第一話 ミュウ族の美少女
「GYAAAAAAA!」
森の中にガイムの咆哮が響き渡る。オズはほどなくして、悲鳴の発生源に行き着いた。
美しい金髪の少女が木々の間を縫うように走っていた。艶やかな長髪が木漏れ日を反射し波打つ。オズの目を引いたのは見慣れない服装だった。全身をピッタリと覆う近未来的スーツ。――この世界の戦闘服、〈Gスーツ〉だ。ゲームのパッケージで見たので知っていた。
Gスーツを着用する少女を追うのはガイム。機械的な金切り声を響かせ、目前の獲物に喰いかからんと猛進していた。
オズは少女を助けるべく脚の回転を速めた。
だが、オズが急ぐ中、逃走劇は終わりを迎えたのだった。
少女が足をもつれさせ転倒してしまう。そしてその身を地面に投げ出した。獲物の失態を目の当たりにしたガイムが歓喜の咆哮を上げる。
オズは内臓に氷を押しつけられたかのような感覚に陥った。このままだとあの子はガイムに喰われてしまう! だが、まだ距離がある。遠い。間に合わない――!
ガイムが少女に躍りかかる。振り向いた少女は呆然とそれを見つめていた。
「くっ……たのむ、当たってくれ! 《ダーク・ボール!》」
オズは左手を突き出し叫んだ。漆黒の弾が勢いよく飛び出していく。
この
――しかしはたして、運はオズに味方した。
黒紫の軌跡を描きながら突き進んだ瘴気の弾は、ガイムの頭部に直撃したのだった。
* * *
――どうしてこんなことに!
わたし――“セナ・ブレア”は、髪を振り乱しながら森の中を息も絶え絶えに走っていた。足は鉛のように重く、思うように動いてくれない。
「GYOOOOAAA!」
後ろからは、わたしを喰らおうとガイムが土ぼこりを巻き上げながら追いかけてくる。緑に輝く亀のような姿のガイム――〈ゴドラ〉だ。ゴドラはガイムの中でも最弱と言われるほど弱いガイム。上位個体のように
だけど、今のわたしに為す術はなかった。マナさえ残っていればこんなガイム、すぐ倒せるのに。わたしは歯ぎしりした。
つい数時間ほど前のことだった。わたしは弟――“ルーク”と二人でここ〈ロウムの森〉に入った。ガイム討伐の仕事だ。この森には強いガイムは生息していない。簡単な仕事のはずだった。
森に入って少しして、突然、ひときわ大きなガイムがわたしたちの前に立ちはだかった。外見はゴドラに似ているがその体格は一回りも二回りも大きい。赤黒く光るそのガイムは圧倒的な存在感を放っていた。
――
わたしたちは一目散に逃げ出した。
走り続けてしばらくすると、
ルークは無事だろうか。息を切らせながら考えた。……いや、心配しなくても大丈夫。ルークはプロバスターに匹敵すると言われるほど強い。倒すのは無理でも逃げきるくらいならできるはず。
問題なのはわたしの方だ。持ってきた荷物は少しでも速く走れるようにとすべて捨ててしまった。その上、逃げる際に〈
そんな中、運悪く遭遇したのがこのゴドラ。
今、わたしの元にはマナがまったく残っていない。
「――あっ!」
余計なことを考えていたせいか、土の中から突き出た木の根に足をとられる。わたしは前のめりに思い切りつまずいてしまった。
「GYAAOOAAA!」
甲高い鳴き声がこれまでより大きくわたしの耳に響いた。とっさに後ろを振り向く。ガイムはすぐそばまで迫っていた。大きく開いたあごが近づいてくる。無数に生えそろった牙がぎらぎらと怪しく輝いていた。
わたし、死ぬ……?
呆然と考えた、次の瞬間。どこからか飛来してきた黒紫色の微光を放つマナの塊が、ガイムの頭に激突した。続いて起こる爆発。
「GUOOO……!」
ガイムは苦悶の声を上げ身をよじった。爆発による風が吹きつけ、マナの残光が漂う中、わたしは辺りを見回した。今のは直接見たことはないけど、おそらく闇属性の
「――うおおぉぉッ!」
煙のように漂うマナの中から一人の男の子が飛び出してきた。男の子はガイムに接近すると手に握った黒い長剣を振るう。黒い光の筋が走り、ガイムの首が宙を舞った。
「GUO……OO……」
細かく砕けたガイムの破片が、まるで花吹雪を逆再生するかのようにぱらぱらと舞い上がり消えていく。そんな光景の中で、男の子は肩の力を抜くとこちらに振り向いた。
わたしより少し背が高いくらいだろうか。中性的な顔つきをしている。髪が長ければ女の子のようにも見えるかもしれない。旅装束は所々ちぎれていて、血で赤く染まっている。わたしはハッとして男の子の顔を見た。――ひどいケガ!
けれどわたしは男の子の目を見て、その瞳に惹きこまれた。どこまでも吸いこまれそうなほど深くて、そして濃い、紫の瞳。なんてきれいなんだろう――
「大丈夫か?」
男の子は心配そうに聞いてきた。意外にも男らしい声。その声を聞いた瞬間、なぜか心臓が奇妙に跳ね上がった。今までに経験したことのない感覚。うるさいほどに、心臓の音が耳に響いた。
「だ――」
大丈夫、と言おうとして喉がつまる。うまく口が動かない。わたし、どうしちゃったの――?
「ん? 足をケガしてるのか」
そう言うと、男の子はこちらに背を向けしゃがみこんだ。
「ほら、おぶってやる。俺、この辺りのことよく知らなくてさ。街とかに案内してくれると助かる」
「あ……うん」
わたしは震える手足をなんとか動かして男の子に近づき、背中にしがみついた。
「よいしょっと」
「きゃっ!」
「あ、いきなり立ち上がってごめん。大丈夫か?」
「だ、大丈夫。けどその、あ、あなたもケガを……」
「あー、平気平気。血は止まってるんだ。それと、俺の名前はオズ。君は?」
「……セナ。セナ・ブレア」
わたしは声を絞り出した。背中から男の子、オズくんの暖かな体温が伝わってくる。心臓が早鐘のようにがんがん鳴り響く。なんか、顔が熱くなってきた。
「よし、行こうかセナ。落ちないようにちゃんとつかまってろよ」
名前を呼ばれて胸が跳ね上がる。オズくんはゆっくり歩きだした。温かな背中に揺られながら考える。――わたし、変だ。この甘くて締めつけられるような胸の痛みはなんだろう。こんなの……わたし、知らない。
* * *
金髪の少女――セナ・ブレアは、腕にコンパスのような時計型器具を装着していた。街の方向がわかるらしい。
街についてまったく知らないことをセナは不思議がっていたので、オズは自分が記憶喪失だと打ち明けた。彼女は驚いていたが信じてくれたようだ。
背中にやわらかい感触を感じつつ、オズはそれを意識しないよう歩くことに集中した。実のところ眠気と疲労で歩くのも精一杯なのだが、かわいい女の子の前では見栄を張りたいものなのだ。
今は背中にいて顔を見ることはできないが、セナはとんでもない美少女だった。清楚な雰囲気で顔立ちはロシア風だ。磁器のように真っ白な肌が印象的だった。
しかしそれより気になったものがある。セナの耳だ。細長くて、尖っていた。
もしかして、この世界の人間はみなそうなのだろうか。
「なあ、ちょっと気になったんだけど」
「な、なに……?」
「セナの耳のことなんだけどさ」
「…………」
後ろから負の空気が漂ってくる。オズは慌てた。いきなり耳のことを聞くのは失礼に当たることだったのかもしれない。自分はこの世界の常識をまったく知らないのだ。
「ご、ごめん。聞いちゃいけなかったかな」
「……ううん、大丈夫。オズくんは記憶喪失なんだもん。知らなくてしょうがないよね……。わたしはね、〈ミュウ族〉っていう種族なの。細長い耳がミュウ族の特徴。この耳、気持ち悪いでしょ? ごめんね。いやなもの見せちゃって」
「――え!? ど、どうしたんだよ。どこも気持ち悪くないよ。むしろかわいいなって思うんだけど」
「か、かわいい――?」
セナは「か、かわいいだなんて、そんな……」とつぶやいた。
「なんで気持ち悪いだなんて言うんだよ?」
「……オズくんって、変わってるね。こんな耳ふつうは気味悪がるのに。ミュウ族はね、この耳のせいで昔から差別されてきたんだよ」
「そうだったのか……それはひどい話だな」
「わたし、ミュウ族だからって蔑まれたままなんていやなの。だから、バスターになってたくさんガイムを倒して、ミュウ族でもこれくらいできるんだぞ!って、世の中の人たちに証明するんだ」
ガイムを討伐し、その脅威から人々を守る戦士。それが〈ガイムバスター〉。ゲームのシナリオ通りなら、プレイヤーたちはバスターとしてこの世界で生きていくことになるのだが……
「バスター、か」
「――!? オズくん!」
セナの切迫した声に顔を上げる。それと同時。
「「「GYAOOAAAA!!!」」」
「――ガイムッ! 三体もかよ!」
木々の向こうから怪物が三体。これまで一体ずつしか相手にしてこなかったオズはうろたえた。しかしセナを木の根元に下ろし、守るように立つ。
「オ、オズくん……ダメだよ。わたしはいいから逃げて!」
「んなことできるわけないだろ! 俺は、セナを守るッ!」
オズは飛び出した。転移当初と比べてレベルも上がった。現在レベル6。やれるはずだ!
その時、オズの視界に影が映った。
「――その意気や、よし!」
「姉さんっ! 愛しの弟が助けにきたよ!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます