第10話 トウガネ市 とっちー
「上海蟹食べたい。あなたと、食べたいよ」
youtubeで見たくるりのPVが、頭の中でグルグル回ってる。上海蟹なんて食べたことない。そもそも、ウチで蟹といえば、基本、カニかまだ。
午後の授業ってなんでこんなに眠いんだ?中学2年生のオレは、もう10月になったというのに未だに夏服で授業を受けている。異常気象のせいか30度超えの日もある気候を踏まえて、学校の衣替えが1ヶ月のびた。教室の窓は全開だ。秋の風はさらさらしてて気持ちがいいし、オレの席は最後尾、しかも隣りの席の女子は休み。眠い。耐えろ、オレ。
社会の授業は地理系の内容なら大好きだが、他は苦手だ。今日は「税」について先生が話している。必死に教科書の文字を目でなぞるが、限界に近い。仕方がないから、教科書に極小の上海蟹を描けるだけ描き込まざるを得ない状況になってしまう。
夏休み中、トウガネ市非公認キャラクターやっさくんに呪われて、左手首に小ちゃな鉛筆の芯を植えられた。まー、これは諦めるとして、諦めんなよオレ!っていう自分ツッコミを入れつつ、それより強制的にゆるキャラに変身させられる、っていう状況をなんとかしたい。この前は、学年主任の前で変身させられた。家に帰って落ち着いて考えたら、急に気持ち悪くなって吐きそうになった。あの時のゆるキャラの中身がオレだってばれてたら。あ、また胃液が出てきちゃうから。
「では、ここで動画をちょっと見ます」
先生が、テレビモニターの前にみんな集まってね的な動作をする。わらわらと集まるオレ達。
「ふるさと納税、って言葉、聞いたことある人~?あー、以外と知らないんだねぇ。これからみんなに見てもらうのは、トウガネ市で作った、ふるさと納税についてのPR動画です」どうやら、youtube動画っぽい。
「税金の流れのひとつ、くらいな感覚で、軽く見ていいからね~」
うん。これ確実に試験に出ないところだな。
テレビモニターに、お金がかかってなさそうな安っぽいBGMと共に「ふるさとってイイもんだ~トウガネ市に託してみよう!~」というタイトルが流れる。社会人らしきおねーさんが出てきて、いろいろあって、故郷のトウガネ市を思い出して、「そうだ!ネットで、ふるさと納税しよう!」っていうストーリーが進んでいく。ネットで納税した数日後、クロネコヤマトっぽいおにーちゃんが段ボール箱を抱えて、納税したおねーさんに届けている。
「あなたの大切なふるさとから、心を込めた、お届けものです!」
「まぁ!」と大げさに驚くおねーさんのアップのシーンのあと、クロネコのおにーちゃんの持っていたはずの箱はタンスくらい大きい箱に変わっていて、箱をぶち抜いて、中からゆるキャラが出てきた。「おかしくね?」と、教室のそこら中からツッコミが入る。
(ふるさとの美味しいもの、食べてね)
という字幕に合わせて、特産品が盛られたカゴを持ったキミドリ色のゆるキャラが可愛らしく動く。そこに(トウガネ市「公認」キャラクターとっちー)という字幕が追加される。
「気にいらないな」
オレの頭の中で、東金市非公認キャラクターやっさくんの暗い声が響く。ヤバい。かなりヤバい。コイツ、この「とっちー」ってキャラが出てくると闇落ちモードに入る。
まだ動画が続いていたが、全然内容が頭に入らない。頭の中でやっさくんがブツブツ話し続けているからだ。
「とうとうyoutubeまで手をのばしたのか。まー、公認、っていう存在だからね。ぼくと違って、市っていうデカいバックもついてるしね」
頼むから、落ち着いてくれ。
「でもさ、ぼく、お前が何を望んで動いてるのかがわかりつつあるんだ。それは、あまり許されないことだと、ぼくは思ってる」
何を言ってる?オレが悩み始めた時に、先生が声をあげた。
「はい、動画終わったから、席に戻って~」
席に帰りながら、ある女子が、恐れていた言葉を吐いた。
「とっちーって、かわいいよねぇ」
「うん。グッズ欲しいかも」
「かわいい、が、正義、とは、限らない、よねぇ」
オレの頭の中で、やっさくんが内臓を吐き出すように言う。ほんとヤバい。オレ、ゆるキャラに変身させられちゃう。コイツ、着ぐるみに変身して、暴れる気満々だ。ほんと、落ち着いてくれ。ここで女子相手にお前が暴れても、得になること何ひとつないぞ?席についたオレは、ゆっくり左手を開ける。手の中には、ぬいぐるみストラップのやっさくんが出現していた。
「装着!」
と、頭の中でやっさくんの声がしたのと同時に、頭の中で、やっさくんにオレは叫んだ。
「今変身させやがったら、頭引っこ抜いて、グラウンドにぶん投げる!」
全開の教室の窓から、やっさくんの着ぐるみパーツが飛んできて、一瞬でオレに装着する。と同時にオレは頭のパーツに手をかけて、思いっきり上に引っこ抜いた。はず、だった。
「ん?何か質問か?」
少し青ざめた先生が、教壇からオレに向かって言う。オレは、オレの姿のまま、両手を上げていた。やっさくんの装着は解けていた。
校舎の中の一方向からざわついた音がする。誰かが廊下を走ってくる、と思ったら勢いよく教室の扉が開いた。
「先生!ここに何かが飛び込んだって、生徒達が!」
隣りの教室で授業していた先生だ。何人か後から生徒がついてきていて、廊下から教室をのぞいている。「UFOじゃね?」「いや、鳩っしょ」「何?幽霊?」とか言う声がする。社会の先生が、やっぱり、という顔で、
「いや実は私も、さっき、後ろの席の方で白いものが飛んでた気がして…」
オレは上げたままの手を何かを振り払うように動かして、大げさに後ろを振り返る。
「…何かいたのか?」オレは、首を傾げることで答える。
「白鷺とか、ですかねぇ」「入ってすぐ、出て行ったんでしょうか?」「この暑さ、やっぱり異常ですから、鳥もおかしくなるんですかねぇ」
校舎の裏側に延々と田んぼが続くこの立地に、先生達は白鷺の乱入ということで決着をつけたいらしかった。
不穏な気配を消すかのように、授業が終わるチャイムが鳴った。次の授業は体育だ。速攻で着替えと移動をこなさなければいけないオレ達には、白鷺のことなんて構っている暇なんてないのだ。
トウガネ市役所の会議室に、今日も職員達が集まっている。揃いのジャンパーの背中には「観光課」の文字がプリントされている。
「順調にyoutubeの再生回数を上げているようだな」
リーダーが“ゲンドウ頬杖”をして眉間にシワを寄せる。
「あのPR動画、もう少しクオリティというか、ちゃんと作った方がよかったんじゃないでしょうか?」
色の黒い、中年の男性職員が問いかける。
「いや、あれで充分」
会議室の隅、全く光の当たらない暗闇から声があがる。
「ツッコミどころ満載の方が、2ちゃん住人やSNS職人の目につきやすいでしょ?」
わさわさわさ、と、何かが動く気配がして、また、暗闇から話しが続く。
「やっさくんだって、そうやって存在を広めていったでしょ?」
わさわさわさ、と、また、笑っているかのような音が会議室に響いた。
「お前と一緒で、皆弱ってる」
くるりの曲が頭の中でぐるぐるまわる。オレは、体育の授業でグラウンドをぐるぐる走りまわっている。やっさくんはあれから頭の中に出てこない。オレに声をかけるのを、逡巡しているのがわかる。
オレは頭の中で、曲の続きを歌う。
「俺は君の味方だ」
おい、聞いてんのか?やっさくん。いじけるくらいなら、笑え。
※この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。
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