愚妹
翌日の朝。朝食を済ませ、歯を磨こうとした時。
「あれ?」
洗面所の鏡の前で、僕は首をかしげた。無い。僕の歯ブラシが……どこにも無い。
「おかしいな。おい、怜奈。お前、僕の歯ブラシ知らないか?」
リビングに戻り、トーストをのろのろかじっていた怜奈に聞いてみる。
「知らないよ」
だが、あっさり知らないと言われる。
母さんにも聞いてみたけど、やはり知らないらしく、諦めて新しいのを出してもらった。
寝ぼけて捨てちゃったかな? まあ、いいか。歯ブラシの一本や二本。それより、今日の放課後だ。
真田愛美が屋上で待っている。なんとしても彼女を落としたい。この暇な田舎暮らしにも、華ができるってもんだ。
とはいえ、僕は彼女のことをまったく知らない。クラスメイトである怜奈ならば、何か有益な情報を持っていそうだ。
よし。
「怜奈。今日は一緒に学校へ行こう」
「え? いいの?」
東京にいた頃からそうだったけど、小学校含め、怜奈と一緒に登校したいと思ったことは無かった。こいつに付き合えば遅刻コース確定だからな。
とろとろのろのろと、道草をムダにくって、足を引っ張り、腕を引っ張り、イイコトなんか1つも無い。だが、今日は真田愛美の情報を聞き出すため、少しばかり付き合ってやろう。たまには家族サービスしてやらないとな。
「おい、どうなんだ? 嫌なのか? さっさと返事しろ」
「え、あ、ううん。待ってて、すぐに支度するから」
「ああ、早くしろよ」
怜奈はトーストを口にくわえると、慌てた様子で二階へ消えて行った。そして、カバンを持って嵐のように階段を駆け下りてくる。
未だ口にはトーストがあるけど。
「いくぞ」
玄関で靴を履き、外に出る。怜奈もまた、もたつきながらも玄関から飛び出てきた。
未だ口にはトーストがあるけど。
「母さん、行ってきます」
「あら、今日は兄妹一緒なのね、仲良く行ってらっしゃい」
庭で花壇に水やりをしていた母に一言行って、道路へ。
怜奈もまたとろとろとくっ付いてくる。
「~~~~!!」
「……お前な。曲がり角で誰かとぶつかるわけ? リアルにトーストくわえて走るヤツ、初めて見たわ。さっさと飲み込めよ、ノロマ」
怜奈はその場に止まると、一生懸命そしゃくして、ごっくんとトーストを平らげた。
「ごちそうさまでした」
これが我が血を分けた妹かと思うと、情けなくなる。もっとも、他人から見れば大人しくて、お兄ちゃん思いのカワイイ妹らしいが。欲しければくれてやるさ、こんな愚妹。
「ほら、ティッシュだ。口の周りにバターが付いてる。そのままの顔でクラスメイトに会ったら、恥かくぞ」
「お兄ちゃん、ありがとう」
「……ああ」
怜奈にポケットティッシュを袋ごと押し付けて、歩き出す。これだけですでに時間を浪費している。まったく。さて……ここからは通学路だ。ヘタなマネはできない。優等生の佐藤くんを演じなければ。
僕は不機嫌な顔を消すと、よそ行きの爽やかな笑みを浮かべた。
「で、真田愛美さんのことなんだけど」
「え? 真田さん?」
「ああ、お前が知ってること、全部教えろ。趣味とか、好きな音楽とか」
「え、うん。え……っと」
横を歩く怜奈は、うつむいて懸命に思い出そうと必死だ。
「あ」
「何だ、言ってみろ」
「怜奈ね。真田さんとお話ししたことない」
はあ?
「何だそりゃ……じゃあ、あの手紙はどういう経緯で渡されたんだ?」
「え……っと。真田さんの友達から……。すごい、引っ込み思案な子だから、真田さん」
「そうか」
「うん」
結局、役に立たなかったか。まあいい。真田愛美の性格はかろうじて解った。家族サービスは終了だ。
僕は周りに誰もいないことを確認すると、冷たく言い放った。
「じゃあな、怜奈。僕は先に行く」
「え? 待ってよ、お兄ちゃん!!」
僕は一気に駆け出した。背後で怜奈が叫ぼうとも、振り向く気は無い。
甘えるな。僕はお前の人生を介護してやるつもりはない。
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