第20話 チバ県警 シーポック

 トウガネ警察署が、混んでいる。

 中2男子のオレがなんで警察署なんかにいるかっていうと、母の運転免許更新につきあってやってるわけだ。このあと、年末年始用のお菓子を爆買いに、サンブ市のメガドンキに行く事になってる。決してオレが万引きやら何やら悪事を働いたせいではない。でも、なんだろう、この居心地の悪さは。そもそも年末の最終手続日に、どうしてこの人は行くんだろう。混んでるのわかってんじゃん!

「大変〜すぐお金を振り込まなくちゃ」

待ってる間に、延々とテレビに流れる『振り込め詐欺に気をつけて』ドラマを見続けていたが、飽きた。で、お腹も減ってきた。あ、書き間違えた、とか、何やってんだよ、母。警察の人、新しい紙出してるし。え?このあと視力計るの?順番待ってから?あのさー、オレ腹減った。限界。となりのセブンに行ってなんか買ってきていい?

 大人しく小銭と車の鍵をオレに渡す母。そうだよな。署内でモリモリ肉マンとか食べられないもんな。車の中で食え、ってことだな。オレはトウガネ警察署を出て、隣りにあるセブンイレブンへ向かう。外、今日、寒い。


 あと数日で、今年も終わる。多分今年はオレにとって厄年確定だ。

 夏休みの部活帰りに、トウガネ市非公認キャラクターやっさくんのぬいぐるみストラップを拾ったばっかりに、その、やっさくんっていう碌でもないゆるキャラに取り憑かれてるオレだ。で、なぜか、困った人に会うと、いろんなゆるキャラに変身させられる。何のために?って聞かれても知らんし。異次元世界の犬耳ヒロインを助けるためにでも、7つの玉を集めたあとに魔王を倒すためでもないことは、確かだ。さすがにこの年の瀬に変身させられないとは、思う。いやいやいや、アイツこの前、高熱出してたのに変身させたよな。ふざけんな、まじで。


 そんなことを考えてるうちに、セブンイレブンについた。さあ、何食おうか。フライドチキンに、ピザまん?車の中で食べるから、おでん、てのも有りか。

 店内に入ると、レジ前に結構人が並んでる。あ、もうお昼の時間だし。どうりで腹減るわけだ。あれ?レジの先頭、今日はいつものジャンパー着てないけど、よく見かける市役所の観光課のおっさんじゃん。何枚支払用紙出してんだよ。レジ渋滞の原因、おっさんだろ。

 で、オレが何を食うかを決める前に、設置してあるATMの前で困りはてた顔をしたおばあちゃんと、目が合っちゃったりするんだ。


 やっぱり、オレ、今年、厄年だろ。


 急いでトイレの場所を探して個室に駆け込むのと同時に、左手の中に変身の合図でもあるやっさくんのストラップが出没しているのを確認する。頭の中で、もう聞き飽きたとも言っていい、やっさくんの声が響く。

「装着〜」

毎回思うけど、トイレの個室の中にどうやって着ぐるみパーツが入ってくるんだろう。カラダの左側を殴られるような鈍痛を感じたあと、オレはドアを開けて、洗面台にある鏡に自分の姿を映してみる。

 どうみてもイルカにしか見えないゆるキャラに、オレは変身していた。


「このキャラは、チバ県警の『シーポック』。海の青色のカラダに、菜の花の黄色の足を持つイルカのキャラだよ」

頭の中で、やっさくんが勝手に説明を始める。

「ほんとはねー、ぴーぽくん呼ぼうと思ったんだけど、チバ県のキャラにしてみたー」

お前、警視庁のキャラとか、呼ぶな。県警でも充分、ヤバイ気がする。

「ちなみに胸のCPっていうマークはね、『チバポリス』と『シチズン&ポリス』の意味なんだって」

ゆるキャラ豆知識はいいから、今回、オレ、何すればいいんだよ?

「どうやらこのおばあちゃん、振り込め詐欺に振り込むつもりらしいよ」

ちょ、待て。

「なんとか、止めてあげなくちゃ」

あ?どーやって?

「さぁ!シーポック!出動っ!」

シーポックであるオレは、迷えるおばあちゃんに向かって歩き出した。


 突然店内に青いイルカが現れたっていうのに、店員もお客も、一見して、あー、って顔をして、即、日常の中に戻っていく。そっか、ここ、警察署の隣りじゃん。違和感ないか。っていうか、シーポック、知名度高いな。

「平成2年に産まれたキャラだからねー」

うん。やっさくん、もう、説明はいいから、オレを助けてくれ。

 ATMの近くでボタン操作に困っているおばあちゃんに、シーポックことオレは声を掛ける。

「何かお困りですか?」

「あんた、だれじゃね?」

うーーーーーーーーーーーーん、っと、

「ここのスタッフです。これから外で、余ってる年賀状売らなくちゃいけなくて」

手ビレをばたばたさせながら、オレは続ける。

「で、こんな格好なんですよー」

「バイトさんも大変なんじゃねぇ」

って郵便局員じゃねぇし!って自分突っ込みを入れつつ、おばあちゃんがシーポックを知らなかったことに安堵する。

「何を困ってるんですか?」

「えーとね、お金を振り込みたいけど、よくわからないの」

おばあちゃんは無防備にお財布を開けて、万札の束を見せてくれる。

「どうして、この年末に?そんな大金を?」

「恥ずかしい話なんだけどねぇ、都内に住んでる息子がね、今日、通勤中の満員電車で痴漢に間違われて」

あーーーーー、詐欺決定。今日、テレビのニュース、帰省ラッシュやら海外旅行出発組のピークってやってた。都内住みのノリおじさんが、この前「お盆と年末年始は電車ガラガラで、かえって座れちゃうから、寝過ごすー」言ってたし。

「1時までに弁護士さんにお金を振り込まないと、示談にできなくて、年末帰って来れない、って」

許せんな。

 さて、どうしよう。どうやったら、助けられる?オレ。

 一か八か、わざと目立つ様に、大きな振り付きで、大きな声で言ってみる。

「おかしいですねぇ!こんな時期に、大金を、振り込めなんて!」

「ちょ、ちょっと、バイトさん、声が大きいじゃろ」

「一度、息子さんに、こちらから電話かけたほうが、いいですよ〜!」


 オレの賭けが、当たった。

「どうされました?」

レジに並んでいた強面のおじさん2人が、小走りでそばにやってくる。オレことシーポックは、おじさん達にビシッと敬礼ポーズをする。

「いやぁね、あの、息子が困っててね、弁護士さんにお金をね…」

おばあちゃんは小さくなって、答える。

「それなら、やっぱり一度、息子さんに電話してみましょう、ね?」

おじさんがおばあちゃんから息子さんの電話番号を聞き出す。もう一人のおじさんは、無線か何かで、どこかに連絡をし始める。シーポックであるオレは、体育会系お辞儀をして、言う。

「休憩時間中に申し訳ないです。私、そろそろ署内に戻らなければいけなくって…」

「了解した。あとはこちらで対処する」

ビシッっと再度敬礼をして、シーポックはセブンイレブンから退場する。

 さあ、あとは、どこでこの装着を解くか、だ。


 頭の中で、やっさくんがカウントダウンを始めた。

「15、14、13…ヤバいよヤバいよ。うまく解かないと、場所が場所だしね」

お前がこのゆるキャラに変身させてんだろうがぁっ!

「10、9、8、」

必死に、小股ながらダッシュで走るオレ。

「6、5、4、」

母の車までもう少し。手の中にずっと握っていた鍵のボタンを押す。ロック解除の音がする。

「3、2」

車のドアをなんとか手ビレで開けて、

「1」

中に、飛び込んだ。

 中2男子の姿のオレは、不格好な姿で、無事、車の中に寝転がっていた。


 さあ、もう一度、セブンへ食料を買いに行かねば。オレの胃袋が、空腹で大ピンチだ。からあげ棒の味を口の中に思い出しながら、オレはまた、セブンイレブンに向かって歩き出した。


※この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。

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