第十話 青色ショートカット

 書類を受け取りにきた合格者の列はまだまだ途切れそうになかった。何せ、合格者は千人もいるという話である。まだ仕事が山積みだというミオと別れ、オズたちは教育棟を出た。

 日は真上に昇るかという時間帯。季節が夏ということもあって外は暑く、汗がじんわりと出てくる。


「腹へったな……。おい、あそこで昼飯にしねぇか?」

「へぇ……食堂〈止まり木〉ね。いい雰囲気の場所だ」


 アルスが指差し、ルークがうなずいた。教育棟の横、木々に囲まれた建物があった。ツタに覆われ、森をイメージさせるその建物の名は――食堂〈止まり木〉。アルスと同じように昼食をとろうとした合格者たちが、食堂の中へと入っていくのが見えた(中には不合格者もいるのかもしれないが……)。


「なんか、学園生活がはじまったらお昼はここでとることになるみたいだよ。封筒の中にこんなのが入ってた」


 セナが手渡してきたのは、『学生生活の手引き』と書かれた薄い冊子。続いてセナが開いたページには構内施設の説明が書いてあり、食堂〈止まり木〉の欄もあった。


「そうだな、あそこで昼食でもとるか。これからの生活の下見にもなるしな」

「きゅうきゅう!」


 ゴンがうれしそうに跳ねた。どうやらお腹が減っていたらしい。

 オズたちは食堂の中へと入っていった。中にも所々に植物が配置されていて、空気がきれいな雰囲気を感じた。入り口すぐの食券機の前には大勢の少年少女たちが並んでいた。けっこうな人数が並んでいて、時間がかかりそうである。冷静に見ていくと、中にはやや大人びた子もいた。彼らはおそらく過年度生だろう。つまり、浪人の末に合格をはたした人たちである。

 認定試験の受験資格は十四歳以上であること、であり、受験は生涯で三回まですることができる。バスターアカデミアは十六歳までの人しか受験および入学ができないが、ほかの訓練機関では歳をとった人も受け入れているという話である。バスター連盟が定めた訓練機関はバスターアカデミアだけではないのだ。

 さておき、列の先の方をぼーっと見ていたオズは、食券機を前にした少年たちがなにやらカードを通しているのに気づいた。


「オズくん、注文は学生カードでするみたいだよ」

「ん? ……これか?」


 セナにうながされ、オズは封筒の中から一枚の厚紙を取り出した。紙には〈学生カード〉なるものが貼りついていて、オズはそれを引きはがす。カードの表には顔写真や氏名などの簡単なプロフィールが記載されていた。ひっくり返して裏を見ると。


[G-POINT 59,400]


 意味のわからない数値が記載されていて、オズは首をひねった。


「なんだこの、“ジーポイント”って?」

「学生カードが貼りついてた紙に説明が書いてあったんだけど、学園都市フロンティアでは基本的に、この〈G-POINTジーポイント〉っていうポイントを使ってモノが売買されるんだって。G-POINTジーポイントの稼ぎかたはいろいろあるみたいなんだけど、おもに学園での成績に応じて支給されるみたい」

「なんだと……?」


 セナの説明を聞いて、オズはカードをもう一度よく見てみる。オズのG-POINTジーポイントは59,400。この数字には見覚えがあった。オズの試験の総合得点が594点(合格者最低点)。それの百倍である。

 オズはセナが手に持つカードをちらりと見た。G-POINTジーポイントは73,800。セナの総合得点が738点だったことから、やはり試験結果が反映されているとわかる。


「ということは……! まさか俺は……新入生の中で一番の貧乏人ということか!?」

「で、でも、これからは学園での成績が大事だと思うから、オズくんなら大丈夫だよ。だって、本当ならオズくん戦闘実技で一位だったもん、すごいことだよ!」

「うんうん。それに、どうやらポイントは譲渡できるみたいだからね。いざとなったら助け合いさ」


 ミュウ族の双子姉弟はそれぞれオズに笑いかけた。オズは気恥ずかしくなって頭をかく。頭に鎮座するゴンがそれを遊んでくれるものと勘違いし、オズの手にじゃれついた。


「はん、オレも不運が重なって減点されちまったが、これから挽回してやるぜ」

不運・・って。アルス、キミにしてはなかなかおもしろいジョークだね。――ぷぷっ」

「あ? てめぇ昼飯横どりすんぞ」

「言ったね? なら、ボクは激辛料理でも頼もうかな」

「――てめ!? オレが辛いの苦手だって知ってて――!」


 オズは馬鹿二人の会話を聞き流しながら、順番がくるのを待った。暇をもてあましたのか、ゴンがセナの胸に飛び下りた。


「きゃう!」

「ふふっ、ゴンちゃん元気だね! あ、ちょっとあばれちゃ落ちちゃうよ! あん、ゴンちゃんったら、もう」

「…………」


 ゴンが動き回ることで、セナの小振りな胸がむにゅむにゅとかたちを変えるのが見てとれる。オズは思わず凝視した。うらやま……ごほん。オズは咳払いして理性を保った。

 しかし、ゴンがこんな風に暴れるのはセナやミオが相手の時だけである。つまり、女に対してだけだということだ。オズの胸に飛びつくことはあっても、暴れることはない。――まさか、このラグーン……とんでもなくスケベなんじゃ? よく見たらよだれ垂らしてるし……。かわいい顔してなんてうらやま……じゃない、けしからんヤツなんだ!


「きゅうううっ!!」

「――ゴンちゃん!?」


 なにを思ったのか、ゴンはセナの胸を飛び出し、今まさに食堂から出ようとしていた生徒の胸に突撃した。


「――えっ!? なにこのラグーン! んんっ、ちょ、そこかじっちゃダメ!」

「きゅうきゅう!」

「うわああああああっ!? ゴンお前なにやってんだ離れろッ! ――ごめんなさい! うちのペットが粗相を……ん?」


 スケベ幼竜を犠牲者の胸から引きはがし、オズは頭を下げようとして気づいた。その胸がペッタンコだということに。つまり、女ではないということになる。女に飛びついたのだとばかり思っていたオズは、一瞬首をひねる。声は女の子っぽかったのだが……

 しかし、視線を胸から上に移動させると、自分が間違っていたことに気づく。オズの目に飛び込んできたのは、青髪ショートカットの美少女だった。――そう、女の子である。つまり、バストが小さい少女だったのだ。

 オズは、とっさのこととはいえ、胸の大小で性別を判断したことを恥じた。目の前で息をきらす少女は、まごうことなき美少女であった。両の頬に逆三角模様のシンプルな青色の刺青いれずみが入っていて、それが魅惑的な香りを匂わせていた。

 この少女は同じ新入生だろうか。だったら仲良くしたいものである。そんなことを考えながら、オズは頭を下げた。


「ごめんな。こいつ、女の子とみると見境なくじゃれつくヤツで……」

「――おっ、おおおれは“男”だからっ!」

「え?」

「そ、それじゃあ、おれはこれでっ!」


 顔を真っ赤にさせた少年は、脱兎のごとく外へと駆け出していった。オズはぽかんと口を開け、それを見送ることしかできなかった。


「うそだろ。あんなかわいい子が――男?」



 * * *



「オズくんって、すぐ“かわいい”とかいうよね」

「セ、セナ?」


 料理を口に運びながら、オズはうろたえた。セナの目がなぜか冷たい。


「で、でも、まさかあの子が男だとはセナも思わなかっただろ?」

「……うん、たしかに。男だって言ったときはびっくりした」

「ゴン、女の子じゃなくて残念だったな〜」

「きゅうきゅうきゅう」


 オズの膝の上で、ゴンが納得いかないような目つきで首を振った。

 500GPTジーポイントを払って注文した日替わり定食はボリュームたっぷりで、オズは食べきれそうになかった。腹がふくれたオズはスプーンを置き、残りをゴンに「食べていいよ」と与えた。テーブルの上に移動したゴンがそれをガツガツと食べ始める。


「さて、書類を全部チェックしておくか……」


 封筒の中から書類を取り出し、内容を確認していく。これから受けることになる授業の詳細や教職員紹介、入学式までの日程表や行事予定など、さまざまな書類が入っていた。


「なんだこれ」


 封筒の奥底、キラリと光るものを見つけてオズは取り出した。それはガイストーン製の、黄土色に輝く鍵であった。鍵には〔11−037〕の文字が刻印されている。


「わたしのは〔10−005〕だって。たぶんこれ、寮のカギだと思うよ」

「へぇー、寮のカギかぁ。ボクのは……えっと、〔09−060〕だね。これは部屋の番号なのかな?」


 〈激辛ミムズスパゲティ〉を食べていたルークが食事の手を止め、封筒からゴソゴソと取り出した。オズは虫料理の魔境映像を一瞬視界に入れてしまい、思わず顔をしかめた。ルークの好物は虫料理なのだが、オズはいまだに慣れなかった。おいしそうに食べるルークが不思議でならない。それに加え、“激辛”のせいか額から滝のように汗を流していて、今の彼は少々暑苦しい。熱気でメガネが曇ってるし……


「マジかよ。オレのカギにも〔09−060〕って書いてあるぞ。まさか、ルークと同じ部屋に住むってことか?」

「えぇ? なんてこった。アルスと同じ部屋とか勘弁してよ」

「あ? なんだそのいやそうな顔はよ。てめぇが寝てる間に写真集破くぞコラ」

「――そんなことしたらコロス!」

「やめろ息を吐きかけんじゃねぇ! 辛さが目にしみるッ!」


 オズは寮に関する説明書を見つけ読んでいく。〈クロスタワー〉と呼ばれる学生寮があり、学生たちは二人ずつ一部屋に割り振られてそこで生活するようだ。奇数階が男子、偶数階が女子と別けられている。“タワー”という名にふさわしく地上三十階の建物であり、学生たちの部屋だけでなく訓練室や自習室、購買や食堂――〈止まり木〉とはまた別のものだが――、プールや運動場などの施設が充実している。

 鍵に刻印してある文字は階と部屋番号であった。オズのものは『11−037』であり、11階の037号室を意味していた。

 寮には今日からさっそく入るようだ。オズはわくわくしてきた。


「すごいな。これからの寮生活、たのしそうだ」

「うん、ほんとだね! わたしの部屋の相手はどんな子なのかなぁ?」

「部屋の相手か……仲良くできる人だといいんだけど」



 * * *



 オズたちは一旦宿に戻り、旅行カバンを持ってチェックアウトする。そして再びバスターアカデミアへと引き返した。


「アカデミアの構内施設もそうだけど、学園都市フロンティアって大きな建物が多いよな」


 構内に入り学生寮〈クロスタワー〉を目指しながら、オズはつぶやいた。セナがそれにうなずく。


「ここはガイストーン技術の最先端をいく研究機関、〈バベル〉がある都市だから。ほかの街に比べて、新しい技術のものが多いんだよ」

「なるほどな。〈バベル〉っていうと、あれだろ? でかいなぁ……」


 オズが指差した向こうには、学園都市フロンティアの中で最も大きな建造物がそびえ立っていた。その外観は、ガラスで造られたピサの斜塔といった風だ(もちろん、傾いてはいないが)。高さは地上百階であり、見上げるとこの距離でも首が痛いくらいだった。


 やがて、オズたちは学生寮〈クロスタワー〉にたどり着いた。この建物も十分にでかい。旅行カバンを引きずるように持ちながら、入るとそこはまるで高級ホテルのロビーだった。オズたちのほかにも新居者たちが大勢いて、エレベーターホールで列をなしていた。オズたちもそれにならって順番を待った。続々とエレベーターは到着し、食堂の時のように待たされることもなく、オズたちはエレベーターに乗り込んだ。

 チーンと音が鳴るたび、人数が徐々に減っていく。9階に着くと、ルークとアルスはなにやらぶつくさと言い合いながら降りていった。本当に仲良いな、あいつら……。そして10階につき「じゃあ、また夕食でね」とセナが降りていく。次は11階。オズはエレベーターを降りた。


「えーと、037号室は……こっちか」


 おいしょと旅行カバンを持ち直し、オズは通路を進んだ。開け放たれた部屋の数々から、「これからよろしく」などと部屋がペアになった生徒たちの挨拶が聞こえてくる。頭の上で、ゴンが鼻をひくひくとさせるのが聴こえた。


「おっ、11の037……と。ここだな」


 オズは鍵を取り出し、部屋を開けようとする。……がしかし、そこで鼻を激しくスンスンとさせたゴンが扉の取っ手に飛びついた。


「あっコラ」

 ガチャリ。

「きゅううううっ!!」


 鍵は開いていた。どうやら、先に相手が来ていたようである。


「まてゴン」


 開いた扉から一心不乱に部屋へ押し入ろうとするゴンの首根っこを捕まえた。食堂の件で男にも飛びかかる可能性があるとわかったからだ。ルームメイトを驚かすわけにはいかない。手足と羽をバタバタさせるゴンを腕に抱え、オズは扉を開け放った。


「失礼します――ぅ!?」

「――えっ!?」


 きれいな背中が目に入った。陶磁器のように真っ白な肌が、なめらかに光っていた。その人物は少し横を向いていて、ツンと張ったお椀型の胸が確認され……? ん? ムネ?

 青のショートカットをサラリと散らして振り返ったのは――つい先ほどの、やんちゃラグーンの被害者だった。着替え中だったらしく上半身裸で、手には服を持っていた。オズとその子は呆然と目を見合わせる。


「――しっ、失礼しますた!」

 バタン!


 オズは慌てて扉を閉めた。部屋の中から「うわああああああ」とかわいらしい悲鳴が聴こえてくる。


「……??? どゆこと?」

「きゅうぅ〜」


 混乱とともにつぶやくオズ。そんな主人へ、腕の中のペットが「ほれ見ろ」とでも言うように鳴き返した。

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