第六話 新たな力

「オズくん、バスターになるためにはね、〈プロバスター認定試験〉を受けなきゃいけないんだよ」


 バスタージムに向かいながら、セナは言った。


「しかも、試験は二か月後! それまでに訓練と勉強、どうにか間に合わせないと!」

「勉強? 訓練はわかるけど」

「実技だけじゃなくて筆記試験もあるんだよ。ガイムバスターとして必要最低限の知識とか、一般教養とか」

「マジかよ……」


 オズはうなだれた。たいして説明書も読まずにゲームを始めたのだ。この世界の知識など皆無に等しい。


「わたしも受験するし、いっしょにがんばろ? でもまずは予備生登録だね」


 認定試験の受験資格は三つ。十四歳以上であること。レベル15以上であること。そして〈バスター予備生〉としてバスタージムに登録されていること。

 合格した暁にはEランクバスターの称号を与えられ、〈バスターアカデミア〉という訓練施設で五年間の研修が課される。アカデミアは〈学園都市フロンティア〉という最先端技術を誇る都市にあるという。

 オズは現在レベル6。二か月で15まで上げられるのだろうか……


 バスタージムに到着し、大きな入り口をくぐる。オズたちは受付へ足を進めた。


「オズくん、緊張する必要なんてないからね。ちょっと、戦えるかどうかをテストするだけだから」

「そうそう、リラックスだよオズ」


 予備生登録の際に戦闘試験を行うらしい。いきなり言われてオズは緊張していた。


「――あ、マルガリータちゃん! 今日も素敵だね!」


 ルークが手を上げ、とある受付嬢の元へ駆けていく。猫顔のかわいらしい獣人だった。ナンパか? セナが「いつものことだから気にしないで」とオズの手を引っ張り、別の受付嬢へ向かう。


「おはようございます。本日はどのようなご用件でしょうか」


 受付嬢が営業スマイルを向けてくる。とても美人なお姉さんだ。しかも巨乳の持ち主で、制服がたゆんと押し上げられていた。胸元の名札には〈ミオ・アプトン〉と印字されてある。しかし、顔や胸よりある一点にオズの目は釘づけとなった。彼女は半獣人であるらしく、桃色のロングヘアーからはウサミミが突き出ていたのである。

 リアル・バニーガールだ! と興奮していると、セナにわき腹を小突かれた。


「おはようございますミオさん。予備生登録をお願いできますか?」

「――予備生登録!? 本当ですか!?」


 バニー受付嬢、ミオは身を乗り出した。聞いてみると、最近バスター志望者が減ってきており、この街の予備生はセナとルーク、そして狼半獣人のアルスのみだという。


「ではこの登録書に記入をお願いします。――あ、文字は書けますか?」


 この世界に転移してから、なぜか読み書きできるようになった〈大陸共通語〉という言語。オズは「大丈夫です」と返し、すらすらと用紙に書き込んでいく。手を動かしつつちらちらウサミミを盗み見ていると、それに気づいたミオが「ふふ」と笑いかける。色気たっぷりのその表情に思わず顔を赤くすると、セナにわき腹を小突かれた。オズは慌てて書類に目を戻す。“レベル”の項目を書き終えたあと、オズはふとセナに尋ねた。


「そういえば、セナのレベルっていくつなんだ?」


 オズはセナの左手を見た。しかし指貫グローブのようなものをはめており、甲に書かれた紋章を隠していた。


「あ、これはね、バスターだったらほとんどの人が着けてるんだ。レベルと紋章は一応プライバシーなものだからね。でも……オズくんだったら、見てもいいよ」


 セナはグローブを外すと、恥ずかしそうに左手を差し出した。手の甲には白い紋章が描かれていた。鳥が大きく翼を広げているデザイン。その紋章の中央には“18”の文字が。


「レベル18!? 俺の三倍もあるのかよ!」


 セナによると、ルークはさらに2つ上。レベル20であるらしい。オズはいよいよ焦燥感に襲われた。

 用紙を書き進め、“得意とする属性”の欄に“闇”と記入すると、ミオは驚いていた。光属性と闇属性の輝術オーラは〈特殊輝術エクストラ・オーラ〉と呼ばれ、適性のある者にしか扱えないらしい。「闇属性を使える人なんて、初めて会いました」と感心するミオ。


「書き終わりました。お願いします」

「…………はい、確認終わりました。ではこの登録書を上の方に出して参りますので、少々お待ちくださいね」


 ミオは微笑むと、ウサミミをぴくりとさせ奥へ引っ込んでいく。オズがそれを目で追うと、またもやセナにわき腹を小突かれた。



 * * *



 ジムの地下に広がる訓練室。ミオに連れられ、オズたち三人はここにやって来た。

 訓練室にはすでに先客がいた。熊獣人の男、ジムマスターのガロンである。


「よぉボウズ。――いや、オズと言ったか? 待ってたぞ」

「えーと、もしかして模擬戦の相手っていうのは……」


 嫌な予感とともにオズが尋ねると、ガロンはニヤリと笑った。


「そうだ。模擬戦の相手は、ジムバスターの俺だ! ……と言いたいところだが。その前にまず、オズには〈身体活性ブースト輝術オーラ〉を使えるようになってもらう!」

「――身体活性ブースト輝術オーラ?」


 ガロンは大仰にうなずいた。


「そうだ。ガイムバスターとして戦うには必要不可欠な輝術オーラだ。マナを体に流すことで、身体能力を極限まで高めることができる。分類としては〈無属性〉の輝術オーラになる」

「無属性、ですか?」

「どんな属性のマナを用いても行使することができる――それが、無属性輝術オーラだ。だから、自分が使いやすい属性のマナを使えばいい」

「――なるほど。じゃあ俺にもできそうだ。とりあえず、今からそれを使えるようになればいいんですね?」

「そういうことだ。ではさっそく始めよう。オズ、お前は体にマナを流す感覚がわかるか?」


 オズは首をかしげた。マナを感じることはできるし、練ることもできる。だが“流す”という感覚はよくわからなかった。


「うーん、わかんないですね」

「そうか、なら……おい、セナ! 手伝ってやれ!」

「――は、はいっ!」


 ガロンが声を張り上げると、訓練室の隅でやりとりを眺めていたセナが慌てて走り寄ってきた。どうやら、セナが〈身体活性ブースト輝術オーラ〉習得の手伝いをしてくれるようだ。ちなみに、ルークとミオも訓練室の壁際でなりゆきを見守っている。壁に寄りかかってオズたちを見ているルークは少し暇そうだ。


「マナを体に流す訓練だね。オズくん。ま、まずはわたしの両手をにぎってくれるかな」

「お、おう。こうか?」


 ぎこちなく両手を差し出すセナに戸惑いながらも、オズはその小さな手を握りしめた。オズとセナが手を握りあい、輪になっている形だ。セナは顔を真っ赤にしている。


「じゃ、じゃあ、さっそくマナを流してみるね。オズくんの左手から入って、右手から出るように流すよ」


 セナは目をつむった。しばらくすると左手からじんわりと温かい何かが入り込んでくるのがわかった。それはオズの体内、胸のあたりでぐるぐると渦巻いたあと、右手からゆっくりと出ていった。なるほど。これがマナを体に流すということか。


「……どうかな? わたしのマナがオズくんの体を伝わったの、感じた?」

「ああ。セナのマナを感じたよ。もう一回やってくれるか? なんかコツをつかめそうなんだ」

「うん。じゃあ、もう一度やるね」


 左手から、再びセナのマナが流れ込んできた。オズはそれを、粘土をこねるようなイメージで練ってみた。自身のマナも練り合わせ、それを右手から押し出すようにセナの体へ流し込んだ。


「――ふあっ! んんっ!」


 唐突に、セナが色っぽい声をあげた。オズの手をぎゅうっと握り返し、腰をびくりと震わせる。


「!? セナ、大丈夫か?」


 オズは驚き、慌ててマナを送り込むのをやめた。マナを少し流しすぎたかもしれない。初めてで量の加減がうまくできなかった。


「……う、うん、大丈夫。オズくんのマナって、なんか独特の感じがする……」

「独特な感じ……? よくわからないけど、今度は俺の方から流してみるからな」

「うん……」


 ぼうっと返事をするセナを心配しつつ、オズは自分のマナを練り、それを右手から慎重にセナへ送り込んだ。


「……んっ」


 よし、成功だ。今度は量の調節をうまくできた。

 しばらく、オズとセナはマナを循環させ合った。


「……はぁはぁ……オズくんすごい……んんっ……もう、完ぺきだよ……」


 いつの間にかセナの息が荒くなっていた。目をつむるセナの頬は赤く上気している。マナを流す感覚はわかった。もういいだろう。オズはマナを流すのをやめ、繋いだ手をそっと離した。


「あっ……」

「ありがとうセナ。マナを体に流す感覚はつかめたよ」

「あっ、そ、そうだよね。どういたしましてっ」


 セナは我に返ったように笑みを向けた。


「こんなにはやくマナを流すことができるようになるとはな。マナとの親和性が高いんだろう」


 感心したようにうなずくガロン。その手にはいつの間にか二本の剣が握られていた。西洋ファンタジーにあるような剣ではなく、メカニックな雰囲気の剣。ガイストーンから作られたバスターの専用武器、〈Gブレード〉である。


「さて、あとは〈言霊スペル〉を唱えればとりあえず形になるだろう」

言霊スペル、ですか?」

輝術オーラはマナを練るだけでは不十分だ。言霊スペルを唱えれば、マナがその意を汲み取ってくれる。まあ見てろ。――身体活性ブースト輝術オーラ言霊スペルは、こうだっ! 《バイキル・オーラ! 我に力を!》」


 瞬間、ガロンの体を高純度のマナが渦巻く。オズの元までびりびりと威圧感が伝わってくるほどだ。

 しばらくするとマナの激流は収まった。ガロンが輝術オーラを解いたようである。


「まあ、こんな感じだ。訓練すれば言霊スペルを唱えずとも完全な輝術オーラを使えるようになる。輝術オーラの精度も長い間使えば上がるだろう。――さて、今日はできないかと思ったが、そろそろ模擬戦を行うぞ。ほれ、この剣を使え」


 ガロンからGブレードを渡される。思ったよりも軽い。


「これは〈Gブレード〉という武器だ。マナを流し込むことで切れ味を増すことができる。これに加えてバスターは〈Gスーツ〉という戦闘服を装備するんだが、今日のところはいいだろう。――模擬戦のルールだが、“なんでもアリ”とする。遠慮なくかかってこい。輝術オーラもいくらでも使っていいぞ。なんたって俺は、レベル42のBランクバスターだからな。もちろん俺は手加減してやる」

「レベル42!? 俺の七倍じゃないか!」


 この世界では、レベル=その人間の強さである。その通りなら、ガロンはオズの七倍の強さをもっていることになる。


「よし、模擬戦を始めるぞ。――ミオ! 審判をたのむ!」

「――はい!」


 ガロンに呼ばれ、ミオが駆け寄って来る。


「え、いきなりですか!? まだ〈身体活性ブースト輝術オーラ〉、試してないんですけど!」

「そんなものは言霊スペルさえ覚えれば使える。こっちも忙しいんだ。さくっと終わらせるぞ」


 ガロンは肩を回しながら、オズから離れていく。その背中からは、面倒事をはやく片付けたい、という思惑が見え隠れしていた。もう戦うのかよ――と、オズはうろたえたが。


「オズ君、がんばってくださいね!」


 ミオが微笑み、ウインクを投げかけた。オズはどきまぎしながらうなずく。だめだ、もう引き返せそうにない。


「――っ! オズくん! がんばってね!」

「お、おう」


 セナからも激励の言葉が飛んできた。なにか焦ったようにも見えるが、どうしたのだろうか。不思議に思いながらも、オズはGブレードを握りしめ前を向いた。視線の先ではガロンが仁王立ちしている。どう見ても熊にしか見えない。本当にあんな強そうな人と戦うのかよ――


「それでは模擬戦を始めます! 両者、準備はよろしいですか?」


 審判の位置についたミオが声を張り上げた。ガロンが「俺の方はいいぞ」と恐ろしい笑みを浮かべ。オズは「なるようになれ!」という思いでミオへうなずいた。

 セナとルークが見ているんだ。思いきり戦おう。

 オズは気を引きしめた。


「――それでは、はじめ!」


 ミオが手を振り下ろす。――戦いが、始まった。

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