第二十話 小競り合い

 【新星あらわる!】


 そんな見出しが一面に載った新聞を読んでいるのは、なにやら微妙な表情を浮かべたオズだった。紙面にはオズ、ルーク、アルスの三人がガイムと戦っている写真がデカデカと載っていた。三人は満面の笑みを貼り付けながら、ガイムに斬りかかっている。――そう、自分もである。オズには、自分が笑いながら戦っていた記憶はない。だから、これはたまたま笑顔を浮かべているように見える瞬間を撮られた写真に違いないのだ。だが、これを見た人はどう思うだろう? 自分オズまでも戦闘狂に見えるのではないか。


 『…………初回の演習にして、彼らは第一学年の最高到達エリア記録を大幅に塗り変えた…………(中略)…………突然変異体ミュータントを倒し終わっても戦闘は続けられた。しかし、終わりは呆気ないものであった。空中を跳び回っていたリトヘンデの足が突如爆発を起こし、衝撃で地面に激突した彼は呆気なく気絶。血相を変えて助けに入ったブレア、アトラスの両名が、リトヘンデの分まで帰還石を割ったところで激闘の幕は閉じた。なお、新聞部の独自調査により、爆発の原因は試作型ガイム=クランクの誤作動と判明している。ガ研の“新星”でもある彼は、あろうことか危険極まる地下迷宮ラビリンスにて、自ら新作の作動テストを行ったのだという。この情報に関して、ガ研部長シエル・スクライトは…………(以下略)』


 オズはげんなりした。まさか自分たちの戦いぶりが中継されていたとは思わなかった。突然Gシューズが爆発し、「ぐげえぇぇぇぇ」と叫びながら自分は地面に激突したのだ。そこから先は覚えていない。――その、みっともないマヌケな瞬間を見られたのだ。……しかも、どういうわけか自分は実戦で試作品をテストするアブナイ研究員みたいな書かれ方をしていると来た。シエルからは「これは試作品だけど、検証は何度も行ったから安全性はクリアしてるわ。あとはデータを取るだけなの。リトヘンデ君、使ってみた感想よろしくね。……ふぅ」と言われたのに。オズはその言葉がウソではなかったのか?と疑っている。


「俺、まるで問題児じゃん……」

「そんな気にしなくても……。オズくん、せっかくカッコよく写ってるのに」

「そうだよ。おれも観てて鳥肌たったし!」

「観ている人たちの熱気もすごかったですよね!」

「はあ……。あいつらは気楽でいいなあ……」


 オズはため息をついた。その視線の先には、模擬戦を行うルークとアルスの二人の姿があった。いつものように、二人は激しく模擬剣を打ち合っている。

 時間は放課後。場所は学園内の演習場。現在〈ガイム=クランク開発研究会〉と〈決闘クラブ〉の両部が合同で借りている演習場である。学園には大人数で模擬戦や輝術オーラの練習などを行える演習場という場所が複数あり、部などが事前に申請すれば一定時間使用することができるのだ。

 オズ、ユーリ、セナ、リノの四人は、演習場の脇で模擬戦を眺めながら歓談中だった。


「先輩たちも来るんだよな?」

「うん、もうそろそろじゃないかな」


 セナがうなずいた。一年生の方が早く授業が終わったようで、演習場にいるのはオズたちだけだ。ちなみに、決闘クラブの新入部員はルークとアルスの二人だけらしい。


「きゅう~」

「ふふふ、かわいいですね~ゴンちゃんは」


 ゴンはリノに抱かれて喜んでいた。スキあらば女性の胸に飛び込んでいくゴンなのである。


「あ、うわさをすれば」


 ユーリにつられて入り口を見ると、上級生と思われる学生が二十人超、演習場に足を踏み入れたところだった。戦闘を歩くのは黒髪に眼鏡をかけた長身の男子学生で、第一印象は“ザ・学級委員長”という感じである。模擬戦をする二人を見た彼は「お、さっそくやってるね」と微笑み、オズたちに目を移すと手を上げながら近寄ってきた。


「やあ、今日はよろしく。決闘クラブ部長のフィリップ・ベルツです。君がオズ君?」


 フィリップ・ベルツ――二年生ながら猛者集う決闘クラブのトップ。成績も優秀で生徒会副会長を務め、会長であるシエルの右腕とも呼ばれている。

 オズが前もって聞いていたのはそんな情報。しかし、見た目は“決闘”のイメージとは程遠いものだった。


「はい。オズ・リトヘンデです」


 オズは慌てて頭を下げる。セナ、リノ、ユーリもオズに続いて自己紹介をした。最後にゴンちゃんが「きゅ!(よろしく!)」と鳴くと、フィリップは「かわいらしいラグーンだね。希少種かー」と興味深そうに見ていた。


「それにしても、あのガ研に四人も部員が入るとはね。驚きだよ」

「はあ……なんとなくわかります」


 オズは苦笑した。自分もついこの間被害にあったばかりなのだから。


「シエル会長はガイム=クランクのことしか頭にないからねー。……あ、この間も災難だったね。新聞見たよ。会長が渡す試作品はもれなく欠陥品だから、次からは気をつけた方がいいよ」

「やっぱりそうなんですね……。覚えときます」

「ははは。そんなことされたら普通は退部するんだけどね。……それよりオズ君、突然変異体ミュータントを一撃で倒したそうじゃないか」

「いえ、あれはたまたまというか何というか……」


 オズは慌てて手を振った。突然変異体ミュータントを倒せたのはガイストーンがたくさん散らばっていたからであって、一度きりのものであったのだ。


「謙遜しなくていいよ。それを聞いてからぜひとも一度、オズ君と手合わせしてみたくてね。今日はそれが楽しみで来たんだ」


 急にフィリップの雰囲気が変わった。背後に虎の幻影が見えるくらいの覇気。まるで舌なめずりをしているような……。ニヤッと好戦的な笑みを浮かべるフィリップを見てオズは思った。――ああ、この人、ルークやアルスと同類だわ。

 そもそも、今日こうして演習場を借りたのにも目的がある。ただ模擬戦を行うのが目的なら、オズはここに来ていない。その目的とは――


「――おいテメエら! どういう了見でここ使ってやがる!?」


 演習場の入り口から怒鳴り声が飛んできた。オズたちだけでなく、模擬戦を始めているルークやアルス、決闘クラブの部員たちも動きを止めそちらへ目を向ける。そこにいたのは、黒のロン毛にスモークのかかった眼鏡が特徴的な男子学生だった。黒髪に眼鏡――フィリップと同じ要素をもちつつ、彼の雰囲気はまったくの真逆だった。一言で表すなら“不良”。着崩した制服のポケットに手を突っ込み、オズたちへガンを飛ばしている。後ろにぞろぞろと学生を引き連れていて、その中にはレックス・バルカンの姿もあった。オズは気づいた。――こいつら〈帝国貴族会〉のやつらだ。


「ツァールマン先輩、いきなりどうしたんです? 今の時間は僕らが演習場ここを借りてることになってるんですけど」


 作り笑いとわかる笑顔を貼り付けたフィリップが前へ出て、不良っぽい学生――ツァールマンに話しかけた。

 ライナー・ツァールマン――帝国貴族会会長にして風紀委員長。シエルやフィリップと並び、学園内でも名の知れた学生の一人である。

 風紀委員会は主に校則違反の取り締まりを行う(たとえば、学園内で許可なく輝術オーラを使用している学生を制裁・・する等)。取り締まる際には実力行使が認められている風紀委員は、その性質上腕っぷしに自信がある学生、悪く言えばライナーのように不良然とした学生が多いことで有名であり、学生たちの恐怖の対象でもある。そんな風紀委員は、生徒会とこの上なく仲が悪い。学園内で彼らが出会えば、衝突が起きるのがつねであった。

 いま、風紀委員長と生徒会副会長が向かい合っている。穏便にコトが済むはずがない。


「今ここを借りてるのは、オレたち帝国貴族会のハズなんだがなァ!? ――おい! アレをよこせ!」

「はっ!」


 ライナーが手を後ろにやると、レックスが前へ出て一枚の紙を手渡した。


「見やがれ。〈許可書〉だ。ここを使ってるからには、テメエらももちろん持ってるんだよなァ!?」

「たしかに許可書ですね。……困ったな。この演習場を借りたのは僕じゃなくて、シエル会長なんですよ。……会長が来るまで少し待っててくれます?」


 シエルの名が挙がった瞬間、ライナーのこめかみに青筋が走った。


「アァ!? なんでオレサマがあの女を待たなきゃなんねぇんだ!? テメエらが消えれば済む話だろうが!」

「ツァールマン先輩の言う通りだ。はやく出ていって欲しいものだな。“折れた耳ブロキンゴア”に“我が国の恥さらし”がいては、ここの空気が腐るだろ」


 ライナーの隣でレックスがわらった。ユーリはビクッと肩を震わせ、ルークとセナは顔をしかめた。


「おまえ、いい加減にしろよ……」


 怒気を放ちながら、オズはレックスと対面した。クラブ勧誘会での出来事に続き、レックスの態度には目に余るものがあった。

 ほかの生徒たちも緊張を走らせる。まさに一触即発の雰囲気。


「スクライトも馬鹿なものだ。そんな“できそこない”どもを、新入部員として迎え入れるとはなァ!」

「会長に一度も勝てたことがないからって、そこまでムキになることはないでしょう。……それとも、フラれたことを今でも根にもってるとか?」


 ――ガキィン!


 いつの間に抜いたのか。ライナーが振り下ろした模擬剣を、フィリップの模擬剣が止めていた。ライナーからは荒々しい闘気が溢れている。


「黙れ。テメエ、後輩のくせに生意気なんだよ。――叩き潰してやろうか?」

「ははは。そういう野蛮で品性のないところが、フラれた原因だと思いますケド?」

「テメエ――ブッ殺す!」


 その言葉をきっかけに、二人は剣を打ち合い始めた。闘気の余波で体がビリビリと震えるほどである。


「決闘クラブ部員として、ここは黙ってられねえな!」

「おうよ! 売られた決闘ケンカは買うのが俺らの信条!」

「野蛮な下民どもがァ!」

「貴様ら、我らに楯突いたことを後悔するがいい!」

「「「――上等ォ!!!」」」


 両部の学生たちまでもが剣を抜き、乱闘が始まった。ルークとアルスも我先にと帝国貴族へ斬りかかっていく。


「おまえは一度、叩きのめさないとな」

「“ボストの英雄”だかなんだか知らないが、調子にのるなよ? おおかた、この間の突然変異体ミュータント討伐にも何かカラクリがあるんだろう? 僕の目はごまかせないぞっ」


 オズはレックスと向かい合っていた。背後ではセナ、リノ、ユーリがどうすればよいのかわからず戸惑っているのがわかった。とくにユーリは帝国貴族たちを前に萎縮してしまっている。ユーリをここまでさせる彼らが、オズには許せなかった。

 二人が模擬剣を構え、ぶつかり合うと思われたそのとき。


「――いったい何の騒ぎだ?」


 小さな声だが、それは騒がしい演習場に響き渡った。学生たちは闘いの手を止め静まりかえる。声の主は、ベタついた黒の長髪に骸骨のように痩せ細った男――帝国貴族会顧問、ヴェルド・ズエンだった。

 顧問の登場により帝国貴族たちは余裕の笑みを浮かべ、反対にフィリップをはじめとする決闘クラブの面々は顔をしかめた。


「許可書はこちらにあるのだ。フィリップ・ベルツ、君たちが退くのが筋だろう?」


 貴族会の部員から話を聞いたズエンは、許可書を手にフィリップの前へ立ちふさがった。


「しかし……」

「言いがかりは無用だ。これ以上は問題行動として対処させてもらうぞ。くく……」


 ズエンは嗜虐的にわらった。貴族会部員たちもニヤニヤと笑っている。

 さすがに教師には逆らえない。決闘クラブの一同が「どうする?」と部長であるフィリップへと目を向けた。


「――ちょっと待ってください! こっちにも許可書はあります!」


 新たな入場者はオズもよく知る人物、ミオ・アプトンだった。急いで来たのか、ウサミミが呼吸に合わせてぴょこぴょこ跳ねている。その後ろから、シエルも姿を現した。


「……なんだ貴様は?」

「新しくガイム=クランク開発研究会の顧問になりました、アプトンです!」

「――えっ」


 初めて聞いた事実にオズは驚く。そんなオズへ、ミオがウインクを投げる。


「そちらの許可書、ちょっと拝見します!」

「――なっ、待て!」


 ミオはズエンの手から許可書を奪い取った。元々持っていた許可書と見比べると、勝ち誇ったように二枚並べて突き出した。


「見てください! 認可された時間はこっちの方が早いです!」

「事務の方で手違いがあったのでしょうね。ふぅ……。言いがかりをつけていたのはそちらの方では?」


 シエルは気だるげな様子でライナーを見た。彼の顔から笑みが失せる。ズエンは「ちっ」と舌打つと。


「お前たち、今日のところは引き上げるぞ」


 帝国貴族会の部員たちは、納得のいかない様子を見せながらもズエンに従った。


「覚えてろよスクライト、〈闘技祭〉では目にものを見せてやる」

「そう、楽しみにしてるわ。……ふぅ」


 ライナーにそう返したシエルは、言葉とは裏腹に興味なさげである。


「リトヘンデ、〈闘技祭〉には貴様も出るんだろう? 調子にのった貴様の鼻をへし折るのはその時にしてやる」

「それはこっちのセリフだ」


 去っていくレックスを、オズは忌々いまいましく思いながら見つめた。

 帝国貴族会のメンバーが去ると、ユーリやセナ、リノはほっと息をついた。すると、ミオがオズへ近づいてくる。


「オズ君! これ以上問題起こしたら、罰則が重くなりますよ! 気をつけてください!」

「――えぇ!? 今回俺はなにもしてない!」


 クラブ勧誘会でフウカから罰則を受けたのを思い出した。ミオはそれで心配してくれたようだった。そういえば、罰則はいつ受けるのだろう?


「くそ、ストレス発散のチャンスだったのによ」


 アルスがつぶやいた。ルークも同じ心境だろう。――というか、決闘クラブの皆さんが同じようなセリフを吐き出していらっしゃる。


「やつらは僕たち決闘クラブをナメてるらしいね。どうする、みんな?」

「ナメた野郎は……」

「ブチ殺す!」

「血祭りだ!」

「その通り! だがタダで返すのは僕たちじゃない! 返すなら――」

「「「百倍返しだァ!!!」」」

「よし! なら〈闘技祭〉に向けて訓練開始だッ!」

「「「おう!!!」」」


 決闘クラブ一同は汗くさく模擬戦を始めた。ちなみに、決闘クラブはすべて男子学生である。リノが入部するのを諦めたのにはここに理由があったりする。


「ごめんオズ……おれのせいで、レックスに目をつけられちゃったよな」

「気にすんな。俺自身、あいつには腹立ったし」


 オズがぽんとユーリの頭に手を乗せると、顔を赤くしうつむいてしまった。


「セナも大丈夫だったか?」

「うん、心配してくれてありがと、オズくん」


 はにかむセナは、ユーリの頭をちらと見た。


「――リトヘンデ君、今日は新しい試作品を持ってきたから、また使ってみてくれない?」

「もう騙されませんよ先輩。もう痛い目に会ってりましたからね」

「…………」

「…………」

「…………」

「――そ、そんなジト目で見つめても、俺はぜったい使いませんからねっ!?」

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