第8話 ヤチマタ市 ピーちゃんとナッちゃん

 恋愛ってなんだろう。

 中学2年生であるオレの周りにも、カレシカノジョ言ってつきあってる奴らもいるけど、オレは全く興味がない。っていうかオンナ自体めんどくさい。なんか群れてるし、つまらないことで怒るし、あいつらのことはよくわからない。

 オレ自身は、ひょろマッチョの長身で純和顔、オレはここにいませんよオーラを上手に発することができる地味メンなので、もてたことがない。友達に男のオレが見惚れるほどの超絶イケメンがいて、激モテしてるけど、やっぱりめんどくさそうにしか見えない。


 オレは今、トウガネのツタヤに来ている。ほんとはワングーに参考書を買いに行かされているわけだが「いいのがなかった。しかも高いよ?明日ブックオフで探すし」という言い訳が見つかったので、同じ店内にあるツタヤでDVDを漁っている。

「学生だった、あのころの切ない恋心を、あなたに」

「すれ違う想い、揺れる心。全米が泣いたラブストーリー」

みたいな手描きPOPのついたコーナーで、「全米、泣き過ぎじゃね?アメリカ人みんな花粉症か病気か何かだろ」と心で突っ込みを入れていた。

 恋愛コーナーの隣りの、バラエティコーナーに移動する。「笑ってはいけないシリーズ」、次は何を見ようかな~と、にやけた不審者顔でDVDを見比べていると、恋愛コーナーの前に大学生くらいのカップルが立った。若干にやけ顔を遠慮するオレの耳にカノジョの声が聞こえてくる。セミロングの髪がほんのり茶色い、上品で優しそうなお姉さんが小さな声で話す。

「『レオン』『わたしを離さないで』『時をかける少女』『秒速5センチメートル』…マサくんちで、いっぱい見たよね」

全部切ないヤツじゃん。TVの金ローでやるたびにクラスの女子から「もー、ごーきゅーー」コールが起こるヤツじゃん!

「今日は何見る?」

答えるカレシは、髪の生える向きが全て重力と反対側の、短髪で、どでかい兄ちゃん。オラオラ系だけど義理人情が厚そうなタイプにも見える。

「…マサくんとDVD見るの、これで最後になるのかな」

「ん?」

「私、知ってるよ。マサくんに他に好きな子、できたの」

「カヨ、何言ってんのお前」

「マサくんやさしいから、言えないんだけなんだよね」

「全然わからない。なんなんだよソレ」

「あんな可愛い子には勝てないもんな、私」

えと、急展開すぎるでしょ?別れ話?ツタヤで?しかも、恋愛コーナー前で?

 ヤバい。アイツが出てきちゃうでしょ、これ。


 夏休み中に、恩を仇でかえされたカタチで、トウガネ市非公認キャラクターやっさくんにオレは呪われてしまった。「呪う」言っても、TVからズルズル這い出る体になったわけではないし、寝るたびに部屋でポルターガイストが起こるとかそういうのじゃない。困った人が近くにいると、強制的にゆるキャラに変身させられるだけだ。あ、あと、左手首に鉛筆のちっちゃい芯埋められたんだっけ。


 ツタヤの恋愛コーナーの前で、大学生カップルの「大丈夫だから私」「だから、何言ってるんだ」「無理しないで」「無理してないし」と平行線の会話が続いている。オレは、下段のDVDを探すふりをして屈み、蟹歩きでその場を離れることに決めた。ほんとに、このままじゃ…


「装着~!」

今回は予告も無しかいっ!一瞬、左手の中に、ゆるキャラのストラップが出現したかと思ったら、左側から、ぶん殴られる衝撃を受けた。あー、また、ツタヤの天井が邪魔だったから、着ぐるみパーツ、横から来たわけね。地味に痛いんですけど。

「で、召還~」


 気が付くと、落花生そのままのカタチの女の子ゆるキャラが目の前に立っていた。アイシャドウが水色で、真っ赤な、白い水玉模様の入ったリボンをつけている。昭和のアイドルみたいだ。

 と、いうことは、召還もしてたから、今回はオレ、もしかして変身してない?まじ助かる!

「な、わけないでしょ」

頭の中で、やっさくんの声がする。

「今回は自分の姿を映すところがないから気付いてないだけで、キミもちゃんと変身してるし。

このゆるキャラは、ヤチマタ市のピーちゃんと、ナッちゃん。キミが見てるのが、ナッちゃん。キミは黄色い帽子を被った落花生そのままのフォルムの、男の子ゆるキャラになってるよ。ちなみにこの2人は、生まれた時から恋人同士設定だから」

え?2人1組のゆるキャラ?「人」って言っていいのか、わからんけど。

「ちなみに、ナッちゃんの中身は、マツバラです」

はーーーーーーーー?

 マツバラとは、オレと同じクラスで、夏休み中おそ松さんフェアをやっていたローソンに入り浸っていたらしいから、そういう趣向をもった地味めの女子だ。

「マツバラ、すぐそこでワングーの漫画立ち読みしてたから、召還した~。漫画のジャンルは聞かないでね。ほら、近くの人の召還なら、キミのカラダに負担かからないし」

 ツタヤの店内の、しかもDVD棚通路にゆるキャラ2体って、かなり狭い。大学生カップルに挟まれるカタチで、オレたちゆるキャラ2体は立っていた。

「リアル別れ話って、すっごく興味あるーー。ねーーーーー何があったの?」

ナッちゃんが、怯えて半泣きになっているカノジョにガツガツ聞き始める。ナッちゃんの中のマツバラのテンションは、異様に高い。どうしたマツバラ。

「いわゆる心のすれ違い、っていうやつ?もしくは、本当は兄妹でしたとかいう禁断愛?急な留学が決まって大好きなのに身を引く系だったりする?まさか、ネトラレ?」

気押されたカノジョは、ぽろ、と一筋こぼれ出た涙を急いでふいて、うんうん、と頷いたあと、スマホを取り出してナッちゃんに話しだした。

「友達がラインで画像送ってきて。知り合いのfacebookに『いちゃつき野郎ハケン~』って、あがってたよ、って」

ろくなものあげないな、ソイツ。恐るべしfacebook。

 カノジョはスクロールして画像をナッちゃんに見せた。カレシことマサくんが、マツキヨらしきところですっげーかわいい女の子と化粧品を選んでいるところ。また別の日らしきツーショットには柔道着を来ているマサくんに超絶美少女キャラのコスプレをした女の子が抱きついていた。どの画像のマサくんも、くつろいだ顔をしている。

「・おぉあ?」

これは、ナッちゃんの声じゃない。マツバラの呻き声だ。

「ここここおっこれは」

ナッちゃんの肩越しに、カレシことマサくんもスマホを覗いていたが、「ああああ」と言って口に手をあてている。

「るるーしゅ・ヒノマル様ではないですかぁぁぁぁぁぁぁ!」

マツバラが叫ぶ。人が寄って来ちゃうから叫ぶなよ、まじで。

「コスプレ界の幻の美少女、『永遠(と書いて、終わらない時空、と読む)の少女@未完成』がキャッチフレーズのコスプレプリンス、るるーしゅ・ヒノマル様に、てめえ、あー?なぜ抱きつかれてる!るるーしゅ様っていえば、同人で写真集が出て、古いのはプレミア価格取引されてて、強制握手会が始まった時はコバヤシサチコ、ニシカワくん超えの超絶行列ができて、会場整理が大変だったっていう、正体不明のぉ~」

わけのわからない用語を吐きながら、マサくんを激しく揺するナッちゃんの中身のマツバラ。それを引き止めようとする、ピーちゃん姿のオレ。呆然とする、カノジョ。なんだ、このカオス。

「それ…兄貴の、マルオなんだよぉ」

ぐったりしたマサくんが、白状する。

 マサくんはスマホを取り出し、兄弟の、男同士の2ショット姿をカノジョとナッちゃんに見せる。

「兄貴、普段はカリスマ美容師やってて、正体がばれちゃうとヤバいから言うなって言われて…たまにすね毛の『脱毛剤』とかの実験台にも、おれ、されてて…この日は用心棒頼んでるコスプレ仲間が来れなくて、急遽呼ばれちゃって…」

証拠というにはありあまる画像が、そこにはあった。確かに、綺麗なお兄さんだけど、美少女に変身する姿があった。化粧ってこわい。脱毛剤も、こわい。

「おおおおおおおとうと様っだったとはっ」

ナッちゃん姿のマツバラは、土下座する勢いで謝る。

「あああの、よろしければ、ココにお兄様のサインをもらってきて…」

と、左脇腹あたりを指差したあと着ぐるみを脱ぎ始めようとする。ナッちゃんを必死に止める、ピーちゃん姿のオレ。


「心配かけて、ごめんな、カヨ」

「ううん。マサくん、いっこも悪くないし」

ボディがダメなら、と、サインをもらうためにリボンを外そうとするナッちゃんと、それを阻止しようと汗だくになって羽交い締めしようとするピーちゃん。いちゃつくバカップルにも見える、組んず解れつする2人のゆるキャラ。

「でも、このゆるキャラたち、どこから湧いたんだろうね~」

「ツタヤの店員さんなのかなー」

マサくんとカヨちゃんは、笑っている。


「あのー、あと1分で、装着解けるよ」

今回、やっさくんのことすっかり忘れてたよ。オレ。

「マツバラはなんとかするから、キミは自分でなんとかしてね。撤収~・」

ナッちゃんの姿が不意に消えた。

 ひとり取り残されたオレは、仲直りしたカップルに一礼して、ツタヤの隅の、あのコーナーに向かって走り出した。選択肢は、もう、そこしかなかった。

 禁断のカーテンを超えて中に入った瞬間、オレの装着は消えた。で、ダッシュでそこを抜け出した。よかった。誰も見てないよな?そこの中で、いつもは「観光課」のジャンパーを着てるおっさんが「ナース」と書かれた棚近くにいた気がしたけど、きっと見間違いだ、と思うことにした。



 次の日。ブックオフで仕方なく、参考書を探すオレ。隣りに熟年夫婦が立っている。

「あなたと、ここに来るのも、これで最後になるのかしら」

おばあちゃんの方が、小さい声で言う。

「何を言ってるんだい?」

おじいちゃんが答える。え?連日変身はさすがにやめてくれ。脂汗、出てきたし。暴走マツバラの世話はもう嫌だ。

「孫の世話って言うのは、以外と大変らしいからなぁ」

「引っ越した先にもブックオフあるのかしら」

「いやぁ、それより公園とかに連れていかないと」

「あらあら。そんなにすぐには歩きはじめませんよう」

 ほっとひと息をついたオレは、なるべく答えが書き込んじゃってある参考書を、ゆっくり探しはじめた。


※この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。

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