歪み始めた日常
僕は、這いよりつつある闇空を見上げ、呪った。まずはどうするか。じっくりと考えなければ。
そうだな……顔写真を隠し撮りして、ネットにさらす? セフレ募集中とか、書いちゃう?
いや……それよりもまず、真田愛美を調べることが必要か。といっても、情報源が問題だな。怜奈のヤツは、役に立たなかったのにも程がある。あいつじゃダメだ。と、なると。
そうか。
木村。あいつなら、真田のことを知っているはず。まだ教室にいるかもしれない。
気が付くと僕は駆け出していた。そして、何故か無性に笑みがこみ上げてくる。
フフフフ。
「フフフフ」
内面と外面。その両方からにじみ出る歓喜の声。
壊してやる。
真田愛美を。
物理的にも、精神的にも。
僕は溢れ出る笑いをこらえながら、教室目掛けて猛進した。しかし、教室の扉は閉ざされ、皆下校した後のようだった。
「使えねーなあ、木村。こういう時こそ役に立てよ、カスが!」
扉に向って思い切り蹴りを入れる。
「おい、どうした佐藤。こんな所で? 今なんかすごい音がしなかったか?」
チ。どこから沸いて出た、このうじ虫は。
振り向けば、僕のクラス担任が、ハゲ頭を光らせながら廊下に立っていた。
眩しいんだよ、ハゲ。
僕はいつも通りの営業スマイルで担任に頭を下げた。
「すみません、足を扉にぶつけちゃって……その」
「ああ、いや。頭をあげなさい。大丈夫か? どこか、ケガはないか? なんなら先生がお家まで車で送っていくぞ」
「そんな……僕なんかのために。先生は、お仕事で忙しいんですから。それに、僕だけ特別扱いはよくないですよ」
ゆっくりと顔を上げ、先生の瞳を見る。なるべく弱々しく、足を痛そうにさすりながら、多少うつむき加減で。
車で帰れるなんて、ラッキー。
「佐藤……。うん、わかった。けどな、佐藤。先生にとって、生徒はみんな恋人なんだ。一人一人が特別なんだよ。もちろん仕事よりも、生徒が優先だ」
ああ、うぜー。昭和の熱血教師か、お前は。
「先生……」
「さあ、行こうか。もうこんな時間だしな。親御さんが心配なさってるぞ」
「はい、お世話になります」
僕は担任に車で送られることになった。
車内で適当に世間話をして、気まずい空気を作らせない。大人の相手はなれている。
「ここまででけっこうです。ありがとうございました」
「ああ、そうか。お大事にな。何か困ったことがあったら、すぐに先生に相談するんだぞ。恋の悩みとかな」
「はは。ありがとうございます。でも、大丈夫ですから」
真田愛美をどうやったら効果的かつ、残虐に、僕がなるべく手を汚さずに貶める方法でも相談してやろうか。
「それでは、失礼します」
家から少し離れたところで車を降り、深々と頭を下げる。車が視界から消えたのを確認すると、ゆっくり自宅へ戻った。
「ただいま」
「お帰りなさい、お兄ちゃん」
玄関を開けてすぐ、妹が出迎えた。ちょうど二階へ上がるところだったらしく、階段に片足を乗せた状態で僕を見ている。
「おい、お前」
「なあに?」
能天気に笑顔を見せる妹に僕は詰め寄った。そして、手首を捻りあげ引き寄せる。
「真田愛美はとんでもない女だな。僕はだまされたよ。いや、もしかして……お前もグルなのか? よってたかって僕をバカにして……!」
「痛い、痛いよ。お兄ちゃん、離してよ」
必死に僕から逃れようと身をよじらせるが、そうはいかない。
「答えろ。お前もあいつらの仲間なのか? ええ?」
「ち、違うよ。怜奈は何も、何も知らないよ。だから、許して、お願い。痛い……よ」
怜奈が泣き始めたので、とりあえず離してやることにした。赤いあざができた手首をさすりながら、怜奈は涙目で僕を見つめる。
「真田さん、今日……早退したの。昼休みが終わってすぐ」
「何?」
「それまではすごく元気だったのに……昼休みにどこかへ出かけて……上級生に呼ばれたらしいんだけど……それからなの。真っ青な顔をして、ずっと震えてた……」
「仮病じゃないのか?」
「そんな……あれは絶対、仮病なんかじゃないよ」
「そうか……行っていいぞ」
真田愛美は病気で早退した……ならば、今日の事はわざとではないのか。しかし、僕に断りもなく勝手に帰るとは……何様だ。
まあ、とにかく。真田愛美への制裁は、しばらく保留としよう。明日また会えばいいさ。
「待て怜奈」
「なあに?」
「手首のこと、母さんには黙ってろよ。しゃべったら……解るな?」
唇の端を歪ませて僕は笑った。
それだけで十分伝わる。何年も兄妹をやっているのだから。
「う、うん。絶対に言わない」
怜奈は怯えた表情で、こくりと頷いた。
「いい子だ」
僕は妹の頭にそっと手を乗せ、なでてやった。
「長袖の服があっただろう。僕がなけなしの小遣いで、去年のお前の誕生日にプレゼントしてやったあれだ。それを着て、手首をちゃんと隠せよ」
「うん……」
今度こそ怜奈は二階へ消えた。
さて。部屋に戻ってWEB小説でも……。宿題は何もなかったはず。
そう思って階段を昇ろうとした時。
「あ」
思い出した、宿題。数学のプリント。確か……カバンに入れておいたはず。
カバンを裏返して探してみたが、どこにもない。
まずいな。提出は明日なのに……。朝一で学校に行って……いや、ダメだ。それじゃ僕のイメージが崩れる。
仕方が無い、取りに戻るか。くそ、面倒くせえ。
僕は身一つで外に出ると、学校に向って走り出した。
「クソ、ばかばかしい!」
口に出るくらい自分のマヌケぶりにイラついた。道端の小石を思い切り蹴飛ばして、道を歩くおっさんの背中にクリティカルヒットしてやる。おっさんは怒りに満ちた顔で振り向き、怒鳴りちらしながらこちらにやってきたが、素早く物陰に隠れ、やり過ごしてやった。ざまあみろ、モブめ。
だがそれでも、気は晴れない。
「クソが」
20分近く走って、ようやく学校にたどり着く。あたりはもう完全に暗闇だ。早くプリントを手に入れて帰らないと……。
一目散に教室へ向うが、途中でカギが必要なことに気が付いて立ち止まる。
そうだ。教室にはカギが掛けられている。職員室に行ってとってこないと。
そう思ったけど、夜の学校は不気味で、闇の向こうには何か得体の知れない人外のモノが潜んでいるような気がした。
教室まで後わずか。そうだ。
もしかしたら、空いているかもしれない。その可能性もあるじゃないか。まずは一度教室まで行ってみよう。
僕は一人納得すると、教室の扉の前までやってきた。そして、おそるおそる開けてみる。
「あ」
何の抵抗もなく、すんなり扉は開いた。ラッキーだ。きっと、誰かがあの後入って、カギをかけ忘れたんだろう。
自分の机まで移動すると、中に手を突っ込んで、まさぐった。
「あった、あった! よかったあ」
暗い教室で一人、ガッツポーズをして、何かを成し遂げたような、偉大な気分になった。たかだかプリントを取りに来ただけとはいえ、けっこう大冒険だ。
さて、帰るか。腹も減ったし。
そう思って帰ろうとしたとき、視界の端に奇妙な物が写った。
「何だ?」
掃除用具入れから何かがはみ出している。黒い……布のような物だ。
まったく、誰だ? ちゃんと直せよな。
僕はけっこうこういう事には細かい。だから、それを元に戻そうとして、それが一体何であるかも、深く考えようともせず――。
開けた。
開けた。
開けた。
これは何? これはなに? コレハナニ?
人の形をしている。そして、長い髪を両端で結っている。
スカートをはいている。女……らしい。背は怜奈と同じくらい。
女の子だ。
人間だ。
人間なのに……何で?
何で顔が……顔が無い、の?
「あ、は」
どこからともなく、聞こえてきた笑い声。
「へ、へへへへ」
こっけいで、狂気を孕んだ笑い声。
笑っているのは、僕だった。
「死んでる。死んでるよ、こいつ。顔がねーよ!? ははははは。なんだよ、これ!」
僕はどこか壊れてしまったのかもしれない。自分が許容できる限界値を大きく振り切ってしまったのか、何故だか恐怖よりも笑いがこみ上げてきた。
少女……だったモノは、掃除用具入れの中で死んでいた。
顔が無いワケじゃ、ない。
ズタズタにされてるんだ。それも、おそらく数十……いや、数百回に渡って傷つけられたのだろう。
一体、なんなんだ、これ。こいつは一体何で、こんなところで、こんなになってるんだ。
そもそもこいつは一体誰だ?
僕は、死体の胸元にあった名札を見た。
「なん、で?」
怒涛のように押し寄せる疑問の嵐。
そこにあった名前は――。
「真田愛美……」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます