恋愛小説
道を歩けば、田んぼ。田んぼ。田んぼ。たまに畑だったりするけど、すがすがしいくらいのド田舎だ。
学校から帰宅途中。僕は帰ってからのスケジュールを、景色を楽しみつつ頭の中で組んでいた。
中学2年の一学期。ゴールデンウィークを過ぎて一週間ほどの時期に転校。
中1の時から付き合っていた彼女とも別れた。……もうちょっとでヤれたのに。あーあ。親の都合とはいえ、だるい。
その上、さっそく近くの塾に通えときた。まー、こんなド田舎じゃ、勉強以外することなさそうな感じだ。コンビニとか、夜7時で閉店してそうだし。
ここの奴らって、何が楽しくて生きてるんだか。どこで何して遊んでるんだろうな。
それでもネットができる環境があれば、我慢はできるか。ポジティブにいかないと。
「ただいまー」
無事に帰宅して玄関で靴を脱ぐ。そして、下駄箱に直しリビングへ。
「あら、優ちゃん。お帰りなさい、学校はどうだった? 新しいお友達はできた?」
リビングのドアを開けると、母が僕の帰りを待ちわびていたかのように、走ってやってきた。
はしゃぎすぎだよ。ま、大事にしてくれるのはありがたいけどさ。
「うん。自然に囲まれてとってもきれいな学校だったよ。クラスの皆も優しくて、ここにきてよかったと思ってる」
聞き分けのいい、できた息子を演じる。決して本音は漏らさない。その方が、互いにとって都合がいい。
「そう。よかったわ。あ、お母さん、ちょっとお隣さんにご挨拶に行ってくるから、留守番お願いね」
「行ってらっしゃい」
母がリビングを出て、玄関のドアを閉める音を聞き届けると、僕はカバンをソファに投げつけた。
「あー、やってらんね。あんなボロ校舎、さっさと壊して新しいの建てろよ」
ひとしきりソファに蹴りを入れてうっぷんを晴らす。ある程度気が静まってきたところで、リビングのドアが開いて僕は一瞬固まった。
「お兄ちゃん?」
「何だ、
一つ下の妹がドアを開けてリビングを覗き込んでいた。
「どうした? 早く入ってこいよ。なにトロトロしてんだ」
「あ、うん」
僕はこいつが大嫌いだ。遅い。トロい。鈍い。ノロマ。
ずっと昔から僕の後ろをノロノロ付いてきて、転んだら泣き喚く。しかも、それは僕のせいにされる。こいつの失敗はすべて僕にのしかかってくる。疫病神だ。
隣にいるだけでイライラさせられる。
要領も悪く、バカ正直。ウソが付けないし、甘え下手。
「牛乳、飲む?」
「いらないよ」
「お兄ちゃん、成長期なんだから、カルシウムはちゃんと取った方が……」
「うるさいな! 殴られたいのか?」
「ご、ごめんなさい」
妹は冷蔵庫から牛乳を取り出すと、食器棚からコップを取り出し、そこに注いだ。そして、それをゆっくりと喉に流し込む。やがて飲み終えると、流し台にコップを置いて僕に振り返った。その動作は、ネトゲとかであるような、スピードダウン系のデバフをかけられたようにノロい。
「ねえ、お兄ちゃん。学校、きれいな所だったね」
「はあ? お前、頭大丈夫か? あんな校舎全体が公衆便所みたいな所にいたら、気がおかしくなるよ」
「そう? みんな優しくていい人たちばかりだし」
「危機意識が足りないだけさ。頭蓋骨の中が天気なんだろ。じゃあ、僕は部屋に戻る。下のことは任せたからな」
「あ。待って。もうちょっと怜奈とお話しようよ――」
リビングを出て、二階の自分の部屋を目指す。やれやれ。
ドアを開けて、勉強机にたどり着くと、その上に置かれているノートパソコンの電源を入れる。
そのわずかな時間を使って着替えをすませると、再びパソコンに向う。
「さって、今日は更新されてるかな」
ここ最近はまりだしたのが、WEB小説だった。主にVRMMOモノや、異世界トリップモノを読み漁っている。
「未更新かよ、こいつその内エタるんじゃね? なんか他にないのかなー」
いつも読んでいたお気に入りが更新されていなかった。週に一回は更新されていたのに。仕方が無くトップページへ飛んで、何か面白そうな新着が無いか探してみることにした。
「恋愛小説。まんまなタイトルだな」
新着画面にあった『恋愛小説』という作品……ジャンルは文字通りの恋愛。暇つぶしにはなるだろうと思って、そいつを開いてみる。
『私は塩山結衣。中学二年生。今日、1人の転校生がやってきた』
出だしはこんな感じだった。何だこりゃ? 日記か?
『まるで天使のような男の子。席は私の隣になって、私のことを熱い眼差しで見てくる。「隣が優しそうな人でよかった、よろしくね」そう言ってくれた。もう、嬉しくて嬉しくて……心臓が破裂しそう。そんな風に言われたのは初めてだったし、こんな気持ちになったのも、初めて。どうしよう。もう、何も考えられない』
ふうん。まあ、どこにでもある転校風景、なのかな?
『彼の名前は佐藤くん。東京から引っ越してきたらしい。他の男子なんかとはぜんぜん違う。なんか大人びていて、冷静で、優しくって。すぐにクラスの人気者になった。でも、なんだかそれは嫌だ。彼の優しさは私だけに向けて欲しい。私が他の誰よりも優しくされたい。そう思った私は、放課後わざと彼の前で転んで見せた。すると思ったとおり。彼は優しく私に手を差し伸べてくれた。私は佐藤くんがよりいっそう大好きになった。私だけの佐藤くん。佐藤くん、大好き』
塩山結衣。佐藤。このシチュエーションって……いや、まさかな。
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