第十三話 街の外へ:その二

「えぇっ!? 俺一人で!?」


 オズは慌てた。どう見ても全員で戦う空気だったではないか!


「いってこい! オズの坊主!」

「そうだオズ坊! 訓練の成果をみせてやれ!」

「あぶなくなったら助けてやるからよ! やっちまえオズっ子!」


 周りのバスターが口々にはやし立てる。実は、ジムに通ううちプロバスターたちとも多少の交流があったのだ。ボスト・シティでは予備生が少ないからか、新しく登録されたオズの存在はあっという間にバスターたちの知るところとなった。

 そんなオズは、一部のプロバスターから稽古をつけてもらっていた。勉強になったのはたしかだが、模擬戦中に血走った目で「ミオちゃんと仲良くするのは許さん!」と斬りかかられて、あやうく死にそうになったことは忘れない。あれは本気の一撃だった。よく対処できたな、とオズは今でも思う。そのバスターには、試合が終わったあと「お前、やるじゃねえか」と認められ(?)たのだが……。

 とはいえ、基本的にボスト・シティのバスターは、みないい人たちなのであった。


「GYAOOOOOO!」


 しかしオズが戸惑っているうちにも、ゴドラはどんどん近づいてきていた。隣に立つセナが口を開く。


「大丈夫だよ。今のオズくんなら楽に勝てるから!」


 ルークもうんうんとうなずく。


「ありがとな、セナ。――よし、いってくるか!」


 セナに背中を押され、オズは飛び出した。

 駆けながら身体活性ブースト輝術オーラを行使する。闇のマナがオズの体内を激しく渦巻いた。すると、オズのGスーツがマナに反応し淡く発光し始める。マナが圧縮され、凝縮し、高い密度をもって体内を浸透していく。筋肉のすじ一本一本にまで深く染み渡り、それによりオズの体がいっそう軽くなる。

 踏みしめた地面が爆ぜた。オズのスピードが爆発的に上昇する。

 ――Gスーツの効果は絶大だった。

 オズは戦闘服の使い心地に満足感を覚えながら、地を蹴り続けた。ぐんぐんとゴドラの姿が視界に大きく映し出されていく。


「GYAOOOOAA!」


 ゴドラは口をガチガチと大きく開閉し、オズを喰らう準備は万全の様子だ。オズは突進するような勢いで射程圏内へ入り込むと、至近距離から鋭い視線でゴドラを見据える。

 訓練の成果をみせてやる!

 オズは握りしめたGブレードに闇のマナを送り込む。轟くような叫び声とともに、ゴドラが大きなあごを開いて顔ごと振り下ろしてくる。


「シッ!」


 オズは腰をひねり、大鎌のようなあごの一撃を紙一重でかわす。足に力を込め飛び上がると、Gブレードを勢いよく滑らせた。

 一閃。

 宝石のごとく硬質な表皮が「ザシュッ」と肉を切り裂いたような音を発し、いともたやすく引き裂かれた。三メートルほどもあったゴドラの体躯が、真っ二つに分かれていく。


「……あれ?」


 あまりの呆気なさに、着地しながらオズはつぶやく。ゴドラとは前にも戦ったことがあるが、こんなに弱かっただろうか。


「GUOO……」


 くぐもった鳴き声とともにゴドラは消滅していく。破片がオズの周りをきらきらと舞い散っていった。その光景の中を、オズはしばらく立ちつくすが。


「「「おおー」」」


 後ろから声が上がり、ぱらぱらと拍手が巻き起こった。オズは振り返り、バスターたちの誉めたたえるような表情を見ると、ほっと胸を撫で下ろした。オズは照れくさく感じながら、残されたガイストーンを腕に抱え上げ、みなの元へ戻る。大人たちに肩や背中をポンと叩かれながら、オズはセナたちの元へ近づいた。

 セナとルークが「おつかれ」と笑顔を向ける。一方のアルスは「ふん」と鼻を鳴らし、不機嫌な様子である。

 そこへ、ガロンがバスターの間を縫ってやってきた。


「なかなかよかったぞ。倒した感触はどうだ?」

「なんか、ゴドラが前より弱く感じました……」

「そうだろう。レベルは上がらずとも、技術を磨けば強くなれる。それを覚えておくといい。とはいえ、基本的にはレベルがものをいうがな。――さて、休んでいる暇はない。先に進むぞ!」


 ガロンは矢継ぎ早に指示を飛ばしながら先頭へ戻っていった。

 回収したガイストーンを、オズはラグーンに騎乗したバスターへ預けた。ラグーンには大型の収納袋が備えつけられていて、ガイストーンは彼らが運ぶことになっている。

 やがて、一行は進み始める。歩きながら、オズは徐々に自分の成長を実感し始めていた。ここ最近の訓練を通して、オズは輝術オーラを学び、そして剣の扱いや身のさばき方を鍛えた。その成果を感じたことが――自分が強くなったことが――こんなにも嬉しいことだとは思わなかった。

 そして、こうも思う。

 ――もっと、強くなりたい、と。


 それからも幾度かゴドラと戦闘を行った。すべてが単体での遭遇である。それもそのはず、ガイムは多くの場合、一体で行動する。

 逆に、複数で行動している場合は危険度が跳ね上がる。突然変異体ミュータントの指揮下に入っている可能性が高いからだ。

 しばしば、突然変異体ミュータントに統括されたガイムは組織的な行動をとる。加えて、そのそれぞれの固体が強化されていることもあるという。装甲が固くなっていたり、単純にパワーが上がっていたり、すばやく動けるようになっていたり……。それが一体だけでなく、複数に及ぶのだからたちが悪い。

 これらの理由から、突然変異体ミュータントはすみやかに討伐しなければならないのだ。


 予備生であるオズ、セナ、ルーク、アルスの四人は、優先的に戦うことになった。戦闘のたび、バスターたちはオズのことを“オズ坊”、“オズっ子”などと呼んではやし立てたのだが、ルークの場合はひどかった。

 Gブレードを握ると性格が変わる彼は、「ヒャッホー!」と叫んだりしながらゴドラを斬っていたのだが、そんな彼に飛んだヤジは以下のとおり。

 戦闘狂、残念坊主、変態、ケモフェチ、ケモ専……などなど。

 とはいえ、当の本人は気にしていないようだ。戦闘が終わったあともいつもの調子でへらへらとし、「そんなに誉めないでくれよ」と照れたように頭をかいていた。あのヤジの数々は彼にとって誉め言葉のようである。

 一方、姉のセナはバスターたちから“セナちゃん”と呼ばれていた。セナの可愛らしい外見もあり、特に女のバスターから目をかけられているようだ。

 そして、バスターたちの中にセナやルーク、つまりミュウ族を見下すような者は一人もいなかった。ジムマスターのガロンが、ボスト・シティで働くバスターを厳しく選定しているらしい。人を生まれや見た目で判断するやつに、バスターとして背中をあずけることはできん! とのこと。

 しかし、オズたち予備生はあと一ヶ月もすれば認定試験を受けに街の外へ出ることになる。この街から離れれば、ミュウ族に偏見の目を向けるバスターに出会うかもしれない。姉弟がいやな思いをしないよう、なんらかの心構えが必要かもしれない。オズはそう考えていた。

 予備生最後の一人、アルスの戦闘は感嘆の一言だった。彼のその内情を表すかのように荒々しい戦い方。だが、そこには訓練と経験による技術が裏づけされていた。

 明らかに、オズよりも格上。ルークと肩を並べる強さであった。

 力の差を改めて感じてオズは悔しく思ったが、いつか追い抜かしてやる、と決意を新たにした。

 そんなアルスへ大人たちも声をかけてはいたのだが、その様子はどこか遠慮がちである。彼らはアルスの過去を知っているはずだ。グレるアルスを厳しく注意しないのは、アルスが胸に秘めた負の思いを彼らが理解しているからかもしれない。

 バスターとして経験してきた彼らだからこそ。程度の差こそあれ、だれしもが「死」を垣間見たことがあるはずだった。


 昼にさしかかり、一行は休息をとる運びとなった。

 森の中にはバスターのための補給地点がいくつか設置されている。そのうちの一つ、森の中にぽっかりとあいた小さな広場で一行は腰を落ち着けた。もちろん、ガイムが蔓延はびこる危険地帯で無防備に休むわけではない。索敵の輝術オーラを使うバスターが、ガイムの接近に備えている。

 その中で、オズたちは安全に昼食をとり始めた。


「やった。〈ブノ〉のサンドイッチだ」


 弁当箱を開け、思わず頬が緩む。この弁当は蜂蜜食堂の女将、ミダが作ってくれたものだ。決してセナではない。


「ボクの方は、いつもどおり〈キャタロー〉のサンドイッチだ。ふふふ……うまいんだよねコレ」


 イモムシがぎっしり詰まったサンドイッチを手に、ルークは怪しく笑う。喜色を浮かべてかぶりつくルークから、オズはそっと目をそらした。


「わたしは野菜たっぷり。健康には気をつけないとね。わたし、ダイエットはじめたんだ」


 セナはちらとオズに目を向ける。


「ダイエット? やせてるように見えるけど」

「そ、そう? でもやせたいなぁ。オズくんだって、太ってる子とは一緒にいたくないでしょ?」

「え? べつに、太ってる人と一緒にいたくないとか、そんなことは思わないけど……」

「そ、そういう意味じゃなくて……」


 歯切れの悪いセナに、オズは首をかしげた。ルークがニヤリと笑う。


「オズは“やせてる姉さん”と“太ってる姉さん”、どっちが好きなんだい?」

「――ちょ、ちょっとルーク! 余計なこと言わなくていいから!」


 ルークへ張り手が飛ぶ。

 ガンッ! 頭を叩いたとは思えない音が、彼の頭蓋骨から鳴り響いた。


「ぐぼぁっ!? い、痛いよ姉さん! 弟を殴るなんて! ていうかGスーツ着てるの忘れてない!? ちょっとマナをこめるだけでも反応しちゃうんだよ!?」

「べつに殴ってないでしょ。頭をちょっと叩いただけ」

「ひ、ひどい……ほら、オズも引いてるじゃないか。暴力をふるう女の子は嫌われるよ!」


 ルークが口を尖らせると、セナは目に見えて動揺しだす。


「ち、ちがうのオズくん。その、ちょっと力加減をまちがっただけっていうか……その、わたし、けっして暴力的な女の子じゃなくて、その、あの……」


 あたふたとするセナを見て、オズは思わず。


「ぶっ、あはは。なにそんなに慌ててんだよ。べつに俺はそんなこと思ってないって。まぁそうだな、なんていうか……俺は今のままのセナが好きだな」

「――へっ? すすすすすきだにゃんてそんな、あの、その、わわわたし……」


 取り乱すセナを見て、オズは再び吹き出す。やっぱりセナはおもしろいなぁ、と。


「さすがオズ。狙って言ってないところがスゴすぎる」


 ルークがぶつぶつとつぶやく。

 そんな中、オズはふと目をとめた。視線の先にいたのはアルス。彼は補給地点に到着すると、すぐさまオズたちの元を離れた。バスターたちが腰を下ろす中で、彼だけが一人ぽつんと昼食をとっていた。

 その顔がどこか寂しそうに見えるのは、オズの勘違いだろうか。予備生四人でチームを組んでいるのに、一人だけ離れているのは、なんともいえないむずがゆさを感じた。

 オズの視線に気づいたのか、アルスが顔を上げた。二人の目が合う。やはりというべきか、アルスはガンを飛ばしてくる。その鋭い目つきに、オズの口から自然とため息が出た。

 だが、しばらく躊躇したあと、オズは立ち上がった。セナとルークは、そんなオズにどう反応すればいいかわからない様子である。姉弟が固唾を飲む中、オズはアルスに近づいた。


「なあ」

「――あ゛?」


 前に立ったオズを、アルスはにらんだ。今にもキレそうな目つき。声をかけただけでこれである。


「せっかくだし一緒に食べないか? 俺たち、一応チームなんだし」


 しかし、アルスは吐き捨てるように一言。


「うぜえ」

「――なっ!?」


 オズは拳を握りしめた。こめかみがぴくりと動く。声をかけてやったのになんて言い草だ。


「アルスくん、そんなこと言わずにいっしょに食べようよ。みんなで食べた方がきっとおいしいと思うよ?」


 気づくと、セナが隣に立っていた。少し後ろにはルークもいる。

 アルスはオズたちを鬱陶しそうに見た。その表情からは、彼の心を読み取ることはできない。

 しばらく沈黙が漂ったあと、アルスが口を開く。いったい今度はどんな言葉が飛び出してくるのか、と身構えた時だった。


「「「GYAOOOOAA!!」」」


 ガイムの絶叫が森中に響き渡った。

 ――それも、複数の。

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