第十話 孤児院
一か月が経った。戦闘訓練に試験勉強と忙しかったが、たまにセナと買い物をしたり、バルダの花屋でバイトしたりと充実した日々を送っていた。
バスタージムで不良少年アルスの姿を見かけることもあったが、ガンをつけてくるくらいで、特につっかかってくることもなかった。彼もプロバスター認定試験を受けるため、訓練に来ているようだ。
バニー受付嬢のミオとも親しくなった。訓練の際に飲み物なんかを運んできてくれるのだ。ただ、ミオのウサミミを見ていると、なぜかいつもセナに小突かれた。
ガイムの上位個体、
そんな、大規模調査を明日に控えた日のことだった。
「ベラの花束、合わせて3000メノになります」
オズは花屋〈サン・ラトリ〉でバイトしていた。ちなみにセナとルークは蜂蜜食堂でお手伝いをしている。今日は明日に備え、午前中で訓練が終わっていたのだ。
「オズちゃん、エプロン似合ってるわよ」
「はは、ありがとうございます……」
オズは今、花屋のロゴが入ったピンクのエプロンを着ている。花束を受け取った女性客に褒められ、オズは苦笑いした。バイトをしているうち、常連客にはすっかり名前を覚えられてしまった。
また来るわね、と女性客は去っていく。客層は四十代くらいの女性が多かったが、みなバルダ目当てのようだ。今の客も、店の奥で作業中のバルダへ熱っぽい視線を送っていた。
その時、ジリリリリ……と〈
「おっ、
バルダがつぶやき、受話器を取る。
ガイストーンを動力源とする装置、〈ガイム=クランク〉。
「――オズ! ついに配達の依頼がきたぞ!」
「え、マジで? どこ?」
「孤児院だ。ここから歩いて二十分くらいのところだな。頼めるか?」
オズがバイトをしている日限定で、〈サン・ラトリ〉では新しいサービスを始めた。
花の宅配便である。
バルダが店を離れるわけにはいかないので、配達するのはオズだ。
「ほら、これが注文された商品だ。一応地図も渡しとく。迷ったら周りの人に聞けよ」
「まったく、子どもじゃないんだし、地図があれば大丈夫だって」
オズは渋い顔で商品と地図を受け取った。バルダが仕方なさそうに笑う。荷物を手にしたオズはそんなバルダを見上げると。
「……それじゃ、いってきます」
「おう、気をつけていってこい!」
バルダに肩を叩かれ、オズは店を出た。そのやりとりにどこか温かさを感じながら。
* * *
ほどなくして、オズは孤児院に到着した。庭では小さな子どもたちが駆け回り、はしゃぎ声が響いていた。
玄関先でオズを迎えてくれたのは、長い白髪を後ろで結わえた老女、孤児院の院長だった。老女といっても、背骨は曲がっておらずまっすぐで、その体はまだまだ健在のように見える。院長は体の前後、背中と胸に一人ずつ赤ん坊をくくりつけていて、その上、両脇からそれぞれ二人の幼い子どもにしがみつかれていた。
「わざわざありがとうね。……それで、本当にわるいのだけど、花を花瓶に生けてくれるかしら。ついでに飾っておいてくれると助かるのだけど。ごめんなさいね、なかなか手が離せなくて……」
「いいですよ。花をきれいに飾るのも花屋の仕事ですから」
本来なら花を届けたらこの仕事は終わりなのだが、オズは忙しそうな院長からの要望に二つ返事で了承した。
花を飾る場所は玄関だった。子どもが誤って花瓶をひっくり返し、花をだめにしてしまったそうだ。そこで、オズが呼ばれたというわけである。
玄関に入り、作業を始めてしばらくして。
「大変そうですね。もしかして、院長さん一人で孤児院の仕事をなさってるんですか? ほかに人はいないみたいですけど……」
花瓶に花を差し替えながら、オズは尋ねた。というのも、院長以外の大人の姿が見えなかったからである。もし本当に一人であるのなら、相当の重労働ではないか、とオズは思った。料理、洗濯、掃除、幼い子どもたちの世話……。花屋をバルダ一人で切り盛りするのとは、一つ次元が違う。
そんな院長は先ほどからオズの作業を、子どもをあやしつつ、後ろから見つめていた。
「いつもは近所の人が手伝ってくれるのだけど、今日はたまたまいないのよ」
「近所の人が? ここで正式に雇われてる人はいないんですか?」
「そうね。雇ってもまともにお給料を出せないから……。孤児院はボランティアみたいなものなのよ」
そうですか……と小さく返しながら、オズは作業を続けた。
花を飾り終えると、オズは院長に向き直った。
「終わりましたよ。ここの建物の雰囲気に合うように配置してみました」
「あら、とてもステキね。ありがとう。……はい、今日の代金よ」
「ありがとうございます。今後も〈サン・ラトリ〉をごひいきにしてくださいね。それでは、またのご機会に」
オズは頭を下げると、孤児院をあとにしようした。しかし、そんなオズへ声がかかる。
「わぁー、おにいちゃん、おとこなのにピンクのエプロンしてるー! おもしろいー!」
気がつけば、オズの元へ子どもたちが集まっていた。
「おにいちゃん、なにしにきたのー?」
オズはしゃがんで子どもたちと目線を合わせると。
「お兄ちゃんはね、お花屋さんだよ。今日はお花を届けにきたんだ。飲食店がいっぱいある通りに、〈サン・ラトリ〉ってお店があるでしょ? 知らないかな?」
「あー! しってるー! かっこいいおじさんがいるところだー!」
ある女の子が目を輝かせた。周りの女の子たちもうんうんとうなずいている。幼女から見てもバルダは魅力的らしい。バルダ、おそるべし。
「ふーん、はなやかよー。おとこのくせに、かっこわりー」
一人の男の子が口を尖らせる。女の子が“花屋のかっこいいおじさん”の話題に食いついたのが、どうやら気に入らなかったようだ。オズは苦笑する。小さい男の子には、花屋の魅力はわからないだろうな、と。
「もー、ダメだよそんなこといっちゃ! ――そうだ! ねえ、おにいちゃん、わたしたちといっしょにあそぼうよ!」
女の子がキラキラと目を輝かせ、オズを見上げた。
「みんな、なにして遊んでたのかな?」
「「「けいびたいごっこ!」」」
声を合わせる子どもたち。オズは首をかしげた。
「――警備隊ごっこ?」
「おまえ、もしかして、けいびたいごっこしらねーの?」
男の子が馬鹿にしたような笑いを浮かべた。しかし、まだ幼い男の子の生意気な態度などかわいいものだ。
「警備隊ごっこかぁ。お兄ちゃん知らないな。どんな遊びなの?」
「ちっ、しょうがねーなー。おれたちがおしえてやる! ――ほら、こっちこいよ!」
男の子はオズのエプロンをつかんで引っ張った。どうやら、庭の方に連れて行こうとしているらしい。オズがおろおろしているうちに、ほかの子どもたちも男の子にならい始めた。
「こら、だめよ。お兄さんこれからまだお仕事があるのだから。……ごめんなさいね、子どもたちがわがまま言ってしまって」
院長が割って入り、申し訳なさそうな表情を浮かべる。しかし、そんな院長を見てオズは思った。少し遊ぶくらいならいいかな、と。
「別に大丈夫ですよ。俺と一緒に遊べば、この子たちにとっても気分転換になるかもしれないですし」
「でも、お仕事中なんでしょう?」
「平気ですよ。俺はただのバイトだし、ぶっちゃけ〈サン・ラトリ〉はバルダさえいればなんとかなるので」
「そう……。じゃあこの子たちのこと、よろしくお願いしますね」
院長は頭を下げた。そこで子どもたちはしびれを切らしたようで、ぐいぐいオズを引っ張る。「まかせてください!」と院長へ返しながら、オズは子どもたちに庭へ引っ張られていった。
子どもたちが遊んでいた“警備隊ごっこ”は、オズが知る、鬼ごっこと同じような遊びだった。じゃあ、おにいちゃんがけいびたいね、と言われ、オズは早々に警備隊に任命された。自分が本気を出せば子どもたちはすぐ捕まってしまうだろう、と考え、オズは手加減して追いかけた。おにいちゃん、おそーい、と笑いながら、子どもたちは逃げ回っていた。
彼らと戯れながら、オズもいつの間にか楽しんでいた。こんな風に遊んだのは本当に久しぶりだ。
「おにいちゃん、おねがい! もういっかいやろうよ!」
「――ちょ、ちょっと休憩させて。お兄ちゃんさすがに疲れたよ。みんなが遊んでるところ、遠くから見ててあげるからさ」
「「「えぇ〜」」」
残念そうな声を上げる子どもたちを背に、オズは庭を離れた。彼らはとても元気だ。しかし、元気がよすぎるのも困りものだ。きっと院長も大変なんだろうな。
離れた場所から子どもたちの遊ぶ姿を眺める。オズはそこでふと、孤児院の裏手へ目を向けた。木が茂っていて涼しそうな場所だ。季節はちょうど春。もう少しで夏を迎える。気温は暑いというほどではなかったが、子どもたちと遊んだオズは汗をかいていた。休憩するならあっちの方が過ごしやすそうだ。オズはそう考えて、孤児院の裏手へ向かった。
裏手一帯は、孤児院と木々に日光が遮られ、日陰になっていた。オズが予想したとおりそこは涼しく、汗をかいた体を落ち着けるには最適の場所に思えた。ひんやりとした風がオズのエプロンを揺らし、通りすぎていった。
「――ん? あれ、なんだろ」
オズは思わずつぶやく。木の影に隠れて気づかなかったが、その根元には形の整えられた大きな石が立っていた。だが一度気づいてしまうと、それは不思議と存在感を増したように感じられた。近づくと、どうやらそれは墓石のようだ。
『クルス・アトラス、ここに眠る』
目を凝らして見ると、墓にはそう記されていた。
「――てめぇ。そこでなにしてやがる」
静かに怒りをひそませた声がオズの耳を突いた。振り返って声の主を瞳に映すと、オズは身構える。
赤髪の
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