第11話 チバ県 ウラケン

 中学2年生のオレは今、バイパスをトウガネからサンム方面に向けて爽快に自転車を走らせていた。中間試験があるから、全部活の練習が休みなのだ。オレ友は全員部活がバラバラだから、こんな人数を揃えて遊べる日なんて試験休みとお盆正月くらいしかない。トウガネ&サンム地域の男子中高生の社交場、ナルトウにある「レジャーランド」という名のゲーセンに、貯めたお小遣いを持って急ぐ。テスト勉強は明日以降やればなんとかなるだろう。

 思えば、夏から秋に向けて散々だった。

 夏休み中に、トウガネ市非公認キャラクターやっさくんに呪われて、困った人に会うと、ゆるキャラに変身させられるカラダにされてしまった。変身させられる言っても、「やめろ~」とか叫びながら四肢を固定されてショッカー幹部に人体改造されたとか、キューベーとかいうイキモノと契約させられる命削られる系とかそういうのじゃない。左手首に小ちゃな鉛筆の芯を埋められたくらいだ。

 つい最近は教室で変身させられかけた。今度また学校で変身させられたら、頭のパーツ引っこ抜いて、プールか焼却炉にぶち込んでやろうかと思ってる。


 ぐうラーメンの前をオレは通過する。今日も混んでるな、行列できてるし。トウガネって実はラーメン激戦区で、ここで3年もてば、どこでラーメン屋やっても大丈夫みたいな話、聞いた事あるっけ。なんだかでっかいスーツケース持ってるおばちゃんも並んでるな~、とちょい見したのがまずかった。おばちゃんは明らかに困った顔をしていた。


「はいはいはい~ちょっとそこの自転車止まりなさいぃ~」

頭の中で、やっさくんの声が響く。お前はネズミ取りの警察官か。

「はい、徐行して~。そこを左に曲がって、ぐうラーメンの裏に回って、止まってね~」

うるせぇ。オレは走れメロスばりに拒否る。友がレジャランで、オレを待っている。

「言う事聞かないと、公務執行妨害で、その場で変身させるよ~」

オレは深い深いため息をつく。左手とハンドルの間に、やっさくんのゆるキャラストラップが出現しているのがわかる。

「はいはいはい~。装着します~」

 大人しく徐行して左折したオレは、空から振ってきた着ぐるみの真っ黒なパーツを睨みつけた。


「このゆるキャラは『ウラケン』。チバ県民ですら知らないアンダーグラウンドなチバを探し求めてる、情報通、且つチバを愛しすぎる過激派キャラだ」

今回は自分の姿を映すものが何もないから外見がわからないが、落ちてくるパーツを見た限り、真っ黒いイヌっぽいキャラらしい。っていうか、そんなことはどーでもいい。早く済ませたいんだ、まじで。

 オレはタプタプした腹を必死で制御しながらものすごいスピードで動いて、ぐうラーメンの、あの困り顔のおばちゃんの後ろに並ぶ。今日は写メとられようが、ネットにあげられようが、どうでもいい。一刻を争うんだよ。遅れすぎたら、友情にヒビが入るじゃねえか。ほら、早速周りの客が騒ぎ出して、若い店員の兄ちゃんがウラケンのオレに向かって走ってくる。

「すいません、取材でしょうか?ご予約等いただかないと当店としては…」

オレは手を挙げて、言葉を制する。

「ラーメン食べに来ただけです!食べるときは、ちゃんと脱ぎますからっ!」

気迫に負けたのか、わかりました、お待たせしてすみません、みたいな言葉を残して兄ちゃんが戻って行く。

 困り顔のおばちゃんに、ウラケンことオレは話しかける。

「で?おばちゃんは何を困ってんの?」

「え?」

「いや、オレ、おばちゃんを助けたくて、来た。何でも言って」

「はぁ?」

「だって、困った顔してるじゃん」

「あの、ラーメンが早く食べたくて…」

おばちゃんがビビりつつ、答える。と、同時にやっさくんの声が、頭の中で響く。

「召還~」

え?ちょっと待て。何呼び出した?

 左手を見ると見慣れないスマホがあった。画面には「チバ県全ラーメン裏情報」と書かれた表らしきものが出ている。頭の中で、やっさくんが話す。

「ウラケンのスマホ召還した~。ロックは解除済み~」

ほんと、お前何でもできるよな。オレに頼み事しなくても大丈夫そうじゃねぇか。

「おばちゃん、よかったら、ここの近くでラーメンすぐ食べられる店、探すよ?

ぐうラーメンはトウガネ1の人気店だから、まだまだ順番が来るのに時間がかかるよ?」

そう言って、スマホの「トウガネ市」と書かれた、秘密情報の表組を見せた。

おばちゃんは首を振って、言った。

「ぐうラーメンじゃなくちゃ、ダメなのよ。とろけるというよりほどけるっていう感覚に近い分厚いチャーシューに、何より、真っ黒い、この醤油ベースのスープじゃなくちゃダメなのよ」

 そしてオレに、ぐうラーメンじゃなきゃダメだっていう理由を話し出した。


 ウラケン姿のオレは、左手におばちゃんの腕、右手におばちゃんのスーツケースを持って行列している人をグイグイ掻き分けて店の中に入っていく。後ろでブーイングが起こっているけど、気にしない。オレにも、おばちゃんにも、時間がないのだ。部活の応援で培った馬鹿でかい声でオレは店内に向かって勝手に話し出した。

「すいませんっ、割り込みさせてもらえないでしょうかっ?」

困った顔をして、さっき出て来た店員の兄ちゃんが出てくる。

「この人、このあとすぐ、成田から飛行機に乗って、熊本に帰らなくっちゃいけないんです。トウガネから熊本に嫁いだから、次、いつトウガネに来れるかもわからないんです。豚骨ばっかりの熊本に帰る前に、このチバ県、いやトウガネ特有の、醤油色の真っ黒のラーメン、食べさせてあげてください!」

一瞬、静まったかと思うと、行列の先頭だったおじちゃんが、大きな声で言った。

「俺、週に3回も来てるから、先頭譲るよ~」

「いや、1人くらいズレても大丈夫だろ~?ウチらは来ようと思えばいつでも来れるし」行列の後ろの方から土方のあんちゃんらしい声もする。「っつーか、3回は多すぎだろ~」というツッコミが入って、笑い声があがる。

 ちょうど食べ終わったらしい人が急いでカウンターを離れる。って、観光課のジャンパー着た、いつものおっちゃんじゃん!

「お待たせしました。いつでも変わらず、うまいですよ、ココは」と、帰り際に声を掛けていった。格好つけてるけど、この時間にラーメンって絶対サボりだろ、公務員。おばちゃんといえば、この急展開についていけてない。さっきの店員兄ちゃんが、笑顔でおばちゃんをカウンターに誘導する。

「お前さん、このあとどうすんの?」店内から声がかかる。「松尾駅までタクシー?時間は?」「知り合いのタクシー呼んどこうか?そのほうがゆっくり食べられるだろ」「え~と、まずはご注文を聞かせてくださいよ~!」そりゃそうだ、と店内からまた、笑い声が起こる。

 ウラケンのオレは「また今度来ますっ!」っと、店員さんとお客さん達に一礼して、お店の裏側に走っていく。

「装着が解けるまで、5、4、3、2…」やっさくんのカウントダウンが頭の中で聞こえる。

「…1、GO!」解けた瞬間に自転車に飛び乗り、オレは「走るんだ、メロス!」と自分に声をかけながら、猛スピードでレジャランに向かった。


 あのあと、ウラケンのfacebookに、「先日はありがとうございました」という、おばちゃんとぐうラーメンの店内の記念写真付きのコメントがあがったらしいが、オレは知らない。そして「ウラケンの偽物あらわる!」っていう噂が立ってるらしいが、それも、知らん。

 オレはといえば、そんなに遅刻せずにレジャランに着いて、友との幸せな時間を過ごせた。で、今、試験勉強してるけどわからないことだらけだっていうのが、問題だ。オレが困ったって誰も助けてくれない。「自業自得だ」なんて、言わないでくれ。


※この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。

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