第九話 594/1000

「ふー疲れた。まさか、〈連盟憲章〉の条文を書かせる問題が出るとはねぇ」

「お前、あれ書けたのかよ?」

「まさか。あんなの暗記する時間があるなら、マリアンヌちゃんのCDでも聴いてるね。そういうアルスはどうだったのさ」

「あ? 白紙に決まってんだろ殴るぞ。つかマリアンヌってだれだよ」


 午後四時。マナ保有量の測定と筆記試験を終えた受験生たちが、わらわらと教育棟から出てくる。午前中に実技試験、午後にマナ保有量測定と筆記試験。午前八時集合だったことから考えると、およそ八時間にわたる試験であった。

 オズ、セナ、ルーク、アルスの四人は教育棟昇降口で合流し、固まって歩いていた。ペット・センターで回収したゴンも一緒だ。


「わたしは書けたよ。オズくんもだよね? ドリルで何回もやったし」

「えっ? ……あぁ、あれか。うん、書けたような気がする、多分、うん」


 オズはあいまいに受け流す。実技試験が散々だったショックから、オズは筆記試験に集中することができなかった。端的に言えば、筆記試験もだめだった。そもそも、この世界にやってきて半年もたっていないのに、この世界の勉強を人並みの水準にまでもっていくのは至難のわざだったのだ。

 すべての試験が終了し、宿へと戻る受験生たち。その様子は大きく二分された。試験の出来に手ごたえを感じているのか、やりきった表情を浮かべる受験生たち。その一方で、試験が振るわなかったのか、この世の終わりのような顔をしてとぼとぼと歩く受験生もいた。オズは完全に後者であった。オズの体からは、負のオーラが漂っていた。


「きゅうきゅう」

「あーよしよし、お前はかわいいなあ……」


 肩の上に乗ったゴンが、元気出して、と顔をすりつけてくる。ゴンを抱きしめ頭を撫でるオズ。それをセナが心配そうに見ていた。


「オ、オズくん、実技試験はどうだったの?」

「……最悪だった。もう思い出したくないな……。同じグループにエリカ姫までいたし」

「――え!? オズくん、大丈夫だった? またなにかされたりしてない?」


 セナが驚いたように目を見開いた。心配そうに、うつむくオズを上目づかいでうかがう。

 話を聞きつけたルークとアルスは、気づかわしげな表情をオズに向けた。


「それは災難だったねぇ。あの子、性格キツそうだから」

「ブリュンヒルデの皇女か……」

「あ、そっかアルスはまだ実際に会ったことないんだっけ。あの時は肉を食べすぎてダウンしてたもんね。……ぷっ」

「――あ? 黙れ変態メガネ」

「変態だって? それは誉め言葉と受けとっていいのかい?」

「ちげぇよボケ!」


 なにやら漫才を始めるルークとアルスを尻目に、オズはため息をついた。


「本当、性格キツいよ。試験中こっちをずっとにらんでくるし、輝術オーラ実技で失敗したらバカにしたように笑うし……なんか、思い出したら腹立ってきた。顔はかわいいのに、中身は最悪だよまったく!」

「…………。オズくん、かわいいってどういうこと……?」

「ん? ど、どうしたんだよセナ?」


 表情を消して顔を近づけるセナに、オズは戸惑う。


「あーあ。オズ、地雷を踏んだね」

「……まぁ、見てる分にはおもしいけどよ」


 ルークが残念そうに首を振り、アルスが意地わるく笑みを浮かべる。わけのわからないオズは、ひとまず彼らに視線をやり、助けを求めた。ルークがやれやれと肩をすくめる。


「なるほどねぇ。オズはああいうのがタイプなんだ。せっかく姉さんみたいな美少女がいつも近くにいるのに、贅沢なもんだねぇ」

「はぁ? あんな子がタイプだなんて、俺は一言も言ってないぞ」

「え、そうなの? じゃあ、オズから見て姉さんとあの皇女サマ、どっちがタイプなのさ」

「ちょ、ちょっとルーク、余計なこと言わなくていいから!」


 慌てた様子のセナ。ニヤニヤと笑うルーク。それを見て、オズは首をかしげた。


「タイプとかよくわかんないけど、比べるまでもなくセナの方がかわいいだろ」

「――!」


 セナは雷に打たれたように固まった。そして一気に顔が沸騰する。オズの隣を歩きながら、頬に手をやり「へへへ……」とだらしなく笑みを浮かべた。


「お、おいセナ……大丈夫か?」

「――うん! 大丈夫! ふふっ」


 オズとセナは並んで歩く。二人の後ろをついていきながら、ルークは黒縁メガネをクイッと押し上げた。


「フッ……計画どおり……!」

「なんかお前、すげぇたのしそうだな」

「愚問だね! たのしいに決まってるじゃないか!」


 オズたち四人は宿へと歩く。

 試験の結果発表は明後日。試験から一日おいて、二日後に発表される。合格した者はEランクバスターの資格を与えられ、それと同時に、バスター能力の修練のため〈バスターアカデミア〉へ入学することになる――


 試験の翌日――つまり、結果発表の前日――、気づかわしげなセナから「光と闇属性の輝術オーラは点数に入らないって要項には書いてあるけど、できがいい人には例外的に点数を入れてるみたいだから、心配しなくても大丈夫だよ」と言われたものの、オズは戦闘実技で反則をしたことや試験会場を破壊したことが気がかりで、自分が合格する光景が思い浮かばなかった。オズは現実逃避するべくゴンと遊んだり、宿に備えつけられたテレビを観たり、セナたちとボードゲームをしたり、ルークとケモノ談義をしたり(一方的だが)して一日をつぶした。


 そして、時間というのは残酷なもので。――とうとう、結果発表の日がやってきた。




「やばい、眠れなかった……」


 ゴンを頭の上に乗せ、セナたちと一緒に宿を出たオズ。目の下には、深いくまができていた。

 バスターアカデミアの門をくぐり、教育棟へ。昇降口前の広場には、すでに掲示が貼り出されていた。人がごった返し、なかなか近づくことができない。


「おっしゃあ! 番号あった! 二年目にしてやっと!」

「……ない……またもう一年、やり直しか……」

「キャー! 受かってる! ママに連絡しなきゃ!」


 結果を見た受験生たちが、掲示を離れていく。それに連れて、オズたちは徐々に掲示へと近づいていった。肩を落としてアカデミアを去っていく受験生の姿を見て、オズは背筋が寒くなった。もしみんな受かってて、自分だけ落ちたら……? ボスト・シティへ一人で帰る自分を想像してしまい、オズは首をぶんぶん振った。


「あった、ボクの番号!」

「はん、オレもだ」


 ルークとアルスが声を上げた。合格者は千人もでるので、すべての結果を見るためには長い掲示を渡り歩いて見ていかなければならない。二人は番号が小さい方なので先に見つかった。

 二人におめでとうと声をかけたオズとセナは、掲示を移動していき、大きい番号の結果を見ていく。


「――あ、あった!」

「おお! おめでとうセナ」


 セナも受かっていた。受験番号が一番大きいのはオズだ。掲示を移動し、結果を見ていく。オズの心臓は爆発寸前である。2239番、2239番、2239番……たのむ、あってくれ! オズは神に祈った。

 そうしてついに2200番台の結果が見えてくる。ゆっくりと、オズは結果に目を滑らせていく。そして――


「――あ! あった! オズくんの番号、あったよ!」

「えっどこ? ――あ! 本当だっ!」


 先にオズの番号を発見したのはセナだった。オズは信じられない思いで結果を見た。まさか、受かっているなんて――!


「やったぞセナ! これでいっしょに通えるぞ!」

「きゃっ!? オ、オズくん――!」


 感極まって、オズはセナに抱きついた。頭の上で、ゴンが「きゅうきゅう」とうれしそうに鳴いた。


「ひゅー、オズってば大胆だねぇ」

「けっ、よそでやれよ、みっともねぇ」


 オズに抱きつかれたセナは、ロボットのように固まり「あ……あうあう……」と口をパクパクさせている。戸惑っているセナに気づき、オズは我に返って腕を解いた。しかし、セナはオズが離れてもぎこちなく視線をさ迷わせていた。


「ご、ごめんセナ、いきなりでびっくりしたよな」

「――へっ!? ち、ちがうのびびびっくりしたけどわたしいyくぁwせdrftgyふじこlp」


 セナはなにやら聴きとり困難な言葉を口走る。オズは思わず笑った。ルークやアルスもである。ゴンがオズの頭の上でパタパタと羽をはためかせた。

 肩の荷が下りたオズ。その時、自分を見つめている存在に気づいた。赤髪をツインテールで結んだ美少女である。背後にメイドと騎士を引き連れたエリカが、腕を組んでオズをにらんでいた。オズは驚いた。近くにいたのに人混みで気づかなかったのだ。


「――ア、アンタも受かったのね」

「“アンタ”って……? あ」


 掲示を見て合点がいった。オズの番号である2239の次。2240――エリカ・ローズも合格していた。オズとエリカの番号は前後同士。オズは失念していた。エリカとここで鉢合う可能性があったことを。

 セナもエリカ一行に気づき、警戒したのかオズの隣にピタリと身を近づけた。エリカの目がいっそう吊り上がった。


「えーと、エリカ姫も受かったんですね。おめでとうございます」

「――!」


 相手が皇女であることを思い出して、オズは丁寧な口調で頭を下げた。また難癖をつけられたら、たまったものではないのだ。エリカは一瞬、なぜか愕然とした顔をして。その後オズをひとにらみすると、フンッと顔を背け足早に去っていった。


「――あ! あの! これから姫様ともども、よろしくお願いしますです! 私、姫様の付き人の、スー・ミランというのです! そ、それではこれで!」


 山羊やぎの角が特徴的な丸メガネをかけたメイド少女――スー・ミランは、オズたちに一礼すると「ふえぇ! 姫様まってください〜!」と気のぬけるような声を出しながら駆けていく。その後ろ姿を、ゴンが「またね」とでも言うように、「きゅううー」と見送った。


「ふ、合格したことは誉めてやるが……。せいぜい足掻くがいい、愚民どもめ。くくく……」


 〈白騎士〉ハイン・クレディオは、気持ち悪いほどに口の端を吊り上げた顔でオズたちを一瞥いちべつすると、くるりと背を向け去っていった。


「すごい上から目線だな。あの騎士」

「なんなんだあのイラつく野郎は。気持ちわりぃ笑い方しやがって」

「そういえば、アルスくんあの人に会うのもはじめてだったね」

「彼が笑ってたのは、多分あれじゃないかな。ずいぶんと機嫌がよさそうに見えたから」


 ルークが指差した方に目を向けると、ひときわ大きな掲示が目に入った。そこには……


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   プロバスター認定試験 成績優秀者


総合   首席  801点 ハイン・クレディオ


戦闘実技 第一位 280点 ハイン・クレディオ

輝術実技 第一位 280点 エリカ・ローズ

筆記   第一位 267点 セナ・ブレア

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「うわ、おもしろくない名前が載ってるな――って、セナ! 筆記試験トップじゃん! すっげぇ!!」

「わっ、うそ?」


 セナは驚いたように口をぽかんと開いた。オズは自分のことのようにうれしく感じ、思わずガッツポーズした。その拍子にゴンがオズの頭からずり落ちそうになり、ルークがそれを見て笑う。しかしアルスは、納得のいかない様子で掲示を見ていた。


「あのいけすかねぇ野郎が総合と戦闘で一位だぁ?」


 オズも掲示を改めて見て、顔をしかめる。


「あの皇女も輝術オーラ実技で一位だ……。たしかにすごかったけど……」

「まあまあ、そろそろここを離れようよ。合格者はあっちで書類なんかを渡されるみたいだからさ」


 ――ルークにうながされ、オズたちは教育棟の中に入った。合格者が並び、係員から書類が入った封筒をもらっている。係員の中にウサミミをぴょこぴょこさせるミオの姿を発見し、オズたちはそこに並んだ。


「――あ! みなさん、合格おめでとうございます!」


 オズたちの番になり、ミオは満面の笑みで封筒を渡してきた。オズは頭をかきながら答える。


「うーん、実技も筆記もできなかったので、受かったのが不思議なんですけどね……」

「ふふ……オズ君、もったいないです。戦闘実技で反則をしなかったら、戦闘では一位をとれてたんですよ?」

「――え!? マジですか!」

「マジですよ。書類の中に成績の詳細が入ってるから、確認してみてくださいね」


 苦笑するミオから封筒を受けとり、オズはそれを開いて書類を取りだす。表側から〈Eランクガイムバスター認定書〉に〈バスターアカデミア入学許可書〉。そしてその次、〈認定試験成績詳細〉を手にとり目を通した。


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       認定試験成績詳細


  受験番号2239

   オズ・リトヘンデ


  実技試験 《配分 700点》

   戦闘実技  : 230/300

   輝術実技  : 140/300

   マナ保有量 :  49/100

  筆記試験 《配分 300点》

   バスター基礎: 118/200

   一般教養  :  57/100

  総合得点 《1000点満点》

          594/1000


  結果:合


  備考:戦闘実技は輝術行使により60点減

    点とする。輝術実技は特例として闇属

    性を評価し120点加点とする。


  合格者最高点:801

  合格者平均点:661.8

  合格者最低点:594

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「げっ! 俺、合格者最低点じゃねーか!」


 オズは叫んだ。周りにいた合格者たちが反応し、オズをいっせいに見る。オズは顔が赤くなるのを感じながら、アルスの大きな図体の後ろに身を隠した。しかし、オズの頭に乗ったゴンが、アルスの陰からぴょこんと顔を出したので、隠れたのは無意味に終わった。


「セナちゃん、筆記試験一位おめでとう。ルーク君も、惜しかったですね。首席にせまる総合得点でしたよ」

「――えっ、ホント?」


 ルークはびっくりしたように言い、ミオから封筒を受けとった。〈認定試験成績詳細〉を取り出し、ふむふむとうなずきながら眺めていく。オズは横からそれをのぞき込んだ。総合得点――797点。


「マジかよルーク! 首席のハイン・クレディオが801点だったから……トップとの差4点か! お前、“次席”ってやつじゃないのか?」

「はは、まさかこんなにとれてるなんてね……。筆記試験とか、もう少しまじめにやっとけばよかったよ……」

「もう、だからあんなにいったのに。“筆記の勉強しなくて大丈夫なの?”って」


 セナが口をふくらませた。たしかに、ルークの試験勉強は適当だった気がする。よく勉強の合間に獣人ライカンの写真集を読んでいた。


「はん、てめぇがそんなにとれてるなら、オレもけっこうな点数なんだろうよ」


 アルスは期待するようにミオへと手を差し出した。しかし、ミオは言いづらそうにしながら口を開く。


「えっと……アルスくんは……戦闘実技の点数が大幅に減点されてるけど、いったいなにがあったんですか?」

「なにィ!?」


 ミオから封筒をぶんどって、中身を取り出すアルス。みなで肩を寄せ合い、アルスの〈認定試験成績詳細〉をのぞき込んだ。総合得点――599点。オズとほとんど変わらない。その原因は戦闘実技だった。配点300点のところを、なんと――たったの80点。得点率27パーセント。


「――な、ばかな」

「あーあ、やっぱり」

「ルーク、“やっぱり”ってどういうことだ?」

「んー。戦闘技術そのものはわるくなかったと思うんだけどねぇ……。しいて言うなら、受験態度が最悪だったかな。まず、戦闘実技が始まる前に、試験官に向かって『かかってこいや、ハゲ』って挑発してさ。――あ、たしかに試験官はつるっぱげで、アルスのその言葉のせいで何人かの受験生とほかの試験官が笑ってたかな。ボクはもちろん笑わなかったよ、うん。そしたら、試験官のおじさんブチ切れちゃってさ、アルスに本気で斬りかかっていったんだ。アルスは身体活性ブースト輝術オーラだけじゃ太刀打ちできないって思ったのか、〈火弾の輝術オーラ〉をおじさんのにぶち込んだんだ。係員がそれは反則だって注意したんだけど、アルスは『燃えるもん・・・・・なんかねぇんだから、べつにいいだろうが!』って口ごたえして、それでまたさらに何人かが吹き出しちゃってね。もちろんボクは笑わなかったけど。そしたら、おじさんもう本当にキレちゃって今度は」

「――いや、もういいアルスがやらかしたのはわかった」


 オズは呆然とするアルスの横で、『備考:戦闘実技は輝術行使と問題行為により180点減点とする。』の文面を読んだ。減点がなければ戦闘実技が260点で、総合得点が779点。かなりの高得点ではないだろうか。

 オズは思わずつぶやいた。


「こんなバカより、俺は点数が低かったのか……」









 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 登場人物の試験成績をまとめておきます。


オズ・リトヘンデ

 戦闘230 輝術140 マナ 49

 基礎118 教養 57 総合594(最下位)


セナ・ブレア

 戦闘180 輝術210 マナ 81

 基礎179 教養 88 総合738


ルーク・ブレア

 戦闘260 輝術250 マナ 72

 基礎145 教養 70 総合797(次席)


アルス・アトラス

 戦闘 80 輝術240 マナ 68

 基礎140 教養 71 総合599


エリカ・ローズ

 戦闘170 輝術280 マナ 85

 基礎133 教養 81 総合749


ハイン・クレディオ

 戦闘280 輝術210 マナ 70

 基礎162 教養 79 総合801(首席)


スー・ミラン

 戦闘210 輝術210 マナ 75

 基礎169 教養 77 総合741

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