第八話 オズの才能
バスター予備生といっても、特別に授業などがあるわけではないようだ。訓練室での訓練、蔵書室での自習、難易度の低い討伐依頼、主にこの三つを中心にバスター予備生は能力を磨く。週に一度ほど、街のプロバスターに指導を受けるという。
さて、セナとルークからガイムバスターのあれこれを教えてもらえることになったわけだが、セナからは
現在、街の外で
「よし。じゃあオズくん、まずはわたしが
「おう、よろしくな」
セナはずいぶんと張り切った様子だ。先ほどの訓練室から場所を移し、今は
「まずは、さっきの模擬戦でジムマスターも使ってたけど、〈火弾の
模擬戦で自分が叩き斬った
「じゃあ、わたしがお手本を見せるからよく見ててね。……ごほん。《サラド・イグナ! 火の弾!》」
セナの手から、サッカーボールほどの火の弾が打ち出された。直線の軌道を描いて飛んでいった火の弾は、ズバァンと音を立て、
「おお! すごいな!」
「へぇー、姉さん調子いいじゃん。やっぱオズが見てると違うんだねえ」
黒縁メガネをクイッと上げ、ルークはにやっとした。
「――ルっ、ルーク! 変なこと言わないの! とりあえずオズくんもやってみて。
顔を赤くさせたセナにうなずき、オズは前に出た。
「よし、いくぞ! 《サラド・イグナ! 火の弾!》」
手のひらに、いつもと違う感触のマナが渦巻いた。これが火属性のマナか。オズがそう思っているうちにも、みるみる火のマナは凝縮していき――
ポシュッ。
そんな頼りない効果音とともに、オズの手のひらから煙がぷすぷすと上がった。火の弾どころか、火種らしきものすら出ていない。
「……ん?」
「「…………」」
訓練室中に、なんとも言えない空気が流れた。セナとルークは呆気にとられたようにオズを見る。
「あれ? なにこれ、失敗?」
「――う、うん、だれにも失敗はあるし、気にしちゃダメだよ! とりあえず、一応、もう一回やってみよ?」
「そ、そうさ! 姉さんの言うとおり! オズ、めげずにまたチャレンジだ!」
焦ったように励ましの言葉をかける姉弟に、オズはどこか嫌な雰囲気を感じながら「お、おう……」とうなずいた。
――三十分後。オズは沈んでいた。膝をつき、虚ろな目で地面を見つめていた。オズは背中から、姉弟二人の、まるで不憫なものを見るかのような視線を感じとった。
結論から言うと、オズは闇属性の
ふつう、光と闇の属性を除いて、人はすべての属性の
「オズくん、顔を上げて! 大丈夫、わたしがオズくんを試験に合格させてあげるから!」
三十分前はオズの惨状を見て慌てていたセナだったが、気持ちを切り換えたように拳を握りしめた。彼女の目はメラメラと燃え上がっていた。
「姉さん……自分にも試験あるの、忘れてない?」
ルークが呆れたように笑う。
「わたしは大丈夫。実技はジムマスターからも問題ないって言われてるし、筆記の方も、過去問解いて毎回、合格者平均よりとってるから!」
「マジか。セナってやっぱすごいんだな……。たのむセナ! どうか俺を、合格できるように鍛えてくれ!」
「うん、まかせて! じゃあさっそく合格までのプランを考えないと!」
セナは腕を組み、ぶつぶつとつぶやきながら訓練室の端へ歩いていった。オズがセナを希望の眼差しで見つめる中、ルークがオズの元へ近づいた。
「さて、こっちはそろそろ剣術の稽古を始めようか。はいこれ、訓練用の剣ね」
「お、おう……」
オズはルークから、木刀と思われるものを渡された。唐突のことだったので、思わず空返事となってしまったオズ。見ると、ルークも同じものを持っていた。
そしていつの間にか、ルークはオズから距離を取って剣を構えていた。その様子は今までのルークとは違う。“殺気”のようなものをひしひしと感じる。オズは思わず、ぶるりと背中を震わせた。
「稽古って言っても、言葉で教えるのもめんどくさいし体で教えるね。……つまり、模擬戦だよ。手加減できないかもしれないから、そこは勘弁してほしいけど、ねっ!」
言うか早いか、ルークは剣を片手に突っ込んできた。“ヤル気満々”といった風な、ぎらつく笑みを顔に貼り付けて。
「――えぇ!? いきなりかよ!」
オズの絶叫が、ジム中に響き渡った。
* * *
どうやらルークは戦闘狂らしい。模擬戦の間中、剣を持ったルークの目はぎらぎら光り、口角が吊り上がっていた。しかし剣を手放すと元の調子に戻ってしまって、オズはそのギャップに驚いた。ルークは剣を持つと少々“ハイ”になってしまうらしい。
ルークとのバイオレンスな稽古を終えたオズは、くたくたになりながら帰路に着いたのだった。蜂蜜食堂でバルダらと夕食をとり、「無事、予備生になった祝いだ!」と酒盛りを始めそうになったが、セナが無情の一言を投げ込んだ。
「お酒はきのうも飲んだでしょ? オズくんは今から試験勉強だからね! じゃないと試験に受からなくなっちゃうよ! ちょっと、ルークも逃げないで付き合いなさい!」
「えっ、なんでボクまで」
セナは「教材を持ってくるね」とルークを引っ張り部屋に戻っていく。
「俺がお前の分も飲んでおいてやる! 勉強がんばれよオズ!」
「お、おい――」
オズが止める間もなく、バルダは近くにいたほかの常連客と酒を飲み始めた。オズは恨めしく思いながらそれを見た。
やがてセナとルークが教材を手に抱え階段を降りて来る。酔っ払いたちの喧噪が響く中、勉強会が始まった。
「認定試験まであと二か月! オズくん、気合い入れていくよ!」
「お手柔らかにお願いします」
「は〜い……」
ルークはやる気がなさそうである。
よいしょとかわいらしいかけ声を上げながら、セナは分厚い本をどさりと机の上に置いた。表紙には『
「まずはこれかな。オズくん、〈
「エニグマ? 聞いたことないけど……いったいなんなんだ?」
「
「へぇー、たしかにあの
「うん。普通の
「……ん? 身近に?」
ジムマスターであるガロンがBランク。それより強いバスターがこの街にいるのだろうか。
「あ、オズくんまだ知らないんだね。知ったらびっくりすると思うよ。……まあ、それは置いといて。これ見て」
セナはページを開いてオズに見せる。そこには、なんらかの表が書き記してあった。よく見ると、人名、
「〈
「なにこれ、軽く数十ページはあるんだけど……マジで全部覚えるのか?」
「これくらい、たいしたことないから大丈夫だよ。まだまだ、ほかにも覚えることはたくさんあるんだからね」
「そ、そうですか。がんばります……」
オズは弱々しくつぶやく。隣では、はやくもルークがうつらうつらしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます