第13話 シバヤマ町 しばっこくん
市役所の駐車場に停まっている、トウガネ市と書かれた白いバン。その運転席で、その男は携帯電話で話していた。
「…はい。チバ駅東口で、キサラヅ市のきさポンが出現した案件、ゆるキャラパーツが少年に落下していくのをモノレールの中から確かに確認しております。はい、あなた様のご指摘どおりでした。今回も大きなトラブルは起こらなかったようです。引き続き、任務を続けます。
…ええ、市内の職員の動向も把握しております。
本日、市内の中学校にあなた様がいらっしゃると伺っております。ヒコネからお帰りになったばかりでお疲れところ誠に恐縮ですが、よろしければ、詳細なご報告にそちらへ向かいますが…はい。では、後ほど、トウガネ中学校で」
彼は携帯電話を切り、車から降りて庁舎に歩いて行く。その色黒の中年男は、少年がゆるキャラに変身した時になぜか近くに出没している、背中に「観光課」と書かれたジャンパーを着た公務員だった。
今日、チーバクンが中学校に来てた。理由は知らん。多分、打合せ?か何かなんだろう。中学2年生の男子であるオレは、というかトウガネ市民には、チーバクンはかなり身近なキャラだ。運動会やらお祭りやらに、気軽に来てくれるチーバクン。あの真っ赤な姿は目に焼き付きやすい。
そのチーバクンのグッズがたくさん置いてある、サンピアの中のタダヤに「こだわり派のオレはこれじゃなきゃダメ」なシャーペンの芯を買いに行った帰りの、オレだ。もう、外、真っ暗だなぁ。部活やって帰ったあと、ってほんと時間ない。
芯と言えば、呪われて、左手首に埋められた小ちゃな鉛筆の芯はまだココに入ってる。入れた犯人は、トウガネ市の非公認キャラクターやっさくんだ。コイツ、困った人に会うと、オレをゆるキャラに変身させる。この前は、チバ駅前で路上ライブやらされた。あれから数日経つが、特に何も変化はない。多分、人前で変身しちゃったけど正体はバレてないみたいだ。
無事にお気に入りのシャーペンの芯を手に入れたオレは、鼻歌まじりに信号を渡って、サンピアの前にある中央公園の脇の薄暗い道を歩いて行く。夜が始まったばかりの公園っておもしろいからだ。ベンチでベッタベタしてる高校生カップル、これから走りに行くらしいバイクを絶賛改造中のヤンキー、CMばりにダンスの練習してる兄ちゃん、そんな人達を遠目に見れたりする。あれ?あそこで一人太極拳やってるの、よく見かける観光課ジャンパーのおっさんっぽい。あの人黒いから、服だけ動いてるみたいで、ちょっと怖い。そもそも、なんでもう夜なのに公務員用ジャンパー着てるんだ?
ふと、砂場の前の低いドーム型滑り台に目が行った。滑り台の上は大人が3人くらい横になれる程の広いスペースがあって、滑る部分も中学生くらいならそのまま横になってゴロゴロ転げられるくらいある。そういえば幼稚園生の頃、数人で「砂場は実は海で、人食い鮫だらけで、落ちたらさようならゲーム」とか必死こいてやってたっけ。
そんな滑り台の上にトウガネ中ジャージを着た男子が、背中を丸めた体育座りで、いた。背中の学校名の色はオレと同じ2年生色だ。っつーか、あれ、ミカワじゃね?
ミカワは、身長180cm、ジャージが筋肉でぴっちりパンパン気味の男気溢れるオレのクラスメイトだ。体のゴツさに似合わず神経がキメ細かいところもあって、何かのすれ違いから起こった喧嘩とか、うまく仲裁したりする。っていうか、喧嘩が長引くと腕力でお互いを引っぱがしたりもしてる。まー、クラスの中にミカワが嫌いなヤツは一人もいない、人望ある男なのだ。
そんなミカワが、小さくなって滑り台の上にいる。一体、何があったんだ?
オレは小走りで滑り台に近づく。
「おい、ミ…」
やべぇ、忘れてた。
「装着~!」
困った人に会うと、オレ、ゆるキャラに変身しちゃうんだよ。
オレをこんな体にしやがった、やっさくんの掛け声を頭の中で聞いた瞬間、オレはパーカーのフードを目深に被って全力で走り出す。着ぐるみなんて装着したら、滑り台の上には重すぎて登れない。左手の中に出現済みのやっさくんのぬいぐるみストラップが、地味に邪魔だ。滑り台に凄い勢いで這い上がってくる姿を見て、ミカワがちょっと体を引く。
オレは、滑り台をやっと登りきる。パーカーで顔を隠して仁王立ちになって曇った夜空を見上げる。さぁ、ここに落ちてこい、着ぐるみパーツ。
「まぁ、今回も自分の姿、わかってないと思うけど、ぶっちゃけて言うと、ハニワになってる」
頭の中でやっさくんがいつものごとく説明を始めてるが、今回も聞いてるゆとりは、ない。見知らぬゆるキャラ着ぐるみが突然出現したから、ミカワがビビって逃げ出そうとしてる。ジャージの端を必死に掴むオレ。
頭の中で、やっさくんに頼む。
「オレのダチの、ニシヤンのスマホ、召還して!」
やっさくんの「召還~」の声と同時に、ゆるキャラの手の中にニシヤンのスマホが現れる。ごめん、ニシヤン。
必死に逃げ出そうとするミカワを引っ張って、スマホを見せる。
「あ、あ?あーーーー、ポケモン?」
そう、ここ、中央公園はポケスポット。ブーム全盛の時なんて、人が溢れてて、怖いくらいだった。今でもちょっとは、いるみたいだけど。
「すっごい、集めてんじゃん!」
うん。ニシヤン必死に集めてた。
「でも、今頃、なんで?」
オレは、まあいいから、とにかく、落ち着いてココに座れ的な動作をする。ミカワも、ゆるキャラ姿のオレが危険じゃないと判断したらしく、おとなしく座った。
スマホを見ながら、無言でやりとりをしているうちに、ミカワが急にハッとする。そして、オレを見て、言う。
「俺、もしかして、今夢の中?悩み過ぎて、俺って滑り台の上で寝てる?」
うんうん、と頷く、ゆるキャラ姿のオレ。
「そーだよなー。夜の公園の滑り台の上に、ハニワから飛行機の羽根が生えたゆるキャラがいるなんて、俺、なんか、すげー病気じゃん!」
ぶんぶん、と首を振るオレ。そして、ミカワの顔を覗き込んで、だいじょうぶ?というように首をかしげてみる。
やっさくんが頭の中で、説明を続け出した。
「シバヤマ町の『しばっこくん』は見たとおりのハニワキャラだ。童顔なのは、永遠に7歳だから。羽根はあるけどまだ上手に飛べなくて、一生懸命飛ぶ練習してるみたいだよ」
説明を聞きながら、オレは気付いた。今回はオレ、しゃべれない。声聞かれたら、確実にバレる。だってオレ今、ミカワと同じ班だもん。やばいって。
首をかしげたままミカワの顔を凝視し続ける、しばっこくん。すっげーシュールな図だぞ、これ。で、頭が重いから、首が痛くなってくる。
ミカワがたまらず、話し出す。
「やばい。飛行機が恐すぎるから、こんな妙な夢見るんだ」
ため息をついて、諦めたように、ミカワが話し出す。
「俺さ、飛行機大嫌いでさ。親が『世界の衝撃映像!』系のテレビ番組好きでさ、小さい頃から事故映像とか一緒に見てたせいか、小学生になったあたりから、もう乗れないくらい嫌いになっちゃって」
うんうん、と頷いて、先を促すしばっこくん姿のオレ。
「で、さ。今度の日曜日、彼女とウラヤス、あ、ランドの方ね、行く事になって」
思わず、後ろに仰け反るオレ、というか、しばっこくん。羽根が滑り台に当たってズゾゾ、と音を立てる。ミカワ、彼女いんの?まじ?ねー、だれ?えーーーーー。
何かが吹っ切れまくったミカワは、気にせず話しを続ける。
「彼女、絶叫系好きなんだよ。いいよね、そういう女子ってさ。まー、ジェットコースターなら俺も好きなんだよ。でね」
なんだよ、ノロけかい。
「彼女がね、絶対、飛行機の形した空飛ぶアトラクション、夜に一緒に乗ろうね、って」
は?
なんだよ、リア充じゃん。何悩んでんだよ。
「俺、飛行機、乗れないんだよーーーーーーー」
はぁぁっっっ?
しばっこくん姿のオレは、ニシヤンのスマホを使って、飛行機型アトラクション画像を急いで検索する。ミカワ、お前、何にもわかってないぞ。
出て来た画像を見せようとしたが、ミカワはチラ見しただけで顔をそらす。
「飛行機そのまんまじゃん!無理だって」
仕方なくオレは、ミカワのでかい体をずらして、ボブスレーの選手みたいにオレの真ん前に座らせる。そして後ろから、ミカワに多いかぶさる様に座り直す。
「一体、なに…」
ミカワの目の前に、もう一度、スマホの画面を見せる。カップルが飛行機型アトラクションに乗ってるヤツだ。オレ、小さい頃乗ったことあるんだけど、ほんと、2人乗り用のボブスレーに羽根が生えたみたいな狭い乗り物で、ミカワが乗ったら多分、ミカワの顔の前は彼女のうなじだ。それだけ距離が近い。
ミカワもやっと気付いたらしい。
で、次の画像を見せる。夜景と飛行機型アトラクションが写っている。これ、夜に乗ると、ウラヤスからトウキョウへ夜景が広がってるのが見えて、すっごくいいんだよね。
ミカワが振り返って、正座して、しばっこくんのオレに言う。
「がんばってみる」
うん。と、頷く、しばっこくん。彼女のためにがんばれ、ミカワ。
「どうやら、解決したらしいね」
頭の中で、やっさくんが言う。
「というわけで、今回は、しばっこくんの夢も叶えて、退場する?」
しばっこくん姿のオレは立ち上がって、ミカワの肩を、励ますように軽く叩く。そして、滑り台の上の、端に立つ。頭の中では、装着が解けるカウントダウンが始まっている。
…9、8、7、6、5、4、3、で、しばっこくんは夜空に向かってジャンプした。飛び立った姿で、空中で装着が解ける。無事着地したオレは、静かに中央公園から退場した。
次の日、ずーーーーーーーっとミカワを観察して彼女が誰なのか探ってみたけど、わからなかった。ま、知らなくてもいいんだけどさ。せめて、同じ班のオレにはランドのお土産買ってこい。って言いたいけど言えないし。
全く油断してた5時限目、筆箱を開けたら、やっさくんのぬいぐるみストラップがまた勝手に入っていた。
「ミカワの彼女、部活の先輩らしいよ~」
そうだよな。お前何でも知ってるんだっけ。それなら、オレが変身しなくなる方法も教えてくれ、って言っても、絶対教えてくれないんだろうなぁ。
※この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。
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