第7話 サンム市 SUNムシくん
中2のオレの秋は、もう、全て終わった。秋季大会の結果は聞かないでくれ。だれも悪くないし、部活はやっぱり大好きだ。ジャンプの漫画みたいに「弱小」でも努力すれば奇跡が起こる、なんて展開はないってのは知ってた。ていうか、オレたちを弱くて小さいなんて呼ぶな。
でも、悔しい、っていうか、喪失感みたいなのは、なかなか消えない。
というわけで、勝っていたら試合があるはずだった日に、母に車で連れ出された。
「ミニストップにマンゴーパフェを食べに行こう」
と言っていたはずが、とっくにトウガネ市から出て、サンム市内を走っている。
「ついでに、おじさんのところの野菜もらっていこうー」
ミニストップがついでだったようだ。っていうか、どんだけソフトクリーム系大好きなんだよ、母。
夏休み中にトウガネ市の非公認キャラクターやっさくんに呪われて、否応無しにゆるキャラに変身させられるというカラダになってるわけだが、ここ最近は変身させられていない。どうやらアイツもオレの状況を考慮してたのかもしれない。日曜朝のテレビのヒーロー達だってリーダーが便秘でトイレに入っている時に怪人は現れないし、変身魔法少女がインフルエンザにかかっている時には町にはトラブルも起こらず平和に違いない。
あいかわらず呪いの印みたいに、オレの左手首にはヤツに埋められた鉛筆の芯が入ったまんまだが。
サンム市のおじさん一族は、なぜか娘と女の子の孫ばかりなので、男のオレが行くとすごく喜んでくれる。事前に連絡を入れてあったらしく、オランダヤのお菓子が食べきれないほど用意してあった。母が恐縮すると「女の子はね~食べると太るって言うからね、つまんないの。あとね、何が好きかな~って想像しながらお菓子買いに行くのが楽しいのよぉ」と、神様のようなお言葉をおばさんが発した。お土産にトウガネのオガワ屋で買ってきた金山寺味噌を渡していたが、とうてい釣り合わない歓迎ぶりだ。1時間程世間話をして、段ボール箱いっぱいのサツマイモとピーマンをもらって、帰途についた。おじさんとおばさんは門まで出てきてくれて、「まだ若いから、きっといいことあるよーーーー」って言いながら手を振って、送ってくれた。オレが試合で負けたのを、絶対、知ってた。
甘いものでお腹がいっぱいになって、オレの不幸ゲージがちょっとだけ下がる。
「腹ごなしに、ランドローム寄って行くぞ~」
マンゴーパフェ喰って帰るのか。太るぞ。夕食の発泡酒、やめといたほうがいいぞ。
サンムのモリ公園前のランドロームに着くと、甘いものを食べまくったせいか急激に喉が渇き始めた。
「あんなところに、消防署ができてる!新築じゃん!ちょっと撮ってくる!」と、わけのわからない興奮の仕方をして母はスマホ片手に行ってしまった。確かに、ランドローム脇のだだっ広い駐車場だった場所に、消防署が立っている。お茶でも買って飲んでて~すぐ戻る~とか言って、オレに500円玉を渡していった。
ため息をついてから、ランドロームに向かおうとすると、明らかに「困っている人」と目が合ってしまった。
「だからさー、前振りが長いんだって」
頭の中で、トウガネ市非公認キャラクターやっさくんの声が響く。左手の中に、やっさくんのぬいぐるみストラップが出現する感覚があった。
「とりあえず、装着~」
ちょっと、扱い雑じゃね?やっさくんよぅ。もう一度ため息をついて空を見上げると、ランドロームの駐車場に、着ぐるみのパーツが降ってきた。
ランドローム脇の100円ショップの大きなガラス窓に映ったオレの姿は、どー見ても頭がイチゴのサンリオ系キャラクターだ。版権、大丈夫か、これ?
やっさくんが、頭の中でオレに説明する。
「このキャラは、サンム市のSUNムシくん。太陽+てんとう虫が合体したイメージらしい。頭のカタチは、もちろん名産品のイチゴだ」
で、コイツで、何をしろと?
「サンム市はね、2020年の東京オリンピックの『スリランカ選手団』のキャンプ村設置にむかって動いててね、ほら、そんなサンム市のキャラなら、」
オレは、SUNムシくんの目で、目の前の「困っている人」をもう一度、確認する。
「SUNムシくんなら、きっと、シンハラ語かタミル語、話せるよね?」
いやいやいや。
オレの目の前の、オレと同年代のスリランカ人らしい少年はびっくりした顔をしたまま、固まってる。
試しにオレは、話しかけてみる。
「迷子…なのかな?」
ほら。出てくるの流暢な日本語だよ。しかも振りつけて話ししたから、すんげーびっくりしてるよ、スリランカ少年。っていうか、国籍確定してんのか?
やばい。確実に彼、ファイティングポーズオレに取ってるし。
やっさくんが頭の中で、オレに指示を出す。
「そうだ!お・も・て・な・し、やってみ?」
オレ、そんなの知らねーし。ふと思い出して、合掌して、お辞儀してみる。英語の先生が「日本人っつったら、ZENだよね~」とか言ってた気がする。
あ、釣られてスリランカ少年も合掌してお辞儀した。
オレは、何かを待っているようなポーズをしたあと、両手を激しく横に擦り合せた。そして一言、言ってみた。
「the!ニンジャ!」
「Oh!ニンジャ!」
どうやら、警戒を解いてくれたらしいが、このゆるキャラの姿をスリランカ少年がどう解釈しているか、ものすごく不安になってきた。でも、もっと意思疎通を計らないと、彼に何をしてあげたらいいか、さっぱりわからん。とりあえず、ワンフレーズ歌ってみる。
「♪せんぼん、ざくらぁ~♪」
「ハツネェ~ミクゥ♪」
なんか、グッジョブ、みたいなポーズで返してくれるスリランカ少年。すごいな、ボカロ。
そんなこんなしていたら、周りに人が集まってきていた。
「あ、SUNムシくんだぁ~」
「やっぱ、かわいいよねぇ」
スリランカ少年は、周りの反応を見て、オレを指さしてこう言った。
「サンブシクン?ブシ?…!サムライ?」
周りで、どっと笑いが起きる。
「うんうん、日本男児はみんなサムライ魂もってるから、合ってるのう」
と、ランドローム帰りのレジ袋持ったおじいちゃんが、うんうん頷く。SUNムシくん、くん、だから、男の子なんだな、コイツ。めちゃくちゃかわいらしい姿だけど。
「そういえば、この男の子、ほら、広報に出てた…」
「スリランカからサンムミナミ中学校に来てる、少年大使じゃない?」
「迷子なのかなぁ。引率の先生とか、いないよねぇ」
唐突に、頭の中にやっさくんの声が響いた。
「あと1分で、装着、解けるよ~」
わかってた。この人だかり目がけて、凄まじい顔した引率の先生らしきおじさんがダッシュで走って来てるの見えてるし。
スリランカ少年が「センセー!」と、大きな声で嬉しそうに手を振る姿に周りの人が一瞬気をとられた隙に、さっきから目をつけておいた、大きめのミニバンの影に飛び込んで姿を隠した。と同時に、装着が解けた。
ふと顔をあげると、ミニバンの中から凝視するおっさんと目が合った。おっさん、今日は観光課のジャンパー着てないな。っていうか、なんで毎回、いるわけ?
ミニストップで買ったベルギーチョコソフトを舐めながら、オレは帰途の車の中でぐったりしていた。
「ま、次の春季大会、また、がんばればいいじゃん。デビュー戦なんて、そんなもんだよ。ミスっていうのはさ、次に同じミスをしなければ、ほら、糧になっていくもんだしさ。みんな、がんばってたじゃん。泣いてた子もいたけど、ぼくは決して恥ずかしい試合じゃなかったって断言できるよ。全力だったじゃん、みんなさ。応援してた全員がそれわかってたよ。顧問だって怒鳴ってたけど、きっと…」
うざい。やっさくんが、オレの頭の中で、勝手にオレに向かって、さっきからぶつぶつ言っている。どうやら、ずっと慰めたかったが、声をかけるタイミングが難しすぎたみたいなことを言っている。
「まぁ、ありがとな」
オレは声に出して言ってみる。
「ま、次の春季大会、また、がんばればいいじゃん?」
運転しながら母は、やっさくんと同じ言葉をオレに返した。
※この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。
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