第十八話 崩壊する戦線:その二

「クソッ! こいつら硬すぎる! ゴドラのくせに!」


 とある下級バスターが焦燥感をむき出しに叫ぶ。ガイムの中でも最弱とされるゴドラにまったく歯が立たない。幾度も繰り出した斬撃によって両腕は痺れ、感覚が薄れてきた。輝術オーラを撃ち込んでもたいして効いた様子がない。装甲に傷ひとつつけることさえ叶わなかった。

 マナ残量がそろそろ怪しくなってきた。疲労も溜まっていく。打つ手が見当たらなかった。


「硬いのもそうだけどッ! どんどんガイムの数が増えてる! 城壁に喰らいついてるガイムも出てきてるわよ!」


 同じチームの女バスターが声を張り上げる。目を移すと、幾体ものガイムが城壁に貼りつき、風穴を開けようと喰らいついていた。予備生たちが、城壁へ攻撃を仕掛けるガイムの気を引こうと駆け回っているのが見える。


「GUAOOOON!」

「――くそっ」


 横合いから突っ込んできたのはハウンドだった。もはや、当初相手取っていたゴドラはこの場にいない。上級・中級バスターでさえもガイムの大群を抑えきれなくなり、戦線からは数多あまたの怪物どもが城壁へなだれ込んできていた。

 右を見ても左を見ても、ガイムの群れ。一体のガイムを集中的に倒すことなど、今や不可能になっていた。

 下級バスターの男は飛び上がってハウンドの突進をかわし、その胴体へGブレードを叩きつける。しかし、返ってくるのは鈍重な衝撃のみ。手ごたえはなかった。下級とはいえ、プロバスターの一撃がまったく通用していない。

 ハウンドから距離を取りながら男は舌打ちする。チームメイトとともに散開しつつ隙をうかがうが――


「GYAOOOOOO!」


 背後からの咆哮に振り返る。


「はさみ撃ちかよ!」


 後ろから迫るのはゴドラだった。目の前にはハウンド。左右に脱出する時間はない。


「《サラド・イグナ! 火の弾!》」


 男はゴドラの頭蓋へ輝術オーラを撃つ。目くらましだ。輝術オーラがゴドラへ直撃すると同時、男は脚部へマナを込め飛び上がる。


「――あぶない!」


 女バスターの叫びが耳に入る。ゴドラの頭上を飛び越えながら、男は目を見開いた。


「――なっ!?」


 甲羅のごとき胴体の後ろから、鋭く伸長した尻尾が風を切る。いつの間にかゴドラは自らの体を変形させ、尾を伸ばしていた。

 ――うかつだった。強化されたゴドラが変形するであろうことは前回の遠征で知っていた。だが、長引く戦闘による疲労のせいで考えいたらなかった。

 怪物の尾がしなり、ヒュンと空気の音が響く。


「ぐふっ――!」


 刹那、戦士の喉仏から赤い液体が噴き出した。尾に切り裂かれた衝撃で、その体はゴドラの前方へ吹き飛ばされる。


「GYAOOOOOOO!」


 目の前に落ちてきた人間エサに、怪物は歓喜の雄叫びを上げる。大口を開け、ピクリとも動かない肉体にかぶりついた。

 バキッバキャッ―― Gスーツがいともたやすく噛み砕かれる。怪物のあごから大量の血しぶきが飛び散った。


「いやああああぁぁ!」


 女バスターの悲鳴が響き渡る。


「てめぇっ! よくも、俺のダチをおおぉ!」


 仲間のバスターが怒りをあらわに飛びかかる。だが、戦場で冷静さを失うことは――命とりだ。


「GUOOOOOOO!」


 機をうかがっていたハウンドが牙をむく。そのスピードを存分に発揮し、我を失ったバスターのわき腹に喰らいついた。


「ぎゃあああぁぁバキバキャバキィッ――


 バスターの絶叫が咀嚼音にかき消され、やがてピタリとやむ。

 ご馳走を頬張る犬のように、ハウンドはその場でもぐもぐと食事を始めた。

 原型を失っていく、人だったモノ。怪物の口から血がしたたり、小さな池ができあがる。


「――ゆるさない! ゆるさないぃッ!」


 仲間をやられ、女バスターが涙を流しながら突っ込んでいく。いちはやく食事を終えたゴドラが、貪欲にも二回目の食事を味わおうと顔を上げた。そのあごは、おびただしいほどの血にまみれていた。

 怒りと憎しみにより、前方しか目に入らない女戦士。その死角から、伸長した尾がすさまじい速度で忍び寄る。

 ドスッ


「え?」


 衝撃を感じ、女バスターは視線を落とした。怪物から伸びた極太の針が、自らの胴体を貫いていた。


「がはぁっ――」


 口から血が噴き出る。力が入らなくなって。

 握りしめたはずのGブレードが、手からこぼれ落ちた。


「GYAAAAOOOO!」


 ゴドラは一鳴きすると、大きなあごをさらに広げる。尻尾を器用に動かし、ご馳走を口内へ放り込んだ。




「うそだろ……?」


 城壁付近。

 敵味方入れ乱れる戦場の向こう、それほど離れてはいない距離で繰り広げられたむごたらしい光景に、オズは息を飲んだ。

 バスター三人が、ガイムに喰われた。

 “ガイムは人間を捕食する”

 言葉では聞いていた。知識としては知っていた。だが、オズの目に飛び込んだ光景は想像より遥かに残酷だった。

 あまりにも呆気ない。人はあんなにも脆く、あんなにも簡単に、怪物に喰われてしまうのか。


「――くそっ! おい、お前! しっかりしろ!」

「仲間がやられたっ! 治療班のところへ運んでくれ!」

「こっちもだ! ――ちぃっ! 一旦、撤退するぞっ!」


 バスターたちの怒号があちこちから聞こえてくる。

 均衡は崩れた。人間は討伐する側から、狩られる側へ追いやられた。


「ぎゃああああああ――」


 絶叫が響き渡る。一体のガイムに足を千切られ、もう一体のガイムに胴を噛み砕かれる。また、一人のバスターがこの世から姿を消した。

 騎乗用に訓練されたラグーンが、主の仇を討つべく飛びかかる。しかし、ガイムはそれにまったく興味を示さない。ガイムが捕食するのは、人間だけなのだ――

 果敢に攻め立てるラグーンに、ガイムは気にもとめず動き始める。主を思う優しき騎獣は、やがて動き回る怪物どもに踏み潰された。


「きゅううぅ……」


 無念のうめき声を残し、ラグーンは息絶えた。

 バスターが一人、二人、と怪物の餌食になっていく。重傷を負った仲間を、チームメイトが城壁内部の治療班へ運ぶ。チームは散り散りとなり、ガイムの数が増えていく。

 城壁に貼りついたガイムが、ガリガリと喰らい、削り、街へ侵入せんと突き進む。

 戦場は阿鼻叫喚のちまたと化していた。


「――オズくん! しっかり!」

「あ、ああ……」


 セナの一喝にオズはうなずいた。現実感の湧かない現実に、オズはどこかふわふわとした感覚の中、足を動かした。

 城壁へ喰らいつくガイムへ、離れた距離から輝術オーラを撃ち込む。マナを温存していたセナも、今やオズと同じように輝術オーラを幾度と行使していた。ルークは口数が少なくなり、アルスのいらだった顔つきが焦燥のそれへ変わっていく。

 疲労が蓄積していく中、怪物から一定距離を保ちながら予備生は駆け回る。ガイムへ必要以上に近づかなかった四人は、奇跡的にもみな無事であった。


「バルダやジムマスターは大丈夫なのか……?」


 不安が思わず口から漏れ出す。押し寄せるガイムの大群の向こう、バルダの超越輝術エニグマ――電光石火ライジンの閃光を探すが、おびただしい数の怪物の姿にはばまれ、見つけることは叶わない。バルダが今どういう状況なのか、オズには知る術がなかった。


「多分、突然変異体ミュータントを探してる最中だと思う。突然変異体ミュータントさえ討伐できれば、付近のガイムは弱体化するはず。……わたしたちにできることは、バルダさんやジムマスターを信じて、とにかく城壁を守りきること!」


 セナがオズへ声をかける。その言葉に、オズは折れかけた心をいくらかもち直した。

 そうだ。Aランクバスターであるバルダがやられるはずなどない。いずれ突然変異体ミュータントを倒すなりして、わるい流れを断ち切ってくれるはずだ。言っていたではないか。「こいつらなんて、俺がサクッと倒してやるよ」と。今はバルダを信じて、自分のできることを精一杯やろう――

 オズたちはそれから、城壁に喰らいつくガイムを攪乱し続けた。目くらましのために頭部へ。体勢を崩すために足元へ。ガイムに輝術オーラをぶつけていく。

 しかし、マナの枯渇がそろそろ見え始めてきた。オズにはガイストーンからマナを吸収できる能力があるが、ガイムを倒すことができない今はそれに頼ることもできない。

 それでも、いつか上級バスターたちが突然変異体ミュータントを倒してくれると信じ、予備生は奮闘する。

 下級バスターたちも、仲間に犠牲を出しながら、街を守るため命をつくす。

 視界確保のために浮かぶ火属性や光属性の輝術オーラがほのかに戦場を照らす中、オズはふと、いやな予感がした。

 ――ゾワリ。背筋が奇妙に逆立ち、体中に悪寒が走る。

 直後、マナのゆがみを感じとった。


「ぐあぁっ……!」

「……かはっ!」


 かすかに耳へ届くうめき声。オズは振り向いた。

 なにか、異変が起こっている――

 その感覚をたよりに、オズは混沌と化した戦場へ目を凝らした。

 下級バスターのチームの一つが、地に投げ出され、壊滅していた。今にも息絶えていくバスターたちの体からは、まるで大型弩砲バリスタから放たれた極太の杭のようなものが生えていた。

 死因は明らかだった。バスターたちはこの杭に串刺されて死んだに違いない。

 しかしオズの目は、死をいざなう杭の発生源であろう一体のガイムから、かけらも離すことができなかった。


「なんだ……こいつは……!」


 圧倒的で、それでいて異質な存在感。離れているのにも関わらず、まがまがしい威圧が伝わってくる。否応なしに、足がすくむ。

 どうして、目に入るまでこんな化け物の存在に気づかなかったのか――

 甲羅のような胴体は、まさしくゴドラである。

 しかし、後方から変形伸長した尻尾の先には“顔”があった。細長い目が光り、口が裂けるように走り、そこからチロリと舌が伸びていた。気色わるい動作でうねるそれは、まるで蛇だ。

 前方、本体の頭はハウンドに近く、獣じみている。顔の周囲にはたてがみのようなギザギザした突起が生えそろっていた。

 凶悪な獅子のような頭に、ぬめるように反光する亀の甲羅、そして、独立した動きを見せる蛇の尻尾。

 赤黒い輝きに包まれた、巨大なガイムがそこにいた。

 どこからともなく現れた化け物は、音もなく、その巨躯からはとても想像できないスピードで新たな獲物へ突っ込んでいく。


「――な!? 突然変異体ミュータントッ!」

「おいっ! ジムマスターたちに知らせろ!」


 気づいたバスターたちが身を強ばらせる。上級バスターへ知らせるべく〈火花の輝術オーラ〉を打ち上げようとするが、それよりも突然変異体ミュータントの方が速かった。

 周囲のマナが揺れる。突然変異体ミュータントの体を中心に、無数の鉄杭が宙に生成される。


「このガイム! 輝術オーラを使えるのかっ!」


 バスターが驚きに目を見開く。直後、全方向にすさまじい速度で杭が射出された。

 それは、まるで銃の散弾だった。


「――ごはっ」


 貫かれたバスターたちは為す術もなく吹き飛ばされる。鉄杭に体を串刺され、口から血を吐き出し、次の瞬間にはピクリとも動かなくなる。

 またたく間に、バスターの一団がその命を刈り取られていた。

 それを見とどけると、突然変異体ミュータントは目の前の人間エサは後回しだと言わんばかりに、新たなターゲットを探すべく首を動かす。

 そして――


「――ッ!?」


 オズは息を飲む。

 化け物と、オズの目が合った。無機質で暴虐なまなこがギラリと光る。遠く離れたオズへ向かって、その猛然たる四肢で地を蹴りつけ飛び出す。

 弾丸のようなスピードで、化け物が迫る。


「――まずい! 逃げろ! 突然変異体ミュータントが来るぞ!!」


 オズはあらんかぎりに叫ぶ。その声を聞き、残りの予備生も異質なガイムの存在を目の当たりにすることとなる。


「なにアレ!? 見るからに絶対ヤバいでしょ!」

「クソがッ! 気配を消してやがったのか!」


 アルスの推測はおそらく正しかった。ロウムの森への遠征時、休息をとっていたバスターたちに忍び寄ったのと同じように、突然変異体ミュータントは軍勢の中に気配をまぎれさせていたに違いない。時分は夜。周囲が暗いことも、察知の遅れに拍車をかけていた。

 予備生たちは駆け出した。化け物から、少しでも遠くへ離れようと。


「《パンタ・スピーシア! 火花!》」


 駆けながら、セナが輝術オーラを打ち上げる。

 オズは思い出す。そうだ。火花これを見つけてバルダが来てくれる。バルダがいればなんとかなるはずだ――!


「GAAAOOOOOOOONNN!!」


 それまで鳴き声を発さなかった化け物が空気を轟かせた。まるで極上の獲物を見つけたかのように。

 足を必死に動かしながらオズは振り返る。突然変異体ミュータントの凶悪な瞳がオズをとらえていた。背中から冷や汗が噴き出る。

 見る間に化け物との距離が縮まっていく。突然変異体ミュータントは逃げる獲物へ十分近づいたと見るや、急停止した。

 その距離は、輝術オーラの射程圏内。

 大気を通じて、マナの微弱な振動がオズの肌へとどく。


輝術オーラだッ! ヤツは杭のようなものを、ものすごいスピードで射ち出すぞ!」


 きたる輝術オーラに備え、オズはGブレードを構えた。残りの三人もオズにならって体勢を整える。

 突然変異体ミュータントの周りには、すでに無数の杭が生じていた。


「GAAAOOOOOOOONNN!!」


 瞬間、杭が烈火のスピードで射出される。その弾丸は速すぎて動体視力のかなうものではない。軌道を読み、体の前面へGブレードを滑り込ませる。

 ガキイイィン――ッ 全身を衝撃がつたい、オズはのけぞる。しかし、凶悪な輝術オーラから身を守ることに成功した。オズが前もって注意をうながしたおかげで、セナたちも同様に危機を乗り越え、無事だった。

 だが――


「――!?」


 オズの紫黒の瞳はとらえた。もう一本の杭が自らへ迫るのを。

 たった先ほど防いだ杭の影、別の杭が巧妙に隠され、追尾していた。二本の杭が直列するように射出されていたのである。しかも、オズだけに対して。なぜかはわからないが、突然変異体ミュータントはどうしてもオズという獲物を仕留めたかったらしい。

 Gブレードを引き寄せようとするが、間に合わない。

 世界がスローに感じる。世界は静寂に呑まれ。世界から色が落ちていく。

 ああ、俺、死んだな。

 オズは自ずと死を悟った。ただただ、「死」だけが見えた。

 ――ビカッ!

 刹那、オズの視界を閃光が覆いつくす。

 オズは思わず、ぎゅっと目をつむる。

 ……いつまでたっても「死」は訪れない。

 おそるおそる、目を開く。

 そこには――


「――――バルダ?」


 たのもしい背中がオズの視界に広がっていた。

 その身から、死へといざなう鉄杭を生やしながら。

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