第9話 クジュウクリ町 くくりん
トウガネ市非公認キャラクターやっさくんに呪われて、オレの左手首には、ちっちゃな鉛筆の芯が埋まっている。で、呪われたせいで、困った人がいると勝手にゆるキャラに変身させられる。やっさくんの仲間のキャラに変身するときは、やっさくんにオレの体の主導権を奪われるっぽい。っていう生活を夏休みから、している。まじ嫌だ。中学2年生男子のオレは、少ない脳細胞をフル回転させて考える。変身させられずに生活していくには、どうしたらいい?
そもそも「何かトラブルに巻き込まれて変身せざるを得ない」っていうヒーローとかの立場になると、変身ごとに髪の毛が伸びてアクセサリーが光って、なんだかわかんないけど友達まで変身し始めて、気が付くと5人とか7人になったり、「おやっさん」とかいう困った立場を唯一理解してくれるしっかりした大人のサポートがついたりするはずだよな、TVの世界なら。今のところ助けてくれそうな人なんてまわりに誰もいないから、ボッチなんですけど?オレ。この先どうしろっていうんだ、ほんと。
で、考えた結果、外へ出かけるから困った人に会って変身させられるんだから、通学以外、極力外に出ないことにしてみた。秋季大会までの練習期間とかアイツ出てこなかったし、そこらへんは配慮してくれるんだと思う。どうしても買わなきゃ行けないものとかがある時は、親に頼めばいいし。
学校に行く。学校から帰る。で、また次の日学校に行く。で、帰る、だけの外出。万が一を考えて、ダッシュで走って移動する。信号待ちの時は、上がった息を吐きながら俯いて視線を地面に落とす。これで、オレの視界には困った人は入らない。
おかげで、ゆるキャラに変身させられない、平穏無事な日々が続いていた。しばらくこれを続けていたら、きっとオレを見限って、アイツも変身させるのを諦めてくれるだろう。なんて。
考えが、甘かった。
油断しまくっていた、部活の午後練習が急遽なくなった夕方のオレ。鼻歌混じりに「校門まで歩いたら、またダッシュで帰るか~」なんて、家に着いたらカップ麺おやつに喰うかとか、ほんと、惚けていた。で、ふと、左手に自分が何かを握っているのに気付いた。
「ぼくがそんな小さな抵抗で、諦めると思った?」
左手をゆっくり開くと、やっぱり、いた。ぬいぐるみストラップのやっさくんだ。頭の中でやっさくんが話し続ける。
「そのまま、180度回転して、左折」
オレの惚けた頭は、アイツの言葉を理解することを拒んでる。
「そこの剣道場の下に、困ってる人がいるからね。…5、4、」
頭の前に、足が理解してくれた。オレは180度回転して、全力でドリフト走行、剣道場に向かう。
「3、2、1、装着~」
オレの見慣れた学校の剣道場に向かって、オレが見た事もない、着ぐるみパーツが降ってきた。
「このゆるキャラは、クジュウクリ町のキャラクター、くくりん(略)。本名は、じゅげむ並みに長いから、略、で」
剣道場の隣りの、体育館のガラス窓にオレの姿を映す。波のカタチをした帽子をかぶってボードをかかえた猫サーファーゆるキャラが映っていた。ちょっとチャラ男にも見える。
「見たまんまの、猫サーファーだけど、サーフィンは始めたばかり、だそうだ」
つっこみたいところが満載だが、何より、体育館内にだれもいなかったことに安堵したオレは、困った人を探そうと振り向いた。
「なんだ、お前はぁっ?」
学年主任の、イワガワラ先生が、そこにいた。ごま塩頭に、しかめっ面。なるべく関わりたくないタイプの先生。
「…あ、もしかしてPTAの?」
頭が吹っ飛ぶ勢いで必死に頷く、くくりん姿のオレ。
「今日、バザーの打合せで出し物を会議で決めるって言ってましたけど」
うんうん、と、棒立ちのまま頷き続ける、くくりん。
「おもしろいですね、着ぐるみなんて」
うんうん。頭振りすぎて、ちょっと目眩がしてきた。
「それ、重くないですか?ここ、座りません?ちょっと聞きたいことがあるんです」
そろそろ首の筋肉が吊りそうだったオレは、イワガワラ先生の横に、ちょっと距離を置いて座る。
「あの、そういう着ぐるみっていうか、仮装、っていうの、どこで借りるんですか?」
意味がわからない、という意味を込めて首を傾げてみる。
「実はね、トウガネ駅近くの旧道にある『ケー・ジェー』っていうバーに、娘が勤めてましてね。あ、ちゃんとしたところですよ。もうね、お洒落すぎて、私みたいなおっさんが到底入れるようなところじゃないんですがね」
娘さんがいたんだ、イワガワラ先生。
「で、今度、旧道の商店街で、ハロウィンイベントをやることになってね、その会場が『ケー・ジェー』なんですよ。でね」
うんうん、と、くくりんのオレは、話しの先を促す。
「その日は、大人ならだれでも、仮装すれば『ケー・ジェー』に入れるんですよ」
そこまで話して、イワガワラ先生はため息をつく。
「私は、仮装、ってどうすればいいか、わからないのです。あんまり派手な格好は教師としてどうかと思うし、ほら、もし、保護者の方にそこで会っちゃったら、ね。でも、娘の働く姿が大手を振って見られる貴重なチャンスなんです。何かいい案はないかと、悩んでいたんですよ」
うーーーん。オレ、今回は助けられない気がしてきた。
ふと、足元に目を落とす。何か落ちてる。なんでこんなところにボルトがあるんだ?あ、あんなところにも。旧校舎の解体作業で、工事の人が落としてったのかな。イワガワラ先生との何かしら気まずい雰囲気に耐えられなくなったくくりんことオレは、立ち上がって何気なくボルトを2つ、拾う。
あ!
ボルトを両手に持って、頭につける仕草をする。
「?なんですか?」イワガワラ先生はわからない。
今度は、がに股で歩いて両手をダラーンとしてみる。
「フランケンシュタイン!」
はい、ビンゴ!ってポーズをしたオレの視界の中に、若い男の先生がいた。確か1年の担任?副担任?背の高い、眼鏡をかけた大人しそうな先生だ。名前は忘れた。
「マツノキ先生、よくわかりましたね~」
「いや、すみません。盗み聞きする気はなかったんです。その、サーフボード持った派手なヤンキーに絡まれてるみたいに遠目から見えて、まさかそんなことないだろうって来てみたら」
目、悪過ぎだろ。
「フランケンシュタインの仮装なら、頭に大きなハリボテのボルトを付けて服をそれっぽくすれば簡単ですし、もしよろしければ、大学の英語サークルでハロウィンパーティをやったことがあって、僕、ドラキュラの衣装持ってて…ご一緒させていただく、っていうのはどうしょうか?1人きりより、その方が自然じゃないでしょうか」
「こちらこそ、いいんですか?マツノキ先生」
「はい!あの…僕、前から先生に教師の先輩としてお話をじっくり伺いたい、って思ってて。でも学年も教科も違うので、なかなか声がかけられなくて。バーでお話が聞けたら、とても嬉しいです」
仮装した古参と新人の先生が、バーで話しているっていう姿は、もし保護者に見られたとしても、そんなに嫌悪感が湧くものじゃなさそうだし。かえって、微笑ましいかもしれない。
「また、ぼくのこと、忘れてたでしょ?」
やっさくんが頭の中で、文句を言っている。
「あと1分で、装着が解けるよ」
毎度のごとく、一礼して、そそくさと走り出すくくりん姿のオレ。
「お名前、伺っていなかったんですが、お礼を…」
と、イワガワラ先生の声が背中に聞こえる。名前言ったら、明日からきっと学校行けない。問題は、どこに駆け込めばいい?オレ。一か八かで体育館のドアをひく。カギ、開いてる!体育館の中にだれもいないのは確認済みだったから、飛び込むのと同時になるべく外から見えなさそうな物陰に小さくなる。
無事、だれにも見られずに装着を解いたオレは、そーっと体育館の中から出る。
「あれ?今日、全部活、休みじゃなかったっけ?」
ちょうど学校から出て来た、PTAの人達の固まりから声をかけられた。小学校が一緒だった友達の、お母さんだ。
「忘れ物しちゃって~」と頭を掻くポーズをとって、おどけてみる。「だめじゃーん」とつっこむ大人たちの集団の中に、あの「観光課」のおっさんがいた。おっさんの子ども、ここに通ってるんだ。同級生じゃないだろうな。それ、なんか、すっげー気まずい。
ダッシュして帰ろうが何しようが無駄だ、と思い知らされたオレは、ゆっくり歩きながら帰途についている。頭の中でやっさくんが、
「いいなぁ、ハロウィンイベント。行きたいなぁ、パーティ」とか、言ってる。
ひとりで勝手に行ってくれ。で、もう帰ってくんな。
※この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。
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