第17話 チーバクン・ゴールデンボーイズ・じねんじゃー再び
トウガネ市の産業祭が終わった、次の日の月曜日。
トウガネ市役所の会議室には、スーツでシャレオツな「企案課」、青いジャンパーの背中に部署名が書いてあるから見分けがつけやすい「観光課」と「農務課」、合わせて3部署のメンツが揃っていた。
会議を仕切っているのは、毎度のごとく“ゲンドウ頬杖”をついている、観光課のリーダーだ。そして、堂々巡りの発言が続いている。
髪をグロスで「自然な、くしゃっとヘア」に決めた、スーツの男性職員が口を尖らす。
「企案課は、確かに『トウガネ市公認キャラクターとっちー』のプロデュースを手がけていますよ。でも、産業祭の餅つきやら、そういうものの出動については観光課に任せてるんです。何しろ私共は市外に向けてのグローバルでアグレッシブでクリエイティブな部分をもっとアプローチしていかないといけない部署なんですから」
ただただ恐縮している、農務課の優しそうな年配職員が発言する。
「とっちーの出動の件については、観光課さんのご助言をいただいて、餅つき用のきねが持てないとっちーの代わりに『トウガネ市非公認キャラクターやっさくん』がやってくれる、っていうのをトウガネ商工会議所青年部の方から了解をいただけたんです。でも」
農務課職員は、企案課のスーツ男を、見据えて言う。
「餅つきイベントの最中に乱入した『ナラシノ市のきらっと君』、一瞬だけ居たように見えた『チーバクン』に関しては、青年部の人達は、知らないって言うんです。市役所の中で、市外のゆるキャラを呼べるだけのチカラがあるのは、企案課さんだけなんです」
「そんなキャラは、呼んでないって、さっきから、言ってる」
そう言うスーツ男の言葉に、かぶせるように農務課職員は続ける。
「私たちは、ただ、企案課さん達に、お礼を言いたいだけなんです。餅つきに来てくれた子ども達も喜んでくれて、その親御さん達が『トウガネ市産業祭がカオスすぎる』とか『ただの餅つきだと思ってたのに楽しすぎる』とか、SNSにいっぱい上げてくれてるらしいんです」
農務課の若手職員が頭を下げながら、畳み掛ける。
「来年もまた来るね、って、たくさんの家族の方にお礼を言われているんです。だから、そのお礼の言葉を企案課さんに伝えたいだけなんです!」
「だーーーーーかーーーーーーらーーーーーーー、知らないんだよ、私たちは!」
企案課のスーツ男が頭を抱える脇で、秘書っぽい雰囲気を醸し出すスーツ女が、スマホを見ながら発言する。
「農務課の報告を聞いて、私共もSNSを探して見ているのですが『きらっと君』『チーバクン』がはっきり写ってる画像って、ないんですよねー」
「観光課!お前たちだろ?呼んだのは!よくキサラヅやら、トウキョウだって行って、他の自治体のゆるキャラとつるんでるじゃないか!」
語気を強める企案課スーツ男に、観光課の女性職員が笑いながら言い返す。
「はははは、私たち観光課は、イベントであくせく働く、っていう仕事はありますが、グローバルでアグレッシブでクリエイティブなことをする権限はないので、知らないですよ〜」
「そもそも、観光課の副課長はなんでココにいないんだ?アイツが呼んだんじゃないのか?」
イライラをぶつけるスーツ男に、“ゲンドウ頬杖”をついた観光課のリーダーが言い放つ。
「あー、カレにはそんなアプローチする権限は与えてないですから」
見事な杉並木が延々と続くトウガネ市ヒヨシ神社の境内に、2体のゆるキャラが向かい合って立っている。
社殿側には、赤いカラダが神々しい、チバ県のゆるキャラ帝王チーバクン。後ろにはその姿を守るように長身の黒服2人が控えている。対峙するゆるキャラは、トウガネ市公認キャラクターとっちー。キミドリ色のカラダに桜モチーフのしっぽが可愛らしい。こちらには「観光課」と書かれた青いジャンパーを着た色の黒い中年男性がそばに付いている。
自分のことを指すとき自分の名前を言うチーバクンが、口火を切る。
「チーバクンにはね、わからないんだ。キミの求めているものが、ね」
とっちーの瞳に一瞬、怪しい光が灯って、消える。
とっちーが話しだす。
「僕は、トウガネ市を首都にしたいです。そして、チバ県でオリンピックがやりたいです」
「それは、ゆるキャラが望むには、手に余る物だよ?」
諭すチーバクンに、とっちーが堰を切ったように語り出す。
「サッカーはソガで、野球はマクハリで、水泳はナラシノで。カヌーはトネ川を改造してイバラキと協力して、やります。もちろん、メイン会場は『トウガネアリーナ』です」
「えーと、とっちー…?」
「ウラヤス一帯をキャンプ地にします。オリンピック開催中はテロ防止も兼ねて、マイハマの施設には海外選手の家族をご招待して貸し切りにして閉鎖します。あ、ついでにナリタ空港もトウガネ新国際空港に改名します」
「あのね、とっちー」
「あと、トウガネドイツ村にして、マイハマのアレも『トウキョウ』から『トウガネ』に改名します」
「できないよね?そんなこと。ねぇ、とっちー?」
「僕は」
とっちーが、チーバクンに一歩近づく。
「トウガネ市民の笑顔が見たいだけなんです」
「…それが、トウガネ市民が望んでいること、なのかな?」
とっちーが頭を振りながら、答える。
「わからないです」
「ちょっと、落ち着こう。とっちー」
チーバクンが、少し怯えて、声をかける。
「ねぇ、とっちー。チーバクンたちは、人を笑顔にさせることだけを考えれば、いいんだよ」
チーバクンが、とっちーに手をかけて、言葉を続ける。
「ゆるキャラはね…」
とっちーがその手を撥ね除ける。チーバクンに控える黒服2人が構えるが、チーバクンがそれを制する。とっちーが、話し出す。
「僕は、なんのために産まれたのか、答えが欲しい。トウガネ市民に、それを教えて欲しい。
…人から笑顔がもらえないときが、恐くてたまらない」
観光課の職員に付き添われながらヒヨシ神社を後にするとっちーを、チーバクンは、ただ見つめていた。そのキミドリのカラダが見えなくなったタイミングで、大きな杉の木の影からチバ県住みます芸人「ゴールデンボーイズ」の「うっほ」と「米田」が姿を現す。
「なんか、すごいこと言ってたなアイツ。チバオリンピック?」
「実現したら、マクハリの吉本の劇場に海外のお客さん、いっぱい来るかなー」
「まずいじゃん。急いで英語勉強しないと!」
「じゃ、俺はスワヒリ語マスターする!」
チーバクンが、しゅっとしたサッパリ顔の方に声をかける。
「米田クン、まだ傷を縫ったばかりなんですから、無理してはだめですよ」
モンキーフェイスのうっほが、チーバクンに話す。
「コイツ、十文字の傷欲しいなんて言ってるから、こんなことになって!」
「…うっほクンが一番、米田クンの入院中にお見舞いに行っていたそうですね。
米田クンのカラダのことが、心配で仕方がないんですね」
うっほの顔が、照れで赤くなっていく。
チーバクンは、彼らの顔を見て、指令を出す。
「チバ県中を自由に動き回れるあなた達に、今後出会うゆるキャラの中で、とっちーのような不安定な感じのキャラがいたら報告して欲しいのです」
ゴールデンボーイズの2人は無言で頷く。
そして「また、ロケバスに置いて行かれる!」と、小走りでヒヨシ神社から走り去って行った。
チーバクンは誰もいなくなったことを確認して、柏手を打つ。その柔らかいカラダから発せられたとは思えない大きな澄んだ音を合図に、長身の黒服2人がきれいなバク転をして、本来の「猿像」に戻り、社殿前の石台の上に鎮座した。
チーバクンがいた場所には、鮮やかな水色の袴をつけた青年神主が立っている。
と、その後ろ目がけて、杉の大木から「シロイ市のじねんじゃー」が飛び降りて来た。彼は、じねんじょでもあるが、歴とした忍者ゆるキャラでもある。
青年神主はじねんじゃーに背を向けたまま、話し出す。
「チーバクンから、伝言です。ゴールデンボーイズのサポートをお願いします、と。特に米田クンには、病み上がりなので無理をさせないように」
じねんじゃーは頭の蔓を振りながら、頷く。
「あと、トロロ姫の動向について」
じねんじゃーのカラダが、びくっと動く。さらわれた姫を、じねんじゃーは探し続けているのだ。
「フクオカの陥没が気になる…と」
「…まさか…」
じねんじゃーの口から、うめき声にも近い言葉が漏れる。
青年神主は続ける。
「チーバクンが、県外のゆるキャラに会う時に、出来る限り調べて下さるそうです」
深々とお辞儀をしたじねんじゃーは、猛烈な勢いで土を掘り、その土煙と共に姿を消した。
本当に誰もいなくなった境内で、青年神主は呟いた。
「嫌な感じの、騒がしい気配、ですね…」
そのころ、主人公である中2男子のオレは、(年末のお小遣い+お年玉)−レジャランで遊ぶゲーム代−宝島で焼肉食べ放題−中古ゲームソフト代、という方程式をノートの端にいたずら書きしながら、英語の授業を受けていた。
「What's happened?」
英語の先生の言葉が、なぜだか、予言のように聞こえた。
※この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。
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