第八話 プロバスター認定試験:その三
「《バイキル・オーラ!》」
フウカの口から、〈
「――ッ!?」
殺気を感じ、オズは剣を薙ぐ。死角からの衝撃に剣がはじかれ、オズの腕がビリビリとしびれた。次の瞬間には、フウカはオズの眼前から消えていた。
――均衡は破られた。
目に、耳に、鼻に、皮膚に、オズはマナを張り巡らせる。研ぎ澄まされた感覚と、剣の技術。どこから攻撃がくるのか予想し、致命傷のみを避けていく。オズの頬に、血の線が走った。
「うおおおおおッ!!」
オズは声を張り上げた。本能のままに剣を振るっていく。十の傷を犠牲に攻撃を仕掛け、二十の傷を犠牲に一撃を当てる。フウカの激しい剣激をかいくぐり、オズの刃がフウカに迫る。
「んなろッ!」
フウカはたまらず声を上げた。迫りくる凶刃を、すんでのところで回避する。もはや、
目の前の少年は、傷を恐れず攻めてくる。命を刈りとる攻撃を、容赦なく繰り出してくる。――こいつ、場慣れしてやがる! フウカの額を冷や汗がつたった。こんな感覚は久しぶりだった。受験生だというのが信じられない。まるで、中堅どころのプロバスターと戦っているみたいだった。
「お返し、だッ!」
「――!」
フウカが剣を突き刺す。その刺突をとらえたオズは目を見開いた。それは、試験官であるフウカから初めて繰り出された、手加減なしの攻撃だった。
「――ぬああぁッ!」
わずかに攻撃を避けたオズだったが、フウカの模擬剣が左肩にズガンと突き刺さる。Gスーツを着用しているのに、なんて威力だッ! 肩から鮮血が噴き出る。オズは顔をゆがめながらも、フウカの模擬剣を手でつかんだ。今度は、フウカが目を見開く番だった。
「――なにっ!?」
「捕まえたッ!」
オズは叫び、大きく剣を振り下ろす。しかし、思わず大振りになってしまったことが命とりになった。フウカはとっさに、オズの頭へ蹴りを放った。
「ぶっ――!?」
予想外の攻撃を食らい、オズは反応できずによろめいた。せっかく握った剣を手離してしまう。頭が揺れ、オズは一瞬意識を失った。そこへ、フウカの追撃が襲いかかった。反射的に反応したオズの剣はしかし、フウカに弾き飛ばされた。オズの手から離れた剣が宙を舞う。体勢を崩し、オズは膝をついた。
フウカは息を吐き出した。これでやっと終わりだ、と。
一方、オズは戻りかけた意識の中、考えた。だめだ、これではほかの受験生と同じ負け方じゃないか。高得点をとらなきゃいけないのに――!
オズは
「《サタナ・ソーディア。暗黒剣》」
瞬時、オズの手にマナで創られた黒剣が出現する。オズは片膝をつきながら、神速ともいえるスピードで、それをフウカの首筋に突きつけた。
「――な!?」
フウカは驚愕した。一瞬だった。終わったと気を抜いた瞬間、フウカの首に剣が添えられていたのだった。これが実戦だったら……と考え、フウカは身震いした。
驚愕したのは会場内のほかの人間も同じだった。予備生がBランクバスターと渡り合った事実に、教官も、受験生も、信じられない思いで息を止めていた。その中の一人、エリカは特にひどく、心臓の動悸がおさまらず過呼吸を起こすのではないかというほどであった。狼顔の教官だけがたいして驚いた様子を見せずに、「ふん」と鼻を鳴らした。その
「そ、そこまで!」
係員が近づき、オズの体へ癒しの
「あ、ありがとうございます」
「いいえ。それより、戦闘実技では
「――あっ!?」
オズは青ざめた。そしてがくりと肩を落とす。自分は反則をおかしてしまったのだ。これでは高得点は望めないだろう。
「たのしい試合だった。お前、名前はなんていうんだ?」
フウカがオズに近寄った。息をきらすオズに対して、フウカに疲れた様子は見られなかった。さすが高ランクバスターだとオズは感心した。
「オズ・リトヘンデといいます」
「……リトヘンデ? まさか、“ボストの英雄”か?」
「えっ、はい。そんな大層なものじゃないですけど……」
「ははぁ、腑に落ちた。アタシもまだまだだな。書類に目を通しておけばよかった」
フウカは模擬剣を肩にかつぎ上げ、苦笑いした。
「フウカ教官、今は試験中だ」
「おっと、次もいるんだったな。リトヘンデ、お前の合格を祈ってるよ」
狼顔の教官ににらまれ、フウカは肩をすくめた。オズは頭の中で試験の配点などをぐるぐると考えるが、合格の望みは皆無だった。がっくりとうなだれながら席に戻るオズへ、フウカは人知れず言葉をやった。
「まあ、なんとかなる」
――最後の番はエリカだった。彼女は可もなく不可もなく、といった感じで戦闘を終えた。どうやら、エリカはセナのような後衛タイプであるらしい。
試験が終わったエリカは振り返る。オズと視線が合うと、顔を真っ赤にした。わけがわからなくてオズが首をひねると、エリカは目をツリ上げて、顔をそらす。――何なんだよ、いったい。
「これで試験は終わりですが、最後に
係員の声に、オズは立ち上がった。
オズは戦闘実技、
「受験番号2239、申請した属性は闇でよろしいか?」
「はい」
立ち位置に着いたオズはうなずいた。しかし、続けて口を開く。
「あの、ガイストーンをいただけませんか?」
「ガイストーンだと? いったいどうしてかな?」
「これから使う
「
眼鏡の中年試験官は眉をひそめた。
「……ふん。いいだろう、許可する。おい、今すぐガイストーンを用意しろ」
「し、しかし学園長……」
「黙れ。儂がいいと言ったのだ」
「う、うむ。これは申し訳ない」
「ふん」
狼顔の教官――驚くことに、彼は学園長らしい――がうなった。中年教官が反対意見を引っ込め、指示を出された係員が慌てて会場を出ていった。
そわそわし始めたほかの受験生たちを見て、時間を無駄に食わせて申し訳ないなとオズは思った。だが、エリカに関しては別だ。彼女は、今もオズをキッとにらんでくる。いったい自分がなにをしたというのか。裸を見てしまったのは不可抗力だ。そこまで考えてオズは気づく。あれ、そういえば裸を凝視してしまったことを謝っていない。彼女が自分を見つめてくるのはそれが原因かもしれない、とオズは思い至った。後で謝っておこう、一応。
係員が戻ってくる前に、会場外から新しくガイストーン製の大きな壁――
壁を設置し終えた係員たちがぞろぞろと会場を出ていき、やがてガイストーンを手配しに行った方の係員が戻ってくる。
「ガイストーン、持ってきましたよ」
「わざわざすいません……」
オズはガイストーンを受けとった。少し大きめのサイズだ。これなら高威力の
「これでよろしいな? では、
眼鏡を押し上げながら、中年教官はいぶかしげにうながす。彼の態度も仕方がない。ガイストーンを
「ふぅー」
オズは静かに息を吐き、両手で抱えたガイストーンを右腰のあたりまで下げ、構えた。今から使うのは、オズが訓練の末に開発したオリジナルのものである。発動に少々時間を要するのが欠点なのだが、披露する分には問題ない。ボスト支部のジムマスターには「人前で無闇に使うのはやめとけ」と言われたが、合格のためにはそうも言っていられないだろう。
腕の中でガイストーンが溶けていく。オズの腕にまとわりついた闇の瘴気が、ゆらゆらとうねった。そして、パリッと電気のはじける音がする。闇のマナに、雷属性のマナを混ぜ込んだのである。オズは両手を前に突き出し、叫んだ。
「――《メガド・メギドラ・ディ・サティウス! 深き血に染め
バリバリバリィ――ッ!! 会場内に閃光が走った。轟音が響き渡り、反響し、会場内にいた人間はとっさに耳を押さえた。オズの手から無数の紫電が雷のごとく走り抜ける。暗黒の雷雨がガイストーン製の壁を呑み込んだ。オズの
しばらくして。オズは手を下ろし、息を荒く吐き出した。オズの目線の先、ガイストーン製の壁が
「や、やりすぎた……」
オズはすでに顔面蒼白であった。試験会場を破壊する受験生など、はたしてどこにいるのだろうか?
「ふ、複合属性だと……? しかもこの威力……」
「――ふん、おもしろい」
中年教官が呆然とつぶやき、狼顔の教官――学園長が獰猛に笑う。
唖然と固まる受験生たち。エリカは胸を押さえ、
「オズ・リトヘンデ……」
――こうして、オズにとって波乱の実技試験は終了したのだった。
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