あなたを守りたい
「お、おい。塩山!」
叫んだ時にはもう遅い。屋上から階段の下を覗き込んだけれど、すでに塩山の姿は無かった。
「まったく……こんな冗談を真に受けるほどノリのいい奴じゃないだろ、お前は……まあ、いいか。あいつがどう言い訳をするのか、楽しみだ。人なんて、殺せるわけがない」
塩山のことなどどうでもいい。早く家に帰って、WEB小説を読もう。
僕は軽い足取りで学校を出ると、まっすぐ家へ帰った。
「ただいまー」
玄関で靴を脱ぎ、ゲタ箱に戻す。そして、そのまま自分の部屋へ。
ノートパソコンの電源を入れ、起動までの時間を使って手早く着替えを済ませる。
「さて……何を読もうかな」
お気に入り登録していた作品達は、軒並み更新されていた。思わずその場でガッツポーズ。続きが気になっていたんだ。
6作ほど連続で読んで、ひとしきり満足すると、小腹が空いたのでリビングへ。
「母さん、お腹空いたんだけど?」
リビングに顔を出すと、母の姿は無く、怜奈もいなかった。
「ちぇ。誰もいないのかよ。仕方ないな。カップラーメンでも食べるか」
時刻はもう5時を過ぎている。あと2時間もすれば晩ご飯だ。間食はなるべく控えるべきだろう。しかし、僕も成長期。お腹が空いてしかたが無い。
戸棚からカップラーメンを取り出し、ポットでお湯を注ぐと、フォークを持って二階へ上がった。
僕はどうしても、この3分という時間を待ちきることができない。いつも2分足らずでフタを開け、固めの麺を食べる。
これはこれで悪くないからいいんだけど。固い麺を噛み砕くっていうのも、なかなかオツなものだ。
「お。まだやってるのかよ。恋愛小説」
なんとなく、トップページの最近更新された小説を流し読みしていたら、懐かしい名前に遭遇した。
あの、恋愛小説だ。
正直、どうでもよかったんだけど。けどまあ、あれからどうなったんだろうな。この小説。
ちょっとのぞいてみるか。
最新話をクリックして、開いてみた。どうやら、更新されたのはつい先ほどのことらしい。
『佐藤くんが手に入る。私の物になる。その時は刻一刻と迫っている。
今日、私は屋上で彼に想いを打ち明けた。
でも……その時の彼はとても意地悪だった。そうだよね。私と佐藤くんが吊り合うわけがないもの。
だって、私は地味だし、暗いし……勉強もぜんぜんだめ。でも、彼を想う気持なら、誰にも負けない。
彼の為なら、なんだってできる。それが、恋の力なんだから!
彼に提示された条件は、とってもシンプル。
クラスメイトを一人殺すだけ。とっても簡単。適当に呼びつけて、後から金づちで殴ったら、あっさり死んじゃった。あは♪』
「……冗談、きついな、これ」
さらに続きを読んでみる。
『木村は私の事を好きだと言ってきたけど、ふざけるな。私は佐藤くんの物。この体も、心も全てが彼の物。私は彼の為なら、なんだってできる。
だって、大好きなんだもの。
考えてみれば、これで二人目。前は学校の花壇に埋めたけど、今度はどこに埋めようかなあ』
「木村……」
はは。面白い偶然だな。
ここまで登場人物が僕の周りの人間と名前が同じだと、けっこう……不気味だ。
ま。どうでもいいや。
他の連載が気になる。一度ユーザーページに戻ろう。
そう思って、戻ろうとしたら。
「あ。間違えた」
間違えて、前の話を選んでしまった。最新話の一つ前の話が画面に表示され、僕は面倒くさい気持ちで画面を睨みつけた。
だが、面倒な気持は一瞬で。
「この小説……なんなんだよ」
絶望に変わりつつあった。
『真田愛美という女の子が1年にいるらしい。彼女は1年生で一番かわいいって噂されてる。けど、それはどうでもいいお話。許せないのは……こともあろうに、私の佐藤くんに手を出そうとしていること。
許さない。佐藤くんは私の物。他の誰の物でもない。死ねばいいのに。
ううん。死ね。殺してやる。
佐藤くんは、優しい子だから、きっと断れずに真田の思うがままにされて……。
ダメ。
ダメだ!
私が佐藤くんを守らなきゃ。
真田愛美に一つ。先輩として忠告してやろう。身の程を教えてやろう。佐藤くんに相応しいのは誰か。
早速、私はその日の昼休み実行に移した。屋上に呼びつけて、少しカッターナイフを頬に当ててやれば、一瞬でコロリ。
あははははは♪
身の程を知れ。痴女め。小便ちびって逃げ出せ。
私なら、この程度の脅迫に屈したりしない。この女はこの程度というわけ。
だけど、念には念を入れておかないとね。
私は放課後、誰もいなくなった教室で、真田愛美を呼びつけた。
最初は、そんなつもりなんてまったくなかった。もう一度カッターナイフを見せて、念押しがしたかっただけ。
なのに……。あの女、逆らってきた。
だから、だから、だから。
殺した。
顔を誰か解らないように何度も切り刻んで、校庭の花壇に埋めた。
これで一件落着。明日は、佐藤くんに私の気持ちを伝えよう。これ以上邪魔が入る前に、彼を私の物にしてしまおう』
「は。ははははは……。これ、マジなのか?」
これは……どこからどう考えても……僕の周りで起こった出来事と符合する。
でも。まさか。
ウソだろ?
ウソに決まってる。
あの日、真田愛美は確かに殺されて、それをやったのは、塩山だって?
そんなことあるわけがない。
「そうだ。校庭の花壇……そこに行けば、はっきりする」
学校に行こう。そうすれば、すべてがはっきりする。
僕は、学校に向った。そして、学校に着くと一直線に校庭の花壇を目指す。
校庭の花壇は、ほとんど手入れがされていない。だから、それは一目でわかることだった。
花も何も植えられておらず、ただただ雑草が生い茂っている。
それでも。そんな状態でも、はっきりと。
掘り返した痕がある。
おそるおそる、土をかきわけていくと……黒い糸のような物が指に絡み付いてきた。
さらにその先には……。
あの、顔の無い顔が……土の中から顔を出してきた。
「う! おえっ!」
胸の奥からこみ上げてくる熱い何か。それを必死に押さえ込もうとしていると、携帯が鳴った。
画面を見ると、見知らぬ番号からの着信。
誰だ。
吐き気を抑えながらそれに出ると――。
『もしもし、佐藤くん?』
「し、塩山?」
『すっごーい。どうして私だって解ったの?』
塩山だった。
おかしい。こいつに、僕の番号なんて、教えていないのに!
「お前、もしかして……真田愛美を……殺したんじゃ……」
ウソと、言ってくれ。こんなの、嫌だよお。
『うん。そうだよ。私がやったの』
「お前! まさか、木村も!?」
『うん。簡単だったよ。すぐに持って行くね』
「やめろ! 待て! そんなこと、僕は望んでいないんだよ! そうだ。警察に自首しろ! まだ間に合うって! な! お前、今どこにいるんだ?」
『ここにいるよ』
「え? どこだ。それじゃわからないだろ」
「佐藤くんの、後ろ」
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