにしてきた皇国の〈白騎士〉――ハイン・クレディオは、奥歯をギシリと噛み締めていた。

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