第七話 模擬戦

「《バイキル・オーラ! 我に力を!》」


 開幕早々、オズは身体活性ブースト輝術オーラを行使する。

 マナがオズの体内で爆発し、頭のてっぺんから足の爪先まで、体中が熱く震え上がった。

 すごい、力が湧き上がってくる。これが身体活性ブースト輝術オーラ。今ならなんでもできそうだ――!

 オズは脚に力を込め、飛び出した。後方、踏み込んだ地面からドンッと音が聞こえる。体がびゅうと風を切った。自分でも驚くようなスピードだ。

 向かう先、ガロンはGブレードを構えもせず突っ立っている。まるで、最初の一撃は入れさせてやるぞ、とでも言うように。

 ――なら、まずは一発!


「うおおおッ!」


 接近したオズは、ガロンへGブレードを振り下ろした。狙いは正確だ。このままGブレードが進めば、ガロンの体に斬撃がぶち当たる。

 しかし次の瞬間、ガロンの体がぶれた。視界の右側から、ものすごい勢いでGブレードが迫ってくる。


「――ッ!?」


 オズは脚に力を入れ、強引に後方へ飛び退く。オズの頭があったすれすれの位置、ガロンのGブレードが空を切っていた。後ろから「きゃっ」とセナの短い悲鳴が聞こえてくる。

 オズは着地し体勢を整え、ガロンを見据えた。彼は口元に涼しげな笑みを浮かべている。


「今のを避けるとは思ってなかったぞ。――だが、距離を置くのはいただけないな。輝術オーラの餌食になるぞ! 《サラド・イグナ! 火の弾!》」


 ガロンの手から巨大な火の弾が飛び出し、オズの元へ迫ってくる。――が、オズはここで異変に気づいた。

 遅く・・感じる。

 そうか、身体活性ブースト輝術オーラの真骨頂は、世界がスローに感じることなのか。

 極限にまで高められた身体能力はオズの五感にも及んでいた。外界からの情報をあますところなく受け取り、緻密に計算しつくす。その結果が、この遅延した世界。今ならわかる。なぜあの時、ルークとアルスの動きが目に追えなかったのか。

 握りしめたGブレードに闇のマナを送り込む。前を見据えると、向かってくる火の弾に突っ込んでいった。


「――ふっ!」


 軽く息を吐き出し、Gブレードを薙ぐ。ズバッと空気が切れる音とともに、火の玉は霧散していった。そしてそのまま、オズはマナの残像の中を走り抜ける。

 煙のように漂うマナの残骸、そこを抜け出したオズの目に、驚愕の表情を浮かべたガロンの顔が映り込んだ。


「――なっ!? 輝術オーラを斬っただと!?」

「うおおっ! くらえッ!」


 オズはガロンへ突進し、Gブレードを走った勢いのまま叩き下ろす。そこで始めてガロンは姿勢を整え、Gブレードを構えた。

 ガキイィン―― Gブレードが激しくぶつかり合う。


「お、重い――ッ!」


 ガロンの剣の一振りが、オズにはとても重かった。思わず歯を食いしばる。


「オズ、どうした! まだまだこんなものじゃないぞ!」


 ガロンは怒濤のごとくGブレードを振り落としてくる。それだけではない。下から、右から、左から、そして正面から。激しい剣戟が雨のようにオズへ降り注ぐ。汗を噴き散らし、顔を歪めながら、オズは応戦した。本当に、手加減なんてしてるのかよッ!

 訓練室に、Gブレードのぶつかり合う音が何度も何度も鳴り響いた。

 一撃一撃が、重い! オズは息を切らしながら、なんとかガロンの攻撃をいなしていた。

 ――が、幾度か打ち合ったあと、ついにオズへ限界が訪れた。


「――ぐあっ!」


 オズの手からGブレードが吹き飛ぶ。

 ――まずい! オズは慌てて距離を取ろうとする。しかしガロンはその隙を見逃してはくれなかった。


「これで終わりだなッ!」


 ガロンのGブレードがものすごい勢いで迫る。身体活性ブーストされてスローになった視界でも、とてつもなく速いと感じる一撃。

 くっ、ここまでか――! きたる斬撃に、オズは反射的に目をつむりかける。


 ――いや、まだだ! 俺はまだやれる!

 オズはカッと目を見開いた。瞬時に手のひらでマナを練り上げる。オズの手を漆黒のマナが渦巻き、徐々に固形化されていく。オズは、それ・・を突きだした。

 ガキイィィン――! ひときわ甲高い音が訓練室に響き渡った。


「――なにぃ!?」


 ガロンが叫ぶ。その目はこれでもかと見開かれていた。オズの手元、闇のマナによって顕現した黒い長剣が、ガロンの攻撃を受け止めていたのだ。それはオズがチュートリアルで習得していた輝術オーラの一つ、〈闇の剣〉。言霊スペルもなく、オズのイメージだけで作り出された不完全な輝術オーラ。しかしそれが、ガロンの重い一撃をすんでのところで防いでいたのである。


「まだまだぁッ――!」


 オズの攻撃は終わらない。もう片方の手に闇のマナを収束させ、新たに二本目の長剣を作り出す。ガロンが持つGブレードはすでに防いだ。彼を守るものはもう何もない。がらあきのところにぶちこんでやる――!


「うおおおおおおお!」


 オズは闇の長剣に全身全霊の力を込め、振り下ろす。――が。


「――ははっ! こいつはおもしろい!」


 熊の戦士は獰猛に笑うと。


「《バイキル・オーラ!》」


 その口から、言霊スペルを叫びあげた。ガロンの体内を激流の勢いでマナが渦巻いていく。

 まさか、今まで身体活性ブースト輝術オーラを使っていなかったのか――? オズが唖然と考えるのもつかの間、ガロンの姿がかき消えた。――ッ!? いったいどこへ……


「――ぐふっ!?」


 オズはわき腹に強烈な痛みを感じ、息を吐き出した。続いてやってくる浮遊感。オズはガロンの一撃で吹き飛んでいた。


「――オズくん!」


 そんなセナの必死の叫び声を耳に残しながら、オズの意識は沈んでいった。



 * * *



「……ズくん…………オズくん! 大丈夫!?」

「うあ……?」


 体を揺すられる感覚。オズの意識は浮上していく。目を開けると、眼前、至近距離にセナの顔があった。


「うわぁっ!?」

「きゃっ!」


 オズは慌てて起き上がった。顔がぶつかりそうになり、セナは可愛らしい悲鳴を上げる。しかし、セナはオズが起き上がるのを手で押さえた。


「ダメだよオズくん、じっとしてて! 今、〈癒しの輝術オーラ〉をかけてるところだから」


 見ると、セナの手から光のマナがあふれ出し、それがオズの体へ流れ込んでいた。ガロンと模擬戦をしていて、吹き飛ばされたところまでは覚えている。どうやら気絶してしまったようだ。


「ふふ、わたしは光属性の輝術オーラを使えるんだよ。びっくりした?」


 セナは微笑んだ。彼女はオズと同じように、希少な特殊輝術エクストラ・オーラの適性者だったのだ。

 オズは驚きつつも、辺りを見回し自分が置かれた状況を確認する。オズは訓練室の壁際で、セナに抱えられ癒しの輝術オーラを施されていた。……というか、セナに膝枕をされていた。それに気づいたオズは唐突に恥ずかしくなるが、動かないでと言われた手前、動くこともできずにじっとしているしかなかった。

 気づけば、ガロン、ミオ、ルークもそばにいる。ルークがにやにやしているのが視界に入って、なぜか無性に腹が立った。ミオも笑っているが、ちょっと怖い。……どういうことだ。

 しばらくすると、セナの手からマナの発光が収まった。


「オズくん、治療終わったよ。けど無理しないでね」

「ああ。ありがとうセナ」


 返事もそこそこに、オズはすばやく起き上がった。体の調子は普段の調子に戻っていた。疲労も取れたように感じる。セナの輝術オーラの腕はたしかなようだ。

 ガロンが口を開く。


「オズ、とてもいい戦いだった。レベル一桁の強さではなかったぞ。将来が楽しみだ」

「私も、あんなに強いとは思ってませんでした! オズ君、とってもかっこよかったですよ!」


 ミオが顔の前で手を合わせ、ウサミミをぴくぴくと動かした。褒められると照れるものだ。オズは頭をかく。すると、セナがなぜか険しい顔つきになる。


「いいだろう。オズ、お前をバスター予備生として登録する。使い手の少ない闇属性の適性があるのはもちろんだが、戦いのセンスもなかなか光るものをもっている。経験を積めばいいバスターになれるだろう。……と言っても、まずはプロバスター認定試験に合格するところからだがな」

「――ありがとうございます! でも最後、なにが起こったのかわからなかった……。ていうか俺と戦ってる間、身体活性ブースト輝術オーラを使ってなかったですよね?」

「言っただろう、こちらは手加減すると。だが、最後は使わざるをえなかった。でなければ俺の方があの一撃をくらっていただろう。本当は使うつもりはなかったのだがな」

「そうですか。なんか悔しいです……」


 オズは肩を落とす。ガロンは苦笑を浮かべた。


「見かけによらずお前は負けず嫌いのようだな。だが気にするな。純粋にレベルの差だ。レベルが上がればお前も強くなるだろう。それにな、忘れてはならないことだが……バスターは人と戦うのではない。ガイムと戦うのだ。たしかに、人と戦うのなら技術が必要だ。だが、ガイムと戦うのに小細工は必要ない。必要なのはパワーとバイタリティ。ただこれだけだ。もちろん、対人戦の経験もあるに越したことはないがな」


 なるほど、とオズはうなずいた。


「それから、お前は言霊スペルを十分に知らないな。闇属性以外の輝術オーラも見たところ使ったことがないようだ。……そこでだ。これからはセナとルークから輝術オーラや戦闘技術について教えてもらえ。二人はすでに基礎ができてるからな。セナとルークにとっても、教えることはいい経験になるだろう。――二人とも、たのんだぞ」

「――はい! オズくん、よろしくね!」

「おっけー。ボクも全力をつくすよ」


 姉弟はオズに笑顔を向けた。


「じゃあ俺は仕事に戻るぞ。書類が山ほど溜まってるんだ。はぁ、頭が痛い……ま、オズ、がんばれよ」

「あ、私もそろそろ受付に戻らないと。――では、三人ともがんばってくださいね。私、期待してますから!」


 ガロンとミオは慌ただしく去っていく。ミオは去り際、オズへウインクを投げかけた。オズはどぎまぎしながら、訓練室を去る二人を見送った。そんなオズを、セナはジトっとにらんだのだった。

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