第14話 マツド市 松戸さんとゴールデンボーイズ

「ねー、まだつかねぇの?」

「やっぱさ、巨乳とか、かわいいとか、高学歴とかだけでさ、人を雇っちゃいけないと思う」

「だよね」

「かと言って、吉本の偉い人には言えるわけないし」

「うん。その、マネージャーがおもしろい、って人気が出る芸能人だっているしね」

「でもさー、芸人置いてロケバス出しちゃうマネージャーって、どういうヤツなんだって思うよ」

「そもそもお前がトイレ行きたいって言ったから」

「お前だって、小腹すいた言って散々おにぎり一個買うのに悩んでたじゃん!」

「まー、置いてかれた事実は変わらないんだし、仕方ないよ」

「で、あとどれくらい歩けば『みのりのさとトウガネ』に着くの?松戸さん」

松戸さん、と呼ばれたオレは前方を指差してから、いつものように大きなため息をついた。


 ごく普通の中2男子のオレは今、「松戸さん」という名前のゆるキャラに変身している。なんでこんなことになっているかと言うと、トウガネ市非公認キャラクターやっさくんに呪われたからだ。ほら、呪われた証拠に左手首に小ちゃな鉛筆の芯埋まってるの、見る?アイツ、困った人に会うとオレをゆるキャラに変身させる。この前はシバヤマ町のしばっこくんに変身して、オレのダチの悩みを聞いた。解決できたから、まー嬉しかったけど、それ以外は嫌々って感じで対応してる。

 で、毎度のごとく、さっき変身させられたオレだ。


 友達んちに遊びに行った帰り、トウガネ東中の近くにあるセブンイレブンに寄った。今日は土曜日。部活練習のない、貴重な土曜日だ。しかも、親は留守。これからセブンで昼飯を適当に買って家に帰って、午後はゲーム三昧の予定だった。

 セブンに入ろうとした時、オレは困った顔をした2人組の男の人に呼び止められた。

 で、パチンコのリーチ予告みたいに、オレの左手の中にやっさくんのぬいぐるみストラップが出現した。これが出現すると100%、オレはゆるキャラに変身させられる。あーーーーーーー。さよなら、オレの素晴らしく自堕落なゲーム三昧の時間。せっかく部活がない日なのに。ほんと、ふざけんな。

 やっさくんがオレの頭の中で「装着~」って言ってる。せめて、もう少し申し訳なさそうに言えよ、まじで。諦め顔のオレが空を見上げると、スーツっぽい服を着たゆるキャラパーツが降ってくるのが見えた。


 というわけで、マツド市のゆるキャラ松戸さんに変身させられたオレが道案内をしながら、千葉県住みます芸人のゴールデンボーイズ「うっほ」「米田」と3人で、トウガネバイパスを歩いている。本来ならロケバスで到着しているはずの、イベント会場である「みのりのさとトウガネ」に向かって。

 うっほ、って名前そのままのモンキーフェイスが、松戸さん姿のオレに話しかける。

「松戸さんも、今日、イベント出るんすか?もしかして、俺らと同じで置いていかれた?」

「いやいや、着ぐるみ着た姿で放置、っていじめに近いでしょー」

しゅっとしたサッパリ顔が米田って名前っぽい相方がツッコミを入れる。

「まじでいじめだったら言ってくださいね。俺ら、マツドに殴り込み入れますから」

「マツド市のどこ殴るんだよ!広いぞ、マツド!」

松戸さん姿のオレは、とりあえず、うんうん頷いておく。

「そういえば、松戸さんに以前会ったことあったっけ?」

「俺達、チバ県中、イベントでまわってるもんな~」

「マツド市の会社員のおっさんゆるキャラですよね~。青いスーツとか、少ない頭髪とか、個性強いなぁ」

「まず、顔に『ハム戸』って書いてあるけど、よく見ると『松戸』ってなってるとこを触れてあげようよ」

 ゴールデンボーイズの会話をBGMに、松戸さんことオレは道案内を続ける。お笑い芸人ってすごいな。聞く人がいるのを意識して、いっつも話ししてるのかな。

「なんかさ、俺達、地道なこと、多くない?」

「なんだよ急に、うっほ」

「ちばアクアマラソンとかさ、完走してうれしいけどさ」

「うん」

「チバザビーフのイベントMCの仕事も楽しいけどさ」

「うん」

「ガッツリ、話す、だけでいっぱい勝負とかしたい」

「あー、FM浦安83.6MH」

「ラジオって、やっぱり難しいけど、やりたい」

「テレビでは笑いとれる先輩でも、ラジオじゃ散々っていうのが多いくらい難しいよね。カラダの振りとか見えないから、ほんと話術とかイントネーションとかネタの選択とか、そーいうのが重要っていう」

「それでも、俺、お前とラジオやりたいよ」

「うん。俺もだ」

 完全にオレ、今回道案内だけだな。ゴールデンボーイズ、なんだか中2のオレが入っていけない話ししてるし。で、なんか、しんみり、どんよりな感じになってきてるし。


 みのりのさとトウガネの看板が、目の前に見えてきた。

 松戸さん姿のオレの装着が解けない、ってことは、解決してない、ってことだ。道案内だけなら、ここでもう完了でいいわけだし。急に無言になった2人に、何かしてあげろ、ってことなのか?やっさくん。お前、今日、全然頭の中で話さないし。

 今まで先頭を歩いていただけのオレこと松戸さんは、振り向いてゴールデンボーイズに話しかけた。


「小学生の卒業文集には、必ず、将来の夢に『お笑い芸人』って書く子どもがいる、っていうのを知ってますか?」

 急に松戸さんが話し始めたので、びっくりした顔をする2人に、続けて話しかける。

「それだけ、あなたたちは憧れの仕事というものをしているんです。望んだ子どもの中でも、ほんの一握りしかなれない、職業です。だから、芸人が職業って言えるゴールデンボーイズって、すごいんです。自覚してますか?」

 2人がぶんぶん横に首を振る。

「私は今日、あなたたちといた少ない時間だけで、増々ゴールデンボーイズのファンになりましたよ?」

 何か言おうと2人が口を開けたときに、松戸さんの後ろから、大きな声が聞こえた。

「ごめんなさい~~こっちですぅ~」

 振り向くと、大きな胸を揺らしながらマネージャーらしき女の人がこちらに走ってくるのが見えた。

 頭の中で、オレに向かってやっさくんが言う。

「あと1分で装着が解けるよ。ちなみに、ぼくもゴールデンボーイズ嫌いじゃないよ」

好き、って言えないのか、お前は。


 近くにあるヤマダ電機のトイレに駆け込んで、無事松戸さんの着ぐるみの装着を解いたオレの頭の中で、やっさくんが話し始める。

「今回の変身に『松戸さん』を選んだのはね、松戸さん、49歳なんだよ。何か重みのある言葉、かけられるかな、って」

あの、姿は49歳でも、中身のオレは14歳なんですが?

「ラジオ、がんばれるといいな」っていうやっさくんの言葉には、激しく同意だけど。

 ヤマダ電機を出ようとした時、「観光課」のジャンパーを着たおっさんの姿が目に入った。iphone7見てる。いいな。公務員ってお給料いいんだっけ。オレもスマホ欲しい。

 で、オレはヤマダ電機を出て、歩き出した。自転車置きっぱなしの、トウガネ東中近くのセブンイレブンまで歩かなくちゃいけない。みのりのさとトウガネでのゴールデンボーイズのイベントも見たかったけど、今のオレはのっぴきならない状況だ。

 昼がとっくに過ぎ、お腹がすき過ぎて目眩と吐き気がし始めた。歩くのをやめて、小走りする。成長期で栄養が足りないオレの頭の中は食べ物のことしかない。とりあえず、セブンについたら即おにぎり食おう。

 頭の中で、小さな声でやっさくんが言っている。

「2人一緒って、いいな。ぼく、いつも、ひとりぼっちだし」

オレがいるじゃん、って言おうと思ったけどコイツ甘やかしてもしょうがないので、黙っていることにした。


※この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る