第八話 オズの才能

 バスター予備生といっても、特別に授業などがあるわけではないようだ。訓練室での訓練、蔵書室での自習、難易度の低い討伐依頼、主にこの三つを中心にバスター予備生は能力を磨く。週に一度ほど、街のプロバスターに指導を受けるという。

 さて、セナとルークからガイムバスターのあれこれを教えてもらえることになったわけだが、セナからは輝術オーラやバスターの基礎知識を、ルークからは剣術や戦闘知識を教えてもらうことになった。セナは後衛タイプ、ルークは前衛タイプであるというから、二人からそれぞれ得意分野を学ぶかたちだ。

 現在、街の外で突然変異体ミュータントが目撃されたことから、バスター予備生が外へ依頼に出ることは禁止されている。しばらくはジムでの訓練に集中することになりそうだ。


「よし。じゃあオズくん、まずはわたしが輝術オーラについて教えていくからね!」

「おう、よろしくな」


 セナはずいぶんと張り切った様子だ。先ほどの訓練室から場所を移し、今はまとがずらりと並ぶタイプの訓練室へ来ていた。バスターたちは、この部屋で輝術オーラを打つ練習をするらしい。


「まずは、さっきの模擬戦でジムマスターも使ってたけど、〈火弾の輝術オーラ〉を教えるね。この輝術オーラは火属性の中でも初歩の部類で、一般人でも生活の中で使ったりするんだ。ジムマスターのはちょっと、規格外に大きかったけど……」


 模擬戦で自分が叩き斬った輝術オーラを思い出す。そんな初歩的な輝術オーラを使っていたとは、やはり彼は手加減していたのだな、と改めて思った。


「じゃあ、わたしがお手本を見せるからよく見ててね。……ごほん。《サラド・イグナ! 火の弾!》」


 セナの手から、サッカーボールほどの火の弾が打ち出された。直線の軌道を描いて飛んでいった火の弾は、ズバァンと音を立て、まとに命中した。


「おお! すごいな!」

「へぇー、姉さん調子いいじゃん。やっぱオズが見てると違うんだねえ」


 黒縁メガネをクイッと上げ、ルークはにやっとした。


「――ルっ、ルーク! 変なこと言わないの! とりあえずオズくんもやってみて。言霊スペルを唱えれば、この輝術オーラは使えるはずだから」


 顔を赤くさせたセナにうなずき、オズは前に出た。


「よし、いくぞ! 《サラド・イグナ! 火の弾!》」


 手のひらに、いつもと違う感触のマナが渦巻いた。これが火属性のマナか。オズがそう思っているうちにも、みるみる火のマナは凝縮していき――

 ポシュッ。

 そんな頼りない効果音とともに、オズの手のひらから煙がぷすぷすと上がった。火の弾どころか、火種らしきものすら出ていない。


「……ん?」

「「…………」」


 訓練室中に、なんとも言えない空気が流れた。セナとルークは呆気にとられたようにオズを見る。


「あれ? なにこれ、失敗?」

「――う、うん、だれにも失敗はあるし、気にしちゃダメだよ! とりあえず、一応、もう一回やってみよ?」

「そ、そうさ! 姉さんの言うとおり! オズ、めげずにまたチャレンジだ!」


 焦ったように励ましの言葉をかける姉弟に、オズはどこか嫌な雰囲気を感じながら「お、おう……」とうなずいた。


 ――三十分後。オズは沈んでいた。膝をつき、虚ろな目で地面を見つめていた。オズは背中から、姉弟二人の、まるで不憫なものを見るかのような視線を感じとった。

 結論から言うと、オズは闇属性の輝術オーラしか使えなかったのだ。いや、厳密に言えば、火属性に関してはこれから使えるようになるだろう兆しが見られた。何回か火弾の輝術オーラを試したところ、マッチの火ほどの成果を出すことができたのだ。しかし、それ以外の属性はまったくダメだった。マナを感じとることさえできない。

 ふつう、光と闇の属性を除いて、人はすべての属性の輝術オーラを使うことができる。といっても、全属性をオールラウンドに使える人は滅多にいないそうだ。プロバスターを目指すなら、最低でも三つほどの属性を選び、修練するのが王道だという。しかし、オズが使えるのは闇に加えて、かろうじて火のみ。これでは認定試験に受かることが難しくなってくる。


「オズくん、顔を上げて! 大丈夫、わたしがオズくんを試験に合格させてあげるから!」


 三十分前はオズの惨状を見て慌てていたセナだったが、気持ちを切り換えたように拳を握りしめた。彼女の目はメラメラと燃え上がっていた。


「姉さん……自分にも試験あるの、忘れてない?」


 ルークが呆れたように笑う。


「わたしは大丈夫。実技はジムマスターからも問題ないって言われてるし、筆記の方も、過去問解いて毎回、合格者平均よりとってるから!」

「マジか。セナってやっぱすごいんだな……。たのむセナ! どうか俺を、合格できるように鍛えてくれ!」

「うん、まかせて! じゃあさっそく合格までのプランを考えないと!」


 セナは腕を組み、ぶつぶつとつぶやきながら訓練室の端へ歩いていった。オズがセナを希望の眼差しで見つめる中、ルークがオズの元へ近づいた。


「さて、こっちはそろそろ剣術の稽古を始めようか。はいこれ、訓練用の剣ね」

「お、おう……」


 オズはルークから、木刀と思われるものを渡された。唐突のことだったので、思わず空返事となってしまったオズ。見ると、ルークも同じものを持っていた。

 そしていつの間にか、ルークはオズから距離を取って剣を構えていた。その様子は今までのルークとは違う。“殺気”のようなものをひしひしと感じる。オズは思わず、ぶるりと背中を震わせた。


「稽古って言っても、言葉で教えるのもめんどくさいし体で教えるね。……つまり、模擬戦だよ。手加減できないかもしれないから、そこは勘弁してほしいけど、ねっ!」


 言うか早いか、ルークは剣を片手に突っ込んできた。“ヤル気満々”といった風な、ぎらつく笑みを顔に貼り付けて。


「――えぇ!? いきなりかよ!」


 オズの絶叫が、ジム中に響き渡った。



 * * *



 どうやらルークは戦闘狂らしい。模擬戦の間中、剣を持ったルークの目はぎらぎら光り、口角が吊り上がっていた。しかし剣を手放すと元の調子に戻ってしまって、オズはそのギャップに驚いた。ルークは剣を持つと少々“ハイ”になってしまうらしい。

 ルークとのバイオレンスな稽古を終えたオズは、くたくたになりながら帰路に着いたのだった。蜂蜜食堂でバルダらと夕食をとり、「無事、予備生になった祝いだ!」と酒盛りを始めそうになったが、セナが無情の一言を投げ込んだ。


「お酒はきのうも飲んだでしょ? オズくんは今から試験勉強だからね! じゃないと試験に受からなくなっちゃうよ! ちょっと、ルークも逃げないで付き合いなさい!」

「えっ、なんでボクまで」


 セナは「教材を持ってくるね」とルークを引っ張り部屋に戻っていく。


「俺がお前の分も飲んでおいてやる! 勉強がんばれよオズ!」

「お、おい――」


 オズが止める間もなく、バルダは近くにいたほかの常連客と酒を飲み始めた。オズは恨めしく思いながらそれを見た。

 やがてセナとルークが教材を手に抱え階段を降りて来る。酔っ払いたちの喧噪が響く中、勉強会が始まった。


「認定試験まであと二か月! オズくん、気合い入れていくよ!」

「お手柔らかにお願いします」

「は〜い……」


 ルークはやる気がなさそうである。

 よいしょとかわいらしいかけ声を上げながら、セナは分厚い本をどさりと机の上に置いた。表紙には『輝術オーラの行使とその応用』と書かれてある。


「まずはこれかな。オズくん、〈超越輝術エニグマ〉って聞いたことある?」

「エニグマ? 聞いたことないけど……いったいなんなんだ?」

輝術オーラを極めたガイムバスターだけが使えるようになる、特別な輝術オーラのことだよ。発現したバスターそれぞれに固有の能力があるんだ。どの超越輝術エニグマもとっても強力な効果をもってるんだよ。それ一つあるだけで、戦況がひっくり返るくらいの。……そうそう、この街をガイムから守ってる〈ゾーン〉、あれも超越輝術エニグマなんだって」

「へぇー、たしかにあの輝術オーラはふつうじゃないって思ってたよ。二百年前の輝術オーラだもんな」

「うん。普通の輝術オーラだったら、そんなに長い間効果が続くはずはないんだ。それでね、そんな超越輝術エニグマは、Aランクバスターになるために必要な条件でもあって、とっても重要なものなんだよ。……オズくんの身近にもいるでしょ?」

「……ん? 身近に?」


 ジムマスターであるガロンがBランク。それより強いバスターがこの街にいるのだろうか。


「あ、オズくんまだ知らないんだね。知ったらびっくりすると思うよ。……まあ、それは置いといて。これ見て」


 セナはページを開いてオズに見せる。そこには、なんらかの表が書き記してあった。よく見ると、人名、超越輝術エニグマ、その効果、がずらずらと並んでいる。


「〈超越輝術エニグマ〉を使えるようになると、こういう風にバスター連盟の正式な記録として残るんだよ。これ、試験に出るから覚えようね」

「なにこれ、軽く数十ページはあるんだけど……マジで全部覚えるのか?」

「これくらい、たいしたことないから大丈夫だよ。まだまだ、ほかにも覚えることはたくさんあるんだからね」

「そ、そうですか。がんばります……」


 オズは弱々しくつぶやく。隣では、はやくもルークがうつらうつらしていた。

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