第21話 ナリタ市 うなりくん
中学2年生にもなったオレが、まさか迷子になるとは思ってなかった。
今日は1月2日。ここは、ナリタ山の参道。人、多すぎだし。
じーちゃん、ばーちゃん、母の弟のノリおじさん、と、オレの4人で、ナリタ山にお参りに来ていた。母は「休みの日くらい人混みに行きたくない」というワガママで、来ていない。正解だよ、母。なんでこんなに人多いんだよ。チバ県の極東トウガネ市に住むオレにとって、ナリタ市は都会だ。ちなみに、大晦日はハッカク湖畔のサイフク寺で除夜の鐘をついて、元旦にはヒヨシ神社に初詣に行った。
で、明けて2日の今日、みんなとはぐれて、ナリタで迷子になったオレだ。
今年用の交通安全やら身代わり札とか買いに来たんだけど、案の定この混雑で、札の引換までにかなりの時間がかかることになった。待っている間に参道まで出てお土産でも物色しようかってことになって、で、美味しそうな煎餅屋があって、立ち食い用に買ってくる〜すぐ戻る〜、って言って、オレはみんなと離れた。まーね、はぐれるわな、この混雑具合じゃ。オレが今所持しているアイテムは、360円のみ。あと、ポケットティッシュくらいか。まぁ、オレひとりだけだったら、迷子になったって、なんとかするんだよ。
問題は、オレの左手を握って離さない、この、4、5才くらいの男の子なわけだ。
今日のオレの格好は、上はノリさんのお古の黒のダウンジャケット、下はジーンズ、両方ともユニクロのやつ。ユニクロって罪な服で、同じのを着てる人が多いんだよ。この男の子も、煎餅屋でオレと父親を見間違えたっぽい。煎餅買って、おつりもらって、振り向いたオレの顔を見た男の子の表情ったらなかった。オレの真後ろに立って、オレをパパだと思い込んで、買い終わるのを大人しく待っていたらしい。
泣き出しそうになるところをなだめて、男の子の手を握ってあげて、近くに同身長くらいのユニクロ上下パパがいないかどうか探してみる。って、全然、いないし。
とりあえず、自販機で飲み物を買う。男の子にはホットココア、オレはホットレモン。温かいものを飲んだら、二人とも、ちょっと落ち着いた。
「おなまえ、教えてくれないかなぁ?」
男の子は、頬を少しだけ上気させて、応える。
「タナリ、キヨナリ、4さい!」
「キヨナリ、かー。じゃあ、キヨくんって呼んでいい?」
「いーよ!」
「キヨくんは今日、だれとココに来たのかな?」
「パパとふたりできたー。ママはねー、うちで、かぜひいて、ねてるー」
うー、大人数で来てたら、まだ見つけやすかったし、見つけられやすかったんだが。そういえばこの近くに「ナリタ観光館」っていうのがあったっけ。あそこで迷子とか、相談にのってくれそうだな。
「キヨくん、迷子になったパパを探しに、ちょっと歩いてみようか?」
ほんとは、キヨくんが迷子なのだが。
「うん!パパ、キヨがいないからさみしくて、きっとないてるよー」
移動しながらも、パパを探す。いっそ、ドラマの中のありえない人探しみたいに「キヨナリどこだぁー!」とか絶叫しながらパパが走り回ってくれてると、見つけやすくてすっごく助かるんだが。
やっとナリタ観光館に着いた。さぁ、中に入って助けを求めよう、と思った矢先、キヨくんがオレの手を引いて、言う。
「あ、うなりくんだよー」
「?」
どうやら、観光館に貼ってあるポスターに載っている、ゆるキャラのことを言っているようだ。
「ぼくねー、うなりくんに会ってみたいんだー」
ヤバい、と思ったときにはもう遅かった。
オレの頭の中で、アイツの声が響く。
「それなら是非、会わせてあげなくっちゃねぇ〜」
去年の夏休みにトウガネ市非公認キャラクターやっさくんに呪われたオレは、ゆるキャラに変身させられるカラダになっていた。困った人がいると、アイツ、勝手にオレの頭の中で話しはじめて、勝手に変身させやがる。っていうか、困ってねぇじゃん。今、まさに、解決寸前じゃん!
「装着〜」
無情な変身の掛け声が、頭に響く。左手の中に、合図であるやっさくんのストラップが出現する。オレと握っていた手の中に、急に小さなぬいぐるみストラップが出現したので、キヨくんが驚いて、手を開いて見ている。
「ねぇ、これ、なあに?」
オレを見上げたキヨくんの目に、青いカラダのゆるキャラの姿が映る。
「!…うなりくん?うなりくんだぁっ!」
わあぁ、っていう人の声が聞こえたかと思うと、案の定すぐに人だかりができた。っていうか、やっさくん、またオレを人前で変身させやがった。
「大丈夫だよ。ユニクロ着たどこにでもいる地味男子の顔なんて、誰の頭にも記憶に残ってないはずだよー」
何気にオレをディスるのは、やめろ。
「青いカラダに白い翼の生えたうなりくんは、言わずと知れたナリタ市のゆるキャラだよ。特別観光大使っていう、ちゃんとした肩書きも持っててね、」
って、人が多すぎる。で、わーきゃー、五月蝿い。頭の中で話す、やっさくんの声が聞こえん。スマホで撮られまくってるし。って、キヨくん、大丈夫か?
「うなりくん、ぼくといたおにーちゃん、しらない?」
急にたくさんの人に囲まれて、少し怯えたようにオレことうなりくんの翼をぎゅっと握って、聞く。
うなりくんはキヨくんの顔をしっかり見て、答える。
「おにーちゃんは、キヨくんのパパをよびにいったうな。
もう、近くまでパパが来てるかもしれないから、ここにいるみんなに聞いてみるうな?」
うん、うん、と笑顔で首を縦に降りまくるキヨくん。
オレことうなりくんは、人だかりに向かって、声を張り上げる。
「タナリキヨナリくんのパパー!キヨナリくんはココうなーーーーーー!」
「キヨ〜っ!」
人だかりの視線が一斉に、後方で声を発したらしきユニクロ上下のパパに集まる。
「パパぁーーーーーー」
うなりくんの翼を離し、パパに駆け寄るキヨくんのために人波が割れて、道ができる。自然と「よかったね〜」「しっかり見てなきゃ!パパー」という安堵の声があちらこちらからあがる。
と、肩の荷が下りたオレことうなりくんの視界に、ありえないものが入る。
キヨくんが開いた道の向こう側から、本物のうなりくんとお付きのスタッフが、観光館に向かって歩いて来ている。何コレ?もしかして、オレ、大ピンチ?
雑踏の中なのに妙な静けさを感じるナリタ観光館へ、本物のうなりくんと「観光プロモーション課」の札を付けた怪訝な表情のスタッフ達が到着する。オレであるうなりくんの隣りに、本物のうなりくんが立ち、人だかりに向かって可愛らしく翼を振る。
わああああぁ!と、確実にさっきより大きな歓声が上がる。「Wうなりくんだ!」「新年からありがたいもの見た!」という声が聞こえてくる。オレ、どうしよう。カラダ、動かない。しびれを切らしたらしいスタッフのひとりがオレに声を掛けようとするのを、本物のうなりくんが翼で制して、オレの方を向く。そして小さな声で、言った。
「ほんとは臆病なのに、やることが大胆すぎるうな?やっさくん」
オレの意識が、ふっ、と落ちる。誰かがオレのカラダを乗っ取る感覚が、ある。うなりくんであるオレのカラダが勝手に動いて、左手を空に掲げて、オレじゃない掛け声をあげる。
「うなり星ストリーーーーーーム!!!!!」
観光館が青いキラキラした銀河のような光の渦に囲まれたかと思うと、その光は一瞬で消えた。
そしてオレは、うなりくんからやっさくんに変身していた。
もちろん、カラダの主導権は、やっさくんに乗っ取られている。本物のうなりくん以外、そこにいる全ての人が呆気にとられている。オレことやっさくんは、うなりくんに向かっておじぎをして、叫ぶ。
「あけましておめでとうございますっ!新年から、ごめんなさいっ!」
うなりくんが翼を振り振り、言う。
「こちらこそ、おめでとううな〜。久しぶりに産まれた星の光が見られて、うれしいうな」
「お詫びと言っては何ですが」
やっさくんが空を指差して、声を上げる。
「召還ー!」
ドサッ、という音とともに、毎度のごとくやっさくんの後ろに人が降ってくる。「トウガネ商工会議所」と書かれたジャンパーを着た新人君が、今回で3回目の召還にかかわらず、怯えまくった表情をしてラジカセを抱えて座りこんでいる。
「新人!音楽!」
新人君が震える指でラジカセのスイッチを押す。そして、いつのまにかマイクを持ったやっさくんが曲の前口上を始める。
「遥か彼方のうなり星から、瞬くナリタ空港へ降り立った、愛らしすぎる流星!いやいや翼を持った青いうなぎの天使と言っても過言ではありません。つぶらな瞳は、ナリタの美味しいものを見つけるたびにブラックダイヤモンドのように輝きます。ナリタを愛するうなりくん、住民票もちゃんとあるうなりくん、うなりくんが、ナリタのために、踊ります!曲は、『うなりくん なう!』!!!」
♪うなうなうなうな うなりくん〜♪
ラジカセからポップな曲が流れ始めると、うなりくんとやっさくんが踊り出す。晴天にもかかわらず、キラキラとダイヤモンドダストが天の川の光のようにふたりのゆるキャラのまわりで輝く。
♪だって ナリタを アイシテル♪
観光プロモーション課のスタッフ達がバックダンサーさながら、モーションを揃えて踊りながら「♪アイシテルっ♪」と間の手を入れる。上空を飛ぶ飛行機でさえ、ちょうど効果音が欲しいタイミングで通過していく。
♪うなうなうなうな うなりくん
うなうなうなうな うなりくん なう♪
曲が終わる瞬間に、光の粒であるダイヤモンドダストは猛吹雪になって、真っ白な渦がふたりのゆるキャラをくるむ。「撤収〜」という声と「今年もよろしくお願いします」という2キャラ同士の挨拶がかすかに聞こえたかと思う間もなく輝きは消え、ナリタ観光館には、手を振りながら退場するうなりくんとお付きのスタッフの後ろ姿だけがあった。
「見つけた!」
ノリおじさんの声に、オレは振り向く。気が付くと、参道にある、場所柄のせいかブラウンの色調になっているセブンイレブンの前に、オレはオレの姿で立っていた。
「もう離れんなよ。そろそろ札取りに行く時間だし」
ごめんなさい、と素直に謝って、オレはノリおじさんのあとをついて歩いていく。じーちゃんとばーちゃんは先に行ってるらしい。どこかで見たことがある人とさっきすれ違った気がしたが、気のせいだろう。踊りまくったせいで疲れ果てているオレは、もう、何も考えたくなかった。
参道の端、JRナリタ駅が見える街路の隅で、色黒い中年男性がスマホで話している。
「新年早々申し訳ありません。とうとう、ナリタ市の職員と接触してしまいました。うなりくんが機転を利かせてくださいましたが…はい、では…」
トウガネ市公認キャラクターとっちーのストラップを付けたスマホでの会話を終えた男性は、また参道へ戻り、ナリタ山へ向かって歩き始めた。
※この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。
中2男子のオレは、今日もゆるキャラに変身する。 月見草 @tsukimi-sou
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