第十二話 街の外へ:その一
早朝、バルダに「絶対に帰ってこいよ。くれぐれも無茶はするな」と見送られ、オズはバルダ宅を出た。姉弟と合流し、バスタージムで装備等を受け取ると、三人はボスト・シティの西門へ向かった。街の西方面、〈ロウムの森〉に近い西門が、バスターたちの集合場所である。
「けっこう人がいるな。これ、みんなプロバスターか……」
ガイストーン製の巨大な城壁がそびえる街の門には、大勢のバスターが集まっていた。
「そうだね。わたしもこんな大人数での任務は初めて。今日は、街の外からもバスターが駆けつけてるからね」
「ふー、緊張するな」
オズだけではない。きのうの襲撃のせいか、バスターたちの間にはどこか張りつめた空気が漂っていた。
ルークが言う。
「やっぱり、〈波〉が近いっていわれてるだけあって
三十年から六十年の周期で襲いくる大災害、〈波〉。文字通りガイムが波のようにあふれ出し、人間の街を呑み込もうとする。過去の〈波〉では、異常な強さをもったガイム、
オズは自らの頬を叩き、気を引きしめた。今日は自分の初仕事なのだ。
「それにしても、この〈Gスーツ〉って動きやすいよな。それにかっこいいし」
三人はバスターの正式装備、〈Gスーツ〉に身を包んでいた。オズは今日、初めてこれを装備したのだ。
バスタージムから支給されたこの戦闘スーツ。ファンタジーな世界には似合わない、近未来チックな見た目をしている。着用者の体にフィットしたデザインで、着るとボディラインが強調される。着る時はかなり窮屈な思いをしたが、装着するとあら不思議。体が羽根のように軽くなった。
ところどころ宝石のような光沢をもつこのスーツは、もちろんガイストーン製。ちなみにオズは黒、セナは白、ルークは青をそれぞれベースとしたデザインになっている。
「わたしはあんまり好きじゃないな。なんていうか、体のラインが浮き出てちょっと恥ずかしいっていうか……」
「ふーん……」
オズは思わず、セナの体に目を滑らせた。すると、それを見とがめたセナが顔を赤くし、自分の身を抱き込む。
「ちょっ、オズくん! わたしのカラダ、今見たでしょ!?」
「えっ? み、見てない見てない。やだなぁセナ。ははは」
オズはとっさに乾いた笑みを浮かべ、あらぬ方向へ目を移した。
そう。断じて自分は見てなどいないのだ。形のよさそうな胸のふくらみとか、女性らしさを覚え始めた腰のくびれとか、細くてすらりとした足とか、それからそれから……
「おーい、オズ、鼻の下が伸びてるよ」
「――はっ!? な、なに言ってんだよルーク! んなわけあるか! い、いやぁ、それにしても、今日は本当にいい天気だなあ」
ニヤニヤと笑いかけるルークに慌てて否定のツッコミを入れると、オズは話題をそらした。
「もう、オズくんのえっち」
そんなオズを、頬を紅潮させたセナがジト目で見つめたのだった。
「なんだか楽しそうですね。ふふふ」
「あれ? ミオさん、なんでここに?」
振り返ると、そこには受付嬢のミオが立っていた。トレードマークのウサミミが興味深そうに揺れている。先ほどジムに行った時はいなかったのだが、ここにいたようだ。
Gスーツに身を包んだバスターが多くいる中で、受付嬢の制服を着たミオは目立っていた。プロバスターたちもミオがいることに気づくと、「あ、ミオちゃんだ!」などと言い、ちらちら目を向ける。
「なぜって、お見送りですよ。オズ君は私の担当みたいなものですし、心配で来ちゃいました」
ミオはいたずらっぽく笑う。ジムではよくオズのことを気にかけていたミオ。たしかに、オズはミオ以外の受付嬢とは接点がなかった。
「そうだったんですか、わざわざありがとうございます。初めての任務なんで、ちゃんとできるかどうかわからないですけど……」
「大丈夫ですよ。オズ君が訓練に励んでいた姿、私は見ていました。だいぶ強くなったと思いますし、今回の任務で自信をもてると思いますよ」
「そういってもらえると心強いなぁ。でもやっぱり、ほかのバスターときちんと連携できるのかとか、いろいろと心配ですけど……まあ、がんばってきます」
すると、セナがオズの隣に身を寄せ、にっこりと笑う。
「なにかあっても、わたしがついてるから大丈夫です。仮にケガとかしても、わたしならすぐに治せるし。――だから、ミオさんが心配する必要はないですよ」
しかし、その目は笑っていない。
「ふふふ。だったら安心ですね。でも、心配なものは心配なんですよね……」
ミオはセナへ微笑で返した。その笑みもどこか冷たい。オズにはなぜか、付近の温度が数度下がったように感じられた。
ミオに目をかけられているオズへ「予備生のくせに生意気な!」と嫉妬の目を向けていたプロバスターたちが、逃げるようにこそこそとその場を離れていく。
そんな中、ルークはいっそうニヤニヤと笑みを深め、なりゆきを眺めていた。
「――なにをやってるんだ? お前たちは」
どこか呆れた声を出しながら、ジムマスターのガロンが現れた。しかし、オズは思わず身構える。
ガロンのやや後ろ。きのう殴り合った相手、アルスが立っていたからである。彼もオズと目が合うなりにらみつけてくる。そんなアルスは赤色のGスーツを着ていて、その髪色と合わせ全身真っ赤であった。
「今回の任務だがな、お前たちバスター予備生は、四人でチームをつくってもらう」
「四人で、ですか?」
オズは眉をひそめた。姉弟二人とチームを組むのなら、大歓迎なのだが。
「そうだ。予備生同士チームワークを高めるのも大事なことだ。バスターを目指すなら、そういった能力は必要不可欠だしな。チームプレーができてこそ、バスターとして一人前になれる、と俺は思うぞ」
たしかにそれもそうか。ほかのバスターとうまくやっていかなければ、ガイムとは戦えない。なぜならそこは、命がかかった場所だからだ。オズはそう納得しかけるが――
「レベル10にも満たねえやつが、なんでこんなとこにいんだよ……ま、せいぜい足を引っぱんねえことだな」
アルスはそう言って、オズへ馬鹿にしたような顔を向けた。――前言撤回だ。オズは一瞬にしてこめかみに青筋を浮かべた。しかし、オズが言い返すよりもはやく、セナが口を開いた。
「オズくんが足を引っぱることなんてないよ。オズくん、訓練して強くなったんだから。それより、アルスくんの方こそチームの和を乱すようなことは言わないでね。これからいっしょに任務に当たるんだから」
しかし、アルスはセナへ嫌そうな目を向けると。
「ちっ、うるせぇな。黙ってろよクソアマ」
「――! おい、その言い方はないだろ!」
オズは憤慨して詰め寄り、アルスはそれを威嚇するように見下ろす。
「あ゛ぁ゛? やんのかコラ」
ドスをきかせてアルスがうなる。オズも負けじとアルスをにらみ返した。
「こら、やめろお前たち」
ガロンが二人の間に割り込んだ。
「お前たち、わかっていないようだな。今から俺たちは、ガイムの
ガロンのその静かな様子には、有無を言わせない圧力があった。この街のバスターをまとめあげる者としての責任が、否が応でも感じられた。納得いかない気持ちはありつつも、オズはうなずく。
「ちっ。わかったようっせぇな」
アルスも渋々と引き下がった。はらはらとした様子で二人を見ていたセナとミオはホッと胸を撫で下ろし、ルークも「やれやれ、どうなることやら」と苦笑した。
「それから、余裕があればお前たちのレベル上げを手伝うつもりだ。特に、オズは早急にレベル15へ上げなければならん。認定試験を受験できないのはさすがに目も当てられないからな。いけそうな時は積極的に前に出していくから、そのつもりでいろよ」
そう言い残し、ガロンは離れていった。
数瞬、微妙な空気がその場を流れる。
そんな中、オズはアルスの前に立った。セナとミオがひやりとしたようにそれを見る。
「とりあえず、私情は抜きにしてぶつかり合うのはやめよう。チームを組むんだし」
「……あぁ」
鬱陶しそうな表情を浮かべつつも、アルスはうなずいた。まったくもって協調性がない、というわけでもないらしい。それでもやはり、今日の任務はうまくやっていけるのだろうか、と不安を覚える。しかしよく考えてみれば、これもバスターになるための試練かもしれない。プロバスターになってからも、合わない相手と仕事をしなければならない時がきっとあるだろう。オズはそう思い、割り切ることにした。
「――よし、みな集まったな! 注目してくれ!」
バスターの人混み、その遠くから、ガロンが大きく声を上げた。
「今日は知ってのとおり、近ごろ目撃情報が多発される
バスターたちから口々に「「おお!!」」と大きなかけ声が上がった。
ジムマスターを先頭にバスターたちは進んでいく。その中には、ラグーンに騎乗する者もいた。人数の都合上、今回の調査ではすべてのバスターがラグーンに乗れるわけではない。
いいなあ、自分も乗りたいなあ、と羨望の眼差しを向けながら、オズも歩き出した。
「がんばってくださいね! 無事に帰ってくるのを、まってますから!」
「――はい! いってきます!」
オズは振り返り、ミオに手を上げた。セナが人知れずつぶやく。
「もう、へらへらしちゃって」
バスターたち一行はボスト・シティを囲む草原を抜け、森へ入っていった。街からは南北に〈ライン〉が伸びているが、その一方で東西には〈ライン〉が通っていない。ボスト・シティの東西方面には街が存在しないからだ。そのため、バスターたちは街の西門を出た瞬間から(正確には〈ゾーン〉を抜けた瞬間から)ガイムの意識が及ぶ危険地帯に足を踏み入れることになる。ゾーンを抜けると、バスターたちの顔つきは真剣なものへ変わった。プロバスターのそんな雰囲気に、オズも思わず気を引きしめた。
森に入ってしばらくして、さっそくそのゴドラと遭遇することになった。
「――前方、一体のガイムを確認! ゴドラです!」
バスターの一人が大きく声を上げた。辺りを見回すが、オズにはその姿を確認できない。
道中、一部のプロバスターたちが〈索敵の
報告を聞くと、周りのバスターたちは進行を止める。いっせいに腰からGブレードを抜き、すばやく陣形を整え始めた。オズたち予備生もそれにならい、あらかじめ教えられたように位置取った。
しばらくの間、バスターたちの間に沈黙が漂う。
「GYAOOOOOO!」
突如、ガイム特有の機械的な叫び声が鳴り響いた。――きた。オズの目にも、やっとその体躯が映りこんだ。草木をかき分け一体のガイムが突進してくる。身にまとった装甲が日の光を反射し、ぎらぎらと輝いていた。その金切り声は、大勢集まった
先頭に位置するジムマスターは「ふむ、ゴドラ一体か」とあごに手をやる。そして、声を張り上げた。
「オズ、お前一人でやってみろ! いけるはずだ!」
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