第18話 フナバシ市 船えもん
中2男子のオレは今、トウガネバイパスにあるマクドナルドにいる。今日は土曜日、部活の午前練習はすでに終わり、只今13時半過ぎ。そろそろ人足も落ち着いて、適度に埋まった席に一人で目立たずにくつろぐにはぴったりの時間だ。
親が夜まで帰ってこないので、昼飯はコンビニ弁当を買って家で、あとはゲーム三昧という天国タイムを過ごす予定だったが、期末テストの結果が悪かったせいで、パソコンの接続パーツを没収されてしまったオレだ。地味にソリティアぐらいしかできん。仕方なく、西尾イシンの物語シリーズにしっかりカバーをかけて持ち出し、がっつりバーガーを食べたあとにポテトをちまちま摘まみながら本でも読もうと思っている。
物語シリーズの登場人物である美少女達と同様、オレのカラダにもやっかいなものがついている。この、左手首に小さい鉛筆の芯が埋まっているのが呪われたシルシだ。トウガネ市非公認キャラのやっさくんが何考えてるんだかわからないがオレを呪って、ゆるキャラに変身するチカラを与えやがった。アイツ、困った人を見つけると勝手にオレをゆるキャラに変身させる。はっきり言って迷惑だ。小説みたいに美少女がなぜだか寄ってくる展開もなく、ライバル的美少年キャラに絡まれるでもなく、ただただいろいろなゆるキャラになる、っていうのに慣れてきたっぽい自分に最近恐怖を感じつつある。
極力人目につかないように、トイレの近くの席、しかも店内に背を向ける形でオレは座る。
一気にバーガーを2つたいらげた成長期のオレは、ポテトをまるで今日が初めてのデートだから大きな口開けるの恥ずかしい、ばりに、1本ずつ、ちまちま口に運びながら、読書を楽しみ始めた。前はザーッと読みだったから、今日はじっくり読んでみる。と、集中しまくっているオレの背後から、「まいったな…」という、つぶやきが聞こえた。
そーっと後ろを向くと、オレと背中合わせで20代後半くらいの兄ちゃんが、パソコンを見ながら呻いていた。耳にはイヤホン、多分、自分が無意識に言葉を発していることに気付いていない。そのモニターは、テキストで埋まっている。
「困った人が、いるね〜」
また、オレの頭の中で勝手にやっさくんが話し出した。うるせえよ。目が合ってないからセーフだろ。ため息くらいで毎回人を助けてたら、オレの身がもたねーよ。
「この人ねー、サスペンスドラマの脚本家みたいだねぇ。『花と散る外房海女の悲恋と伊勢海老伝説〜チバ・菜の花湯けむり殺人事件〜』ってタイトルつけてるね。あ、船越さん主役なんだー」
お前、パソコン、のぞき見してんの?どうやって?
「よく書けてる話だと思うんだよねー。あー。トリックにトウガネ線使うんだねぇ。『こんなところに!1時間に1本だけだけど、運行している路線があるじゃないか!』っていうセリフもあるよー」
…それ、ドラマはじまってからすぐに、見てる地元民がトリック気付いちゃうヤツじゃん。
「だいたいストーリーは仕上がってて、ただ、何かしら気に入らないところがあるんだね。今、現地確認取材中ってメール打ってたし」
頭の中でぶつぶつ話し続けるやっさくんの言葉を聞き流しながら、ふと、左手の中にやっさくんのぬいぐるみストラップが出現していることに気が付いた。これが、変身の合図でもある。
「装着〜」
ちょ、ちょっと待ってくれよ、オレ、文章とか、そもそも国語ヤバイんだって!国語の点がヤバくて、パソコン取り上げられてんだよ、オレーーーーー!
毎度のごとく室内での変身は屋根が邪魔だから、横からパーツがすっ飛んでくる。体に当たるから、地味に痛い。そして、今回は助けられそうにないから、とても気が重い。っていうか、着ぐるみも重い。
窓ガラスに映った自分の姿を見ると、サファイアグリーンの和服に青い羽織の男性ゆるキャラに変身していた。
「彼は、フナバシ市のキャラクター『船えもん』。フナバシ市の名産品の目利き番頭役を担ってるんだ」
やっさくんが頭の中で説明を続ける。
「どうやらこの脚本家くん、フナバシにいる船越が、どうして『トウガネ線』のトリックに気が付いたのか、っていうところが引っかかってるみたい」
うん。きっとフナバシ市民とか都会の人は、単線路線の田舎のことなんて知らない。
「フナバシ市のゆるキャラならきっと、目利きで答えを見つけてくれるよ!」
って、中身オレだし。無力だし!それなら、黄色い方のゆるキャラになって「ひゃっはー」言ってるほうが超絶楽だ。
とりあえず、解決しないと元の姿に戻れないオレは、仕方なく席を立って脚本家くんの目の前の席に座る。
脚本家くんは、いきなりスマホでオレこと船えもんの姿を撮って、「インスタにあげなきゃ!」とか言い出した。頭にきたオレは、そのスマホを取り上げる。撮った画像を消去してスマホをテーブルに伏せ、脚本家くんに聞く。
「一体、何が気に入らないんだ?」
「…は?」
呆けた顔で、答えやがる。
「トウガネ線のトリック」
こう言うと、脚本家くんはパソコンを慌てて閉じて、怪訝な顔で聞いてきた。
「な、なんでそれを?」
「私は、フナバシ市産品の大切な目利きを頼まれているゆるキャラ『船えもん』だ。
フナバシに関することを書いている君のストーリーを、目利きしたい。
確かに、私は目立たないキャラだが、『陽』には『陰』が必要でもある。
地道にコツコツ、確かな情報だけを集めて目利きする仕事を、私は誇りに思っている」
脚本家くんは、そーっとドリンクに手を伸ばし、一口すすってから、意を決して話し出した。
「船越さんが、フナバシのららぽーとのイベント会場で聞き込みをしているんです。で、そこで、トウガネ線に気づいて、事件が進んでいくんですが」
オレこと船えもんは、腕を組んでうなづきながら話を促す。
「フナバシとトウガネをつなぐ御成街道ネタとかも入れつつ、そこに話を持っていく、なんて言うか、船越さんが『家康』『鷹狩り』とかのキーワードを見つけるきっかけっていうか…」
と、そこまで話して、急にまじまじと船えもんの顔を見つめだす、脚本家くん。
「…あ」
急にパソコンを開けて、検索を始める。そして、答えを見つけたらしい。
「フナバシのゆるキャラショップ、ゆるキャラつながりで『家康くん』!ストーリーに色物要素追加で、いけるかも」
オレこと船えもんは、立ち上がりながら、脚本家くんを賛辞する。
「素晴らしい目利きです」
浮かんだアイデアが逃げないうちにパソコンに打ち込み始めた脚本家くんを見届けて、オレこと船えもんは装着を解くために、トイレへ退場した。
無事、本来の中2男子の姿に戻ったオレは、元の席へ戻る。
冷め切ったポテトで読書タイムを続けようと本に手を伸ばしたが、装着を解いたばかりのカラダが緊張していたらしい。手に当たった本が、床に落ちる。
落ちた本を通りがかった女の子が拾ってくれた。と、そのまま、拾った本、読んでるし。
「ふーん。物語シリーズかぁ。女の子キャラ、だれが一番好き?」
「オレ?あー、シノブかな」
咄嗟に応えて、ヤバイ、と思ったが遅かった。
本を拾ってくれたのは、オレのクラスメイトのマツバラ。男女、より、男男、の世界を好む、地味目女子だ。
「よかったー。ハチクジ言われたらどうしようって思ってた。わたしはナデコちゃんが好き」
こんな顔できんの?お前、って口から出そうになるくらいの笑顔でオレに本を返して、マツバラは手を振って去って行く。
って、なんで、どうして笑顔?オレに?
なんとなくムズムズした感覚のまま、オレは読書タイムを再開した。
※この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。
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