第12話 キサラヅ市 きさポン
人が多いよ。
たかがトウガネ市民のオレに休日のチバ駅の東口で待ち合わせを依頼するなんて、どんな拷問だ、って思えてきた。
夏に、地元の非公認ゆるキャラのやっさくんに呪われて、左手首に小さな鉛筆の芯を埋められた、いわゆるフツーの中学2年生男子のオレだ。ちなみに、困った人に会うとゆるキャラに変身させられる。なんでオレ?っていうツッコミは自分に何度も入れている。こういうのってさ、主人公張れるアクティブな性格の男子か、前前前世から呪われてるレベルのトラベルメーカーの美少女がなるもんだと思う。きっと、話的にもそっちの方がおもしろいと思う。
だいたい1時間に1本しかないトウガネ線に乗って、オレは「初めてのライブ」のために「初めての電車一人旅」をした。旅言ってもたかが40分くらいだが。ちなみに服はダークカラーのおしゃれ系カジュアルで揃えた。オレが、赤色のなんか英字プリントの入ったロンTに迷彩シャカパン、半年は洗ってない泥だらけの白かったはずのスニーカーで出かける、って言ったら、血相を変えた母が強制的に着る服を用意してくれた。靴も買って来た。オレ、そんなに、センスない?
母の弟のノリさんは、大手のメディア系の会社の開発?広報?企画?かなんかに勤めている。今、東京の汐留に住んでるらしい。お盆や正月に会うたびに「余ってたからあげる。あまり流通してないプライズものとかもあるから、遊ばないなら捨てて」と言ってゲームやらおもちゃをくれる、とてもイイ人だ。
そんなノリさんから、先週オレに電話があった。
「amazarashiって、知ってる?」
「知らないっす」
「じゃ、えと、普段音楽、何聞いてる?」
「バンプとかサカナクションとか…米津玄師とか」
「米津玄師いけるなら、大丈夫かな」
「?」
「メッセでamazarashiのライブがあってね、俺、仕事がらみで行くんだけど、ちょっと中学生の感想、聞きたくてさ」
ノリさん、ビックサイトやらメッセでやってるゲームや音楽イベントに仕事で行ってるって、そういえば前話してたっけ。
「スタッフ用の入り口から入るから並ばないし、ライブの人混みが苦手なら、最悪、裏で音を聞いてくれるだけでもいいんだけど」
「オレでいいなら、喜んで行きますよ」
そんなおもしろそうなコト、居酒屋バイトのオーダー受けレベルの「喜んでぇっ!」て返事で受けたいくらいだ。くれぐれもyoutubeとか見て先入観付けないように、とか注意された。で、今、待ち合わせ場所のチバ駅東口にいるオレだ。もうそろそろ、メディア系会社の目立つロゴが入ったバンで、ノリさんが迎えに来てくれるはずだ。
さっきからオレの視界の端っこに、小ちゃな歌声で路上ライブをしている星野源に似た兄ちゃんの姿があるが、極力、見ない様にしている。困った顔をされたら、オレ、ゆるキャラに変身させられるし。今のオレ、そんなゆとりはない。
と、その兄ちゃんが、アコギを軽く叩きながら大きなため息をついた。無意識に兄ちゃんの方に顔が向く。しまった、と思った時はもう遅かった。
星野源似の、困った顔の兄ちゃんとガッツリ目が合ってしまった。
「装着~」
頭の中に、やっさくんの声が無情に響く。
左手の中にぬいぐるみストラップが出現した感触を味わいながら、諦めた目で空を見る。チバ駅東口に向かって、ゆるキャラのパーツが落ちてくる。モノレールの乗客から、見えてるよな、これ。今度はオレが、大きなため息をついた。
やっさくんがオレの頭の中で、勝手に話している。
「まー、今回は人前で変身しちゃったけど、ここトウガネじゃないし、通行人っていう人種はそんなに他の人を気にしてないから、多分誰もキミが変身したっていうの、わからないと思うよ」
おい。あっと言う間に、あの兄ちゃんとオレを囲むみたいに人だかりできてるじゃねぇか。
「キミが今変身してるキャラは、キサラヅ市の『きさポン』。あの童謡で有名な、ショウジョウ寺のタヌキの一族らしい。おへそのカタチは、『無限大』記号だ」
へー、と思わずお腹に視線を向けるが、そうじゃない!この困った兄ちゃんは、どうしたら悩みが消えるんだ?
「どうやら、そこにいる星野源は、もっと思いっきり歌いたいらしいぞ」
星野源じゃないぞ、この兄ちゃん。
「じゃ、きさポン、歌って」
何言ってんの?やっさくん。
「この星野源、人の多さにびびって固まってるから。キミが、まず歌わなきゃ」
オレが?何を?
「『ショウジョウ寺のタヌキばやし』を、平井堅かゴスペラーズ風に、もしくはエグザイルっぽく、よろしく!」
まじで?って、早くなんとかしないと、ノリさん来ちゃう。人前での演奏なら、祭りの山車の上やら特設ステージやらで場数はこなしてる、オレだ。和楽器はないけど、でかい声でなんとかしよう。大丈夫。通知表の「音楽」は、4だった。ライブに行くためだ。耐えろ、オレ。
息を思いっきり吸い込んでから、少しずつ吐き出すように、きさポンのオレは歌い出す。
「♪uuuu~fuu~~~~aaaaa~~~
sho、sho、shojo寺、
shojo寺の、庭わぁ、
uu~
tsu、tsu、月、夜ぉぉだ、
みぃんな、出て、koikoikoi~~~♪」
予想以上にウケた。野次馬の人達、拍手ありがとう。
オレは、星野源の方を向いて、ギターを弾くように促す。必死に頷く、兄ちゃん。まだこれじゃ、声出せないな。
きさポン姿のオレは、ギターの音に指示を出すカタチで徐々にアップテンポに歌う。
「♪ma、けるな、ma、けるぅな
oshosanに、ma、けるぅな
koikoikoi、koi、koooooooooui~
all coming shojo寺ぃ~♪」
英語が合ってる気が全くしないが、どーでもいい。少しずつノってきた兄ちゃんも、一緒に歌い始める。なんだ、このshojo寺。「coming soon shojo寺」とか歌ってるし、オレ。
ノリノリで、童謡を歌い切る。で、案の定、アンコールの声があがる。さあ、どうしよう。
兄ちゃんの顔にサッと緊張の色が走る。負けるな、兄ちゃん。
オレは咄嗟に、本物の星野源の曲の「恋」っぽい、大降りのダンスを踊る。野次馬から「sun、歌って~」っていう声があがる。この兄ちゃん、ほんとに似てるもんな。
震える小さな声で、兄ちゃんが「sun」を歌い始める。紅白でも歌ってるメジャーな曲だ。きさポンのオレは、踊りながら野次馬の手拍子を求める。兄ちゃんの声がどんどん大きくなる。歌、超うまいじゃん!
sunを歌い切った兄ちゃんが、躊躇いがちに、言う。
「次は、僕のオリジナル曲、聞いて、くれますか?」
なんで今まで小声で歌ってたんだよ、もっと、自信持っていいよ。ほら、野次馬から「歌って~」って声、あがってんじゃん。
オリジナル曲、オレも聞きたかったけど、迎えが来たみたいだ。頭の中で、やっさくんがもうすぐ装着が解けるよ、って言ってる。
かわいく手を振りながら、きさポンのオレは、野次馬を掻き分けて退場する。メディア系会社のでかいロゴが入ったバンから降りてオレを探すノリさんに向かって、堂々と歩く。バンの前で振り向いて、みんなに一礼するオレ。野次馬と兄ちゃんの拍手を後に、あっけにとられるノリさんを押しのけて、バンに乗り込む。ドアを閉めた瞬間にオレの装着が解けた。
「俺、仕事しすぎだな。今、ヘンなもの、乗り込んできたみたいに見えた」
ノリさんが、オレの顔を凝視して、言う。
「少し、休んだ方がいいですよ~」
こういうときに使うべき「無邪気な子どもらしい笑顔」を必死に作りながら、オレは言った。
メッセのamazarashiのライブ、すごかった。life is musicだ。
で、ライブが終わった後、ノリさんと他の大人の人と少し話して、「友達に好きなアーティスト聞いといて」っていう宿題ももらった。帰りはタクシーを呼んでくれた。
「俺の田舎って、1時間に1本しか電車来ないんですよ~」とかノリさん言ってて、まわりの人にウケてた。ウケるネタなんだな、それって。
タクシーの中で、喉が痛いのに気がついた。
「ライブではしゃぎすぎたかな」なんて考えてたら、
「路上ライブで歌ったからでしょ?」
って、頭の中でやっさくんがオレに言った。
いやいやいや。思い出させないでくれ。いっそ今すぐ忘れたいし。
疲れ果てた頭で、オレは考える。こうやって、人って、黒歴史を重ねて大人になっていくんだろうか。大人になる、って、思ったより、大変なのかもしれない。
※この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。
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