第15話 カシワ市 さかサイ君
困った。オレ「達」は今、困っている。
たかが中2男子のオレは、トウガネ市の非公認キャラクター「やっさくん」に呪われて、困った人に会うとゆるキャラに変身させられるカラダになってる。ほら、ここ、左手首に、ちっちゃい鉛筆の芯、入ってるだろ?これ、呪われたシルシらしい。
で、「オレ達」は緊急事態に陥って、困っている。
オレの頭の中では、やっさくんが変身の合図である「装着~」の声をあげている。ここは屋内だから、着ぐるみパーツは空から落ちてこられない。おそらく、横から吹っ飛んでくるはずだ。
早足で後ずさり、人混みの一番最後尾まで移動して、だれもこちらを見ていない事を確認する。
そしてオレは、ゆるキャラに変身する。
今日は、生徒総出の、合唱コンクールの日だ。1年から3年までの全クラスが、1日かけて、2曲ずつ合唱曲をステージで披露する。みんな弁当持ちで、トウガネ文化会館に集合している。
まぁ、朝からトラブル続きだったんだよ。
まず、オレのクラスの担任の、奥さんが産気づいた。
クラスのみんなで、出産祝いにお花あげなくちゃねーなんて暢気に話し合ってた。そんな矢先だ。今産まれるかも、って瞬間なのに、わざわざ文化会館まで先生が来て、「すまん」って。みんなで「大丈夫です!」って言ったら、先生泣きそうだった。涙はジュニアの誕生の瞬間まで、とっといてくれ、先生。
てな訳で、担任不在のまま、隣りのクラスの担任やら学年主任の先生のフォローを受けつつ、オレ達は歌う順番を待っていた。
「そろそろステージ脇の通路へ移動してくださーーーい」
進行係の声がして、観覧席から移動を始めた矢先だった。
「ゴキッ」
確かに担任がいないっていうのは、心に負担がかかるはずなんだよ。
いつもなら絶対転ぶはずのない、ちゃんと足元用ライトで照らされたトウガネ文化会館の階段で、指揮役のタケオが派手にこけた。何かにぶつかる、嫌な音がした。
そのまま、何事もなかったように移動を続けて、待機場所の通路へ着いた途端、タケオが座り込んだ。
「いてぇ」
タケオを囲むように、クラスメイトが集まる。学年中の地味人間が集まっている、学年一感情を荒ぶらせることを好まないこのクラスのメンバーは、すぐさま「大声で騒ぎ立てる」のではなく、「密やかに解決する」を選択する。
保健係のマチダがタケオに聞く。
「足首、ひねった?右?左?」
「右」
言いながら靴を脱ぎ、靴下を下げて、足首を見せるタケオ。マチダが触ると、う、と顔を歪めた。
「立てるか?」
「立ってみる」
男子達が助けつつ、タケオを立たせる。一人で立たせようとそばを離れた途端タケオの体がぐらついたので、サッカー部のキャプテンを務めるミカワが即、助けに入る。タケオは吹奏楽部。体力ゲージはあまり高くない。
幸い、この通路で待機しているクラスはオレ達だけだが、今発表しているクラスの2曲目が始まる頃には、次のクラスが合流してくる。みんな黙ったまま、タケオを見つめたまま固まっている。
「やばいな」
ミカワが口を開く。クラス委員長より、男気の強いミカワの方がこういう状況のときは突破口を開く。今まで、そんな機会がクラスの中では何回もあった。
「だれか、他に、指揮、できないか?」
「副指揮のタナカ、葬式で今日休みじゃん」
「まじか」
出産に、死去。なんなんだ、一体。
タケオが言う。
「僕、やるから大丈夫だよ」
「立てないやつが、どうやって?」
ミカワが言い放つ。
そんなクラスメイト達からゆっくり離れながら、
「ミカワを助けるのは、これで2回目になるな」
なんて、妙に冷静になっているオレに向かって、黄色い着ぐるみパーツが横から吹っ飛んできた。
でも、ゆるキャラに変身したオレに、この状況が救えるのか?
頭の中で、オレを呪った張本人のやっさくんが説明を始める。
「今回も自分で見えてないだろうから説明するけど、キミは、赤いハッピを着た、サイになってる。カレは、カシワ市のゆるキャラ『さかサイ君』。好きな色はレイソルイエローだ」
ほんとに、毎回役に立たない情報、ありがとう、やっさくん。で、この姿で、何ができんの、オレ?
「あ、言い忘れた、さかサイ君、夜はよく目が見えないらしいから、ココ暗くてよく見えてないと思う」
ますます、何にもできないじゃん。打ちのめされるオレに、やっさくんは続ける。
「ドアラ師匠に憧れてるキャラだから」
あ?
「きっと、ウケることやって、暗くなっちゃってるクラスメイトを明るくできるはずだよ」
あああ?何も解決しないだろ、それって。ほら、黄色い体に赤いハッピって目立つから、みんなに即、見つかってるじゃん。
オレはおそるおそる、さかサイ君の姿で、声色を変えてみんなに話しかける。
「あの、だれか先生を呼ぶっていうのは?」
「お前、何?」
睨むなよ、ミカワ。すかさず、女子が制す。
「文化会館の職員さんだよ。ここ、ミュージカルとかコンサートとか、子ども向けのイベントとかもいろいろやってるし。着ぐるみの準備中なんだよ、きっと」
いいぞ、女子。職員さんっぽく、言ってみる。
「君たち、困ってるなら、大人に頼んだ方が…」
「頼めないんです」
さかサイ君姿のオレの話を遮って、ミカワが言う。
「僕ら達だけでも大丈夫です、って、約束したから」
タケオが言う。お前が一番大丈夫じゃないじゃん。でも、オレ達、確かに約束したもんな。
さっきミカワを制してくれた、女子のマツバラが、詰め寄ってくる。
「文化会館の人、なんですよね?ねぇ、備品とかで、人の体を支えるヤツとかないですか?松葉杖、それもないなら、もう、劇の小道具でもいいから、杖とか」
ぐいぐい寄ってくるマツバラの気配を避けて、おぼつかない足で後ずさる、さかサイ君。声でなんとなく誰なのかわかるけど、ほんとによく見えない。足に何か当たったと思った途端、オレは尻餅をついた。
ごめんなさい、というマツバラの声を聞きながら、何につまずいたかを把握するために、手探りで、足元に転がっているものを掴んだ。
その、掴んだありふれた「もの」で、ひとつ考えが浮かんださかサイ君であるオレは、クラスメイトにある提案をした。
毎回の定番どおりトイレに駆け込んで、ゆるキャラ「さかサイ君」の装着を解いたオレは、走って、ステージに向かって歩き出すクラスメイトの列に混ざる。
「俺もトイレ行っとけばよかった。緊張で漏らしたらどうしよう」
タケオを支えながら歩くミカワが、オレに言う。小さく、クラスメイトから笑い声が起こる。
うん。もう、大丈夫。
まず最初に、ミカワとミカワに支えられたタケオがステージにあがる。ここまで来るのに誰にも制されない様に、バレない様に、みんなで囲いながら移動してきた。案の定、観客席からどよめきが起こり、座っていた何人かの先生の腰が上がる。と、同時に、パイプ椅子を持ったマチダ、そしてオレ達がステージに上がる。ステージに近づく先生達を睨みながら、ミカワはマチダにタケオを託し、マチダは、観客席に背中を向けたカタチで、タケオをパイプ椅子に座らせた。
先生達がステージに足をかける寸前に、ミカワが観客席に向かって、でかい声で話し出す。
「すいません。さっきそこで、ウチの指揮者がコケて、立てなくなりました。
でも俺達、担任に、俺達だけでも大丈夫、って約束しちゃったんで、」
先生達の動きが、止まる。
「指揮者座ってるけど、これで、歌わせてもらいます。タケオ、吐き気はしてないから、足、骨折じゃないです、捻っただけです」
小学校低学年からサッカーやってて、骨折の判断だけは場数を踏んでるミカワが、深く頭を下げる。
それを合図に、タケオは座ったまま、指揮を始める。オレ達は、第一声を出す為に、大きく息を吸った。
まー、歌い終わった後、学年主任にこっぴどく怒られた。怒られ始める前に、保健の先生に引き渡されたタケオが「僕がコケたから悪いんです。僕が怒られなきゃいけないんです」って言い始めて、学年主任に「あとで怒ってやる!」って逆にキレられて、病院に連れて行かれた。全員、反省文原稿用紙1枚提出ということで、やっと解放された。意固地な中2から状況を聞き出すより、30人近い人数の反省文から正確な情報を判断する方が楽なんだろうな、と、思ったりもする。
もちろん、オレ達のクラスは、合唱コンクールに入賞しなかった。でも、ほかのクラスから「お前らすげぇな」っていう声がもらえたから、みんな満足してる。
トウガネ文化会館からの帰り道、友達と別れてから、頭の中でやっさくんがぶつぶつ言いはじめた。
「なんかさー、ぼく、出番少ない気がするー。こんなに役に立ってるのに、感謝されてない気がするー」
エンドレスで続くやっさくんのグチを聞き流しながら、ミカワってやっぱすげぇな、カノジョ持ちって度胸座るのかな、なんて、どーでもいいことを考えながら歩いてたら、市役所近くのいつものローソンの前で、通りすがりのおじさんと軽くぶつかった。
「すいません」
「いえ」
また、観光課のジャンパーを着た、色の黒い、おっさんだった。
頭の中で、やっさくんがやっと聞き取れるくらいの小さな声で、言った。
「…アイツ、いよいよ、近づいてきやがった」
※この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。
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