ラブレター

「佐藤っちー、行ったぞおお」


「任せて!」


 昼休みのグラウンドで、僕はクラスの男子数名とサッカーをしていた。


 このど田舎に引っ越してきて、一週間が経つ。今ではすっかり周囲に溶け込んで、仲良くやれている。皆、僕の味方だ。


「うわ、佐藤にボール行ったぞ!」


「佐藤を止めろ!」


「げえ」


 木村がボールを蹴り上げ、僕へパスを回す。それを難なく取ると、ゴールまで一気に突っ走る。ディフェンスをくぐりぬけ、キーパーと対峙。ちょろいもんだ。


「吉田! 止めろーーー!」


 緊張の瞬間。キーパー吉田はそれなりにいい動きをする。シュートをブロックされる確率は五分と五分。


 ふと、視線を校舎に移した。視界の端ぎりぎりで、自分の教室を探す。案の定。見られている。


 あいつに。


 ――塩山優衣子に。


 だが、今はそんなことどうでもいい。ここでシュートを決めれば僕の株はまた一段と上がる。決めなくては。吉田には、少々痛い目にあってもらおうか。


 僕は、ボールを吉田の顔面目掛けて思い切り蹴り放った。許せよ、吉田。


 わざとじゃないんだ。そう、わざとじゃない。


「うわ!?」


 僕が放ったシュートは、偶然吉田の顔面を直撃しかけ、吉田はとっさに身を引いた。そのおかげでゴールが決まる。もちろん、ゴールを喜んだりしない。


「大丈夫、吉田くん!? ごめんね、ごめんね――」


 半泣きで吉田に駆け寄り、無実をしっかりアピール。


「いや、大丈夫だよ。佐藤は気にしすぎ。俺、柔道で鍛えてるから、どこでもこいって」


 吉田はあっけらかんと笑うと、胸を張った。


 よく言ったよ、吉田。今度は股間を思い切り狙ってやる。もちろん、偶然な。


 その時、タイミングよくチャイムが鳴った。昼休み終了の合図だ。じきに五時間目が始まる。


「みんな、早く帰ろう。あ、ボールは僕が戻しておくからいいよ。先に行って」


「悪いな、佐藤っち」


 嫌な事、面倒な事は率先して引き受ける。そして、対応するときは営業スマイル。


 おかげで佐藤優という優しい優等生の出来上がりだ。このクラスを牛耳るまで、そう時間はかからないかもしれない。担任の信頼も得ることが出来た。内申もばっちりだ。せいぜい利用させてもらおう。


 僕はボールを職員室に返却して、ダッシュで自分の教室に戻った。なんとか遅刻せずに授業に間に合うと、今日ようやく届いた教科書を机の上に出して、戦闘態勢に移る。


 すると、隣の席で塩山優衣子が教科書を出して、何か言いたそうにしていた。塩山には一週間ほど教科書を見せてもらっていたからな。それなりに世話になっていたが……もうお役ごめんだ。


「塩山さん、もう大丈夫だよ。僕の教科書届いたから。今までありがとうね」


「……」


 塩山は暗い顔をしたまま、僕と視線を合わせようとしない。……まったく、相変らず何を考えているのか解らないヤツだ。


 そして、その日の授業が無事に終わり、僕は帰宅する。家に帰ってやることといったら、WEB小説のチェックだった。


 ただし、あの『恋愛小説』はあれ以来一度も目を通していない。あの作者は狂ってる。読んでるこっちまでおかしくなってしまいそうだ。


『お兄ちゃん』


「ん? 何だ、怜奈か。入れよ」


 怜奈がドアを開けて部屋に入ってきた。僕はディスプレイの電源を落とし、振り返る。


「どうした? 勉強でも教えて欲しいのか?」


「ううん。そうじゃなくて……」


 もじもじと挙動不審に部屋を見渡す怜奈。僕は煮え切らないその態度に、激昂した。


「お前な! 用事ないならさっさと消えろ! うざいんだよ」


「ご、ごめんなさい。その、友達が……」


「ん? お前の友達がどうかしたか?」


「お兄ちゃんの話、クラスの子にしたら会いたいって言われて――」


 何だと?


「お前、僕のこと勝手にしゃべったのか?」


「皆に色々聞かれて、その……つい」


「僕に断りも無く! お前は本当に嫌な妹だなあ、ああ!?」


「ご、ごめんなさい!」


「……まあいい。で、何だって?」


「これを……渡して欲しいって言われたの」


 怜奈はおそるおそる僕にピンク色の可愛らしい封筒を差し出してきた。中身を強引に引きずり出し読んでみると、それは古風なラブレターだった。


 明日の放課後、大事な話があるので屋上で待っています。要約するとそんな感じだ。


「私のクラスの、真田愛美ちゃんからなの」


 真田愛美、か。確か木村が1年で一番カワイイ子だとか言っていたな。


 へえ。


「わかった。お前は行っていいぞ」


「うん……」


 僕は妹を部屋から追い出すと、唇を歪ませ笑った。

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