第三話 バスタージム
人が多く行き交い、活気に満ちたボストの街の大通り。ラグーンに引かれた荷車――〈竜車〉が数台、通りの真ん中を闊歩していた。通りを走る乗り物は竜車だけではない。地球でいうところのモーターボートに似た乗り物、〈ファスト・クラフター〉が地面の上をわずかに浮遊し、滑るように走行していた。これはつい最近開発されたもので、風属性のガイストーンを利用して動く乗り物である。
通りを歩く人々もさまざまだった。買い物帰りの主婦たちが、うわさ話を口にしながら鈍い足取りで進んでいく。犬の顔をした
通りにそって並ぶ建物は明るい色彩を放っていた。ガイストーンを加工して作られた建物の群れは日の光を反射し淡く輝いていた。
その中にひときわ大きな建物があった。周りの建物と比べると四、五倍以上の大きさ、そして高さである。大きな入り口は人の出入りが激しく、横には〈バスタージム ドーラ王国 ボスト・シティ支部〉と書かれていた。
この世界には、ガイムの脅威に対抗するため立ち上げられた国際的組織、〈バスター連盟〉と呼ばれるものがある。設立は今からおよそ二百年前。英雄カムロ・カイドウが各国にゾーンを設置し、そのそれぞれをラインで繋いだことに端を発する。
連盟の下部機関である〈バスタージム〉は大陸のあらゆる場所に存在する。バスタージムの主な役割は、その地域のプロバスターやバスター予備生を管理、管轄し、ガイムの侵攻から組織的に人々を守ることにある。また、ガイムを定期的に討伐し、それによって得られるガイストーンの供給者としても、社会における重要な役割を担っていた。ガイストーンは城壁や家屋に使用されるほか、水や光、風を生成するなど様々な用途があり、人々の生活において必要不可欠な資源なのである。
バスタージムの最上階である九階に〈ジムマスター室〉という名の一室があった。広々とした部屋、ふかふかのソファに身を沈めながら、オズは静かに耳を傾けていた。隣にはミュウ族の双子が座り、向かいにはジムマスターであるガロンが腰かけている。セナから報告を聞き、ガロンは「ふむ」と息をついた。
「やはり
彼らはすでにGスーツからラフな服装に変わっていた。オズも血濡れの旅装束から簡素なパンツとシャツに着替えさせてもらっている。また、医務室で〈癒しの
「もしかしてこれは〈波〉の予兆なんでしょうか?」
「……わからん。だが、連盟本部に報告すべきだろう。〈波〉が来るのならボストの戦力だけでは足りないからな。連盟の助けが必要だ」
セナの不安げな言葉にガロンは答えた。〈波〉とはいったいなんだろう。オズが疑問に思っていると。
「そうか、ボウズ、記憶喪失だったな。〈波〉ってのはな、簡単に言えばガイムの大群のことだ。文字通りガイムが“波”みたいに押し寄せてきやがるんだ。どこからそんな大量のガイムが沸くのかわからんが、三十年から六十年くらいの間隔をあけて〈波〉が起こると言われている。前回は……五十三年前だから、もういつ起こってもおかしくないな。〈波〉では多くの
ガイムの大群が森からあふれ出すのを想像し、ぶるりと身震いする。なるほど、だからこの街にはあんな大きな城壁があったのか。
「ん? でもゾーンにはガイムの意識をそらす効果があるって聞きましたけど……波はゾーンで防げないんですか?」
「それだがな、
ガロンは近いうちに
「それでだ。ボウズ、お前は闇属性
「――そうだよ! いっしょにバスター目指してみない? わたしもオズくん才能あると思う!」
「うーん……バスターって危険な仕事じゃないのか?」
「そうだね、たしかに危険な仕事だよ。でも、だれかがガイムと戦わなきゃいけないんだ。放っておけばガイムはどんどんその数を増やしていって、いつか人間は喰いつくされてしまうから」
オズは即答できなかった。ゲームのシナリオ通りならバスターになるのだろうが、これはゲームでなく現実なのだ。
「姉さん、いきなりだとオズも困っちゃうでしょ」
「そ、そうだよね、ごめん」
「まぁ、すぐ決められることではないだろう。せかしてすまなかったな。今日のところは帰って休め」
ガロンが窓の外を見る。日は傾き、部屋には夕日が射し込んでいた。
オズはとりあえず姉弟の家に行くことになった。帰ろうとするオズたちを、ガロンがジムの入り口まで送ってやる、と立ち上がる。
ガイストーンの動力を用いたエレベーターで一階ホールに下りると、突然ガロンが大きな声を上げた。
「――アルス! お前、今までどこにいた!」
「あ゛?」
怒鳴り声の相手は不良っぽく衣服を着崩した少年だった。かなりの大柄で、ルークより身長が高そうだ。赤髪からは狼のような耳が飛び出ている。半獣人というやつだろうか。
「セナを捜索するよう指示が出ていただろう! 従わなかったのはお前だけだぞ!」
「知るか。なんでオレがミュウ族を探さなきゃなんねぇんだよ」
「お前……!」
セナに「だれあれ?」と聞くと、「わたしたちと同じバスター予備生のアルスくん」と答えが返ってくる。
「――あ? なんだこのチビ」
赤髪の少年、アルスがオズに目を向ける。たしかにオズは小さい。アバター設定は160センチと少しだったはずだ。思わずムッとして答える。
「チビじゃない。俺の名前はオズだ」
「セナを救出してくれたのだ」
ガロンがそう言うと、アルスは小馬鹿にしたような笑みを浮かべた。
「はあ? この弱そうなヤツが?」
「そんなことないよアルスくん! オズくんは、命がけでわたしのことを守ってくれたんだから!」
「うるせぇな。だれもてめえに話なんてしてねぇだろうが。黙ってろよ
「――!」
セナがぴくりと肩を震わせる。オズはミュウ族が差別されていることを思い出し、今の言葉はなんらかの侮辱だと推測した。オズは一歩前に出た。
「取り消せよ。そんでセナに謝れ」
「あ゛? 雑魚が調子にのってんじゃねえ、よッ!」
「――!」
アルスが拳を突き出し、オズはすんでのところでかわした。不意打ちのようにいきなり殴りかかられたことで、オズの頭に血が上る。
「なろッ!」
体勢を崩しながら、オズは蹴りを放つ。アルスもそれを避けるが、衣服にかすりシャツのボタンが弾け飛んだ。アルスは青筋を浮かべ「てめえ……やりやがったな……」と怒りをあらわにする。
次の瞬間、アルスの姿がかき消えた。ゾクリ、とオズの背中に悪寒が走る。気づくと、眼前にアルスの拳が迫っていた。
「――させないよ」
「チィッ!」
ブオンッと音がして、蹴りが空を切る。蹴りを放ったのはルークだった。アルスはすでにそれをかわし、飛び退いている。
「姉さんの恩人に手を上げるなら、ボクが相手になるよ」
メガネを押し上げながら、ルークが涼しい顔で告げる。
この一瞬の攻防がオズの目には追えなかった。レベルが高いのか、それとも何かしらの
「――お前らやめろ! こんな場所で!」
ガロンが間に割って入る。周りには野次馬で人だかりができていた。アルスは舌打ちすると「興ざめだ」と吐き捨てジムを去っていった。
「ごめんねオズくん、迷惑かけて……」
セナが泣き笑いのような微笑を向ける。オズの胸はちくりと傷んだ。
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