第二話 宝石都市

 オズの横を二人の男が走り抜ける。セナと同じようにGスーツを着ている。――ガイムバスターだ。

 二人のバスターは手にメタリックな剣を持っていた。バスターの武器、〈Gブレード〉である。


「ボウズ! そっちのガイム一体はまかせたぞ!」


 野太い声とともに一人のバスターがオズへ顔を向けた。オズは思わず息を飲んだ。その男の顔が人間のものではなく、“熊”だったからだ。熊がバスターの装備を着て走っている。……熊人間? さすが異世界、そういう種族もいるのか。

 オズは気を取り直し、ガイムと対峙した。

 瘴気の弾を打ち込み、ガイムが自分を見失ったところを横から攻撃する。きのうから幾度も戦っているので、もう慣れたものだ。

 何度か攻撃すると、ガイムは崩れて消えていった。

 二人のバスターに目を向けると、そちらも戦闘を終えたようだった。オズは肩で息をしながら、残されたガイストーンを吸収する。その様子を熊顔のバスターが驚いたように見つめていた。


「――姉さんから聞いたよ! キミは姉さんの命の恩人だ! 感謝してもしたりない!」


 もう一人のバスター、黒縁メガネをかけた背の高い少年はオズに走り寄り、手を取ってぶんぶんと振る。


「ボクはルーク・ブレア。姉さんの双子の弟さ」


 なるほど、整った顔立ちはセナによく似ている。姉と同じ金色の髪からは細長い耳がのぞいていた。ぐいぐい顔を近づけ礼を述べる彼は、どちらかというとクールな顔立ちなのにどこか暑苦しい。

 苦笑するオズだったが、不意にくらっとして頭を押さえた。眠気と疲労がここにきて限界を迎える。

 オズは意識を失った。


「――オズくんっ!?」


 倒れたオズに、セナが足を引きずりながら駆け寄った。オズの背に手を回し抱き起こす。心底取り乱した様子の姉を見てルークは意外そうな表情だ。


「心配ない。寝ているだけだ」

「――えっ?」


 熊顔の男――ガロン・スタインはセナに告げる。寝息を立てるオズを見て、セナは面食らったがホッと一息ついた。ルークの黒縁メガネがキランと光る。


「ふむ、後続が来たようだな」


 ガロンが木々の向こうを見てつぶやいた。地竜――ラグーンに騎乗したバスターたちがこちらへ駆けてくる。


「姉さんのことをみんなで探してたんだ。なんせ突然変異体ミュータントが出現したんだからね」

「そうなんだ……心配かけてごめんなさい」

「気にするな。貴重なバスター予備生に死なれたら困るからな。――さて、ボスト・シティに帰るぞ」


 笑みを向ける二人にセナはうなずいた。オズをぎゅっと抱きしめながら。



 * * *



「う……うーん……」

「あ、オズくん起きた?」


 なんだかいい匂いを感じたオズは、鈴の音を思わせる少女の声で目を覚ました。視界に飛び込んだのは一面の金。それがセナの髪だと気づくのに数秒を要した。オズはセナの背中にしがみついていた。髪の毛に顔をうずめる体勢で。

 オズは驚いて顔を上げた。――森の中だ。だがなにやら目線が上下する。しかもずいぶん高さがあることに気づき、下を向くと。


「――わっ」

「オズくんあぶないよ! つかまってて!」


 オズはセナと一緒に大型の爬虫類に騎乗していた。馬より大きいかもしれない。セナは手綱をりながら、オズが落ちないよう片手で彼の腕を押さえていた。慌ててオズが腕に力を入れると、セナの耳がぴくんと跳ねた。


「なんだこの生き物! かっけぇ!」

「ラグーンっていう生き物だよ。ふふ」


 興奮するオズにセナは笑う。オズが周りを見渡すと、セナの弟ルークや熊顔の男、ほかにも数名のバスターがそれぞれラグーンの手綱を握っていた。オズと同じように純粋な“ヒト”もいれば、人の顔に獣の耳を生やした種族もいた。

 なにやらルークがニヤニヤとこちらを見ていて、オズは首をひねった。


「オズくん見て。あれがわたしたちの住む街、ボスト・シティだよ」

「うわ……すっげえ……」


 森を抜けると平原が広がっていた。その平原に浮かぶ、高い城壁に囲まれた都市があった。城壁はまるで黄色い水晶のようにきらきらと輝いていた。セナに聞いたところによると、ガイストーンを加工して作られた城壁だという。高い城壁の向こうには、中央にいくにつれて山のように盛り上がった都市がどっしりそびえていた。山の側面に建ち並ぶ家々もガイストーンで作られているようだ。遠くから見ると七色の光が散りばめられたその都市の外観はとても幻想的だった。色とりどりのガラス細工で作られた、モン・サン=ミシェルのよう。

 ――宝石都市。この景色を一言で表すなら、そんな言葉がぴったりかもしれない。

 よく見ると、薄い膜のようなものが都市全体をドーム状に覆っていた。


「なあセナ、あのドーム状の膜みたいなのはなんだ?」

「あれはね、二百年前のバスター、“カムロ・カイドウ”って人が残した輝術オーラだよ。あの膜の内側は〈ゾーン〉って呼ばれてて、ガイムの意識が向かない領域なんだ。ゾーンのおかげで、人は安全な暮らしを送ることができてるんだよ。カムロ・カイドウは“英雄”って呼ばれるほど偉大なバスターで、今でも多くのバスターの憧れの存在なんだ」

「そんなすごい人がいたのか……二百年も昔の輝術オーラが今でも残ってるなんてなぁ……」

「ふふ。すごいでしょ? ……まぁ、それでも完ぺきにガイムの意識をそらすことはできないみたいで、たまにガイムが襲ってきたりするんだけどね」


 得意気な様子で説明するセナ。都市を見て感じ入るオズにどうやら気をよくしたようだ。


「オズくん、街の真ん中に大きなお城があるでしょ? 遠くて見えづらいけど、わかる?」


 目を凝らして見ると、都市の真ん中、つまり盛り上がった都市の頂上に幾本かの尖塔が突き出た建物があった。白を基調としたその建造物は七色に輝く都市の中で異彩を放っており、その存在を強く主張していた。


「白い建物のことか?」

「うん。あのお城の中にゾーンの核、〈血晶けっしょう〉があるんだ。カムロ・カイドウの血で作られたその核が、本人が死んだ今もこの世界を守ってるんだよ」

「この世界?」

「そう。ゾーンがあるのはボスト・シティだけじゃないんだ。ゾーンは世界中にたくさんあって、人間はみんなその中で暮らしてるんだよ。でね、ゾーンとゾーンの間は〈ライン〉っていう白い道で繋がってて、そこを通れば安全に都市間を行き来できるんだ。ほら、あれだよ」


 セナが指し示した方向、オズが今いる場所から見て、ボスト・シティの左右からビニールハウスが連なったような半透明の膜に覆われた道が伸びていた。あれが〈ライン〉だろう。それを見て、オズは水族館のトンネル水槽を思い出した。延々と伸びる半透明の膜は、白い光だけをわずかに反射し一種の清涼感を漂わせている。

 オズは思わず嘆息した。異世界の幻想的な風景にたしかな感動を覚えていた。自分の世界とは違う、まったく未知の色、形、そして空気。


「こんな圧倒される景色、見たことない……」

「ふふ。オズくん、おおげさだよ」


 心ここにあらずといった様子のオズを見て、セナはくすりと笑った。


「さあ、そろそろ行くぞ」


 熊顔のバスターがうながす。どうやらオズが街を見るのを待っていてくれたようだ。

 ラグーンを走らせながら、隣に並んだ熊男がオズに問いかけた。


「さっきの輝術オーラはなんだ? ガイストーンを吸収したように見えたが」

「えーと、ガイストーンをマナとして吸収する輝術オーラです」

「マナとして吸収? そんな輝術オーラ、初めて聞いたぞ」


 熊男は驚いたようにつぶやいた。そして、思い出したように口を開く。


「あぁ、俺はガロン・スタインだ。“ジムマスター”と呼んでくれ」

「ジムマスター? それはいったい……」

「街に着いたら説明してやる。それだと話しづらいだろう」


 ガロンはにやりとすると、手綱をって距離を取る。

 セナの背中にしがみつくオズは気づいた。セナの耳がほんのりと赤くなっていることに。


「わるいセナ、耳元で話し込んじゃって。息が当たって気持ち悪かっただろ」

「ぜ、ぜぜんぜん! むしろきもちよ……ごほん」

「?」


 やがて、オズたちは半透明の膜を通り抜け〈ゾーン〉の内部に入った(一瞬、ぬるま湯につかったような不思議な感触がした)。そして巨大な城壁の門をくぐり、ボスト・シティへ到着した。

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