好き
転校二日目。今日も平凡かつ平和かつレベルの低い授業を受ける。数学も、国語も、理科も、僕が以前いた中学校よりもワンステップ遅れている。ま、楽できるからいいんだけど。
「さてこの問題を……そうだな、塩山。お前、解いてみろ」
「え?」
数学の授業で、塩山が指名された。問題自体は少し例題をいじっただけの、簡単なものだ。
「あの……」
「どうした?」
塩山はもじもじと、顔を真っ赤ににして机の上に広げられた教科書を見つめている。
おいおい、ウソだろ? こいつ、何を聞いてたんだよ。
「塩山。答えてみろ。間違っていても気にするな。聞くは一時の恥。聞かぬは末代の恥といってな。ここで疑問点を放置しておくと、後々厄介だぞ」
「いえ、あの……」
ひそひそ、と。本当に小さな声で、囁かれる侮蔑の言葉。そして、嘲笑。冷たい視線。しらけた空気。
教師すらも溜め息をついて、あたまをぽりぽりとかいている。
……ああ、もう。これじゃ授業が進まないじゃないか。こんな初級問題で止められてたら敵わないよ。さっさと進めるとこまで進めてもらわなくちゃ。
僕は、誰にも気付かれない様にそっとノートに答えを書いて、塩山の視界ギリギリにそれが映るよう机の端に置いた。
「あ」
「ん? 何だ、塩山。解らないか? 人間、解らない事は解らないと素直に認めることが重要だ。こんな所でヘンな意地を張ってもだな――」
「答え、わかりました」
「だからな、塩山。先生はお前のことを思って――え、解った?」
「はい、答えは……」
塩山がスラスラと答えを言う様に教師は驚き、クラスメイトは舌打ちしたり、あくびをしたりと、いい感じにひねくれた奴らばかりだった。
なるほどね。このクラスでの塩山の立ち位置がよくわかった。あまりお近づきにならないほうがよさそうだ。
そして、昼休み。
この学校では給食が用意されているらしく、給食当番がスープやらサラダやらを配膳していた。今日のメニューはコッペパンに、クリームシチュー、それにサラダ。あと、牛乳も付いている。牛乳は瓶に入っていて、なんだかボロ汚い。ちゃんと消毒されてんのか、これ?
「佐藤っち。行こうぜ!」
木村に連れられ、トレイを持って列に並ぶ。やがて僕の番がやってきて、頼んでいないのに大量にシチューを盛られた。いらねえよ。こんなに食えるかよ。
「佐藤くん、いっぱい食べてね!」
クラスの女子……名前は忘れた。けど、ビヤダルみたいな体にメガネと三つ網を装備した重量級なので、仮にビヤちゃんとでも名付けておこう。ビヤちゃんはねばっこい笑みを浮かべると、すぐに目を細めた。
「はい、塩山」
いつの間にか僕の後ろには塩山がいて、ビヤちゃんが僕のとは対照的にスプーン一杯分くらいの量しか盛られていないシチューを、荒々しく塩山のトレイに乗せる。
「あ、ごめん。わざとじゃないから」
「うん。わかってる……」
わざとだろ。
勢いよくシチューの皿を乗せたせいか、塩山の制服やスカートに、少しだけシチューがかかっている。だが、それに対して塩山は何も言い返そうとはしない。
とりあえず僕はパンをもらってその場を去ると、自分の席に腰を落ち着かせ、一息ついた。しかし、この量は無理だ。山盛りのさらに一段階上としか表現できないシチューの海。やがて隣に塩山が戻ってくるのを確認すると、そっと小さく囁いた。
関わるのはなるべく避けたかったが、やむをえない。利用させてもらおう。
「ねえ、僕。あんまり食欲無いんだよね。だから、半分もらってくれないかな?」
食欲だけの問題じゃない。ブロッコリーがいっぱい入ってる。僕はブロッコリーが苦手なんだ。こんなモン、人間の食べる物じゃない。
「え? 私……に?」
「うん。ぜひ頼むよ」
これくらい、お前にくれてやる。せいぜい残飯処理頑張りな。と、塩山に微笑みながら、心の中でそう呟いた。
「あ、ありがとう!」
途端に顔を輝かせる塩山。
へえ。ちゃんと笑ってれば……なかなか。いいじゃないの。
そして、その後昼休みが終わって、つまらない午後の授業もあっという間に終わりを迎えた。僕は家に帰りつくと、すぐさまパソコンを起動して、WEB小説をチェックする。
するとどうだろう。またあの恋愛小説が更新されていた。こりないね。
小説情報を見れば、評価もお気に入り登録もされていない。ま、どうでもいいけど。
「今度はどんな駄文乱文ですかね、っと」
はっきりいって、文章力がどうとか、ストーリー性がどうってわけでもない。ただ、なんとなく気になったんだ。作中に出てくる塩山結衣と、佐藤が。
『好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き』
「な、なんだこれ……」
いきなり、何の前触れも無く画面いっぱいに好きの文字。一瞬冷や汗が出た。いや、今もまだ背筋が寒い。
隙間無くびっしりと埋め込まれた文字に、少し酔いそうになる。
『佐藤くんが好き。今の私がどれくらい好きなのかを好きの回数で表してみた。でもだめ、これじゃ足りない。だって、今日の彼はとってもかっこよくて優しかったから。私が困っているとき、いつも助けてくれる王子様。授業中も、給食の時も、泣きそうな時、私を助けてくれるの。佐藤くんが転校してきてくれてよかった。私の地獄の様な日々に、光が差したみたい。ずっと佐藤くんの側にいたい。ずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっと。死ぬまで』
そっとブラウザを閉じて、ベッドに身を投げる。この小説の作者、ぜったいイカれてる。もう、絶対読まない。けど、これ。
僕のことじゃ……ないよな?
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